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21/08/04(水)01:41:59 No.830911213
練習中に骨折したスリゼローレルは、すぐさま、ベテラントレーナーによって掛かりつけの病院に運び込まれた。両足を骨折したウマ娘を運ぶのは中々苦労が伴うことではあったが、多数のウマ娘を抱えるベテラントレーナーである。人手には事欠かないのが幸いした。 「ありがとね、バクシンオー」 スリゼローレルを看護師に任せたベテラントレーナーは、救急外来の出口にてサクラバクシンオーにそう声をかけた。 「いえいえ!学級委員長ですから!」 いつものように元気調子で高らかに笑うサクラバクシンオー。 「それじゃ、これで寮に戻りなさい」 そう言ってベテラントレーナーが差し出したのはいくらかの紙幣だった。タクシーを呼んで帰りなさいという意味だったが 「ちょわっ!?こ、こんな大金受け取れません!!!」 と尻尾を逆立てて慌てた様子のサクラバクシンオー。
1 21/08/04(水)01:42:13 No.830911271
「いえ、あの…」 と制止するベテラントレーナーの様子を無視し、 「いえ!優等生たるもの、人を助けるのは当然の事ッ!!!それではッ!!!」 と言い、踵を返し走り去っていった。 驀進王の名に恥じない走りを見せる彼女。あっという間にベテラントレーナーの視界より、彼女の姿は点となり消えていく。 その姿を見て、ベテラントレーナーの表情に自然と綻びのような笑顔が浮かんでくる。 それはまるで爽やかなソーダを呑んだうららかな春の日のように。 ただそれは一時の、嵐の前の僅かな休息であることを、彼女は自覚せざるをえなかった。経験というものが、長年トレーナーとして過ごしてきた蓄積がもたらす直感が、暗い未来を彼女に予感させていた。
2 21/08/04(水)01:42:35 No.830911368
「両前足第三中手骨骨折です」 治療を終えて、診療室にてスリゼローレルとベテラントレーナーは、そう医師に告げられる。 「それでお医者様、治療にはどのくらい掛かりそうですか?」 その言葉に対して、スリゼローレルから出てきた言葉はどこか楽観的なものだった。日本ダービー直前で球節炎を患い涙を流した彼女である。昔からお世辞にも健康とは言えなかった彼女である。また時間をかければ治る。その経験が確信となり、彼女の精神的な支柱となっていた。 しかしその言葉に、医者は何も答えなかった。というより、答えるのをためらっているように見えた。 「…お医者様?」 怪訝な顔をして医者に問うスリゼローレル。
3 21/08/04(水)01:43:16 No.830911531
その姿を見て 「骨折自体は2ヶ月もあれば治るでしょう。ただ…」 と医師はようやく語りだす。 「両前足骨折が2ヶ月も続くというのは、2ヶ月間、全く足が動かせないという状態です。その間、鍛えられた筋肉量の劇的な減少を招くでしょう。さらに、中手骨は地面を踏みしめる際、常に負担がかかる場所です。治った後に、また骨折する懸念は払拭できません」 その言葉を聞き 「えっと…」 と、その意図が図れない顔をするスリゼローレル。 医師は一瞬下を向き、深く息を吐いた後、彼女に向き直った。 そして 「率直に言います。今回の骨折は、…競技能力喪失に等しいものです」 と語り掛けた。 「もう競技を続ける事は絶望的です」 続けざまに出されたのは、レースに挑むウマ娘にとって、死刑宣告に等しいものだった。
4 21/08/04(水)01:43:57 No.830911679
診療室に重い重い沈黙が満たされる。 誰も何も言おうとしなかった。 誰も何も言えなかった。 その沈黙を破ったのは 「あの」 スリゼローレルだった。 「嘘、ですよね」 震える声で彼女は問いかける。 「お医者様、嘘、ですよね!?」 縋りつくような瞳で彼女は医師に向く。 しかし医師は視線を逸らし何も言おうとしない。 「トレーナーさんも何か…!!!」 と彼女は、後ろに立つ彼女のトレーナーを見た。しかし
5 21/08/04(水)01:44:30 No.830911825
「え……」 彼女の視線は、スリゼローレルには向いていなかった。ただ、どこを見る事もなく、まっすぐに視線を向けていた。 その瞳に映るのは鉛のような鈍い灰色。希望の光のない、暗い暗い水の底を思わせる光なき世界。 途端、スリゼローレルは世界が揺れるのを感じた。 全てが終わっていくのを感じた。 「入院の手続きを取ります。…お大事になさってください」 そう医師から出た言葉を、彼女は茫然と耳に入れるほかなかった。 同じく病院にいたウマ娘、マーベラスサンデー。 彼女もこの日、骨折を患い、一日入院をすることになっていた。 車いすを走らせ、病院内の廊下を走る彼女。彼女のトレーナーが着替えをとりに、トレセン学園栗東寮に戻り、暇になった彼女である。ちょっとした探検のつもりで病院を闊歩する彼女である。 そんな折だった。目の前に見たことのあるウマ娘が車いすに乗っている。栃栗毛の長い髪をした、白い肌の、背の高くすらっとしたウマ娘。彼女がよく知るウマ娘。 (ローレル先輩!) スリゼローレルがトレーナーに押され、車いすに乗っているのを見ると、その後ろを追いかけ始めようとした。
