ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/08/01(日)21:14:55 No.830113365
前回までです sp93135.txt
1 21/08/01(日)21:15:14 No.830113532
桜も散り、少し暑さが増してくる。そんな時期に、そのレースは行われる。 天皇賞・春。春シニア路線の一角にして、国内GⅠレースでは最長の距離を誇るレースだった。 3200mの距離は生半可なウマ娘達を飲み込み圧殺する。正に誰が”強者”であるかを決める戦いでもあった。 「…ふう…。」 控室で、深呼吸をする。自分の拍動を、平静と同じにする。しかし、熱い勝利への渇望は練り上げる。一つの呼吸で、身体から迸るオーラを最高潮まで仕上げていく。 「もうすぐレースよ、マックイーン。」 聞き慣れた声が耳に届くと、天皇賞春前年覇者─メジロマックイーンは、静かに目を開いて立ち上がった。
2 21/08/01(日)21:15:26 No.830113640
「ええ、分かっています。メジロ家の名の元に…必ずやこのレース、勝ってみせますわ。」 「うん…今日のマックイーンは最高の仕上がり。大丈夫、自分自身と、私を信じて。」 黒髪を束ねた黒眼鏡の女性─メジロマックイーンのトレーナーは、メジロマックイーンを抱きしめた。 「…ふふっ、貴方の身体はこんなに小さいのに…秘めたる力には誰にもかなわない。今やあなたは現役最強ステイヤーの名をほしいままにしている。」 「ちょっと…あ、暑苦しいですわっ…!」 「いいじゃない、私と貴女は一心同体…。さ、行ってらっしゃい。今日もまたウィナーズサークルで会いましょう。」 ぱっと手を離す。メジロマックイーンが少しだけ顔を赤らめるが、直ぐに微笑んで部屋を後にした。 ~~~ 【パドック前通路】 蹄鉄が地面に当たる音が反響する。だが、その音よりも、観客たちの熱狂の方が大きく聞こえるのは気のせいではなかった。
3 21/08/01(日)21:15:40 No.830113750
(…今年の天皇賞は例年以上の観客動員数。それもそのはず…皆が期待しているのは、私と彼女の一騎打ちでしょう。) 少しずつ歓声が大きくなる。音の圧で皮膚がひりひりするが、それでも前進することはやめなかった。 (現在無敗で6連勝…さらには昨年のクラシック路線の覇者。彼女の強さは未だ底知れませんが…それでも、このレースは負けるわけにはいきません…!) 通路が終わり、光に包まれる。それと同時に、観客たちの声がわっと大きくなった。 『続いては4枠5番、メジロマックイーン!前年度覇者の彼女ですが、今回は2番人気です!この評価には些か不満か!?』 自身へ向けられる人気に不満などある訳もなかった。パドックの前まで進むと、手を小さく振って一礼をした。 「マックイーンがんばれ!」「マックイーン、応援してるぞー!」「2連覇目指せー!」といった声援を受け取りながら、パドックを後にする。 (…テイオー。この勝負…本気で勝たせていただきます!)
4 21/08/01(日)21:15:57 No.830113893
~~~ 【関係者席】 「おお~…凄い仕上がりだな、マックイーン。」 双眼鏡を顔から離し、シンボリルドルフのトレーナーは感嘆の息をつく。 最強ステイヤーの名に恥じぬ身体の筋肉の付き具合、そして全身から放たれるオーラ。全てが極めて高い水準に達している事は見ただけでもよく分かった。 「ふふっ、皇帝のトレーナーからお褒め頂くなんて光栄ですわ。」 マックイーントレーナーが、ルドルフトレーナーの横へ座る。その手には膨大な量の資料が抱えられていた。 「トレーナー女史、それは?」 「今回の最大のライバルになるであろうトウカイテイオーのデータです。彼女だけは底知れませんから、十重二十重に対策を練ってあります。」
5 21/08/01(日)21:16:13 No.830114040
ぺらぺらと資料のページをめくる。そこには読めない程のサイズの文字で、ぎっちりとトウカイテイオーに関する情報が詰まっていた。 「トウカイテイオー。誕生日は4月20日、身長150cm、体重増減なし。適正距離は2000m~2400mですが、長距離もそれなりに走ることが可能。脚質はバリバリの先行型。 位置取りセンスが抜群で、好位置をキープしたまま終盤で速度を上げ一気に1位に躍り出る戦法を得意とする。 特徴的な走法は通称『テイオーステップ』と呼ばれ、柔軟な足首がスプリントとなりあの爆発的な末脚を生み出している…これらはまだほんの一部ですけどね。」 ひゅうっ、とルドルフトレーナーが口笛を吹く。 ここまで完全に情報を掴み、その上で徹底的に対策を講じる。その一部の隙すら許さぬ鉄壁の戦略に素直に感心していた。 「ところで、ルドルフトレーナー。貴方がここにいるという事は…シンボリルドルフも?」 「ああ、あそこに生徒会のメンバーと…それと、どうしてもって言ってきかなかった生徒と一緒に見ているよ。」 親指を向けた先には、シンボリルドルフとエアグルーヴ、ナリタブライアン…それと、ハルウララがいた。
