ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/07/07(水)19:35:30 No.821042823
『河川敷で待つ』 とだけ書かれた、一通のメール。すっかり日の落ちた川沿いを、寮に一報、帰りが遅れると伝えながら歩くと、そんなメールの送り主の、鮮やかな芦毛が、ひょっこり道端に転がっているのが見える。 「わざわざ呼び出して、なにを」 スマホを鞄に収めながら、そう彼女に問うと、黙したままなにも語らぬ彼女の指が、ぴたりと、天を指す。 その指の先に広がるのは夏の大三角と、それを跨ぐ──── 「天の川を見に?」 「川の分が開けててさ、見やすいから」 そう笑顔で語りながら手招きをする彼女の隣へ腰を下ろすと、彼女の言う通り、川幅の分開けた視界の奥に、大きく天の川が広がって見える。 それはまるで、天と地に流れ行く二重の川のようで、どこか非現実的な風景にも思える。
1 21/07/07(水)19:35:50 No.821042950
「忘れてたでしょ」 「なにを」 「七夕と、天の川」 むくりと身体を起こした彼女が、私の顔を覗き込みながらそう問う。 忘れたつもりはなかったが、頭の隅に追いやって、特に興味も持たなかった。 季節行事は大切にしているつもりだが、全てに付き合うのは難しいものだと思う。七夕など、そう大仰になにかする行事でもなかったから、忘れていたと言えば忘れていたのだろうか。 少なくとも、 「……付き合わされなきゃ、わざわざ見なかったかも」 とは、素直に思う。 「知ってた」 「わざわざ言わないものよ、おばか」
2 21/07/07(水)19:36:06 No.821043040
そう軽口を叩きながら、空を見上げる。 瞬く星々と、それに付けられた名前。並ぶ星々に向けて語られた、伝承の数々。なんとなしに想いを馳せて、ふと考える。 「……川くらい、渡ってしまえばいいのに」 そんな独り言も、隣の芦毛は拾い集めて。 「牛郎織女」 「ええ」 「でもあれってさ、仕事ほっぽった結果でしょ。一年いい子にしてたご褒美があるだけ良いのかなあって」 「親の決めたことを、ただ守るのが正しいとは思わないだけよ」 「苛烈だねえ」
3 21/07/07(水)19:36:28 No.821043164
そう言って、少し困ったように笑う彼女に対して、私は少し、不機嫌を漏らした顔で居た。 牛郎織女、七夕伝説。それ自体に対してもそうだが、たかが言い伝えのことに、突っ張った態度を取ってしまう自分に対しても、少しの苛立ちはあった。 けれど、私は私の考えを曲げる気もない。実際そう思うし、なにより──── 「……でも、万難を排してでも会いに行くよなんて言われた人は、幸せだろうねえ」 「万難を排してでも一緒に居てあげるって、ずっと言ってるのよ」 「……うん」 星々と、彼女に向けての宣誓。 重ねた尾と指の先に力を込めて、ふと目を合わせた時、天の川の奥から流れ落ちた星が、瞬いて、消えていった気がした。