ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/07/25(日)20:58:30 No.827532696
屋形船といっても上等なものではない。ツテを取ってきたのは獅子貞宗だった。かつて痴女様などというあるまじき渾名で市民に親しまれていた彼女は、聖十郎の知らない人間関係を構築しているようで、これもそのひとつだろう。 「あるちゃん、いつもお疲れ様!」 名前通りの獅子色の髪で彩られた真紅の双眸はとびきり上機嫌で、お膳の向こうから徳利を差しだしながらニコニコしている彼女にお礼を言って、盃で受けると飲み干すよう手で勧めてくる。逆らう理由もなく透明な液体を唇に通すと、胸が熱くなってくる。 「貸し切りとは豪勢だな」 「ちっちゃいくてふっるいやつやけどな、料亭のおっちゃんが処分しようか言うてたから、かんなと修繕したげたんよ。そうしたら貸してくれるいうから、あるちゃんと行こか思うてな」
1 21/07/25(日)20:59:04 No.827533013
小さい船だけど、思っていたほど揺れはない。どこで覚えたのか彼女のなかなか見事な操船で川を下って、誉めたら調子に乗って沖まで出ようとしたので、危ないからと止めて東京湾の片隅に浮いている。 「はい、あーん」 「…あーん」 戯れるしっしーに付き合いながら、彼女の用意したご馳走を味わっていると、やがて窓の向こうの闇のなかで、光の筋が天に走った。 「あっ」 ぱあっと光の華が咲く。 少し遅れて、花火の音が重く響いてきた。 「…きれいやなー」 「ああ、そうだな」 そのまま、箸を止めて、二人は花火を眺めていた。獅子貞宗が、ふうと提灯を消し、暗くなった海が、その時だけは空と共に輝いて、二人にも色を付けた。 どぉん、どぉん、ぱぁん。 響いてくる音が、時と共にまばらになっていく。
2 21/07/25(日)21:00:19 No.827533733
「あるちゃん」 ふと、獅子貞宗は背中を向けたまま立ち上がった。少しためらうような呼吸のあと、言った。 「うちが、あるちゃんには裸見せられへんって言うたの、覚えとる?」 「ああ」 するり、と上着が落ちた。普段から水着もかくやの薄着をしている彼女の格好は、もう裸と言っても差し支えはないほどの露出だが、その薄い衣にも、最後の砦のような意味があった。 「なんかな、この間ご飯のときな、あるちゃんの横顔こっそり見とったら、うちな、急にわかったんよ」 「……」 「うちは、あるちゃんにだけは」 そういえば、夕食の時、急に口数が少なくなった事があった。次の日には、いつものしっしーに戻っていたけれど。 花火が途切れた。星と薄暗がりの中で、ぱさりと何かが落ちる音がする。
3 21/07/25(日)21:02:01 No.827534682
「あるちゃんにだけは、ちゃんと女の子に見て欲しいんやなって、見られる解放感より、そっちの気持ちの方が強いんやって」 おかしいやろ、痴女様なのにな。そういって吹き出した気配がした。 「おかしくはない」 きっぱりと答える。あるちゃんはそう言ってくれるって思うとったわ、と、笑う声がした。 ひゅるるると音がして。最後であろう、光の帯が高く上がっていく。 「うちを見て。あるちゃん」 白い光が、こちらをむいた獅子貞宗を照らす。すらりとした、無駄な肉のない、猫科動物のごときしなやかなラインが、小麦色の肌が、太陽が焦がし忘れたように白い部分が、女になりかけの少女だけが持つ張りと丸みのある曲線が、逆光になって見えた。
4 21/07/25(日)21:02:48 No.827535094
光が弱くなり、隠れかけの月明かりのなかで、影だけがうっすらと残る。 「…あはは」 遠慮がちな笑いを漏らして、しっしーは屈み込んだ。 「ほんまに恥ずかしいわ。堪忍なあるちゃん、でも、」 言いかけて息を飲む。主は彼女のすぐ側まで来ていた。しゃがんで、顔を息がかかりそうなほどに近付けて、言った。 「いいか」 「えっ…あっ」 多分、獅子貞宗は、はっきりとそういう意味合いで、自分がそういう行動をしたとは認識していない。ただ、胸のなかを半ば本能的に、そういう風にしか発露できなかったのだろうと思う。 少なくとも、彼女は拒まなかった。
5 21/07/25(日)21:03:25 No.827535422
愛でるように頬に手を添えて、唇を重ねる。 「…んふ、お手入れの時みたいや」 「うん?」 「ドキドキしとる」 畳の上に寝そべった彼女は、ささやかに可愛らしく膨らんだ胸に手を当てて笑った。 「手入れじゃない。君は、俺の女の子だ。その印をつけさせてくれ」 「…あるちゃん、すごいこと言うなあ……」 熱くなった吐息を吐くと、ぽろりと涙が頬を伝う。 「嬉しくて泣くなんて、本当にあるんやな」 その頬に、主は再度口付けをして、涙を舐めとった。 「…ずっと側にいてくれ、獅子貞宗」 「ええよ」 主の首に手を回して、彼女は言った。 「うちはずっと、あるちゃんのもんや」
6 21/07/25(日)21:04:22 No.827535933
銘入れが実装されてたら多分こういうのになってたんじゃないかなぁーと思います おわり
7 21/07/25(日)21:06:21 No.827537023
天華百剣の怪文書初めて見た
8 21/07/25(日)21:10:58 No.827539716
>天華百剣の怪文書初めて見た 俺もスレでたまに投下されてるの以外は見たことない
9 21/07/25(日)21:11:53 No.827540230
頼むからもっと書いてくれ 頼むから
10 21/07/25(日)21:12:43 No.827540705
あじけんちゃんの格好はモブには変に見えてません!見えてませんから!!
11 21/07/25(日)21:26:10 No.827548295
>あじけんちゃんの格好はモブには変に見えてません!見えてませんから!! でも痴女様って…