21/09/12(日)01:08:27 あると... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1631376507215.png 21/09/12(日)01:08:27 No.845093285
あるときは包み込むように丸く、またあるときは胸を張るように角張って。 手紙って、不思議だ。手書きの文字を見る機会はめっきり減ったけれど、それを見ていると書いた人の心の形も見通せるような気がする。文字を「character」と初めに呼んだ人は、もしかしたらそんなことを思っていたのかもしれない。 今日も、綴る。言の葉の舟に、想いをのせて。
1 21/09/12(日)01:09:04 No.845093511
「日誌をつけよう」 彼がそんなことを言い出したのは、レースでの成績が軌道に乗り始めたある日のことだった。 最近とみに活躍しだした注目のウマ娘のトレーナーとして、彼は取材で出張。私は中央でレースに集中する。お互いにやるべきことに邁進しているから仕方のないことなのだが、どうしても二人で話せる時間は減っていく。 そういう状況を彼は心配してくれたのだろう。私も最近トレーナーさんと話せていないのは気になっていたところだったので、二つ返事で了承したのだった。 「もうノート用意したんですか?手が早いですねぇ」 彼が持ってきたのは、部活動の日誌に使われるような味気のない大学ノートではなく、明るい水色をあしらった可愛らしい手帳だった。普段の彼には似つかわしくない、けれどどこか愛らしい、そんな表紙を指でなぞる。そんな私を見て、彼は少し照れくさそうに笑った。 「ちょっとお高いやつじゃありません?張り切ってますねー」 「毎日書くんだから、書いていて気持ちのいいものを選びたかったんだよ」
2 21/09/12(日)01:09:25 No.845093642
携帯のメッセージアプリに慣れきっていた最初の頃は少し違和感を覚えたけれど、五通目に差し掛かる頃にはもう、この古くて新しいコミュニケーションツールに慣れ切っていた。 打ち込めばすぐに文字を返してくれる便利さはないけれど、思いついたことをそのまま書けるのは面白い。時折余白に絵を描くと、トレーナーさんが色を付けて返してくれるのが好きだった。おかげでノートが1ページに1匹ずつ猫が住む猫屋敷になってしまったのだけど。 「お疲れさま。日誌書いておくから、もう上がっていいよ」 「んー、動きたくないですー。ここで見てますから、いっぱい書いちゃっていいですよ?」 ソファーから身を起こした私から、デスクの彼に気怠げな声が届く。言葉が届く距離にいるのに書くという要らぬ手間が、いつしかふたりだけの時間になったのは、いつからだったろうか。 シルバーメタリックのシャープペンが、軽やかに言葉を紡いでゆく。紙をなぞる小気味よい音が珈琲の匂いに溶ける時間が、私は好きだった。
3 21/09/12(日)01:10:10 No.845093931
淀みなく進む筆の調子は覗いてみたいという好奇心をうっすらと刺激してゆくけれど、それを抑えてソファーに戻る。書いている途中の文を見てしまう無作法に思いとどまる気持ちは、きちんと持ち合わせているつもりだ。 けれど、書いてくれたものを読んでいる表情を、彼の前で見せたくないという恥ずかしさのほうが大きい。紙一枚を隔てなければ、私はきっと彼の心でいっぱいになってしまうから。 あの人は私にとって、何か太陽のようなものであるような気がする。逢えない夜は凍えそうな想いになって、彼の言葉を思い出して眠る。けれど、近づく勇気はまだ持てない。灼かれてしまうのが怖い。触れたいと願いながら、そばにいけない矛盾がある。 「はい、どうぞ」 「ありがとうございまーす。明日には返しますね」 早く見たいという気持ちと、人のいるところでは我慢しなくてはという自制心がせめぎあって、そのときの私はたいそう酷い顔をしていただろう。廊下に人がいなかったことにこれほど安堵したのは、初めてだったかもしれない。
4 21/09/12(日)01:10:43 No.845094119
