21/07/07(水)23:50:37 「それ... のスレッド詳細
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21/07/07(水)23:50:37 No.821150637
「それでね、言ってやったんですよ、トレーナーのこのだめちんちん! って」 「あははは、君のトレーナーさんにも、俺と同じ飾り物が付いているのかい?」 最近出来たお気に入りの喫茶店で、私は他人のトレーナーに最低な話を振って遊んでいた。 「えー、店長……いや、お兄さんでしたか、のものは飾り物なんですかぁー?」 「どうぞ……」 横合いからコーヒーの入ったカップがやや乱暴にカウンターに置かれる。無愛想メイドの最高のパフォーマンスが見られる瞬間だ。 「……ミルクと砂糖はいかがなさいますか?」 「ミルクと角砂糖二つで、おねがいしまーす☆」 彼女、この喫茶店の店名にもなっているマンハッタンカフェの、目付きが一瞬険しくなった気がした。この喫茶店はお兄さんが料理を担当、カフェがコーヒーを担当することが多い。
1 21/07/07(水)23:51:02 No.821150792
「それと、訂正してください。トレーナーさんのものは飾り物じゃないです」 「えぇー、その話を振ったのは私じゃなくてお兄さんですよー。あ、そうそう、お兄さん呼びじゃなくていいんですか?」 「度々齟齬をきたすのでここでは控えています」 「気を抜くとお兄さん呼びに戻るのに?」 「……何か?」 「なんでもないでーす☆」 ふん、とでも言いたげに踵を返して彼女は別のテーブルに移っていった。この店の見世物である。
2 21/07/07(水)23:51:40 No.821151029
「はぁー、至福の一時でした」 「だろだろぉー、セイちゃんもそう思うよなぁー」 近くのテーブルの汚れを拭き取っていたゴルシが絡んできた。 「モノトーンのメイド服に靡く青鹿毛の長髪、ハマる人が多いのもわかるよね」 「なぁなぁーセイちゃんよぉー、アタシは? ア・タ・シは、どうよっ! アタシもモノトーンになるぜぇー」 腰をくねってポーズを取っている。今のゴルシは頭のアレの代わりにホワイトブリムを付けている。アレがないだけで随分印象が変わるものだ。普段は印象に残らないもみあげが見えて、綺麗な長髪とスタイルの良さもあって物凄い美人に見える。"あんな子居たっけ?"という会話を何度聞いたか知れない。が、勿論煽てるとウザくなるので言わない。 「まあ、良いんじゃない?」 「何だよその気のない台詞はよー、らしくないゾ☆ セイちゃんのい・け・ず」 ウザ……。
3 21/07/07(水)23:52:10 No.821151204
「そんなことよりもよー、カフェのやつ、どう考えても以前より気が強くなってるじゃねーか」 「どんな魔法使ったんだよお兄さんよぉ。まさか調教か、調教したんか? いやむしろされたんか!?」 頭のアレがなくてもゴルシはゴルシ。知らない美人に見惚れた子が、そのまま落胆していくのも、何度見たか知れない。 「ご想像にお任せします」 「かー、聞いたかよセイちゃん。この学園のトレーナーはみんなこんな野獣なのかよ?」 「教え子に手を出してシレッとしてるんだぜ? 各方面に失礼だよなぁ!」 「そうか、ゴルシは知らないんだね」 「え……?」
4 21/07/07(水)23:52:28 No.821151302
「この街は、隅々までメジロの力や流儀が浸透していて、それはこの国の法規より優先されているんだ」 「ウソだろ……アタシ達は、欲望渦巻くソドムの民だったっていうのかよ」 「いいや……ここはエデン、君が目指した場所さ」 そう言って落胆するゴルシの肩に手を置いた。 「それじゃ、私はもう行くね。美味しかったよ、お兄さん。ごちそうさまっ☆」 「いってらっしゃいませ、お嬢様」 「待って、待ってください聖ウンス。聖ウンスよ、我を救い給え」 ゴールドシップの嘆願が早春の空に響く。抜けるような青空であった。
5 21/07/07(水)23:52:56 No.821151479