6 21/08/04(水)01:45:11 No.830912026
途端何か、嫌な何かを感じた。二人の雰囲気が暗い。どこかおかしい。そのことに気づいた彼女は少し距離を取り、2人の後をつける。 そして2人がたどり着いたのは、人気のない病院の一角。控え椅子が並ぶ廊下だった。 「嘘です…こんなの…」 誰もいなくなった廊下で、スリゼローレルは静かに言葉を紡ぎだす。 その瞳には涙をあふれさせ。その声は動揺の震えを伴って。 「私がもう走れないなんて…そんなの…」 その言葉が口からこぼれ出た瞬間、彼女はその場に突っ伏したように泣き出す。 全てを自覚したように。まるで荒野に放り出された赤ん坊のように。 どのくらいの時間が経ったか、それは定かではなかった。 「トレーナーからのお願いだけど、いい?」 静かに語りだしたトレーナーは彼女の肩に手をやり 「今は、ゆっくり休んで」 と、静かに語り掛けた。
7 21/08/04(水)01:45:30 No.830912096
二人の会話を聞いていたウマ娘がいた。 柱の陰で、彼女は車椅子の上で佇み、ただ今聞いた言葉を何度も反芻していた。 (ローレル先輩が…もう走れない…) そして、その事実を受け入れたウマ娘、マーベラスサンデーは、誰にも気づかれることなくその場を去る。 彼女が去り行く場所からは、悲壮な涙に溢れた叫び声が、何時まで経っても消えることなく響き続けていた。 彼女が病室に戻ってすぐに、 「マベちゃん、お待たせ」 マーベラスサンデーのトレーナーが紙袋を持って病室に戻ってきた。 「着替え、ここに置くからね」 そしてベッドのそばに着替えの紙袋を置く。 そんな彼女に 「トレーナーちゃん」 とマーベラスサンデーは話しかける。
8 21/08/04(水)01:45:43 No.830912155
「何?」 と問う彼女に 「検査入院って出来るのかな?」 と問いかけた。 「え?」 「骨折またしちゃったし…検査入院ができたらいいなって」 そう真剣な表情で語る彼女の様子を見て、少し考えこむ顔をするトレーナーである。 「なるほどね…確かにしてもいいかも…」 確かに彼女の言う通りだ。二度の骨折を起こしたマーベラスサンデーである。骨折の兆候や傾向が見えれば今後の練習に役立つかもしれない。 「明日、お医者様に相談してみるね」 と彼女が言うと 「うん☆」 と笑顔を見せるマーベラスサンデーだった。
9 21/08/04(水)01:46:00 No.830912235
4月上旬。スリゼローレルが骨折し1週間後。病院にて。 病室のベッドにて身体を横たえる彼女に 「ローレル先輩☆」 そう話しかけたのは、スリゼローレルがよく知るウマ娘、マーベラスサンデーだった。 「あ…マベちゃん…」 精一杯の笑顔を向けるスリゼローレル。その顔は痩せこけ、そして目の下には大きな隈が作られていた。それは決して骨折が原因な訳ではない。もう二度とターフに立てないという絶望感が、彼女の精神を押しつぶしていた結果だった。 車いすに乗った彼女に 「今日はどうしたの?」 と聞くスリゼローレル。 「今日から2週間、検査入院なの☆」 いつもの調子でマーベラスサンデーは元気いっぱいに答える。
10 21/08/04(水)01:46:20 No.830912319
「そっか…」 その言葉に、なんの興味も持たないような返事をする彼女。 その様子を見て 「ねぇ、先輩」 とマーベラスサンデーは話しかける。 「うん?」 首を傾けるスリゼローレルに対して 「これから2週間病院にいて暇だし、おしゃべりに来たいんだけど大丈夫?」 愛想よく、いつもの元気な姿そのままに、マーベラスサンデーは話しかけた。 その様子を見て、少しうつむいたスリゼローレル。 正直、誰とも話したくない。そう彼女は思っていた。もうこのまま、誰とも話さず静かに放っておいてほしい。それが彼女の心の大半を占める思いだった。 しかしその僅かな心の隙間に、マーベラスサンデーとの練習の思い出が甦ってもいた。復帰し10バ身をつけられた併せウマの記憶も。マーベラスサンデーが骨折した時に助けに入った記憶も。中山金杯のトロフィーを見て、自分のことのように喜んでくれた記憶も。 その数々の思い出が 「うん、いいよ」 彼女の心を少しだけ開いた。
11 21/08/04(水)01:46:39 No.830912403
その言葉を聞いて 「マーベラース☆」 と彼女は微笑んだ。 マーベラスサンデーが去り、一人病室に残された彼女は、窓の外を不意に眺めた。 桜が咲き誇り、暖かな太陽の光が大地に降り注いでいる。その光景は、まるで自分を、走れなくなったウマ娘を嘲笑うかのような穏やかな地獄のように彼女には思えた。 「暇…かぁ」 そう彼女はつぶやくと、無機質な天井に視線を移し、その瞳を閉じたのだった。
12 21/08/04(水)01:48:22 No.830912787
前足…?
