ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/06/19(土)23:22:25 No.814991727
根を詰め過ぎるのは悪い癖だとわかっているけれど、最近調子のいい彼女の成長に水を差すのはもっと嫌だった。 だから、多少熱があっても薬を飲めば誤魔化せるなら、彼女の練習に最後まで付き合いたかった。ただひとつ誤算だったのは、練習が終わった直後に突然雨が降り出して、熱で朦朧として倒れてしまったところを彼女に見咎められてしまったことだった。 目が覚めると寮の部屋にいて、彼女が厨房に立っていた。 「はい、トレーナーさん逮捕ー。セイちゃんと一緒に、懲役一晩の刑ですね☆」 寮まで連れ帰ってもらって、流れで看病までされてしまっている。全く、本末転倒だ。 こんなことで、彼女の手を煩わせたくなかったのに。
1 21/06/19(土)23:22:49 No.814991892
「ごめんな、何もかもやってもらっちゃって」 「それは言わない約束ですよー」 冷蔵庫にあったものを適当にまとめただけと言っていたものが、いつも自分が作るものより美味しいというのは、喜べばいいのか悲しめばいいのか。とはいえ消耗した身体は正直なもので、匙を口に運ぶ手は止まりそうもない。 「あーんしてあげよっか?」 「…からかうなって…それより、ちゃんとセイも食べて」 「えー、いいよー。もうお腹いっぱい」 そう言った彼女は、眠たそうに目を擦った。 彼女の方がよほど疲れているはずなのに、こんなときは眠たい、休もうとは言ってくれない。
2 21/06/19(土)23:23:09 No.814992054
「トレーナーさんは、こういうときに誰かに一緒にいてもらったこと、ある?」 柔らかな光に照らされた夜の部屋はひどく静かで、小さな呟きもよく通る。 「多分、小さい頃に病気になったときには、きっとこんなふうに親がついててくれたんだと思うけど、昔のことだしな。もう覚えてない。 独り暮らしするような歳になると、風邪なんて引いてられないからな。仕事に穴開くし」 「風邪じゃなくっても、トレーニングに多少穴が開いてたっていいと思いますよ?」 「そういうこと言うから休めないんだよ」 「にゃはは~」 彼女につられて笑った声が咳で途切れる。大丈夫、と尋ねる彼女の軽い声を支えに、薬を喉に流し込んだ。 食事も終えて、シャワーにも入って温まった彼女は、いよいよ本当に眠たそうだった。
3 21/06/19(土)23:23:31 No.814992209
「練習で疲れてるんだから、無理して付き合わなくてもいいんだぞ」 「そんな心配そうな顔しないでよ、トレーナーさん。セイちゃんに似合わない言葉ランキング、堂々の1位ですよ、無理して頑張るなんて。 前にも言ったじゃん。 気にしなくていいんだって。私のやることは、全部私のためなんですから」 確かに、そんなことを言っていた気がする。 お祖父さんにクラシックの栄冠を届けられたことを、ただ素直に喜ぶ、その口で。 「元気になったら何してもらおっかな~。前から気になってるポイントがあるから、とりあえずそこに連れてってもらおっかな?ごはんも美味しいらしいから、いっぱい食べちゃいますか、トレーナーさんのおごりで。 だから、セイちゃんの優しさに感動してたら、後で痛い目見ちゃいますよ?」 そして、そうやって逃げ道を作ってくれる。自分が勝手にやったことだからと言って。
4 21/06/19(土)23:24:18 No.814992562
きっと彼女は、憐れみなんて望んでいないのだろう。 それでも、支えてあげたいのだ。誰よりも器用に、一番不器用な生き方を進む彼女のことを。 「…それなら、しょうがないな。こんなに大きな借り作っちゃったし。 じゃあ、今からひとつだけなんでも言うこと聞くよ、俺にできる範囲で」 彼女のやり方でいいから、自分を労ってあげてほしい。それで彼女が楽になれるなら、悪戯のひとつやふたつは甘んじて受けよう。 「…じゃあさ、目、閉じて。今から何しても、止めないでね」 何をする気なのかと聞きたいのは山々だが、自分から言い出したこと故、口を噤んでいるしかない。 布擦れの音が聞こえる。手元の毛布が動いているのだろう。最初は躊躇うような静かな音だったけれど、少しして一気に隣の布団が捲りあげられた。 外の空気が入ってきて、少しだけ肌寒くなる。けれどその寒さは、布団をかき分けて入ってきた温かくてやわらかいもので、すぐに埋められた。 「…はい、もう目開けていいよ」 頬を赤らめた彼女が、そこにいた。
5 21/06/19(土)23:25:14 No.814992981
「セイ…」 彼女の細い指が、此方の指に絡む。肩を寄せてきた彼女の声は、いつもよりも湿っていた。 「なんで、そんなに頑張っちゃうのさ。 トレーナーさんのほうこそ、ちゃんと自分のこと、大事にしてよ。さっきまで寝てたの、なんでだったっけ?」 それを言われると立場がない。 でも、お互い様じゃないか。 あのときだって、俺が倒れたあとも、あん なになるまで練習して。
6 21/06/19(土)23:26:04 No.814993307
「…心配したんだよ。私のせいで身体壊しちゃったら、どうしようって」 「…ごめん」 でも、こんなに不安そうな彼女を見るのは、初めてだった。 「いいよ、謝らないで。 でも、もう無理しないで。我慢して、何も言わないで倒れるのは、ほんとにだめ。 辛いなら、辛いってちゃんと言って」 ああ、そうか。 きっと、頑張るひとを心配してしまうのも、お互い様なのだろう。
7 21/06/19(土)23:26:52 No.814993652