空模様はいつも同じとは限らない。季節が変わりところが違えば、晴れもするし雨にもなる。 私の空模様は、どうやら梅雨に入ってしまったようだ。 何もかも上手くゆかなくなるときがある。考えたことや頑張ったことが何もかも裏目に出て、何もしたくなくなる。そういう日がずっと続いていた。 勝てない。思い通りにならない。 悔しい。情けない。 そんな日にも日誌は、何を言うでもなくただそこにあった。 『どうすれば、いいですか? もう、わかんないです』 ページの猫は、その日初めて家出した。
5 21/09/12(日)01:11:05 No.845094243
一夜明けて、また後悔した。自分の心の一番醜い部分を顕にしてしまったのだから。この日ばかりは彼が出張でいなくなってしまうことに、少しだけ安堵してしまった。 けれどノートだけは、きちんと決まった場所に置かれていた。 彼は何と言うだろうか。怒っただろうか。失望しただろうか。 怖い。見たくない。 でも、終わりにしたくない。
6 21/09/12(日)01:11:21 No.845094322
ノートの端に触れると、何かが指に当たった。恐る恐る開いてみると、付箋がついている。 他のページも開くと、そこにも付箋がついていた。昨日まではなかったものだから、きっと彼が私の書いたものを見て付けたのだろう。 慌ててページをめくって、昨日私が書いたところを開く。すると私の書いた文字の側に、寄り添うように彼の字があった。 『セイウンスカイを信じてあげて』 『俺はセイのこと、信じてる』
7 21/09/12(日)01:11:38 No.845094432
付箋が貼ってあったのは、今まで自分が頑張れた日や結果を出せた日のページだった。 『辛くなったら、思い出してみて。 セイはちゃんと頑張れる子だから』 私の書いた言葉に、彼が書き足す。 飾らない、そのままの彼の気持ち。 消してしまうでも、線を引いてしまうでもない。 ただ、足りないものをそっと足してくれる。「私」を否定することなく、優しく寄り添ってくれる。
8 21/09/12(日)01:12:00 No.845094573
「でも、ひとりじゃ、むりですよ。 だから、早く帰ってきてくださいね」 私を信じてくれる、あなたを信じたい。まだあのひとの前で、そう伝える勇気は持てないけれど。 だから、これも書き残そう。少しずつでもいいから、あなたにも私の想いを伝えたい。
9 21/09/12(日)01:12:28 No.845094750
うららかな春の風が、日誌のページを優しくめくっていく穏やかな日のこと。いくつもの言の葉が折り重なったページを眺めながら、そんなこともあったなと、私は思い出に耽っていた。窓の外を見遣れば、校門に集まった生徒たちの泣き笑いする声が、鳥の声とともに聞こえてくる。 そう。今日は晴れの日。私たちの卒業の日だ。そして、競走バセイウンスカイの引退の日でもある。 だから私とトレーナーさんの契約も、今日でおしまい。 「もう、ルール違反ですよ?書いてる途中で覗き見するなんて」 「ごめんごめん。でも、今日だけは許して」 一番新しい、白紙のページを開く。きっとこれが最後のページになるのだろう。 「なんか歯切れ悪いですね、あはは。まだこんなに残ってる」 かちかちと小気味よい音を立てて、シャープペンが準備完了の合図をする。 銀色のシャープペンは、彼からもらったものだ。可愛いものじゃないからと彼は遠慮していたけれど。 でも、ここに書き込むときは、彼と過ごした月日を思い出せるようにしたかった。
10 21/09/12(日)01:13:01 No.845094936
綴る。今まであったたくさんの思い出を。 「この日誌もこれでおしまいなんだって思うと、セイちゃんちょっと寂しいんですよ」 「俺も寂しいよ。もっとセイの走る姿を見たかった」 そして、最後の言葉を──
11 21/09/12(日)01:13:25 No.845095088