13 21/08/04(水)01:48:55 No.830912882
4月中旬。スリゼローレルの病室にて。 「それでね、トレーナーちゃんに内緒で練習しちゃったの」 明るい調子で車いすに乗ったマーベラスサンデーは話す。 「へぇ」 病室のベッドに横たわったスリゼローレルはそれを静かに聞いていた。ほのかな笑顔を口元に浮かべて。 ここ数日、レースや練習の話はしようとしなかったマーベラスサンデー。他愛のない雑談を続けていた彼女だったが、にわかに元気を取り戻しつつあると感じた彼女は、自分が骨折したときの話を面白おかしく語りかけていた。 「トレーナーちゃんはね、『マベちゃんの骨のこと考えて芝の練習は控えめにしようね』って言ったくれたのに」 「うん」 「月曜日にターフ走ってたら、急に足がすっごくじぃーーーん!!!って!!!」 「分かる分かる」 大げさに身振り手振りで話すマーベラスサンデーに、少しだけ楽しそうに笑うスリゼローレル。 「それでトレーナーちゃんにすっごく怒られちゃった☆」 「あはははっ」 笑うスリゼローレルを見て、マーベラスサンデーの瞳の奥に鉱脈の奥に眠る雲母のような光が宿った。
14 21/08/04(水)01:50:04 No.830913122
「これからはトレーナーさんの言うこと聞かなきゃダメね」 「うん☆」 元気よく返事をするマーベラスサンデー。 そして 「それでもね、アタシ走りたいの」 と彼女は語りだした。 「走ってるのってすっごくマーベラスだから☆もっとマーベラスなレースがしたいんだ☆」 そうまばゆいばかりの笑顔を見せるマーベラスサンデー。 「レースが…」 その言葉に、少しだけ影を帯びた顔を覗かせるスリゼローレル。 レース。その言葉を考えるだけで胸が締め付けられそうになる彼女。そのことを知ってか 「先輩はどう?」 とマーベラスサンデーは続けざまに問いかける。 それは彼女を深い心の海に沈まないように、引き上げる僅かな泡のようだった。
15 21/08/04(水)01:51:01 No.830913317
「私は…」 と語り始めた彼女をよそに 「あ☆そろそろ検査の時間☆また遊びにくるね、先輩☆」 「あ、うん…」 そう言い。マーベラスサンデーは手を振り去っていった。 一人になったスリゼローレルはベッドに身体をうずめると 「レースがしたい…理由か…」 と、誰に問いかけるわけでもなくつぶやいた。 翌日。 「調子はどう?」 スリゼローレルの病室に現れたのは彼女のトレーナーだった。 「悪くありません」 「そう」
16 21/08/04(水)01:51:31 No.830913408
短い会話を経て、 「あの…トレーナーさん」 スリゼローレルが声をかける。 「何?」 いつもの穏やかな調子で応じるベテラントレーナーに対して 「今後の事についてお話ししたいのですけど…、いいですか?」 と彼女は話を切り出した。 その言葉に目を見開き、背をただし 「はい」 と、真剣な表情で彼女のトレーナーは彼女に向き直る。 その顔を見て、少し微笑んだのも一瞬のこと。すぐに、スリゼローレルも顔をしまらせる。そして深く深呼吸をすると 「私、諦めたくありません」 と切り出した。
17 21/08/04(水)01:51:51 No.830913478
「入院中、筋肉が衰え始めてるのは私自身感じてます。骨折した中手骨が、走ってる際に違和感を感じるかもしれません」 彼女の言葉は静かに、そして力強く語られる。 「それでも。筋肉はリハビリとトレーニングを繰り返せばきっと元に戻るはずです。足だって、走ってないのにどうなるかなんて、そんなの誰にも分からないと思うんです」 語気が徐々に強くなる。話すスピードが徐々に速くなる。 一息に話し終わった後 「諦めたくない」 強い口調で彼女は一言言い放つ。 そして 「こんな所で諦めたくないんです!ようやくG2まで走れて!G1レースに出れる所まできて!」 彼女は腹から声を出した。必死な顔をして、目じりに涙を浮かべて。 強い強いフランスから来た桜の花は、何度折れても、何度枯れようとしても、立ち上がろうとしていた。一瞬の命を、一瞬の意の血を、ターフの上にて咲き誇ることを望んでいた。それをようやく自覚したのだ。
