虹裏img歴史資料館

1 22/07/25(月)17:23:31 No.952975516

「お味は？」 「美味い。さすがだ」 　簡潔に答えると、ラビアタ・プロトタイプは嬉しそうに笑った。 　ざあざあと天幕を打つ雨音だけが、空模様を教えてくれる。小さな携帯ストーブの火が、かろうじてお互いの顔を見分けられる程度の明るさを提供してくれているが、その外側は塗りつぶしたような闇だ。 　山の天気は変わりやすいと知っていたつもりだが、日が傾くのとほとんど同時に滝のような豪雨に見舞われたのは参った。雨期のアンナン山脈を甘く見ていたようだ。夜になる前に帰投する予定が、予定外の野営をする羽目になった。 「このあたりでは、駄目なのか？」マリーが尋ねると、ラビアタは首を振った。 「さっき少し見たけど、駄目ね。もう少し高いところでないと」 　幸い、この付近は少し前にドゥームブリンガーが掃討したエリアだ。鉄虫はあらかた焼き払われ、こちらは撃ち漏らしの小物をたまに片付ける程度でいい。

2 22/07/25(月)17:23:42 No.952975548

　携帯ストーブの反対側では、レプリコン1058とノーム569が目を輝かせて一心にスープをすすっている。 「おいっしー……！」 「私、野営でこんな美味しいスープを飲んだの初めてかもしれません」 「あら、ありがとう。ソワンがいたらもう少し、ちゃんとしたものにできるのだけどね」 「ソワンの腕前は知っているが、そこまでか？」マリーももう一口スープをすすった。「これ以上の味になるとは信じがたいが」 「腕はそんなに変わらないけど、あの子はいつも一通りの調味料を持ち歩いているから。粉スープだけでは、どうしてもね」 「粉スープか」 　マリーはカップの中身をまた一口すすって、小さく笑った。 「覚えているか。だいぶ昔、同じように我々と貴女で野営をしたことがあった」 「ちょうど、そのことを思い出していたわ」ラビアタも笑った。「あれはもっと西の……ポーランドの方だったかしらね」 「リトアニアだ」

3 22/07/25(月)17:24:00 No.952975613

　＊　＊　＊ 　東欧の雨は冷たい。どんなにコートの前をかき寄せても襟首や袖口から入りこんでくる冷たく執拗な霧が、そのまま重く凍てついたものが雨である。 　じっとりと全身に染みとおる雨は心までも冷たく強張らせ、小さな焚き火程度では到底ほぐせない。軍帽のつばから一定のリズムでしたたり落ちる雨滴を睨みながら、マリー4号は白く長い息をついた。 　群生するマツの木々の間にひっそりと張られた小さな天幕は、装備類と焚き火を雨から守るだけで精一杯で、人員はみな半分かそれ以上、雨の下に身体をさらしている。明かりが漏れないよう覆いを立てた焚き火の反対側で、ブラウニーとレプリコンが暗い目つきで炎を眺めている。ノームは通信機にかじりつき、イフリートは迫撃砲を抱いて早々に眠り込んでしまった。誰の顔にも、疲労が深く刻まれている。 　無理もない。地中海の拠点から、バルト海をのぞむこの海岸まで、ほぼ不眠不休で1500kmを踏破してきたのだ。みな限界に達している。加えて疲労とは別の、すさんだ険悪な空気が、天幕の中にはただよっていた。

4 22/07/25(月)17:24:20 No.952975692

「帰投予定時刻を5分過ぎた。ノーム兵長、通信は」 「ありません。海上は風雨が強く、時間がかかっていると思われます」 　マリーは顔をぬぐって、木立のすぐ向こうに広がる海を見わたした。降りしきる雨が空と海を灰色に溶け合わせ、水平線がどこにあるのかもわからない。視線の先のどこかを、インペットとフェニックス、それにジニヤー三機からなる先行偵察隊が飛んでいるはずだった。 　そしてその先、灰色の海を越えた彼方に、この遠征の目的地がある。旧スウェーデン領ゴトランド島、ラールブルー研究所。かつて、ブラックリバー・ノルディックが本拠を置いていた場所だ。 「夜までに連絡がない場合、私が単独で海へ出ます。統領、よろしいですね」 　マリーは隣に座る上官に声をかけた。ブラウニーとレプリコンがぴくり、と顔を上げ、険のある眼差しを向ける。 　モノトーンのメイドドレスに身を包み、身の丈よりも巨大な剣を傍らに横たえた彼女は、そんな視線を意に介さず、ただ端然と座っていた。

5 22/07/25(月)17:24:49 No.952975794

　ラビアタ・プロトタイプ。最初のバイオロイド。バイオロイド・レジスタンスの創始者にして指導者。そして、人類滅亡の直前までブラックリバーの宿敵であった三安産業の象徴。 「今更聞くことでもありませんが……鉄血のレオナは、本当に貴方が命を賭してまでも再生させる価値のあるバイオロイドなのですね」 「はい。彼女の戦況分析能力は私よりも上です。現状のように少ない兵力をやりくりする戦いでは、私よりも優れた結果を出すでしょう」 「許可しましょう。いずれにせよ、偵察隊のほかに海上を移動できるのは貴方だけです。本隊は予定通り、私が指揮を執ります」 　レプリコン223が焚き火のはぜる音に合わせ、聞こえないよう小さく舌打ちをする。それをあえて無視して、マリーは皆から見えるように頭を下げた。 　マリーとて、ラビアタに従うことに抵抗がないわけではない。だが最後の人類戦力が消え、鉄虫に対抗するのがバイオロイドだけとなった今、その総力を一つに結集することは絶対に必要だ。そして、それを束ねる者としてラビアタ以上にふさわしい者がいないのも、口惜しいが確かだ。