「きっと今書くのに忙しいだろうから、独り言として聞いてくれ」 書き終えようとした手が思わず止まる。 「俺、この春から引っ越すんだ。景色もよくてごはんもおいしいし、近くに海もあるところなんだけど。 でも、ひとつだけ困ったことがあってな。一人暮らし用の部屋がないんだ。家族用のしか見つからなくて。 だから、釣りが好きで、俺と一緒に住んで もいいよって子がいてくれたら、すごく嬉しいんだけど」 彼に言われたとおり、私は何も言わなかった。言えなかった。 「セイ。ほんとに、やめちゃうのか? まだこんなに残ってるのに」 差し伸べられた手を、握り返す勇気がほしい。 「俺はこれからも、セイと一緒にいたい」 その言葉に押されるように、もう一度ペンを執る。 書きかけたさよならに、濃く二重線を引いた。
12 21/09/12(日)01:13:47 No.845095200
『すきです』 拙く書いたその言葉に重ねるように、後ろから温かい熱に包み込まれる。 「ありがとう。俺もセイのこと、大好きだよ」 「…ずるいですー。ここに書いた時点で、トレーナーさんの思い通りだったってことじゃないですか」 「ごめんな。でも、セイの気持ちが知りたくて」 「だめです。ゆるしませーん。 …だから、ずっと一緒にいるって約束、してください」 高まる熱が、唇から伝わるような気がした。
13 21/09/12(日)01:14:07 No.845095309
終わりと思っていたその先に、何枚も何枚も白紙のページが待っている。これが私の未来だと、指し示すように。 人生はまだ続いていて、きっとこの先もこの白いページを、幸せな思い出で満たすことができるのだと。 「いっぱい書いてこうな。これからも」 「じゃあ、トレーナーさんがいっぱい、幸せにしてくださいね?たくさんたくさん、書けるように」 「もちろん」
14 21/09/12(日)01:14:33 No.845095462
でも、困ったな。幸せすぎるのも考えものだ。嬉しくて仕方なくて、書くことがなかなか見つからない。 でもとりあえず、書いておこう。これだけはきっと、いつまでも確かなことだから。 『またあした』
15 21/09/12(日)01:14:48 No.845095541
分厚い。重い。 でも、嫌じゃない。それだけ深く、私とあなたが心を通わせた証なのだから。 思い出が、高く高く積み上がる。これまでも、きっとこれからも。
16 21/09/12(日)01:15:21 No.845095728
やっぱり、手紙って不思議だ。ただの言葉の記録じゃない。 文字に思いが遺っている。ペンを走らせれば、心の距離が近づく。真っ白な風景の中に、ふたりの世界が刻まれてゆく。 ただ、あなたのそばにいたい。 銀の翼で、舞い降りるように。
17 21/09/12(日)01:16:03 No.845095958
おわり セイちゃんと幸せな思い出を何枚分でも作りたい人生であった
18 21/09/12(日)01:16:16 No.845096027
私こういうの好き…
19 21/09/12(日)01:16:18 No.845096043
イチャイチャしやがってよ…幸せになれ…
20 21/09/12(日)01:17:35 No.845096482
死が二人を分かつまで書き続けるんだ…
21 21/09/12(日)01:18:16 No.845096713
爽やかさと甘酸っぱさが同時にきていいね…
22 21/09/12(日)01:18:40 No.845096853
最期のページもまたあしたなんだ…
23 21/09/12(日)01:19:12 No.845097033
よわいようでいてつよいなこのセイちゃん…
24 21/09/12(日)01:20:34 No.845097490
いいですよね貰った銀色のシャープペンが翼になるの
25 21/09/12(日)01:23:00 No.845098407
ちゃんと卒業まで待っててえらい
26 21/09/12(日)01:27:11 No.845099703
1人ずつじゃよわいから 2人でなら…
27 21/09/12(日)01:27:38 No.845099843
>ちゃんと卒業まで待っててえらい この健全なお付き合いには理事長代理もにっこり
28 21/09/12(日)01:28:08 No.845099974
年の瀬あたりに二人でこたつ入ってテレビ見ながら「こんなこともあったね~」みたいな話を日記めくってしてると大変よいと思う
29 21/09/12(日)01:29:15 No.845100314