18 21/08/04(水)01:52:24 No.830913607
「諦めたく、ないんです…!」 ダイヤモンドのような強い心と、ガラスのような弱い身体。 目の前にいるウマ娘を見て 「そう」 彼女のトレーナーは全てを聞き届けると。 「トレーナーとして私もお願いしたいことがあるけど、いい?」 と、問いかける。 頷いたスリゼローレルに 「貴方のトレーナーとして、これからも指導させてもらえないかしら」 彼女のトレーナーはそう語り掛けた。 そして 「トレーナーやって長いけど…正直に言うわね。どんなに長い時間がかかるか分からない。どんなに辛い道のりになるか分からない」 そう話す彼女の顔は、希望すら見えないと言っているにも関わらず、険しさのかけらもない、まるで桜の開花を導く太陽のようにおだやかに暖かいものだった。
19 21/08/04(水)01:52:44 No.830913693
そして 「それでも…私も、貴方を諦めたくないの」 トレーナーから語られたのは、ウマ娘と寸分違わない、同じ願いだった。 「一緒に、頑張ってくれるかしら?」 「はい…!」 2人は微笑みあい、暖かい雫がそれぞれの頬を濡らす。 まだまだこれからだ、まだ諦めるには早すぎる。苦難の荒野がその先に広がろうとも、楽園への道を歩むことを止めないことを決意した、2人の姿がそこに在ったのだった。
20 21/08/04(水)01:53:03 No.830913771
マーベラスサンデーが検査入院を終え、退院することになった最終日のこと。 「こんにちは、先輩☆」 「マベちゃん」 マーベラスサンデーとそのトレーナーは、退院の挨拶のためスリゼローレルの病室を訪れていた。 「今日で退院なのアタシ☆」 「そっか」 にっこり笑うマーベラスサンデーに対して、あっさりと、そして吹っ切れた様子でスリゼローレルは返事をした。 そして 「ねぇ、マベちゃん」 と話しかけ 「私がね、退院したら…また、一緒に練習してくれない?」 少し迷ったように、彼女は問いかける。 だが 「ダメ」 笑顔でマーベラスサンデーはそれを否定した。
21 21/08/04(水)01:53:42 No.830913933
「えっ」 と戸惑いの声を上げるスリゼローレルを見て 「次は一緒にレースに出たいの☆」 と、マーベラスサンデーは提案した。瞳の奥に金色の輝きを抱えて。 「レースに…」 「そう、一緒にレースに出よ☆先輩、一緒に走るの☆あの最高の舞台を、アタシと先輩、2人で☆☆☆」 それは笑い話のようなものだった。 一人は競技生活が絶望的と言われたウマ娘。 もう一人は未だオープンクラスにすら昇格していない病弱なウマ娘。 誰が聞いても無謀だ、現実味がないといわれるそんな話。 「一緒に走ろ、天皇賞」 だが、マーベラスサンデーは、なおも言葉を紡ぐ。満面の笑顔で語り掛ける。 まるでそれが現実になると決めているようなそんな態度で。
22 21/08/04(水)01:54:57 No.830914226
そして 「それって、春?それとも秋?」 優しく微笑んだスリゼローレルは、ただ問いかける。彼女もそれが、現実になると信じて。 「モチロン、両方☆☆☆」 とはじけるように話すマーベラスサンデー。 「うん…!約束だよ…!」 「うん、約束…☆」 2人の未来を分かち合う約束が、ここに結ばれたのだった。 こんな話を私は読みたい 文章の距離適性があってないのでこれにて失礼する fu218100.txt >前足…? あっ
23 21/08/04(水)01:56:29 No.830914546
マーベラスセラピーは効く…
24 21/08/04(水)01:56:44 No.830914603
相変わらずの適正 早く因子残して
25 21/08/04(水)01:58:37 No.830915136
マベちゃんつえーな…
26 21/08/04(水)02:00:35 No.830915666
マーベラスは光だ 骨折にも効く
27 21/08/04(水)02:30:25 No.830921871
いずれはがんにも効くだろう
28 21/08/04(水)02:39:08 No.830923351
暗雲立ち込めた空に光がさして俺は…安心した