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21/07/18(日)23:36:39 前半 fu... のスレッド詳細

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21/07/18(日)23:36:39 No.824974486

前半 fu172843.txt 後半前回まで fu172847.txt

1 21/07/18(日)23:37:12 No.824974698

ライスシャワー。 東京都府中市の専門教育機関である日本ウマ娘トレーニングセンター学園に所属。ウマ娘レースのトゥインクルシリーズに登録中。昨年デビューし戦績は13戦4勝。主な勝利は菊花賞。 『ミホノブルボン三冠成らず!菊花賞ライスシャワーが1着』 『黒い刺客がミホノブルボンを差す 夢の三冠は儚く消えた』 『菊花賞ライスシャワーが三冠阻止「正直落胆」評論家語る』 『ミホノブルボンを独占取材!三冠を阻止された無念を取材』 『ライスシャワーの歩み デビューから追い分かったものは』 『菊花賞「ブルボンに勝って欲しかった」町の人の声を調査』

2 21/07/18(日)23:37:23 No.824974758

渋谷から戻った後、ホテルの無料共用PCで調べられたのは少しの情報と様々なネットニュース。今年のクラシック戦線の最終ラウンドであるG1菊花賞で重賞を初勝利。普通なら華々しいその勝利はしかし、あまり歓迎されたものではなかった様だ。彼女の出場したレースを全て見返す。菊花賞まで目立つ選手ではなかった。しかし皐月賞、日本ダービーと徐々にミホノブルボンを追い詰め、菊花賞で差し切った彼女は正しく勝者に相応しいと思う。ウィンドウを消し席を立つ。彼女に会いに行く。彼女の背中が見えて動かずにはいられなかった。

3 21/07/18(日)23:37:46 No.824974892

既に陽が落ちて久しく夜の帷が降りた府中は人通りも少なく商店も店仕舞いを始めていた。僕はトレセン学園の門の前に居た。 「此処に、彼女が」 ついに辿り着いた。キミが居る場所に。 しかしトレセン学園に所属するウマ娘は2000人弱。そこからどうやって探し出せば良いのか。軽く学園と寮の周囲を巡ってみたがセキュリティのレベルは今まで侵入したどの建物より高かった。下手な軍事設備よりも。警備員の数はそこまで多くはない。しかし学園と外の境界である塀は高く乗り越えるには器具が必要だ。さらにぱっと見ただけで赤外線にサーモグラフィを搭載する機種の監視カメラが死角無く配置され、セキュリティレーザーの赤い光線がランダムに動いていた。レーザーは分かりやすいダミーだと思われるが、本命のシステムが他にあると思えば下手に侵入すればあっという間に検知されるだろう。ライブ活動など行うウマ娘レースの性質上、度を過ぎたファンやメディア等を警戒する必要があるのは分かるが少々やり過ぎ感は否めない。

4 21/07/18(日)23:38:11 No.824975067

では正面突破か。正面門と通用路である裏門も生徒や学園関係者の出入りも多く、一見入り易そうに見える。しかしどちらも警備員が常に二人以上配置され、セキュリティの数も塀の比ではない。どうしたものかと一度正面門から離れる。何かセキュリティを突破する方法はないか。 街灯が点々とスポットライトの様に照らす歩道を歩く。周囲に人影は無く春先のまだ冷たい風がフードをはためかせる。 セキュリティの無効化やダミーを紛れ込ませるためにシステムを統括する警備会社に侵入するか。 正面から足音が聞こえる。足音の間隔は狭い。 そちらも難易度は高いが一度偵察してみるべきか。 暗闇に人影が動く。ランニング中の地域住民だろうか。 こんな近くまで来れたのに、もう少しで届きそうなのに。 影が近付く。安定した呼吸音が聞こえる。

5 21/07/18(日)23:38:29 No.824975172

こんなに、会いたいのに。 走る人影とすれ違った。 一瞬のその姿に、思わず振り返る。長く黒い髪。はためく尻尾。 「キミ、は」 呼び止めるにはあまりに小さく呟きの様な声。なのに、くるりと長く大きなウマ耳は此方を向く。 「ふぇ?」 街灯の下で振り返る小柄な体躯。鈴の鳴る様な声。透き通る様に白い肌。右目に掛かる長い艶やかな黒髪。此方を見る、紫の瞳。あぁ、変わらない。あの時のままだ。 離れてから六年。ようやく僕は、彼女を見つけた。