「今日はこのまま寝ること。異議は認めません」 「…了解です、スカイさま」 「よろしい。ふふー」 よかった。また笑ってくれた。 心配してくれる優しさは嬉しいけれど、彼女にはやはり、笑顔がよく似合うと思うから。 「…ありがとな、セイ」 「…うん。おやすみ、トレーナーさん。 また、明日」 彼女の温もりはひどく心地よくて、眠るという行為から久しく遠ざかっていた身体が、どんどん重くなっていく。 でも、明日は早く起きないと。彼女の好きなものを作ってあげたら、きっと、もっと笑ってくれるから。
8 21/06/19(土)23:27:21 No.814993868
時折、昏い考えが頭をよぎる。 どうして私なんかのために、こんなに頑張ってくれるんだろうって。 人並みにしてきたと思う。成功も、挫折も。だから、特別悲観的に育ったわけじゃないと思う。 けれど、身に余る優しさを差し出されると、どうしても目を逸らしてしまう自分がいる。 私は、どこまでいっても特別じゃないから。失敗も、愛情も、大きすぎるものは背負えやしない。 美しいものは、それに相応しい場所に置いておかなくてはならないのに。そんな大切なものを私に預けて、壊れてしまったらどうするんだ。 でも、やっぱりそれに相応しい自分になりたくて、でもその姿を他人に押し付けたくなくて。 だから、心に隙間ができたとき、弱い自分が顔を出す。 誰かの夢を、自分の手で壊してしまわないように。壊した夢の欠片で、傷つかなくてすむように。
9 21/06/19(土)23:27:31 No.814993958
だというのに、このひとは。本当に、困ったひとだ。 今も十分すぎるくらい、たくさんの愛をもらっているのに、この上まだなにかさせてほしい、だなんて。 大物を釣り上げるために、策を巡らせて待つ。待つ時間も楽しいと思えるようになったのは、きっとこのひとがいてくれるからだ。 同じ鎖で自分を縛るくせに、私の身体に巻き付いた鎖ごと、私を愛してくれるのだから。 隣で眠る彼の、すう、すう、という寝息が耳に心地いい。おでこに手を当ててみると、大分熱は下がっていた。 よかった。明日には元気になってくれるかな。 彼の手を握る。大きくて、温かい手。 こんな手で包まれて、信じてる、なんて言われたら、応えないほうが嘘だろう。
10 21/06/19(土)23:27:50 No.814994091
独りでは、解けない。 ふたりでも、まだ無理だ。 でも、一緒に支え合うことはできる。 このひとは私に、それだけの意味を見つけてくれたのだから。 だから、見ててね。 きっと私が、空の向こうまで連れていってあげるから。
11 21/06/19(土)23:29:08 No.814994688
おわり 誰かのために頑張りすぎる姿が心配 でもそんなあなたが好き そういうトレウンスを書きたかった
12 21/06/19(土)23:30:38 No.814995376
これはいいしっとりセイちゃん
13 21/06/19(土)23:34:37 No.814997178
いいですよね二人とも自分のことは気にしないくせに相手のことはすごく心配するの
14 21/06/19(土)23:35:29 No.814997552
大変よいものを読ませていただきました
15 21/06/19(土)23:37:41 No.814998528
いいね…それしか言葉が見つからない…
16 21/06/19(土)23:40:53 No.815000116
倒れたときいつもの余裕なくして取り乱しちゃってるとなおよし
17 21/06/19(土)23:45:47 No.815002223
二人とも自分の事を軽視しすぎる…
18 21/06/19(土)23:49:14 No.815003787
お似合い ですわよ
19 21/06/19(土)23:51:35 No.815004802
セイちゃんは担当が付かないと闇の方向に行っちゃう危険性があるだけにトレーナーさんへの思いが一入すぎる…
20 21/06/19(土)23:55:17 No.815006684
「いいの~?まだ寝てたほうがいいんじゃない?」 「ありがとう。でも、おかげで本当に元気になったからさ」 そう言って、皿に出来立てを盛り付ける。どうやら少なくとも、見た目の格好はついていると思うが。 「お洒落~。いつもこういうの食べてるの?」 「フレンチトーストなんて、数年ぶりに作ったよ。今日は特別なお客さんがいるからな」 席について食べようとすると、目の前に切ったトーストが差し出される。 「あーん」 「え」 「ほら、昨日はしてあげられなかったじゃないですか」 おずおずと開けた口の中に、彼女のフォークが滑り込んだ。 「…ふふ、顔真っ赤」 ああ、まだ、熱っぽいかもしれない。きっと目の前で顔を紅くしている彼女にも、うつってしまったのだろう。 ──そういうことにしておこう。
21 21/06/19(土)23:59:30 No.815008592
自分でやって恥ずかしくなっちゃうウンスは私性合
22 21/06/20(日)00:00:36 No.815009095
防御力がないのに自爆技を気軽に放ってくる…
23 21/06/20(日)00:01:24 No.815009473
うーん味わい深い
24 21/06/20(日)00:02:04 No.815009701
すごくいい…こういうの読みたかった…
25 21/06/20(日)00:04:10 No.815010629
(セイと一緒に暮らしたら毎日が楽しいだろうな」
26 21/06/20(日)00:04:37 No.815010833
ありがとう…
27 21/06/20(日)00:08:47 No.815012745
攻めると強いけど防御力0なのいいよね