虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

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    22/08/25(木)00:49:56 No.964441221

     きみと出会った日のことを今でも覚えているよ。はじめてきみに触れたときから、世界が暖かくて素敵なものになったんだから。きみは少しだけ汚れていて、ちょっぴり寂しそうで、だけどぼくと顔を合わせた途端に、今日までぼくのだいすきな笑顔を向けてくれた。きみとぼくはすぐにともだちになったよね。水遊びをやり過ぎたら尻尾が水を吸っちゃって、家の中がびしょ濡れになったのをまだ覚えてるかな。そうそう、確かあの頃はバケツの中に入るくらいしかなかったんだっけ。ぼくもきみもすっかり背が伸びて、今じゃ一緒にお風呂に入るのも一苦労なのに。はじめてのご飯はテーブルいっぱいに並んで、まるでパーティーみたいだったよね。卵焼きはちょっと焦げちゃってたけど、あれからお母さんに料理を教えてもらって、すぐに完璧なものになった。それから、家の中でボール遊びをしてお父さんの作ったステンドグラスを割ったり、外で遊んで泥だらけになってお母さんに叱られたりもしたなぁ。ふたりとも小さかったから、子ども用のアスレチックを家の中で組み立てたりもしたっけ。きみとぼくの部屋が秘密基地になったみたいで、いつまでだってあそこに居られるような気がしたよ。

    1 22/08/25(木)00:50:18 No.964441327

    あれからどれくらいの時間が過ぎたんだろう。忘れちゃったこともたくさんあるけれど、最近はふと昔のことを思い出すようになるんだ。あの頃のことは今でも宝物だよ。きみもそうだと嬉しいな。  ピュアリィ。かわいいピュアリィ。頭の奥で、霞がかった声が聞こえた。大好きなともだち。ずっと、ずっと一緒だからね。上ずった、懐かしい声だった。  すっかり重たくなった左腕に、体温がそっと重なった。最初から分け合い続けてきたのに、依然変わらずに暖かいきみだった。見つめ合うといつでもきらきら輝くはずの瞳が、歳のせいか、どうやら少し濁っていたようだった。 「ん、んん――ごめんなさい、寝ちゃってたみたい」  ピュアリィは言葉にし難い鳴き声を上げた。不安に押しつぶされそうな弱弱しいものだった。窓を開けるとくすぐるような風が果物の瑞々しい香りを運び、夏だということを一人と一匹は思い出した。  胸元に寂しがり屋な手が沈んだ。もう両手で抱きかかえることなんてできやしないのに、今でもきみは甘えん坊なんだから。ああ、でもずっと一緒って約束したんだから、甘えん坊のままでいいよ。

    2 22/08/25(木)00:50:33 No.964441419

    目覚めたばかりのきみがぼくに寄り添うなら、ぼくもきみを包んであげる。きっと同じくらいぼくも甘えん坊なんだろう。心と心が溶け、混ざり、空気から夜露が失われるまでぼくらは布団の中にいた。その間、潤んだ瞳がまっすぐにぼくを見つめていた。そんな顔しないで。ぼくはどこにも行かないから。 「心配してくれたのね、ありがとう。大丈夫よ。……遅くなっちゃったわね、ご飯にしましょ。お腹、空いたでしょう」  ピュアリィはアンバランスに立ち上がると、音を立てて転んでしまった。すぐに起き上がり、元気よく部屋の中を一周した。  料理を作るのも慣れたものだった。二人ともすっかり食べる量は減ってしまったけれど。いつでもご飯の時間を楽しくしてくれるのはきみだけだよ。同じテーブルで同じものを食べるとき、ぼくはきみと家族なんだなって再確認できてとっても嬉しいんだ。お父さんもお母さんもお姉ちゃんもいないけど、たまに来る小さな友だちと、そのお母さんや、お母さんのお母さんにもまた会いたいな。  楽しい時間はあっという間に過ぎていく。遅めの朝ごはんを食べ終えると、きみはうずうずを隠せないみたい。

    3 22/08/25(木)00:50:52 No.964441507

    遊びに行きたいんだよね。もちろんぼくも同じ気持ち。 「うん、今日はいい天気だしお散歩に行こうかしら」  尻尾を振って応じるピュアリィはどこか儚げで、風に吹かれたカスミソウの花を思わせた。  昔はどこまでだって探検できるような気がした。今では近くの公園まで行くだけで一休みをして、それから砂場をくるくると走ったり、ころころとボールを転がしたりてはそれを拾ったりする程度。もうボールを投げたり、それを走って拾ったりなんてできなくなってしまった。けれど今も昔もボール遊びがだいすきなきみ。もちろんぼくも好きだけどね。  ひとしきり遊んだぼくらはすっかり疲れてしまい、少しばかり休むことにした。ざわざわと吹いた風が心地良くて、大きく伸びをすると、世界中の全部が遠くなった。誰かの目を通しているような、ピントのずれた感覚。心まで外れてしまった気がした。  焦点の合わない視界が捉えたのは、痩せ細り、皴が増えて、動きはゆっくりになって、声はしわがれて、ぼうっとする時間が増えたきみ。お昼はいつの間にか寝ちゃって、夜中に目が覚めて、粗相もしちゃうし、物忘れが増えたきみ。

