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21/12/01(水)00:36:50 ※この怪... のスレッド詳細

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21/12/01(水)00:36:50 No.871973089

※この怪文書は現実の競走馬をモチーフにしており実在の人物とは無関係です

1 21/12/01(水)00:37:47 No.871973408

「引退!?」 トレーナーの驚く顔。無理もない。先週に年明けの復帰戦に向けて調整すると決めたばかりだ。それでも私の意志は揺るがない。にっこり微笑んでちょっとおざなりな挨拶をして、私は執務室を出た。トレセン学園の誰もいない廊下を歩く。一歩踏み出すたび、わずかに左脚が痛み、熱を感じる。それが私の引退の理由、その半分だ。私は道すがら。これまでの自分のレースの数々を想い返していた。 私は二戦の惜敗の後メイクデビューに勝利し、ぶっつけでG3に挑んだ。その時は人気通りの4着だった。…思えばこの後の自分を予見するようで、ちょっと笑える。でも次のリステッドで私は二度目の勝利を飾った。新しいトレーナーさんに変わって初めてのレース、競り合っての勝ちだった。私とトレーナーさんはゴール直後、抱き合って喜んだ。そして彼はとんでもないことを言いだした。 「オークスに出よう」 「…ええ!?」 「ファン数はもう十分だ!それにこれなら勝てる…ブーケはそれくらい力があるウマ娘だ!」 「わ…わたしが…オークス…」 条件戦やG3を目指そうかと思っていた私にとっては夢の世界だった。彼の熱意に押されて、私はオークスに出走登録した。

2 21/12/01(水)00:38:24 No.871973608

オークス当日、私は12番人気だった。緊張で死にそうだったから、過度な期待がないだけマシだと思ってむしろ心が安らいだ。一番人気は前から実力を示してデビューから三連勝中のラヴズオンリーユーちゃん、二番人気は既にG1で2着を獲って以前私を負かしたクロノジェネシスちゃん…みんな強豪揃いで互いにけん制し合っているようで、私は心臓が潰れそうなままレースが始まった。私はなんとかいい位置につけて中段を進んだ。横を走るクロノちゃんから凄まじいプレッシャーを感じる。でも…負けたくはない。だから走るんだ。外につけて最終直線、前には誰もいなかった。気が付けば私はほとんど先頭を走っていた。クロノちゃんも左後ろにいた。信じられなかった。勝てる。そう思った瞬間、背後から迫るものがあった。ラヴズオンリーユーちゃんだ。ふわふわとしたいつもの妙な雰囲気を纏ったまま、飛ぶような末脚で私を追い抜く。その時だった。私の闘志に火がついた。負けない。負けたくない。勝つ!クロノちゃんも引き離して競り合う。あと少し。あと少し。少しで。…………なんで…届かないの。

3 21/12/01(水)00:39:02 No.871973788

オークスはラヴズちゃんの勝利に終わった。掲示板の「10」の表示が恨めしかった。まだごわごわしている勝負服に汗がにじんで、スカートの生地を強く握りしめていた。 トレーナーさんは私を慰め、褒めてくれた。よく考えれば初めて出たG1で2着なんてすごいことだ。私は落ち着きを取り戻し、トレーナーさんと話し合った結果秋華賞に出ること、その前にG3で叩くことに決めた。正直に言うとあまり強い子はいなかったから、当然と言えば当然だけど一番人気だ。勝つと思っていた。私も、トレーナーさんも、ファンのみんなも、あるいは選手の子たちも。でも私は3着だった。オークスで沈んだ子に先着され、トレーナーさんは頭を抱えていた。 「トレーナーさん…」 「…ああブーケか。まだ休んでなきゃダメだよ」 「私…勝ち方がわからないの」 「……………」 「勝てると思ったの。オークスもあともう少しだった…勝てると思って走っているのに追い抜かれちゃうの」 「…まだ始まったばかりじゃないか。勝ち方を知っている子なんてそれこそほとんどいないさ」 「…そうだね」