紅塗った君がなんか 大人になってしまうんだ
30 21/09/12(日)01:30:20 No.845100648
98世代で文通がブームになる しかしスペあたりはトレーナーさんに直接会いにいくのであまり意味がない
31 21/09/12(日)01:32:09 No.845101262
うまいなー
32 21/09/12(日)01:33:36 No.845101741
やはりセイちゃんには青空が似合う
33 <a href="mailto:以下約半年ごとに抜粋">21/09/12(日)01:41:11</a> [以下約半年ごとに抜粋] No.845104260
『新居に到着。意外と絶景でびっくりしてます。 荷解きが終わってから、トレーナーさんとベランダでお酒を呑みました。月が浮かぶ海の景色が、今でも忘れられないです』 『写真の現像ができたので、ここにも貼っておくことにする。 ウエディングドレスを着たセイの隣に立てるこの日を、何よりも心待ちにしていたよ。僕は幸せな男だ』 『だいぶ大きくなったかな?もう動くし、お腹を蹴ったりもします。 初めてのことばかりで不安もたくさんあったし、スペちゃんやキングにもいっぱい助けてもらっちゃいました。 でも、産まれてくるこの子とすごく嬉しそうに笑ってくれるトレーナーさんのことを考えると、頑張ろうって思えます』 『今日、無事に産まれました。元気なウマ娘です。名前はこれから二人で相談かな。 ありがとう。産まれてきてくれたあの子とセイに、心からの感謝を贈ります』
34 21/09/12(日)01:43:01 No.845104818
幸せそうでいい…
35 21/09/12(日)01:43:09 No.845104866
産駒作ってる…
36 21/09/12(日)01:45:20 No.845105561
同棲→結婚→妊娠→出産 ストレート勝ちすぎる
37 21/09/12(日)01:47:07 No.845106127
とてもいいものを読ませてもらった
38 21/09/12(日)01:47:27 No.845106225
子供に青春時代のイチャイチャ見られて顔真っ赤になっててほしい
39 21/09/12(日)01:48:13 No.845106433
セイちゃんは原作がああなので幸せになるべき
40 21/09/12(日)01:48:51 No.845106592
このようにして聖ウンス会の教典は編纂される
41 21/09/12(日)01:51:20 No.845107359
日誌という名のイチャイチャの記録ですよね?
42 21/09/12(日)01:51:20 No.845107361
いずれ子供にも伝授するんだろうな…
43 21/09/12(日)01:52:42 No.845107808
御神体の手書きのイチャイチャ記録を教典にするのか…
44 21/09/12(日)01:55:00 No.845108559
御神体の幸せは信者の最上の幸福だからな…
45 21/09/12(日)01:55:38 No.845108743
子供の成長記録から老後の夫婦生活まで書くんだよ…
46 21/09/12(日)01:59:29 No.845109784
生まれた娘はつよつよなトリックスターなのかよわよわな猫ちゃんなのか
47 21/09/12(日)02:02:06 No.845110540
>セイちゃんは原作がああなので幸せになるべき 産んだら限界まで溜まったトレーナーさんががっつり生ぴょいしちゃうから結局孕まされちゃうんだよね…
48 21/09/12(日)02:04:10 No.845111083
ウマ娘のセイちゃんならのんびり釣りしながらたまにトレーナーさんと産駒作りする生活できるよ…
49 21/09/12(日)02:07:16 No.845112012
>ウマ娘のセイちゃんならのんびり釣りしながら毎晩トレーナーさんと産駒作りする生活できるよ…
50 21/09/12(日)02:07:59 No.845112210
日誌見ながら笑い合ってる姿がよく似合う
51 21/09/12(日)02:10:07 No.845112783
ページの数だけ未来があるのいいよね