「ただいまー」 「おかえりー」 私はトレーナー室に入るなり、部屋にわざわざ設えた、ごろごろ専用畳の上に身を投げだした。 「ちょっとアンタ、制服のままごろごろすんのやめなー、シワになるでしょうが。ほら、ジャージ洗っといたから早く着替えな」 私は受け取ったジャージに袖を通しながら話を続けた。 「トレーナーさんってさ、なんかお母さんみたいだよね。にひひ、ちょっとヒシアマ姐さんに似てる」 「アタシもヒシアマも、まだアンタみたいなでかいガキを持つ年じゃないよ」 「トレーナーさんはまず、いい人を捕まえないとねー、顔もスタイルも面倒見……はそこそこいいのに。なにが足引っ張ってるのかなあ?」 「ほぉ、いい度胸じゃないか。そうだね、アンタがもうちょっとお淑やかで気が利く子だったら、アタシも優しくなれるし心配事も減るんだけどね」
6 21/07/07(水)23:53:24 No.821151647
「お淑やか、ねぇ……グラスじゃあるまいし……」 「……もしアタシが居なくなったら、アンタ本当にやっていけるのかい?」 ……え? 何今の間、トレーナーさん本当にいい人居るの? それで結婚して辞めちゃうの……? 「やだなあトレーナーさん。私はお気楽、手が掛からなくて経済的が身上のウマ娘だよ?」 「よく言うよ、ついこの間まで『つまんない』が口癖のつまんねガールだった癖にさ」 「ひっど、今それ言うのー、それに私『つまんない』は一回しか言ってないよね?」 「アンタはあの時、グーで殴られてもおかしくなかったんだからね?」 「うん、でもトレーナーさんはマッハで殴ってきたよね、ビンタだったけど」 「ははは、自分で言っておいてなんだけど、ウマ娘をグーで殴る勇気は流石にないねえ」 ウマ娘は、その強い筋力を支える骨格も頑丈だ。結局トレーナーさんは手を骨折していた。 「痛かった?」 「痛くなけりゃ覚えないからね。アタシはアンタが立ち直ってくれると勝手に考え勝手に殴った」 「勝手じゃないよ」 「そう思うのなら不用意な発言は避けることだね」
7 21/07/07(水)23:53:46 No.821151783
そこまで言うとトレーナーさんは、苦い記憶を、或いは、失策を悔いるような顔つきになってこう零した。 「……アンタはあの場あのタイミングで態々愚行を犯すような子じゃなかった。そこまで追い込まれていることに気付けなかった私のミスだよ」 今のは珍しく、普通の愚痴だった気がする。……私の仕掛け好きは個人的なものだが、この人の影響もこっそり受けていたのかも知れない。互いに食わせ者か……。 「レースを侮辱する『つまんない』でも、自分を卑下する『つまんない』でも自分も周りも侮辱することになる」 「うん」 「スカイは一人でレースをしているわけじゃない。アタシも含めてね」
8 21/07/07(水)23:54:03 No.821151887
「キングは、手をあげなかったね」 「良識のある子だからね」 「レースで負けて、手もあげたとなっては、あの子が許しても、キングのプライドが許さないだろうさ」 「気丈だけど、気が強くて、感受性も強い子だから、アタシは結構心配だったんだ」 キングは泣き虫だ。人前で泣きたくないのに、我慢しきれずに泣いているのを、私も見たことがある。 「大事にするんだね」 「うん」
9 21/07/07(水)23:54:20 No.821151988
トレーナーさんが、トロフィーを飾った棚の一角を指差し、もう片方の手で私の肩を掴んで顔を覗き込んできた。 「アンタはあの四人と三年間渡り合って、アンタ自身も黄金世代とかいう、大層な肩書きで呼ばれる集団の一角なんだからね。よく覚えておくんだよ」 よくわからない迫力を感じて、私は首肯するしかない。 「自信が持てない時はどうするの……?」 うっかりそんなことを訊いてしまう。 「バ鹿な子だねぇ。自信が持てず策が捻り出せないから、身動きも取れない。なんてのは典型的な頭でっかちじゃないか。まだまだおしめが取れないね」 一瞬、外が騒がしくなった気がした――
10 21/07/07(水)23:54:37 No.821152089
