21/07/07(水)22:48:14 数日臥... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1625665694448.png 21/07/07(水)22:48:14 No.821125510
数日臥せてしまっている。 通称ウマインフルエンザ。ウマ娘のみが罹患する病気の一つだ。 本当はドイツ語由来の長い名称があるのだが、ヒトのかかるインフルエンザに酷似した感染経路、感染力を持つ病気であることから、専らこの通称で呼ばれる。 流行の兆しがあってから、学園内やトレーニング中はモルモット君とともに細心の注意をはらっていたつもりだが、レースでうつされてしまってはどうしようもない。 あの安田記念に出走したウマ娘は、私を含めて全員罹患してしまったそうだ。誰が感染源だったかはわからないし、それはもう仕方がない。 ヒトには感染しないことから、専属トレーナーのいるウマ娘は完治まで経過をトレーナーに一任されることになっている。 感染力の強い病気であるため寮や校舎内での療養は許可されていない。 専属がいない、そもそもアスリートではない一般ウマ娘のために病院のベッドをできるだけあけたいという事情もある。 そんな経緯で、発病してからずっと、私はトレーナー寮にある、モルモット君の部屋で世話になっているというわけだ。
1 21/07/07(水)22:48:32 No.821125656
この病気はもたらす症状は2つ。ひとつはひどい高熱。体温計の数値は40度にタッチすることもある。 そしてそれとはもう一つ別に、ウマ娘によって異なる、固有の症状を発症させることで知られている。 ウマ娘それぞれが持つウマムスコンドリアへの、ウマインフルエンザのウイルスの干渉によるものだと考えられているが、詳しいことはわかっていない。 この固有の症状が実に多岐にわたり、しかも同じウマ娘でも違う症状が出ることがあるため、アスリートウマ娘に関しては、お互いに理解のあるトレーナーの看病が医学的結見地からも最適であるということらしい。 「ただいま、タキオン」 モルモット君が帰ってきた。寮まで私の着替えを取りに行ったり、スポーツドリンクや栄養剤などを調達してきてくれたのだ。 サイドテーブルに、買い物袋の中身が並べられる音がする。 「ここにいるから、何かあったら言ってくれ」 私はベッドの中でドアに背を向けたまま、小さく身じろぎだけして了解の意思を示した。
2 21/07/07(水)22:48:47 No.821125753
別に喧嘩をしているとか、気まずいことがあるわけではない。今の私にはこれが精一杯なのだ。 モルモット君もそれを承知しているので、とくに咎めるようなことはない。 猛烈な"怠惰"。これが今回の私固有の症状だった。 高熱による倦怠感とは違う。ただ単に面倒くさいだけ、体を動かしたくないだけなのだ。尻尾を動かすことすら億劫だ。 「無駄なことはしたくない」という私の性情が、ウマインフルで暴走してしまっているのだろう。無駄ではないことどころか、目下必要なことすらしたくない。やりたくない。 我が事ながら、これは大変に堪える。
3 21/07/07(水)22:49:01 No.821125862
罹患に気付いたきっかけはモルモット君のお弁当。 安田記念から数日もしないあの昼、ラボでモルモット君から貰ったお弁当箱をあけた時だった。 お弁当を食べるのを、少し面倒くさいと感じてしまったのだ。 以前のミキサー食ならともかく、モルモット君のお弁当に対してこの感想はありえない。体調かメンタルに、何らかの変調をきたしているのは間違いない。 そう確信した私は即座に体温を測り、平熱を遥かに上回る数値であることを確認すると、保健室経由でそのまま病院へ。 その時は風邪か何かの倦怠感だと思っていたのだが、検査の結果ウマインフル感染が確認されてしまった。 既に変調を自覚していつつも私は楽観視していた。医者のお墨付きをもらった上でモルモット君の部屋で過ごせるのだ。 モルモット君をからかいながら、数日くらい羽根を伸ばしたって悪くない。 そう思っていたのだが――翌日"ベッドから起き上がるのが面倒"になっている自分を自覚し、ただちに考えを改めることになった。