6 21/08/01(日)21:16:28 No.830114168
「なるほど…では、下手なレースは出来ませんね。」 「おいおい、私はマックイーンを一番に推しているんだ。現在最も強いステイヤーはと聞かれれば100人中100人がマックイーンと答えるさ。」 「ふふふ…あっ、遂に彼も来ましたね。」 マックイーントレーナーの視線の先には、細いスーツの影が見えた。 長身痩躯のトレーナー─トウカイテイオーのトレーナーが、マックイーントレーナーより1段前の椅子に座った。 「あら、テイオートレーナー。本日はよろしくお願いいたします。」 「…。」 テイオートレーナーは返事もなく、いつも通りの無表情で腕を組んでいた。だが、その目元には濃いクマが出来上がっており、いつも以上に愛想のないように見えた。
7 21/08/01(日)21:16:44 No.830114289
「目元のクマ、すごいですよ。トレーナーたるもの、自身の健康管理は出来てなければいけませんよ。でなければ彼女たちへの指導にも説得力に欠けますから。」 「…くだらない。私がどうなろうと、常に怪我というリスクを背負い、命を賭して走るのはウマ娘のみです。所詮私たちは安全な場所で見守ることしかできません。 なればこそ、トレーナーも命を削り彼女達を支えて初めて対等の関係になれるはずでしょう。違いますか?」 「あなたの言っていることは自己犠牲の正当化に過ぎません。どのような場合であれ、トレーナーが倒れれば彼女たちは路頭に迷うことになります。それが正しいことだとでも?」 両雄、決して譲ること無く闘志をぶつけ合う。間に挟まれたルドルフトレーナーは苦笑いをする他無かった。 「どちらが正しいかは勝負の女神のみが決める事です。今のテイオーなら、地の果てまで走り抜けられます。」 「ならばマックイーンは天まで昇りますとも。彼女のスタミナに限界はありません。それに、こちらはトウカイテイオーへの対策は完全ですから。」
8 21/08/01(日)21:17:02 No.830114406
テイオートレーナーが僅かに振り向き、分厚い資料の束を一瞥する。ふっ、と僅かに笑うと、前を向き直した。 「…何が可笑しいんです?」 「いえ…ただ、あなたはどうにもトウカイテイオーというものを誤解していらっしゃる。」 「なんですって?」 「あの子はその程度の紙束に収まるほどの矮小な存在ではない、ということです。」 「それはどういう…」 口走るが、途中でその言葉は遮られる。 観客が今までで最高のボルテージに達し、その歓声が関係者席にまで響いてきた。 『続いて今レースで最注目のウマ娘!現在6戦6勝無敗、先月は春シニア三冠路線の最初の冠である大阪杯を圧倒的強さで勝利した、今最も強いウマ娘!!8枠14番、トウカイテイオー!!!』 熱狂にも近い観客席からの怒号に空気が震える。パドックに現れた小さな姿は、勝負服を身にまとい前へと進んでいた。
9 21/08/01(日)21:17:18 No.830114538
「うお…!なんだあれは…!!」 「…!!」 身体は磨き抜かれた彫刻が如く、締まった肉体は服の上からすら分かった。何よりもバ体から発する覇気は、メジロマックイーンのそれと拮抗するほどだった。 大阪杯で見た時よりも更に完成されたトウカイテイオーを見て、2人は息を飲んだ。 トウカイテイオーはパドックの最前まで歩くと、腕を胸に掲げた。そして、そのまま上に振り上げると、人差し指と中指をぴんと立たせた。 一瞬、観客席がその行為に静まりかけるが、すぐにそれは更なる歓声と変化する。 『なっ…こ、これは!この2本指はッ!!春シニア三冠の、二冠目を示す指でしょうか!?そして、それを今、ここで掲げるという事はッッ!このレースを1着で勝つという、紛れもない勝利予告ということでしょうかッ!?!?』 湧きたつ観客たちの声が吹き荒れる嵐の様に会場を熱くする。トウカイテイオーが腕を下ろすと、そのままパドックを後にした。