トロフィーを飾ってある棚を見つめる。フェードアウトするばかりだった筈の私の、その後の足跡が続いていた。足跡の一番最後には、第一回URAファイナルズ長距離部門優勝のトロフィーと、五人で撮った写真が並べて飾ってある。写真の中の私達は、それぞれが一個ずつトロフィーを持っていた――短距離のキング、マイルはグラスが、中距離はスペちゃん、そして私、ダートはエルが……エルは皆がダートを苦手としているのを察して、一番最初にダート部門に出走することを宣言していた。その後で文句を言っていたけど……。小脇に抱えたり、突き出したり、掲げたり。好きなようにしている。私達の三年間のレースの決着、友情の証。
11 21/07/07(水)23:55:25 No.821152406
「ねえトレーナーさん、あの写真を撮った時のデータってまだ残ってる? 他にもあったと思うんだけど」 私は五人が写った写真を見た時に覚えた微かな違和感が気になっていた。 「ああ、まだ残ってるよ」 私はトレーナーさんのPCを覗き込んだ。集合写真の他に、皆とそれぞれのトレーナーさんが一組ずつ写った写真があった。トレーナーさんと手を繋いだり、腕を組んだり、抱きついていたりした……私以外。 「ねえこれ、ちょっと距離感が近いと言うか、おかしくない?」 「アタシもどうかと思ったんだけどね、盛り上がっちまったんだろうね。まあデキてるからね」 「デキて……えー、うそォー」
12 21/07/07(水)23:55:45 No.821152535
「アンタも見てたでしょ? 有マのウイニングライブで、優勝したキングとそのトレーナーが、ステージの上で婚約宣言したのを。あれは凄かったね」 「有マ……ライブ……うっ、頭が……っていうかキングが優勝したの?」 「本当に大丈夫かい? アンタは二着だったよ」 「皆は今どうしてるの?」 「揃ってトレーナーを連れて実家に帰ってるよ、ここにいるのはアンタだけさ」 「ひどい」 私は友情というものがわからなくなった気がした。
13 21/07/07(水)23:55:48 No.821152557
>「この街は、隅々までメジロの力や流儀が浸透していて、それはこの国の法規より優先されているんだ」 この街はもうダメだ
14 21/07/07(水)23:56:05 No.821152659
「可哀想にねえ。アンタが持てるものなら何でも用意してやりたいけれど、学園に男を持ち込むのはねえ」 トレーナーさんはそう言って私の頭を撫で擦りながら、心底哀れんでいる目で見てきた。本当にひどい。 「……これも、言っておかないとねえ……」 トレーナーさんが言いにくそうな、持って回った喋り方をする。 「嫌だ、聞きたくない……」 「待ちな!」 反射的に逃げようとした私の腕をトレーナーさんが掴む。振り切れるのに、振り切れない。 「大事な話なんだよ」 私は、大人しくその場に座り込む他なかった。
15 21/07/07(水)23:56:49 No.821152932
トレーナーさんは私に結婚相手の写真を見せてくれた。一見して、ちょっと冴えない感じの、しかし不思議と目に力を感じさせる男性だった。 「何か、ぱっとしない」 「アンタねえ、恩師の未来の旦那に対する第一声がそれかい」 トレーナーさんはしょうがないねとでも言わんばかりに息を吐いて続けた。 「アンタから見てアタシのいいところってどこだい?」 「トレーナーさんの? 顔がいいとか、スタイルがいいとか?」 「そう言われて悪い気はしないけど、まあ、そういうのじゃないものだよ」 「面倒見がいいところ、色々語って聞かせてくれるところ、それから……」
16 21/07/07(水)23:57:18 No.821153117
「ふむ、そういうところがね、結構こいつの影響を受けていたり、受け売りだったりすることも多いんだよ」 「それを私に?」 ひょっとしてそれは惚気で言っているのだろうか? 「でもトレーナーさんは、そんなに誰かに影響を受けそうなタイプには見えないよ」 「アタシもそう思うけどね、面倒な女にされちまったのかね。付き合い……長いからね」 ……。 「祝福してくれるかい?」 「うん……」 私はぼんやりしたまま生返事をしたが、次のトレーナーさんの言葉で、意識を呼び戻された―― 「……アンタのトレーナーを、外れようと思う」
17 21/07/07(水)23:57:37 No.821153248
>>「この街は、隅々までメジロの力や流儀が浸透していて、それはこの国の法規より優先されているんだ」 >この街はもうダメだ いいだろメジロだぜ?