4 21/07/07(水)22:49:21 No.821126011
ぱちぱちと、モルモット君がキーボードを叩く音が響く。 私の経過を病院と学園に報告しているのか、今後のレース計画を練り直しているのか――あるいはその両方か。 子守唄のようなその音を聞きながら、怠惰な私は、唯一動く頭の中で、ただ思考を巡らせた。 あれから、病状は順調に進行してきている。予兆があった分、私もモルモット君も症状の悪化を淡々と受け入れているように見えるが、私の脳裏には確かな焦燥が積もりつつあった。 今回の病気で、思考力についてはそれほど鈍っていない。むしろ普段よりも冴え冴えとしているような気配さえある。 なので、今の怠惰極まる自分を、冷静に嫌悪している私が頭の中に居る。 いくらモルモット君相手でも、その態度はないんじゃないのかい――頭の中ではそう思うが、体は全く追いつかない。なにもかもが、大義で面倒に感じる。 モルモット君はいつも以上に献身的に私を看病してくれるが、それに対するリアクションを返すことができないのだ。 それも高熱があるからとか、意識が混濁しているからとかではなく、ただ面倒だからなのだ。できるのに面倒だから、しない。私はそれを自覚している。
5 21/07/07(水)22:49:39 No.821126143
そして、そんな私の態度を、私自身が腹立たしく思っている。 仮にモルモット君が意図してそんな態度を取るようなら、私は激高して何を飲ませるかわからない。 発光どころではすまない、二度と人前に出られなくなるような薬品を投与するかもしれない。 今の私は、それに匹敵する態度をモルモット君に対して取り続けている。これならば泣き叫ぶ赤子のほうがまだマシだ。今の私は赤子以下だ。 こんなことでは、モルモット君に愛想を尽かされるのも遠くはないのではないか。専属契約を解消して、私を病院に引き渡して、それで終わりではないか。 ……いや、私は何を考えているんだ。私とモルモット君に限ってそんな事が。そんな事があるわけが―― 今の私に、あるわけがない、などと言い切れるだろうか?
6 21/07/07(水)22:50:04 No.821126315
「タキオン、気分はどうだ」 わたしはこたえない。 「タキオン、なにか食べられそうか」 わたしはこたえない。 「タキオン――」 焦れたのか、あるいは呆れたのか、モルモット君がこちらに寄ってくる。ああ、面倒だな。視線を動かすのも億劫だ。 いや、ちがう。今のは私ではない。こんなのは、こんなのは私ではない。 モルモット君が私の肩を掴み、力を込めた。私の体が仰向けになり、まる1日ぶりに私の顔は、モルモット君と向き合った。 シーリングライトがまぶしくて、その顔はよく見えなかった。逆光で黒く塗りつぶされたモルモット君が、ひどく恐ろしく感じられた。 「……っ」 モルモットが声を押し殺し、眉が潜められる気配がした。私はどんな顔をしていたのか。 モルモット君にも見せたことのないようなだらしのない顔をしていたのか、あるいはうつろな顔をしていたのか。
7 21/07/07(水)22:50:28 No.821126480
ふいにモルモット君の顔が背けられ、部屋の外に向かうのが見えた。 いや、待ってくれ。私をひとりにしないでくれ。君に見捨てられたら、わたしは。 そうは思うが、体は動かない。頭は冴え渡り、心は疲弊して、体はそのどれとも結びつかない。ただ重く、動かない。 ぎしりとベッドの一角が沈んだ。いつの間にかモルモット君が戻ってきていた。戻ってきて、私の顔を覗き込んでいる。 相変わらず、その顔は真っ暗で伺い知れない。視線をずらしてみたくても、私の体は動かない。 胸の奥にほのかな恐怖を覚えながら、それでも身を竦めるのも面倒で、私はただ、次に何が起こるか待っていた 。 突然、布団がモルモット君に剥がされた。突如として部屋の空気に晒された素肌を、掠れるような冷気が撫でた。 同時に、ぬうっとモルモット君の腕が私に伸びた。それは私の胸元でふいに止まると、そこから体をまさぐり始めた。 ――いや、待ってくれ。君は何をしているんだ。 モルモット君のてのひらが、胸元からお腹に向かって、ゆっくりと私の体を滑っていく。胸元にさっきと同じ冷気を感じて、私は寝間着のボタンを外されているのだとわかった。