    4 22/08/25(木)00:51:17 No.964441626

    いつまでも元気でいてはくれないきみの姿が、一際遠くに感じた。ジョチュウギクの清潔な香りと一緒に雨の日の土の匂いが鼻をくすぐった。軽やかな香りの下に滑り込んだ重々しさは、逃れ得ぬ黒衣の予感をはらんでいた。 「――ピュアリィ。わたし、不思議な夢を見たの。パパとママと、それからお姉ちゃんと、四人で遠くに行く夢」  ぼくはそれがどういう意味なのかをよく知っている。きみは、もうお婆ちゃんなんだから。お父さんがお爺ちゃんになって、お母さんとお姉ちゃんがお婆ちゃんになったこと。安らかな寝顔のまま、決定的な違いを感じる冷たさに包まれたこと。きみがたくさん泣いていて、ぼくには何にもできなかったこと。どれも忘れたりなんかしない。その残酷な足音が、少しずつきみに近付いている。きみもそれを知っていて、受け入れようとしているんだね。どうしていいかわからずに体を丸めると、懐かしくて優しい指先に撫でられた。すうっと泳いで、とん、とんと指が叩く。きみがぼくを撫でるときのお決まりの癖。 「お花畑に行って、泉にも、森にも行ったわ。どこもとても綺麗な場所なのに、何だか怖くて……きっと、どこにもあなたがいなかったからよ」

    5 22/08/25(木)00:51:42 No.964441749

     とん、とん。すぅ。とん、とん。指が少しだけペースを上げた。不安なのはきみも一緒。今まで山ほど分かち合うことのできた気持ちが、今この瞬間から少しずつ別れていく。先行く者と、残されるもの。どちらが不幸なんだろう。考えたくもない気持ちが生まれて、すぐにかぶりを振った。こんなにも暖かいきみの指が冷たくなる瞬間なんて考えられない。穏やかな心臓の鼓動が、そばにいてもしっかりと伝わってくる。こんなにも生きているというのに、それがいつか終わる日が来てしまうなんて考えられなかった。 「……ピュアリィ。わたしね、幸せだったわ。あなたが知らないわたしは世界中のどこにもいないの。わたしの全部をあなたに見せたの。わたしはちゃんとあなたのことを知れていたかしら」  ぼくもだよ。全部伝えたし、全部伝わっているから。世界中の誰よりも、ぼくよりもきみはぼくを知っているんだよ。だけどそれでもやっぱり寂しいんだ。いつか、伝えたいものを伝えられなくなるって思うと、きみに出会う前のすっかり忘れていたはずの孤独がもぐらのように顔を出す。

    6 22/08/25(木)00:51:58 No.964441844

    もぐらはぼくの心の中に幾つも穴を開ける。するとその一つ一つから温泉みたいに色んな記憶が噴き出した。忘れがたい大事なものが、抜け出してしまうような気がした。 「ねえ、わたしの姪の……小さい頃はよく遊んだでしょう、あの子を覚えてるかしら。最近は孫を連れて遊びに来てるわね、ほら、あの……」  その人のことも覚えている。きみのお姉ちゃんの子どもで、その子も、そのさらに子も、一緒に遊んだもの。ぼくは頷く代わりに尻尾を振ってみせた。お利口ね、ときみは笑ってくれた。 「その子に、わたしがいなくなった後のあなたのお世話をお願いしてるの。仲良くしてあげてね」  断れるはずなんてないじゃないか。そんな気持ちでぼくは身体を強く押し付けた。指が毛並に沈んで、皮膚をくすぐった。街の隙間を縫って吹く風がいつか止むのと同じように、フルーツの食欲をそそる香りが通りから一本道を外れたら消えてしまうのと同じように、きみといる時間が限られている。叶うならいつまでもこうしていたかった。それから尻尾の毛を膨らませてきみを包んだし、翼で抱き寄せもした。