18 21/07/07(水)23:57:44 No.821153286
「そ、そんなの!」 「……勝手、だろうねぇ」 「今しかないと、思ったんだよ」 トゥインクルシリーズ……大事な三年間が終わって、一区切り付いたからだろうか。だけど、そこでトレーナーさんとの関係が終わるとは思っていなかった。 「アタシがアイツと結婚して家族になった後でも、アンタのトレーナーはできる。だけどそれでは無理が来る。アタシがそれに耐えられないだけなんだ」 私は何も言えなかった。さっきから私が立ち入れそうもない話ばかりだ。ずるい。
19 21/07/07(水)23:58:09 No.821153432
「アンタには悪いけど……と」 トレーナーさんが私の背中に腕を回して、抱きかかえてきた。 「何我慢してるんだい。頼むから、アンタは我慢しないでおくれよ」 「……トレーナーさんも我慢してるから」 「アンタはどうしようもないくらい手がかかって……アタシには勿体ないくらい、よく出来た子だよ」 私達は落ち着くまで、暫くそうしていた。
20 21/07/07(水)23:58:26 No.821153544
大作だ…
21 21/07/07(水)23:58:31 No.821153571
「さあ、アタシの話はこれだけさ、随分長く付き合わせちまったね。お詫びにコーヒーでも奢ってやるよ」 「コーヒーはさっき飲んだよ」 「そりゃ残念」 「お腹空いたから、代わりにクロックムッシュで」 「ちゃっかりした子だよ……さ、顔を洗っておいで」 私の顔は、泣き腫らしたそれであり、とても見せられたものではなかった。
22 21/07/07(水)23:58:52 No.821153689
カランカラン 「ああっ、聖ウンスよ、お戻りになられたのですね」 カフェに入った瞬間、私はゴルシを引き剥がすのに労力を割くことになった。 「何やってんだいアンタ達」 「あっ、久しぶりじゃーん姐御、何にする?」 今度はトレーナーさんにくっついた。 「お久しぶりです、姐御さん」 お兄さんが、トレーナーさんに挨拶をしている。 「アンタまで何言ってんの」 「便宜上です」 「相変わらず見た目の割に食えない男だね、とにかく落ち着いた席を頼むよ」 「落ち着いた席!? ハイハイオッケー任されてー」 ゴルシが私達を誘導しようとする。 「アンタじゃなくてカフェに応対頼みたいねぇ」 「なんでだよぉ」
23 21/07/07(水)23:59:12 No.821153809
結局奥のテーブルに通された。 「アタシはブラックのアイスで、それとこの、マリトッツォってやつ貰えるかい?」 「へへぇ、姐御も流行りものには一応乗っとくってやつで?」 「この店もね」 「私はクロックマダムと……炭酸水でいいや」 「はいはーい、ブラックのアイスコーヒーとマリトッツォ、クロックマダムにソーダ水で宜しいですね? かしこまりィー」 ゴルシが威勢とは裏腹にゆっくりとした足取りでオーダーを伝えに言った。 トレーナーさんが何か言いたそうにこちらを見ている。 「目玉焼き付いてるほうがお得じゃん☆」
24 21/07/07(水)23:59:33 No.821153924
「はいはーい、ブラックのアイスコーヒーとマリトッツォ、クロックマダムにソーダ水お待ちどぉー」 美味しそうな匂いを立てた料理を運んで、ゴルシが戻って来る。 ゴルシはそう言って配膳を終えると近くの席から椅子を拝借してきて、逆向きにしてどかっと腰を下ろした。「遊んでいていいのか?」 トレーナーさんが言う通り、屋内どころかテラス席も割と……人がごった返していた。よく見ると学園の制服にエプロン姿の店員もいる。 「いやーうちはほら、人気だから志願者が多いし、人員には困ってないんですよ。ボランティアは何時でも受け付けてるんで……」 それはサボってもいい理由にはなっていない気がする……。
25 21/07/08(木)00:00:08 No.821154150
「スカイも働くか?」 私は料理を口に運ぶ手を止めた。 「奢って……」 「おっ、セイちゃん働くんか! いいぞ、学生の間だけの特権のようなものだからな!」 話が違う。 「まあ、いい社会経験だ」 「でよー、姐御はいつ式挙げるんだ?」 「そのうちね」 なんでゴルシは結婚のことを知ってるの? そして軽い、大騒ぎした私がバ鹿みたいだ。 「アタシもちゃんと呼んでくれよぉー」
26 21/07/08(木)00:00:42 No.821154352