4 21/12/01(水)00:39:47 No.871974019

念入りにトレーニングし、戦略を立てて臨む。秋華賞はオークスで私の後ろだったクロノちゃんが前を走っていった。ジャパンカップはあと少しのところで二着だった。私もそのころにはいちいち泣き言は言わなくなっていた。それに私は、レースのもう一つの顔を知っていたからだ。それが私の引退する、もう半分の理由でもある。 …随分歩いて来た。学園の広大な建物を端から端まで来たのだ。もうすぐ目的地に着くはずだろう。脚の痛みも少し気にならなくなっていた。私はトレーナーさんとの思い出を考えていた。 一向に勝ちきれないことに悩んでいた秋華賞直前のころ。トレーナーさんがやにわに扉を開けて入ってきた。嬉しそうな顔で、その手には大量の封筒を抱えている。二人で手分けして開封すると、なんとそれは全部私へのファンレターだった。 『がんばってブーケドールちゃん!』 『次こそ勝利を!』 『いつもレース見てます!』 暖かい言葉ばかりで思わず胸が熱くなった。と、その中の一通が目に止まった。 『全戦掲示板入りおめでとう!』

5 21/12/01(水)00:40:45 No.871974299

「そうだよブーケ、デビューしてからずっと掲示板入りしてるじゃないか!凄すぎるよブーケ!」頭をわしゃわしゃと撫でる手がくすぐったい。彼の笑顔が眩しかった。 掲示板を意識したことは今までなかったが、確かに私は今のところ5位より下になったことはない。運がいいだけだと言おうとして、またトレーナーさんに窘められると思って辞めた。勝てない私にも人を喜ばせられる…そんな実感がたとえようもなく誇らしかった。そしてレースが続く中で、私はいつしか掲示板入りを当然のように考えていた。 そんな中、あのジャパンカップがやってきた。最強と称される8冠ウマ娘アーモンドアイちゃん、史上三人目の無敗三冠ウマ娘コントレイルくん、同じく無敗ティアラ三冠デアリングタクトちゃん…私は激戦の末、三人に告ぐ4位に食い込んだ。人生二度目の4着………でも間違いなく死力を尽くしたとはっきりと言える。悔しさと充実感に満たされ汗まみれになりながら控室に戻ったとき、トレーナーさんがいつになく思い詰めた口調で告げた。

6 21/12/01(水)00:41:08 No.871974409

「ブーケ…俺は君の担当を外れようと思う」 「……………え?」なんで?理解できない。 「俺は君にぜんぜん勝利を届けられていない」違う。勝つだけが全てじゃない。 「俺はもともと大したトレーナーじゃないんだ」違う。ずっと掲示板なのに。 「もっといい人がいるはずだ」違う。貴方に笑って欲しいのに。 既にトレーナーさんは方々に紹介状を書いており、有馬記念までには彼は私の担当を外れると言った。私は…私はそのとき、彼の腕をつかんだ。驚いたような彼の瘦せた顔に向かって言った。 「貴方と走れないなら、貴方をずっと笑顔にしてあげる!私のレースを見た人たちは勇気をもらってるってあの日トレーナーさんは言ってた!だから私は走る!そしてレースで笑顔にできなくなったら…その時は、私があなたを笑顔にしてあげる…だから、それまで待っていて!」 トレーナーさんはしぼむように微笑んで、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。 「ああ、待ってるよ。ずっと待ってるから」

7 21/12/01(水)00:41:40 No.871974581

私は走った。適性を外れた長距離も、かつて追い抜き追い越されたライバルの輝くグランプリも。途中私のトレーナーは何度か変わった。親身だけどなんか変なトレーナーや魔術師と渾名されるトレーナー、あのデアリングタクトちゃんを育てたトレーナー…みんな親切にしてくれたけど、私にはあの人がいた。テレビの向こうで見てくれていると信じて、私はとびきり笑うようになった。ファンのみんなのために、何よりあの人によく見えるように。左脚の痛みをその影に隠して。 キャリアは四年目を迎え、初めて挑む秋の天皇賞の舞台。かつてジャパンカップで強さを見せつけたコントレイルくんと、それを倒そうとする新世代の皐月賞ウマ娘エフフォーリアちゃん。マイル女王と呼ばれる同期のグランちゃんも含め、混戦が予想された。それでも私は心配していなかった。屈指の重馬場に古くから不利と言われる大外枠という要素も、私には関係なかった。そのはずだった。ゲートが開いた。 大外から真ん中に寄せてバ群を前目につける。横にはグランちゃんがすごい形相で走っている。第四コーナーまで変わらずいつもの位置につけて最終直線に出た。前には誰もいない。