6 21/07/18(日)23:38:50 No.824975290

「え、えっと……どなた、ですか……?」 怯える様に此方を伺う彼女。僕はフードを上げキャップを外し彼女に顔を見せる。彼女と似た、紫色の瞳を。 「ッ……!?うそ、そんな……っ!」 両の手を口に当て目を見開く彼女。僕が誰か気付いてくれた。あれから大分背が伸びたのに。それだけで、嬉しかった。 「ようやく、キミに会えた」 「……アナタ、っ!」 瞳を潤ませた彼女が駆け出し、ぶつかる様に飛び付いてくる。しっかりと受け止め背に腕を回す。久し振りに抱き締めた彼女はだいぶ小さかったが、暖かさはあの時と同じだった。

7 21/07/18(日)23:39:12 No.824975414

「どうして、此処に……?」 「『父さん』と別れて、一人になったんだ。それで、日本に」 「それは……任務で……?」 「違う。僕の、意思で」 抱き締めた手を緩めて向かい合う。彼女の濡れた頬を撫でる。 「キミに、会いたくて」 「ッ、うん……!わたしも、会いたかった……っ!」 やはり心は繋がっていた。あの本の物語は間違っていなかった。家族はまた、再会出来るのだと。 「キミのレースを見た。走ってるんだね」 「うん……色々な事があって……」

8 21/07/18(日)23:39:53 No.824975666

彼女も六年間様々な事があったのだろう。語るには時間が掛かるだろう。けど僕と彼女はこうして再会できた。僕と彼女の時間はまた動き始めた。お互いに語る時間はこれから沢山ある。 「教えて欲しい。僕と離れてたキミの六年を」 「……うんっ!でもね、今は、ちょっと……」 「ライス!」 僕から少し離れて申し訳なさそうに向かい合う彼女の後ろ。そこから男性の声がした。後ろを振り返る彼女。 「お兄様っ!」 此方に駆け寄ってきた男性に、彼女は確かにそう応えた。 「ランニングから戻らなくて心配してたんだぞ。一体何処まで走ってたんだ?」 「あ、あぅぅ、ごめんなさい……いつものコースが工事中で、遠回りしたら路地裏に迷い込んじゃって、仕方なく大通りに出て街中を走ってたらまた全部の赤信号に引っ掛っちゃって……」 「やっぱりいつもの不幸だったか……でもライスが無事で良かった」

9 21/07/18(日)23:40:11 No.824975774

お兄様。兄。家族における子供内で年上の男子性を表す名称。かつての“家族”における“姉”と“弟”と同じ。家族に向ける名称。日本で出来た、彼女の新しい家族、という事だろうか。僕以外の、家族。 「……知り合い?」 男性が彼女の頭越しに此方を伺う。僕を怪しみ牽制する目線。言葉に含まれる警戒心。彼女の肩に置く手。彼女を守ろうとする行動。妹を守る、兄の行動。 「あっ、そう!わたしの、家族!」 「家族……?家族って、前にライス母さんしか居ないって……」 「あ……えっと、それは……」 彼女は言い淀む。確かに僕と彼女は家族だがお互いの役を特に決めてはいなかった。決めようにも、家族は僕と彼女しか居なかったのだから。それ以外は、いなかったのだから。平坦であるはずの僕の感情が、ごぽりと泡立つのを感じた。

10 21/07/18(日)23:40:33 No.824975904

「兄です」 口に出たのは、男性と同じ家族の役。兄。彼女の兄と僕は定義した。定義して、しまった。 「ライスの、お兄さん……?」 困惑する男性。目線を僕から彼女に向ける。 「ライス、本当に……?」 「……うん。六年振りに、会ったの……」 俯く彼女の表情は闇に隠れて伺う事は出来ない。 「っ……そうか。久し振りに、会えたんだな」

