21/07/02(金)04:24:14 「トレ... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1625167454320.png 21/07/02(金)04:24:14 No.819135043
「トレーナーさん……」 頭が痛い、体が寒い、目の前がかすんでよく見えない。ぼやけた視界のまま、ふらふらと枕の上で首を振る。今何時だろう。窓の外は明るく光っていたから、少なくとも夜ではない。ここはどこだっけ。寮の自室に比べて随分と広い部屋だし、青っぽいシーツが引いてあるのも見えたから、少なくとも私のベッドじゃないようだ。なら、ここって、ああそうだ。肺から絞り出すようにして息を吐けばすぐ、ひたり、おでこに冷たい感触。これは冷えピタかな。鼻が利かなくったって、いつかの経験が教えてくれる。冷えピタのお陰か頭痛が少しだけ弱まって、モノを考えられるようになった。 「わたし、どうしたの……?」 「うーん……夏風邪、なのかなあ……」 どんな顔をしながら呟いたのかは分からないけど、なんでだろう、ちょっとだけ悔しくて泣きそうになる。今までこんな風に体調を崩すことなんて無かったのに。よりにもよって、このタイミングで。トレーナーさんの部屋にお泊まりした、その朝だなんて。はあはあ、鼻でうまく息が出来なくて、水辺の魚みたいに口をぱくぱくさせた。 「えーと確かこの辺に救急箱を……」
1 21/07/02(金)04:25:01 No.819135072
多分だけど、トレーナーさんは棚をがさごそと漁って何かを探しているらしい。 「あったあった。……スカイ、ちょっとごめんな」 目当ての物を探し当てたのか、棚から離れベッドの方へと近寄ってくる。そしてゆっくりとかがんで、私のパジャマの、襟元を閉じるボタンへと手を掛けた。 「ん、やっ……」 ぱち、ぱち。音もせずにボタンは外れていく。恥ずかしくて抵抗しようとしたけど、風邪っぴきだからか身体は全く動いてくれなくて。いや、どうだろう。熱がなくてもこんな状況が訪れたなら、私はたぶん浮かされていて、拒むことなんか出来ないかも知れない。私は、弱いから、きっと。トレーナーさんの好き放題にされてしまうんだ。ずきずきぼんやり、相変わらず頭が痛い。なのに意味のない考えだけが頭を巡るから、骨太でたくましくて、なのに優しい指先だけを見続けることにした。 「よいしょっと……」
2 21/07/02(金)04:25:23 No.819135094
指先が見えなくなって、トレーナーさんの真剣な横顔だけが私の瞳に映り込む。首もと、キャミソールの隙間にトレーナーさんの手が入って、汗でべたべたする鎖骨の下を通り、脇のつけねに冷たい棒のようなものがぶつかった。私は、なすがままだ。胸元に手を入れられてるのに、ひとつだって抗えない。トレーナーさんがどう思ってるかは知らないけど、私だって一応年頃の女の子なんだ。やらしいことをされてる訳じゃないって分かってても、やっぱり緊張してしまう。 「う~……」 「ごめんな、もうちょっとだけ我慢して」 熱に浮かされた頭で変なことを考えていれば、時間はものすごく早く進んだ。トレーナーさんのもう片方の手が私の体に寄り添って、そのまま脇と身体で挟むように腕をぎゅっと押さえられる。何秒くらい、だろう。頭がぼうっとし過ぎていて上手く時間を数えられない。でもそんなに長くはなかったと思う。すぐにぴぴぴ、規則的な電子音が鳴った。短い棒みたいなやつと一緒に、トレーナーさんの骨ばった手が、キャミソールとパジャマからいそいそと出ていく。 「あちゃあ……」 「なん、ど……?」 「えーと、三十……あー、三十八度七分、だな……」
3 21/07/02(金)04:26:23 No.819135142
ボタンの外れたパジャマの襟元を直しながら、トレーナーさんは苦そうに眉毛をたわめた。その仕草で分かった、多分もっと高い熱が出ているだろうことを。 「ごめんなさい……」 「謝るなって、こういうことだってあるさ」 「でも」 「俺だって体調崩すことはあるしな」 トレーナーさんは、ずっとやさしい。私も責めることもしないし、寧ろいつもより甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。 「おこんないの」 ひとは、バカだ。弱ってるときに限って、自分の運命を手繰ってしまう。形のないものに対して、手触りを求めてしまう。怒られたい訳じゃない、でも私が悪いのは間違いないから、少しぐらい責められたい。そっちの方が安心できる。優しいだけじゃ、こわいんだ。掛け布団に隠れた足の指先を、握るようにぎゅっと裏側に丸めた。 「怒る? 怒らないよ」 飛び出した私の不安に、彼は疑問符を付けて返した。 「とりあえず、飲み物とか食べやすいものとか買ってくるか。替えの冷えピタといくつかスポドリは常備してるから……」
4 21/07/02(金)04:26:54 No.819135170
けほ。胸がいがいがして、思わず咳き込んだ。 責めてくれないせいでこわさが増えていく。少しでいいからトレーナーさんが何を思っているのか、知りたい。 「病院はどうするかな、熱が落ち着いたら連れてくか。とりあえず今は必要なものだけ……」 トレーナーさんの独り言を聞きながらぼんやり思う。 ねえ、どっか、行っちゃうの? やだ、行かないで、ここにいて。 言葉は出てくれなくて、けほけほとまた咳き込む。いがらっぽい喉を何とかしたくて、水の代わりに唾を飲み込んだ。うすぼんやりした天井を眺めながら、彼のいない部屋をふと想う。広くて、すかすかのこの部屋を。 さむい。 まるで冬みたいだ。 触れたもの全部氷柱にしてしまう呪いのみたいだ。冷たくて、寒くて、悲しいくらいにひとりぼっち。ここは彼のものなのに、どうして私だけがここにいるんだろう。布団にあるはずの温もりが冷たく感じられてすごく寒くて、死んでしまいそう。 「スカイ、ちょっと出掛けて……」 「おね、がい。いか、ないで……」