8 21/07/07(水)22:50:43 No.821126598
ま……待ってくれモルモット君。今、今かい。今は嫌だよ。私は嫌だ。こんな酷い状況でそれは……あっ 頭を抱えこまれたかと思うと、無理矢理に上体を起こされた。それと同時に、ボタンを外し終えた寝間着が剥ぎ取られる。上半身が顕になった。 抵抗をしたくても、体は動かない。心はすっかり恐怖に染まって、心臓は早鐘のようになっているというのに、あいも変わらず肉体だけが、あらゆる命令を受け付けない。 駄目だ、嫌だよモルモット君。君とはいずれそうなっても良いと思っていたけれども、今ではない。君がこんなことをする人間だとは、私は…… いや、私がいけないのか。私の看病でモルモット君の堪忍袋が弾けてしまったのか。だとしても、だとしても私は、君とこんなふうには、こんなふうには…… 涙が頬を伝うのを感じた。何の涙かはわからない。モルモット君への、あるいか自分への失望の涙か、これから起こりうることへの恐怖の涙か、それとも――
9 21/07/07(水)22:50:55 No.821126678
ひた、と背中に温かいものが触れた。 「すまない、気付かなかったんだ。そりゃあずっと寝てるんだから、汗くらいかくよな」 それがホットタオルだと理解するのに数秒を要した。いつの間に用意したのだろうか。 首筋から背中にかけてじっとりと汗で濡れた素肌を、モルモット君がホットタオルで優しく撫でる。服を脱がせたのはこのためだったのだ。 「とりあえず上だけでも体を拭いていくから。胸は……その……見ないように努力する」 背中、腕、脇の下……体中を、モルモット君の温かいタオルが拭ってゆく。 胸のあたりも、モルモット君が背中に回って、直接胸を見たり触れたりしないように、タオルで慎重に拭き取ってくれた。 温かいタオルの感触と、モルモット君らしい気遣いが、私に急速に平静を取り戻させた。
10 21/07/07(水)22:51:10 No.821126774
何をバカなことを考えていたのか。 私の見初めたモルモット君が、そんなことをする人間であるはずがないじゃないか。 さっきの眉をひそめる気配は、私の顔がどうこうではなく、私に苛ついていたわけでもなく、私の体がニオったのだろう。 モルモット君のことだから、本当は私の服を脱がせる前に、そうと言ったに違いない。私があたふたと無駄に頭を働かせて、聞き逃しただけだったのだ。 私の頬を、また涙が伝った。安堵と、それから――謝罪の涙。 取り替えられたホットタオルが、背後からそっと私の顔を撫でた。私の涙は誰にも見られないまま、温もりに揉まれて、姿を消した。 替えの寝間着を着せられ、元通りベッドに横たえられるころには、私はすっかり落ち着いていた。 先程までの思考の暴走は、寝汗をたっぷりと含んで重くなった寝間着と、高熱がもたらしたストレスによるものだと思うことにした。 額に乗せられたモルモット君の手が、ひんやりとして心地良い。私は余計なことを考えるのをやめ、その心地よさに体を預けるようにして、眠りについた。
11 21/07/07(水)22:51:26 No.821126882
爽やかな朝だった。 ゆっくりと、上体を起こす。体の節々が痛み、重力が倍近く感じられた。軽く背中の伸びをするだけで、息があがった。 それでも、寝起きに体を伸ばす気力があるというのは素晴らしい。 体を動かすのは苦しいが、動かせないよりは遥かにマシだ。 峠は超えたという確信がある。息をするのも放棄してしまいそうな怠惰さは去り、代わりに発熱の倦怠感がある。 ソファの方に顔を向けると、ちょうどモゾモゾと目覚めたばかりのモルモット君と目が合った。 私が微笑みかけると、モルモット君の表情から寝起きの眠気が消え去った。 「紅茶が、飲みたいねえ。モルモット君」 モルモット君の顔に安堵の色が浮かぶ。そういえば、まともに声を出すのは何日ぶりだったか。 「自分で淹れたいところだけれど、情けないことにまだ体は鉛のようでね……本当だよ? だから、残りのウイルスを追い出すためには、君の紅茶が必要なのさ」 どうだか――と苦笑しながら、モルモット君は腰を上げた。 「ほら、はーやーくー……でないと、また口もきけなくなってしまうよ」 「それは困るなあ」