6 22/07/25(月)17:25:04 No.952975850

　そう納得するのに少しばかり時間を要したが、しかし一度納得してしまえば、統率と規律の必要性をマリーは誰よりもよく知っている。ラビアタには常に敬語で接し、些細なことでも報告して、常に部下であることを心がけた。そうすることで、他のブラックリバーのバイオロイド達も同じようにラビアタに従ってくれることを期待したからだ。その効果はあり、これまでラビアタとの合流を拒んでいたブラックリバーの部隊が、少しずつレジスタンスに加わりつつある。 　しかし、摩擦は消えたわけではない。とりわけ、もともとマリーの配下であるスチールラインの隊員達は、自分たちの長がラビアタの下についているのが気に食わないのだろう。マリーが何度も注意を与えてなお、ラビアタへの敵意を隠そうとしない者がいまだに多い。 　この遠征にラビアタを同行させることにも、マリーは当初反対した。レオナの再生は喫緊の課題とはいえ、統領が拠点を留守にするのはあまりに危険だ。まして、遠征隊のラビアタ以外のメンバーは全員ブラックリバー製なのだ。部隊の空気が悪くなることは想像に難くない。

7 22/07/25(月)17:25:14 No.952975893

　懸念は半分外れ、半分は当たっていた。ラビアタの卓越した経験と戦闘能力がなければ、いたるところに鉄虫の支配地域が広がるヨーロッパをこれだけの人員で縦断することは到底不可能だったろう。一方で、隊の空気が悪くなったのも想像以上で、マリーは数十年の人生の中で初めて、胃の痛みというものを味わっていた。 「……帰投予定時刻を10分過ぎた。ノーム兵長」 「通信ありません」 　マリーはもう一度軍帽のつばを払って、カップの中身を一口すすった。泥水に水質浄化剤を入れただけの湯は、度しがたく不味かった。

8 22/07/25(月)17:25:37 No.952975981

長くなったので続き fu1285337.txt

9 22/07/25(月)17:35:03 No.952978189

またノームが肉食ってる…

10 22/07/25(月)17:37:57 No.952978945

マリーさんカーンさんと同レベルの猛者のはずなのに扱いひどない？と思いつつ書いた まとめ fu1285338.txt

11 22/07/25(月)17:39:09 No.952979239

そういえばヴァルハラは生き残りがいなかったし外以上にチームで運用するからレオナ隊長をまだ復活させてないならヴァルハラの子を復活させてわざわざ他のチームの下に所属させ使う必要もないよね 生き残りの隊長がいて部下も再生しやすかったスチールラインはそういう意味では便利だったのだろうな

12 22/07/25(月)17:39:28 No.952979320

スチールライン外伝が凄く良かったので日本版にも早く来て欲しいなあ

13 22/07/25(月)17:48:40 No.952981685

めっちゃ面白かった…ありがとうスレ「」

14 22/07/25(月)17:49:44 No.952981973

こう言うのを読むと俺も書いてみようかなと思うことがある 大体うまく書けずに投げて終わる

15 22/07/25(月)17:50:50 No.952982249

ああイフリート以外は過去から現在でみんな死んで入れ替わってるんだな

16 22/07/25(月)17:54:41 No.952983249

>そういえばヴァルハラは生き残りがいなかったし外以上にチームで運用するからレオナ隊長をまだ復活させてないならヴァルハラの子を復活させてわざわざ他のチームの下に所属させ使う必要もないよね グレムリンあたりはエンジニアとして単品でも使い所がある気はする

17 22/07/25(月)17:58:14 No.952984201

ヴぁるきりぃさんとかベラなんかも需要はあるだろう

18 22/07/25(月)18:02:35 No.952985385

グレ子はちょっとヴァルハラ所属感が薄いのはメカニック組で登場することが多いからだろうなあ ブッチーコラボもバリちゃんとの登場だったし

19 22/07/25(月)18:04:55 No.952986004

マリーにこういう評価されてるの知ったら顔には出さないけど絶対喜ぶよねレオナ

20 22/07/25(月)18:06:04 No.952986295

ラビアタがアナグマステーキでわざわざスチールラインから少しづつ材料募ったのには一つの料理にスチールラインの面々を関わらせる事で所属意識を強める狙いがなくはなさそう

21 22/07/25(月)18:09:37 No.952987258

ラビアタが出撃して野営するような状況って何ごとかと思ったらお前ら……

22 22/07/25(月)18:17:13 No.952989296

楽しいひと時をありがとう

23 22/07/25(月)18:30:27 No.952993051

> 戦時中にロールアウトして、まともな料理など食べたことがないであろうノームに至っては、食べながら涙ぐんでている。 可哀想…