「ゴルシ……先に上がります」 制服に着替え、メイドではなくなったカフェが現れた。 「カフェの居ないマンハッタンカフェなんてただのカフェじゃねーか!」 「……はい、ですからここからはただのカフェです。ゴルシも詰めすぎないでください」 「お兄さんも後詰めの人と交代して上がるので、閉める準備を……」 グラスを傾けて、何やら思索に耽っていたトレーナーさんが席を立つ。 「頃合いだね、アタシはお兄さんに挨拶してから帰るよ。スカイ、何かあったらいつでも連絡しな」 「姐御も帰るのか。しゃーねぇ、店仕舞だ店仕舞。セイちゃんも残り一時間、やっていくだろ?」 「わかったよ、けどなんか閉店早くない? まだ明るいよ?」 「ままごとみたいなもんだし、こんなんでいいんだよ。さあ着替えて貰おうか」 「私もエプロンだけがいいんだけど」 「流石にジャージで立たせるわけには行かねえよ」 私は大人しく連行されることにした。
27 21/07/08(木)00:01:02 No.821154477
「お、思ったより恥ずかしいんだけど……」 「可憐だァ」 「いつもこんなの着てるんだね……」 「いいよーいいよーセイちゃん、いやーうちには居なかったタイプだわ。これは客足伸びるね」 「セイちゃんにはテラスのテーブルをやって貰おうかな」 「いきなりー?」 「右端のテーブルが一番で、八番まであるから」 ままごとみたいな店の割に多い。 それから私は、新人メイドとして暫くお客さんに揉みくちゃにされた。人が倒れたとか一角で騒ぎになっていたが、すぐに収まったようだ。気にしないでおこう。
28 21/07/08(木)00:01:30 No.821154683
「どうよ、結構楽しかっただろ?」 閉店後のロッカールームでゴルシにそんなことを言われた。 「メイド服も可愛かったし、結構良かったよ」 「気晴らしになったか?」 何のことやら。 「ゴルシ、この後ちょっと付き合ってくれる?」 「いいぜ」 察して気を利かせてくれるところが、頼もしいやつだ。 「おっとその前に」 ゴルシが何やらカードのようなものを取り出す。 「これを渡しておかねえとな」 「おやおや、何ですかそれは?」 「知らないのかいセイちゃん、ジュエルだよ」
29 21/07/08(木)00:01:50 No.821154842
聞いたことがある。曰く、学園内でのみ通じる通貨であると。トレーナーさんはこれで買い物したりするらしい。 「学園内でのみっていうところは違うな」 心を読まないで欲しい。 「これが通じるのはおおっぴらにメジロの力が及んでいる場所、つまりここら一帯だ」 「まあ受け取っておけよ」 そう言ってカードを強引に握らせてきた。何かに屈した気がする。額面には1500とあった。どのくらいの価値なのだろう。ハチミー代の足しになればいいか。でも……。 「これって対価っていうんじゃない?」 「違います聖ウンス。私達は対価のために働いているのではないのです」 「そうこれは使命です、使命に対する正当な報酬なのです」 どうやら価値のあるもののようだ。 「ほら、ミッションをクリアしてジュエルをGETって言うじゃねーかよ。O.K.?」 「O.K.」
30 21/07/08(木)00:02:12 No.821155008
それから――学園内の人気のない、私のお気に入りスポットの一つに移る。 「まあこれでも食べながらさ、セイちゃんの話に付き合ってくださいよ」 私は後詰めのおばちゃんが包んでくれたマリトッツォを二つ取り出した。 「トレーナーさんが用意しておいてくれたんだって。なんかさ、細かいよね、そういうところ。そんなタイプに見えないのにさ」 「アタシらは近すぎるのかもしれねえな。これが姐御が食べていたやつか」 近すぎる? そうかな、そうかも。 「ゴルシは、トレーナーさんとはうまく行ってるの?」 「アタシの? トレピッピのことか?」 「トレピ……」 「トレピには世話になってるからよ、なんだかんだ、受け入れてくれるしなっ」 ゴルシがマリトッツォと格闘しながら答える。
31 21/07/08(木)00:02:30 No.821155135
「トレピが居なくなっても、ゴルシは耐えられるの?」 「アタシらだって一応花も恥じらうウマ娘だぜ、その上女子校なら惚れた腫れたは避けられねえよ」 「それで……行くとこまで行っちまうのもいるけどよ、それはもう競走バとトレーナーの関係じゃない。競走バとトレーナーの関係に留まるなら、いつまでも縛り付けることは出来ないぜ」 「私ももし恋人がこの場に居たなら、他の何をおいても一心同体であろうとするのかな?」 「……」 「……ゴルシ?」 「セイちゃんよぉ、この菓子食べづらいな」 汚れた手と顔を洗いに行ったことで、この話は終わった。