12 21/07/07(水)22:51:39 No.821126976
キッチンに向かうかと思ったモルモット君は、静かにベッドに歩み寄ると、私をそっと抱きしめた。 「それは、困る」 モルモット君の声が震えていた。 「病気のせいだとわかっていても不安だった。返事がないのは死んでしまったからじゃないかと。それか、病気とは関係ないんじゃないかと」 モルモット君が溜め込んでいた、私の態度に対する不安が、その胸のうちから絞り出される。 「何もできない俺に幻滅していて、口をきく価値もないと思われているんじゃないかと――」 モルモット君の腕に力がこもった。 「……私は、そういう意地悪はしないよ」 モルモット君の背中に手を回して、私は応じた。 「昨日まで本当に苦しかったからね。今どうにか喋っているのは、モルモット君のおかげさ」 「……そうかな」 「そうだとも」 そのまましばらく、なにもせず抱き合っていた。お互いの温もりで、お互いの胸の奥に育った不安を熔解させあうように。 モルモット君がぽろぽろと涙を流している。私はモルモット君の肩に顔を埋め、うるんだ目元をごまかした。
13 21/07/07(水)22:51:55 No.821127088
そのまましばらく、なにもせず抱き合っていた。お互いの温もりで、お互いの胸の奥に育った不安を熔解させあうように。 モルモット君がぽろぽろと涙を流している。私はモルモット君の肩に顔を埋め、うるんだ目元をごまかした。 ぐう、と私のお腹が唸りを上げた。私とモルモット君は思わずその発生源に目を向ける。 それに呼応するかのように、もう一度お腹が低く唸った。私とモルモット君は顔を見合わせ、声を殺して笑った。 そうだ。数日間、まともに固形物を口にしていない。 「ただちに、お姫様」 苦笑しながら、モルモット君が立ち上がった。彼が今度こそキッチンに向かう姿を見送ると、私はまたベッドに横になった。体力の限界だった。 ここ数日で、もっとも穏やかな気分だった。モルモット君の包丁がまな板を叩く音を枕に、私はまた目を閉じた。 睡魔は、すぐにやってきた。
14 <a href="mailto:s">21/07/07(水)22:52:28</a> [s] No.821127301
病気で弱ったタキオンを看病するだけの話がこんなに長くなってしまった 短距離因子を探しに行くので失礼する
15 21/07/07(水)22:54:00 No.821127981
おい待てェ このままステイヤーとして磨きをかけろ
16 21/07/07(水)22:54:34 No.821128220
重病はきついよねほんと
17 21/07/07(水)22:55:28 No.821128593
寄り添って幸せになってくれ2人とも…
18 21/07/07(水)22:57:48 No.821129661
この長距離Sがよぉ... もっと書いて❤︎
19 21/07/07(水)22:58:55 No.821130131
とても良いものを読ませてもらった…
20 21/07/07(水)23:00:06 No.821130649
いいじゃないか…
21 21/07/07(水)23:09:07 No.821134626
これから先は今以上に、言葉を伝えあう2人になれたらいいよね…
22 21/07/07(水)23:09:09 No.821134643
七大罪に類する病状なのかと無駄に身構えてしまった
23 21/07/07(水)23:14:50 No.821136961
ナイスタキオン