8 21/12/01(水)00:42:01 No.871974699

あの時と同じ…今度こそ勝つために脚を………………出せない。重いんだ。懸命に懸命に、地面を蹴っても前に進まない。後ろから迫って来たバ群に、私は初めて呑まれる恐怖を味わった。遠い。エフフォーリアちゃんがコントレイルくんが、グランちゃん…手を伸ばしても届かない。やめて。あの人が見てるのに。やめて。やめて!!私の叫びはただ重馬場の底に呑まれていった。 掲示板に私のバ番はなかった。12着。それが私の目の前にぶらさがる現実で、終わりだった。笑顔を作ろうとしてもできなくて、なんとも不細工な顔がテレビの端に映っていたんだろうと思う。花びらが舞い散った。

9 21/12/01(水)00:42:24 No.871974804

…今のトレーナーは私の左足の故障が発覚してなお、現役続行を諦めてはいなかった。年明けのG2を目途に調整する旨を伝えられたとき、私の心には飲み下せないものが残った。私が無様を晒しても、ファンのみんなからは批判ではなくて同情と応援の声ばかりが聞こえた。私はみんなを笑顔にするんじゃなかったのか。心配をかけてどうする。復帰してもそこはG1じゃない…もうとっくにわかっていた。私は勝ち方を得られなかったまま、勝てるかもしれない力だけを身に着けた。G3でも勝てるかは正直自分でも自信がなかった。掲示板こそ私の居場所だった。何より、約束したのだ。今度こそ、あの人の笑顔を咲かせなければ。私はいてもたってもいられずトレーナーに引退を告げた。そして今、あの人の部屋に向かっている。 やっとトレーナーさんの部屋に着いた。この一年間、ここに来ることを何度も夢に見た。そのたびに嬉しかったり恥ずかしかったり、吐き気がしたりした。見慣れたはずの扉を久しぶりにノックする。緊張の沈黙。これじゃあまるで恋する乙女みたいだ。扉が開いた。耳にこびりつく軋みが私を出迎えた。

10 21/12/01(水)00:43:23 No.871975086

「…ブーケ?」 「トレーナーさん、私引退したの」 「そうか…お疲れ様」やっぱり、あの日と変わらない。 「………ねえ、私約束したよね」笑ってほしい。 「…そうだな。ありがとう、ブーケ」ああ、笑ってくれた。 彼は頭をくしゃくしゃする代わりに、私を優しく抱いた。私もしがみつくみたいに抱き着いて、そうしていつまでもそうしていた。 「私……貴方のことを…」 「ごめんな、俺は…怖かったんだ」 「トレーナーさん…私は、勝てなくても…」 「うん、うん。ブーケはすごい。ブーケは…みんなに笑顔をくれたんだ。俺も…笑顔をもらってた」ああ…その笑顔だ。私の、私だけの愛しい花束。 「………ありがとう」嬉しい。 なんだか私のほうが大切なものをもらってばかりな気もするけど、これでいいんだ。 私はカレンブーケドール。 黄金の花束は、もう此処にあるのだから。

11 <a href="mailto:sage">21/12/01(水)00:44:16</a> [sage] No.871975352

今日引退すると聞いて悲しくてたまらなくて幻覚を見ました 失礼します

12 21/12/01(水)00:49:12 No.871976867

こういうの好き

13 21/12/01(水)00:49:33 No.871976966

お疲れ様…

14 21/12/01(水)01:02:54 No.871980634

カレブーちゃんの引退に脳を破壊された「」は少なくない…

15 <a href="mailto:sage">21/12/01(水)01:16:18</a> [sage] No.871983593

初めて怪文書書きました あの秋天は見ていて辛かったです どうか穏やかに過ごしてほしい…

16 21/12/01(水)01:20:13 No.871984474

誰もがずっと諦めずに生きられるほど強い訳じゃないからな… それはそれとして本当にお疲れ様でした…

17 21/12/01(水)01:33:24 No.871987194

スレッドを立てた人によって削除されました >※この怪文書は現実の競走馬をモチーフにしており実在の人物とは無関係です なんかこの日本語ムズムズする

18 21/12/01(水)01:40:32 No.871988513

ネイチャを思い立たせる

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