10 21/08/01(日)21:17:36 No.830114710
「…くだらない!あんなパフォーマンスをすればレースでも確実にすべてのウマ娘が彼女をマークすることになる!それが分からないの…!?」 「レースとは本来そういうものでしょう。己以外のすべてが敵、そしてそれらを全て捻じ伏せる力を、私はあの子に授けました。」 テイオートレーナーが、やはり表情も変えずに淡々と語る。マックイーントレーナーはその様子を見ると、眉を顰めて椅子に座りなおした。 少し離れたところで、シンボリルドルフ─ハルウララは、トウカイテイオーのパドックを見ていた。 「わあ、あ…ていおーちゃんすごいね!かっこいい~~!!」 「うむ…テイオーも気合十分、と言ったところだな。」 横では子を見る親のようなまなざしでパドックを見つめるハルウララ─シンボリルドルフが居た。 「…しかし、テイオーはあのような、煽るようなパフォーマンスをするタイプでは無いとい思っていたが…エアグルーヴもそう思わないか?」
11 21/08/01(日)21:17:58 No.830114918
「…。」 「…エアグルーヴ?」 「…ッ!はっ、いえ、あの…す、すいません。少し考え事をしていました…。」 (…結局あの日以来、テイオーには会う事すら出来なかった。恐らく…というより、確実に避けられている…。誤解を解くことも出来ぬまま、ただ時間だけが過ぎて行ってしまった…。) エアグルーヴは浮かない顔のままで目線を沈ませる。その横顔を不安そうにハルウララが見ていた。 (…最近のエアグルーヴはずっとこんな調子だ。何かあったのは明白だが…。) そんな2人を見て、ナリタブライアンがはぁーっと大きなため息をついた。 「おい…今日はマックイーンとテイオーの対決を見に来たんじゃないのか。何しけた顔しているんだ。」 「…ああ、気にするな。会長も、私の事はお気になさらずに…。」
12 21/08/01(日)21:18:27 No.830115160
「そう、か…。もし、何かあればいつでも相談してくれ。」 「……はい。」 それでも、エアグルーヴの表情からは重い色が消えることはなかった。 ~~~ 【レース場】 「テイオー…先程のパドックは、一体どういう意味ですの?」 ゲート前、出走数分前になるそのタイミングで、メジロマックイーンはトウカイテイオーに問いかけた。
13 21/08/01(日)21:18:43 No.830115283
しかし、トウカイテイオーは呼びかけに答えることもなく、そっぽを向いたままでいる。 「あのような軽率な行動をするなんて…格式高いGⅠレースを何だと心得ていますの?」 「…。」 「ちょっと…何か言ったらどうなんですの!?あなたのあの行動は、今ここに出走する皆を侮辱する行為だと…!」 思わずトウカイテイオーの肩をメジロマックイーンが掴む。 その瞬間、ぐるりとトウカイテイオーの首が回り、メジロマックイーンと眼があった。 目の奥の瞳孔は、まるで底が見えない程の深淵で、ずっと底を見ていると怪物に取り込まれそうな、そんな不気味さがあった。 「…ッ!」 「うるさいよマックイーン…今日のボクは”本気”なんだ…気安く触れないでよ…。」 「それは私も…いえ、ここにいる全ての者が同じ気持ちですわ!」 「いいや、違うね。それを今日、ボクは証明する。」
14 21/08/01(日)21:18:56 No.830115388
メジロマックイーンの手をはたき落とすと、そのままゲートへ向かっていく。不完全燃焼のマックイーンも仕方なく自分のゲートへ入りこんだ。 深呼吸を一つして、ざわつく心を整える。雑念を消し、ただ純度の高い闘志のみを錬成する。 (いいですわ…!あなたの言う”本気”というものを見せていただこうではありませんか…!そのうえで…勝つ!!) 慈悲深い、かつ残酷な勝利の女神の掌の上で、ウマ娘達は構えを取る。 勝負の火蓋を切り落とすゲートの開く音が空にこだました。
15 21/08/01(日)21:19:07 [s] No.830115477
次回に続く
16 21/08/01(日)21:22:32 No.830117020
来てた! これどっちが勝つんだ…
17 21/08/01(日)21:59:10 No.830134224
いつの間にか終わってしまったとばかり思っていたけど続きが読めるとは...ありがたい...
18 21/08/01(日)22:04:48 No.830137060
原作通りだとマックイーンが勝つけどこのテイオーだと分からないな…