11 21/07/18(日)23:42:13 No.824976543

そう言って男性は此方に向き直って歩み寄る。思わず警戒するが、彼は右手を前に出すだけだった。 「警戒してすまなかった。ライスシャワーさんを担当しているトレーナーです。よろしく」 差し出された右手は握手を求めるものだった。警戒を緩めずその右手を右手で握り返す。彼の手は温かく、年上らしく固めの肌だった。 「彼女に会いに来てくれてありがとう。僕も彼女の家族に会えてとても嬉しいよ。彼女とは積もる話もあるだろうが、彼女の寮の門限が迫っていてね。すまないが、また後日に必ず時間を作るから話はその時でも構わないかな?出来れば僕も同席させて貰って、彼女の昔の話を聞かせて欲しい。いいかな?」 「……わかった」 にこやかに話しかけてくる彼女のトレーナーだという男性。トレーナー。ウマ娘を指導しトゥインクルシリーズを共に戦う、一心同体とも言える存在だとネットニュースには書いていた。彼女の一番身近な存在。ごぽり。また、感情が泡立つ。

12 21/07/18(日)23:42:26 No.824976632

「ありがとう……ライス?」 「……お兄様」 「すまないが、時間もない。連絡先は交換した?」 「……まだ」 「そうか。じゃあ、僕のを一先ず教えるよ」 そう言って彼は懐からノートを取り出すと、さらさらと記入して破ったページを僕に差し出す。 「僕の番号だ。此処に電話してくれ。彼女の連絡先は次会った時に」 無言で僕はそれを受け取りパーカーのポケットに突っ込んだ。 「うん。じゃあ、また後日に。話、楽しみにしているよ」 そう言って彼は数歩下がり僕と彼女から距離を取る。彼女に別れを促している様だった。

13 21/07/18(日)23:42:45 No.824976742

「……ごめんね。時間、なくて」 「……また、会えるよね」 「っ……うん!絶対っ、絶対会う……また、きっと……っ!」 あぁ、彼女は変わらない。鈴の鳴る様な声も。艶やかな黒い髪も。自信なさ気に伏せられがちだが、確固たる意思が籠ったこの紫の瞳も。 「じゃあ、大丈夫。また、会いに来る」 「っ……うん、うん……っ!ありがとう……!」 その後、彼女はトレーナーに連れられて学園の門へ歩いていった。僕も踵を返して駅に向かう。 変わったのは、周りだ。平和で、潔癖な、人口飽和のこの日本が。彼女の周囲を一変させたのだ。 ごぽり。ごぽり。ごぽり。泡立つこの感情は、一体どういう名称で表されるのか、僕は知らない。

14 21/07/18(日)23:44:06 No.824977201

終わり。 元同級生と出会うウマ娘から着想を得た暗殺者ライスシャワーです。盛り上がってまいりました。次回終盤に向けて加速する、かも。

15 21/07/18(日)23:44:40 No.824977405

ウワー...

16 21/07/18(日)23:47:35 No.824978474

この暗殺者幸せにはならなそうな…

17 21/07/18(日)23:49:34 No.824979302

>この暗殺者幸せにはならなそうな… でもなってほしいよなぁ!?

18 21/07/18(日)23:50:01 No.824979497

なんかこうすごい…すごいぐえーってなった…

19 21/07/18(日)23:51:09 No.824979938

僕の方が 先に 家族になったのに

20 21/07/18(日)23:53:11 No.824980786

前振りちゃんとしてると説得力というか没入感が違うな… その分破壊力も…

21 21/07/18(日)23:59:25 No.824983146

普通なら何やかんやあってこれからもあの子を支えてやってほしいって去っちゃう感じのやつ…

22 21/07/19(月)00:14:14 No.824988727

>普通なら何やかんやあってこれからもあの子を支えてやってほしいって去っちゃう感じのやつ… 普通ならね…

23 21/07/19(月)00:15:54 No.824989351

普通ではない過去を持つこのライスがどう違っているかだな

24 21/07/19(月)00:26:28 No.824993188

>あぁ、彼女は変わらない。鈴の鳴る様な声も。艶やかな黒い髪も。自信なさ気に伏せられがちだが、確固たる意思が籠ったこの紫の瞳も。 >「じゃあ、大丈夫。また、会いに来る」 >「っ……うん、うん……っ!ありがとう……!」 >その後、彼女はトレーナーに連れられて学園の門へ歩いていった。僕も踵を返して駅に向かう。 前回はスレ見逃してました!昨日の怪文書感想スレに投げましたのでご確認を…

25 21/07/19(月)00:29:39 No.824994331

絶対ろくでもないことになる 奪った命を自分の命で贖うことになる でも超読みたい…心が2つある

26 21/07/19(月)00:33:21 No.824995651

>No.824993188 毎度毎度ありがとうございます……昨日のも確認しましたありがたく保存させていただきます……

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