    7 22/08/25(木)00:52:22 No.964441964

    もしもぼくに言葉があるなら、喉が枯れるまでありがとうと言えるのに、そうできないことがもどかしかった。  丁度その言葉を言い終えるのと同時に、お昼を告げる鐘が鳴った。家に帰ってご飯の時間だと決まっていた。いつもと変わらない景色も、空気も、なんだか特別に感じた。本当は、きみがぼくの世界を特別に変え続けていたのかな。そう言われても何も不思議には思えないような日だった。夕焼けの気怠さは紫色の夜から逃げることなんてできないのだと告げていて、そしてすぐに、陽は沈み星の浮かぶ空を黒が覆った。 「ピュアリィ、側にいてくれるかしら。久しぶりに、一緒に寝たいの」  ぼくがきみよりも大きくなって、翼が生えてからは分かれて眠るようになった。そうなってからの方がとっくに長くて、その間ずっと寂しかったよ、きみもそうだったんだね。薄布の中に潜ると、いつまでだって一緒にいようと約束した幼い記憶が昨日のように蘇る。

    8 22/08/25(木)00:52:44 No.964442081

    布団の中は二人だけの至聖所だったね。きみが楽しそうに話してくれた学校のこと、友達のこと、上手くいったこと、いかなかったこと。ぼくの見た街並み、美味しい野イチゴの生えてる場所、探検にもってこいの洋館に、綺麗な小川。何の秘密のない、世界で一番幸福な国。あの国はまだ布団の中で変わらずにあり続けて、ぼくが帰ってくるのを待っていたみたいだった。お喋りしたいことはたくさんあった、二人とも。 「ふふ、くすぐったいわ。……懐かしい、こんなに大きくなったのに、あの頃からずーっとあなたはわたしの大事な大事なピュアリィね。ピュアリィ。大好きよ。お風呂好きなところも、美味しそうに私のご飯を食べてくれるところも、一緒に遊んでくれるところも、ふわふわの毛並も、ぴくぴく動く耳も、もこもこ包んでくれる尻尾も、ぽかぽかあったかいあなたの全部が大好き」  初めて出会ったとき、きみは十歳の女の子だったよね。あの頃から今日まで変わることなくきみはぼくを大事にしてくれたね。綺麗にしてくれたし、美味しいご飯をいっぱい作ってくれたし、一緒に遊んでくれたね。

    9 22/08/25(木)00:53:04 No.964442192

    ぼくを見つけてくれて、手を差し伸べてくれて、寂しかったら寄り添ってくれたね。何かに触れるたび、水遊びをするたび、ご飯を食べるたび、お散歩をするたびに、ぼくはきみが最初にくれたその瞬間を思い出すんだ。ぽかぽかして、ぴかぴかして、ふわふわして、わくわくした気持ちが続いていることがとっても嬉しいんだ。  新しい思い出が増えなくなったとしても、もう二度ときみから何も貰えなくなったとしても、いつかきみの声や温もりを忘れちゃったとしても、何回でも思い出すからね。ぼくがきみを大好きなことも、きみがぼくを大好きなことも、ぼくの宝物だから。  おやすみなさい、大好きなともだち。

    10 22/08/25(木)00:53:21 No.964442283

     老婆はいつもと同じ時間きっかりに眠り、そしてそれきり目を覚ますことはなかった。朝の霞が窓に滑り込む午後七時、月に何度か訪れる彼女の姪が冷たくなった彼女を発見した。傍らには、彼女と眠ったままの夜を映したような毛並のピュアリィが寄り添っていた。部屋には幾つものおもちゃと一組の机と椅子がり、机には何冊ものアルバムが立てかけられていた。その最新のものには一枚の手紙が挟まれていた。  姪に宛てられたその手紙には、『いつもこの子と仲良くしてくれてありがとう。もしも貴方がこの子を幸せにしてくれるのなら、どうかこの子と暮らしてください』と丸っこい文字で記されていた。日付は丁度昨日のものだった。また、ピュアリィの保護団体の連絡先と共に、焼き増したであろう彼女とピュアリィの写真が同封されていた。部屋に残された料理のレシピはピュアリィの健康を第一に考えられており、人間とピュアリィが共に食べられるものばかりだった。後に中身を知った目ざとい出版社が何社も書籍化したいと手を挙げる程の出来だった。

    11 22/08/25(木)00:53:44 No.964442412

    れらのがめつい出版社を丁重に断った姪は、ピュアリィと人が暮らすための本を何冊も出していた小さな出版社と契約をした。後にそれは何度となく改定をされながら世界中で親しまれる一冊となる。  ピュアリィはずっと大人しかった。葬式の礼儀作法を全て知っており、そして、残された者はただ見送ることしかできないと悟っていたのだ。老婆は火葬され、灰と骨と思い出を残してこの世界のどこにもいなくなった。夕焼けの空の下、ピュアリィは残された姪に向かって小さく鳴いた。一人と一匹は未だ厳かな喪服を纏っており、彼女の死を悼んでいた。 「叔母様はね、あなたのことが何より大事だったの。恥ずかしいけれど私、あなたに嫉妬しちゃったこともあるのよ。子どもが生まれてようやく、叔母様の気持ちはわかるようになったけどね」  姪は年の頃五十過ぎといった品の良い人物だった。白の混ざった長い睫毛は朝日に照らされた霜の煌めきをたたえいていた。三人目の子が十二歳を迎えて以来社交ダンス教室に週二度通っており、そこで培った熟練の動きで叔母の愛した家族へと手を差し出した。