32 21/07/08(木)00:02:49 No.821155249
THREE MONTHS LATER
33 21/07/08(木)00:03:04 No.821155343
結局そのまま月日は流れ、その時が来た。式はメジロ殿で執り行われることになった。昨年マルゼンスキー先輩が結婚した時は、学園の敷地をを式会場にするというとんでもない騒ぎになったが、流石にそんなことを続けていては学園が機能しなくなる。然りとて学園周辺でぽこぽこ生まれる結婚式の需要を、メジロが黙っているはずもなく……。列席者に学生がいる割合は多い。学生にご祝儀やら会費やらを捻出させるわけにもいかないので、メジロ殿は極めてカジュアルな結婚式のプランを打ち出した。それが小さすぎる結婚式こと芝コースである。実際にはそれですら代金が徴収された話を聞いたことがない。思えばマルゼン先輩の時ですらご祝儀も引き出物もなかった。メジロ殿はそういったものを、手作り感などと称して打ち出しているのである。欺瞞。だが、それらに疑いの目が向けられることはない、何故ならここがメジロシティだから。
34 21/07/08(木)00:03:26 No.821155483
私は、トレーナーさんの控室に居た。 「どうだい、アタシの晴れ姿は。見栄えがいいからって、宣材に使わせてくれって頼み込まれたんだよ?」 「えー、お世辞じゃないんですかー?」 お世辞であるわけがない。 「全く、アンタも素直に褒めていいんだよ?」 「そうだ、アタシの後任だけどね。本当は今日会わせたかったんだけど、どうしても予定が合わないって……まあ、かなり無理を言ったからねえ……」 めでたい席であんまり聞きたくない話題だった。 「なんだい、まだ拗ねてんのかい? 困ったもんだねえ」 「アタシより優秀で、良いやつだよ。それは保証できる」 「わかった。じゃあ、トレーナーさん、私戻るね」 「また後でね……」
35 21/07/08(木)00:03:46 No.821155601
披露宴はシンプルなものだった。見知った顔が多いのもあって、ホームパーティのような様相を呈している。いっそ制服でなくメイド服を着て来れば、受けが良かったかも知れない。結婚式のことを伝えたら飛んできたじいちゃんが、トレーナーさんと意気投合したようで、『あのお嬢さんは傑物じゃぞ』とまで言っていた。まあ、ちょっと似てるもんね。新郎さん、トレーナーさんの旦那さんは、写真で見るより格好良く見えた。トレーナーさんはとても幸せそうにしていた。そんなこんなで、披露宴も式も、あっという間に終わってしまった――
36 21/07/08(木)00:04:10 No.821155779
披露宴と違って割と厳かなまま進んでいった結婚式も、新郎新婦の退場を残すのみとなった。 本当にトレーナーさんが行ってしまう。結局の所、トレーナーさんの近親者でもないし、今後トレーナーさんと会って話す機会は極端に減るだろう。なんでトレーナーさんは行っちゃうんだろう。周りの皆が祝福の声を上げる中、私は俯いたままトレーナーさんを直視することが出来ずにいた。
37 21/07/08(木)00:04:30 No.821155901
「そらよっ」 LIFE-5 私の胸に何かが飛び込んできた。ブーケだ。驚いた私は顔を上げる。 「こんな時まで掛かってるんじゃないよ」 「そんなんじゃ……」 私は恥ずかしくなって、慌てて涙を拭いた。 「アンタの伴侶だけは、アタシが絶対見つけてやるから、今は笑って送り出しておくれよ、スカイ……」 そうして結婚式は本当に終わった。
38 21/07/08(木)00:05:06 No.821156116
明くる日―― 「なんでまだトレーナーさんいるんですか」 トレーナー室で、忙しそうに作業をするトレーナーさんの姿があった。 「後任への引き継ぎが終わってないからに決まってるじゃないか」 「それにしても丁度いいところに来たね。今日、後任がうちに来るから、カフェでなにか菓子を買ってきておくれよ」 そう言ってトレーナーさんは、どこかで見たカードを渡そうとしてきた。閃いた。 「いやいやー、これから職を失うかという人に奢って貰う訳にはいきませんよ。セイちゃんが餞別として奢ってあげちゃいます☆」 私は自分のジュエルを、これ見よがしにひらひらさせた。 「全く、口の減らない子だね。それならマリトッツォを三つ程頼むよ」 「えー、アレにするんですか。食べづらいし、温くなるとくどくなるしで、私は無難な選択とは思えませんよー」 「そうかい? 私は好きだよ。それに、アイツは甘いものに目がないからなんでも喜んで食べるよ」 「好みまで知ってるんですか?」 「まあ、長い付き合いだからね」 「そうですか。じゃあ行ってきます」