5 21/07/02(金)04:27:21 No.819135192
細くて小さい私の声。彼は気付かずベッドの側から離れようと立ち上がる。待って、待ってよ、おいてかないで。うまく口が動かないから、服の裾を頑張って掴んだ。 「いか、ないでぇ……」 ブレーキの壊れた瞳から、あつくていたい私の想いがあふれ出す。雲をつくり、雷をよび、気づけば雨が降り出した。降って、降って、降り続けて。さっぱり止まない雨が、頬をつたい、横髪をなぞり、枕カバーへと染み込んでいく。 引き留める必要性なんかひとかけらだってありはしない。だって、分かってる。出掛けるったってせいぜい近所のスーパーとドラッグストアぐらいなものだ。遠くになんか行かないって心の底では理解しているのに、このまま行かせてしまったら何もかもがはなれていってしまいそうで、こわくて、手を伸ばす。 「スカイ、だいじ……あー、うん、まあそうだよな」 「ここに、いてよお、いて、いかないで……」 「大丈夫だよ」 子供みたいにぐずる私の頭をなでながら、トレーナーさんは笑った。 「俺はどこにもいかないよ」 ベッドのふちに座り直して、今までで一番やさしい声で、私が今一番欲しい言葉を伝えてくれる。 「……うん」
6 21/07/02(金)04:27:47 No.819135209
トレーナーさんの声を聴いていると、なぜだか気持ちが和らいでいく。服をつかんでいたはずの手が温かくなっていく。もしかしなくてもトレーナーさんが握ってくれているみたいだ。体調不良が持ってきた頭の痛みや体の寒さは以前変わりはしないけれど、私を襲っていた謎の不安は解けていってくれたから、さっきまでに比べてだいぶ息がしやすくなった。 あはは、すごく、嬉しいな。 「君のそばにいるから」 「うん……」 ぱしぱし、ぱし。寒くて湿った雲の下で、ほんのりと温かい夏の雨が窓を叩く。手を握って貰えていることに安心感を覚えるなんて子供みたいだけど、風邪を引くぐらいの私にはきっと丁度いい。 「きっと、頑張り過ぎた君への、神さまからのご褒美だよ」 「……ねつ、いらないですよ……」 「はは、それは確かにそうだ」 「しょうがない、うけとっとこう、かな」 「うん、安心しておやすみ」 あ、そうだ。お粥、何味がいい? 私の頭をゆるく撫で続けながら、優しく問い掛けるトレーナーさんに、おみそ、とだけ伝えて。 私はゆっくり目を瞑った。 起きた後に見るトレーナーさんの笑顔を思いながら。
7 <a href="mailto:明後日…">21/07/02(金)04:28:53</a> [明後日…] No.819135256
同じくトレーナーさんの部屋にて。 「ゴホッゴホッ……!」 「あらら、今度はトレーナーさんがかかっちゃったかあ……」 「情けない……すまん……」 「謝らないで下さいよ~」 「格好つかねえなあ……」 「にゃはは……安心して、トレーナーさん。あの日のぶん、ちゃんと看病してあげちゃいますからね?」 今日だけは、私はどこにもいかないよ。 そう言って励ましてあげようかと思ったけど、やめた。 言わなくても、分かってくれるだろうから。
8 21/07/02(金)04:32:08 No.819135393
よわよわウンスかわいい
9 <a href="mailto:s">21/07/02(金)04:34:39</a> [s] No.819135504
弱ってるときって心細くなるよね的な幻覚 寝落ちたせいでぶん投げるのが朝方になってしまった
10 21/07/02(金)04:37:35 No.819135615
あめーくそあめー だがこのクソ甘具合が心地良い
11 21/07/02(金)04:40:24 No.819135723
不安でよわよわになっちゃうウンスいい… ところでトレーナーが風邪移されたなら今度はウンスがトレーナー看病する話もありますよね?ね?
12 21/07/02(金)04:46:24 No.819135956
甘々なだけじゃない感情描写も繊細な素晴らしい怪文書でした
13 21/07/02(金)04:51:11 No.819136164
トレーナーを脱がして汗拭って体温計使うまでどのぐらいの時間がかかるのだろうか
14 21/07/02(金)04:51:42 No.819136191
体調悪いときの不安感の描写が妙に切実だな… そりゃ人といると安心するわってなる
15 21/07/02(金)05:38:42 No.819137886
少し前に深い傷負ってたから助かる いやあっちはあっちで素晴らしいものですが
16 <a href="mailto:s">21/07/02(金)06:57:27</a> [s] No.819141952
スカイがトレーナーを看病するのとかはアクセル踏み込みすぎて事故りそうなのとスカイでえっちな幻覚見れないので心の中に留めときます
17 21/07/02(金)07:14:53 No.819143222
めちゃくちゃ可愛い…
18 21/07/02(金)07:41:10 No.819145588
>スカイがトレーナーを看病するのとかはアクセル踏み込みすぎて事故りそうなのとスカイでえっちな幻覚見れないので心の中に留めときます アクセルは床まで踏み込むためにあるんだ ◆
19 21/07/02(金)08:14:56 No.819149729
大変良きものを読ませてもらった
20 21/07/02(金)08:16:48 No.819149983
風邪ひいて心細くなってるから普段より甘えっぽくなってるから、無自覚にトレーナーさんの急所に的確に攻撃してるセイちゃん…
21 21/07/02(金)08:50:44 No.819154686
時間ギリギリによいものを見れた