    12 22/08/25(木)00:54:00 No.964442486

    だが、年を重ねる中で生まれる社会的な付き合いにおいて、このような純粋な言葉を発することなどは無く、ひどく緊張した面持ちだった。彼女はこの町に住む典型的な人々と同じように愛情深く献身的で、何よりも家族の絆を重んじる人物である。亡くなった彼女の両親と叔母がそのように育て、彼女自身もその人々を模範とし、彼女の子がそうなるようにと尽力してきた。今、目の前で自らの身体を翼で隠し沈鬱を押し殺した熾天使も彼女にとって例外ではないのだ。 「素敵なピュアリィさん。よかったら、私ともお友達になってくださらない」  ひび割れた卵の殻の隙間から、光が差したようだった。瞬きの度に、瞼の裏に描かれた六十二年と三ヶ月前に出会った十歳の少女がちらついていた。彼女の好奇心と不安、そして慈悲に溢れた顔が。あのとき少女は多大な勇気で手を伸ばしたのだろう。その真実の意味を知ったのは少女がいなくなってからだが、長い年月を経た答え合わせに、限界の無い大きなものを感じ取った。ほとんど反射的に、ピュアリィはその手のひらに前脚を乗せた。小さく頷き体重を僅かにかけると、藁のような手が僅かに沈んだ。

    13 22/08/25(木)00:54:18 No.964442574

    そうすることが彼らへの最も誠実な返礼だと、ピュアリィは長い年月をかけて学んでいたのだ。 「まぁ――ありがとう、これからよろしくね。かわいいかわいいピュアリィ」  最初にかけられたものと全く同じ言葉。よく似た温もり。異なる幸せ。夜空には一番星がようやく灯った。星は羽の先、毛先を金色に染め上げ、荘厳とも思えるピュアリィの輪郭線を描いた。  ひょっとすると、生や死を超越した何かが愛情にはあるのかもしれない。姪はそう考え、ピュアリィを抱き寄せた。天使の中では彼女が最期の瞬間まで惜しみなく与えた愛情が血液のように循環しており、それ故に寂しくとも乗り越えることができるだろう。ならば自分の役目は、この天使を世界で二番目に愛する者となり、その愛が報われるようにすることだと信じたのである。何より、ピュアリィは、そうしたいと思える程に魅力的な天使なのだから。

    14 22/08/25(木)00:54:52 No.964442728

    意味不明な呪文を唱え出したわ!

    15 22/08/25(木)00:55:00 [s] No.964442765

    終わりです ピュアリィがかわいいから熱にうなされて書きました おやすみなさい

    16 22/08/25(木)00:56:44 No.964443234

    ピュアリィ・ロストメモリーじゃねえか…

    17 22/08/25(木)00:56:44 No.964443236

    これはなにメモリーなんだ?

    18 22/08/25(木)01:02:57 No.964444861

    これは私が死んだ後のピュアリィの話なんだけど

    19 22/08/25(木)01:03:08 No.964444909

    これピュアリィの下に重ねていいやつ?

    20 22/08/25(木)01:04:57 No.964445434

    墓地のこのカードを除外すると相手はフィールドのカードを全てデッキに戻さなくてはならないくらい書いてそう

    21 22/08/25(木)01:05:10 [s] No.964445517

    誤字の訂正 >老朝の霞が窓に滑り込む午後七時 午後→午前でした fu1379224.txt fu1379225.txt あと最近書いたやつ

    22 22/08/25(木)01:09:38 No.964446812

    >これは私が死んだ後のピュアリィの話なんだけど アンデット族になってまでペット自慢するのやめてくだち…

    23 22/08/25(木)01:14:53 No.964448282

    ピュアリィは天使だから歳とらないか かなしいね

    24 22/08/25(木)01:23:11 No.964450489

    >終わりです >ピュアリィがかわいいから熱にうなされて書きました >おやすみなさい 寝ろ

    25 22/08/25(木)01:23:33 No.964450573

    最終的にはこの記憶も使っちゃうんだね…

    26 22/08/25(木)01:33:38 No.964452830

    何かを守るために力を使うたびに大事な記憶を無くしていっちゃうんだ… 後ろにいる人が誰かわからなくなっても最後まで盾になってくれるんだ…

    27 22/08/25(木)01:34:50 No.964453053

    これ以上失うものなどもうないから

    28 22/08/25(木)03:12:02 No.964467257

    主人の方が記憶飛ばされてそう