39 21/07/08(木)00:05:24 No.821156232
「はい、ご注文のマリトッツォ三個になります。お早めにお召し上がりください」 「ありがとっ、お兄さん☆」 「あ、そうそうスカイさん」 「ん、なに?」 「いつぞやのアドバイス、大変参考になったと、姐御さんに伝えて貰えますか?」 「今回のマリトッツォは、以前のものよりも自信があります。またよろしくとも」 「ふーん、また、ね。わかったよ、伝えておく。それじゃあね、お兄さん☆」 「いってらっしゃいませ、お嬢様」
40 21/07/08(木)00:05:58 No.821156457
私は、少し気分が良くなった気がして、軽い足取りで外に出る。空を見上げると、とても良い晴天だった。 「セイウンスカイさん、ですか?」 後ろから声を掛けられて振り向くと、大学生くらいといった年の頃の男性が、少しソワソワした感じで立っていた。印象の割に、よく通る、爽やかな声。 「はい……」 自分でもびっくりするくらい変な声が出た。 「姉がいつも世話になっております。姉の後任として参りました。トレーナー室までご案内頂ければ嬉しいのですが」 青年が、所作を改める。薫風すら感じさせる声。その上、とにかく顔とスタイルがいい家系だった。 セイウンスカイの高鳴りが、初夏の大気に溶けてゆく。恋の芽吹きを感じさせる青空だった。 こいつらうまぴょいするんだ!
41 21/07/08(木)00:06:17 No.821156594
あとがき 世間では(気に入らない)相手にお前などと言われただけでポリコレ棒を翳す人がいるらしい。そんな訳はないだろと思い、軽い感じのやり取りをする関係が書きたくて書きました。 結果として、姐御か女傑みたいなカーチャンができました。ガイドビーコンなんて出すんじゃない。 少し続き物要素があります。気の赴くままに書くのは楽しいけど体裁を整えるのに少し疲れた。ゴルシは楽しい。
42 21/07/08(木)00:06:39 No.821156746
> こいつらうまぴょいするんだ! お前が言うんかい!
43 21/07/08(木)00:06:41 No.821156754
長距離S
44 21/07/08(木)00:07:05 No.821156901
大作だったありがとう こういうトレーナーとの関係もいいしその後のアフターもばっちりでこれは…純愛…
45 21/07/08(木)00:08:37 No.821157512
奇特な方のための全文 fu143561.txt 更に奇特な方のためのまとめ sq139846.zip
46 21/07/08(木)00:09:34 No.821157847
原案セイちゃんなんかスペっとした顔してるな……
47 21/07/08(木)00:11:33 No.821158643
今見たら削った後埋めるつもりでいてそのまま忘れてる箇所ある…… 怪文書だしこれでいいか
48 21/07/08(木)00:12:17 No.821158913
ほう…長距離怪文書ですか たいしたものですね
49 21/07/08(木)00:14:54 No.821159951
なんか複雑な気分だ…
50 21/07/08(木)00:17:03 No.821160816
ところでメジロシティって何なんです…?
51 21/07/08(木)00:17:56 No.821161131
これがスパダリに会う前のセイちゃんか…
52 21/07/08(木)00:18:27 No.821161320
>ところでメジロシティって何なんです…? 欲望渦巻くソドム
53 21/07/08(木)00:20:57 No.821162341
>ところでメジロシティって何なんです…? メジロルールが優先される地域だよ 多分街全体がLIGHT-CHAOS
54 21/07/08(木)00:24:09 No.821163498
くそッ描き逃げされたっ奴に幻覚剤をはなてぇい!!
55 21/07/08(木)00:36:00 No.821167698
>くそッ描き逃げされたっ奴に幻覚剤をはなてぇい!! 一斉射ー!!!