虹裏img歴史資料館

1 21/06/17(木)02:17:16 No.814049328

かく言うアタシもトレーナーさん待ちというわけですが、肝心のあの人は朝、折角の休みに祭りまでには帰ってくると言ってどこかに行ってしまった。 訳も話してくれないというのは彼にしては珍しかったけど、こちらから尋ねるというのも不躾な気がして結局そのまま見送ってしまい、待ちぼうけを食らっているわけである。 「どーもー、マヤノいますかーっと」 そうするとわざわざふすまにノックしてから、マヤノのトレーナーが入ってきた。一緒に兄貴も来るかと思ったけどそうじゃなくて、少しだけ肩を落としてしまう。 「あー、トレーナーちゃん！ どうどう？ 浴衣だよー大人で色っぽいでしょ―？」 「ハイハイ、可愛いですね～。おっ、ネイチャちゃん浴衣姿色っぽいね～、やっぱり和服ってのは少しはだけた胸元もいいけどさ、抜き衣紋でちらりと覗かせる卵のような肌の襟首、これだよなぁ～！」 「あ、どもっす…」 「トレ～ナ～ちゃ～～～ん～～！！」

2 21/06/17(木)02:17:33 No.814049375

戦闘機のように飛んだマヤノの鋭い歯ががぶりとトレーナーの頭に突き刺さって、ぎにゃああという声が響いた。そのままぎゃいぎゃいと騒ぎながら部屋を飛び出してしまって、残りはアタシ一人だけ。 ぽつんと一人、着物のずれを直したり、鏡の前で一回転しながら、落ち着きが無い心を、落ち着かない動作で鎮めようとする。 まったく、早く帰ってこないとレアなネイチャさんの着物姿見逃しちゃいますよ。結構勇気いるんだからコレ。

3 21/06/17(木)02:18:02 No.814049462

〇 「おいおい、合宿はどうしたんだよ」 兄さんが死ぬ。イクノディクタスからそう聞いて、車まで借りて急いで戻って病室に駆けこんで、兄さんから貰った第一声がそれだった。 俺を見て、驚きもせずにただ横目で見てそう一言。手にはタブレットがあって、イクノのレース映像が流れていた。管に繋がれてもいない、点滴も打っていない、ただベッドに座っているだけ。でもそれが逆になんだか不自然だった。 「なにって…アンタ、何だよそのザマは！」 「声が大きいって、ここ病院ですよ。まぁ個室だからいいけどね、トレーナーって給料いいし、保険とかいろいろあるから助かるわー」 いつもの変わらない飄々とした口調、他人事のような言い方にどんどん腹が煮えくり返ってくるのを感じてくる。どんな気持ちで、此処まで来たと思うんだ。

4 21/06/17(木)02:18:32 No.814049556

「いつ…いつから…こんな…」 「まぁ、随分前？ それよりも今日は夏祭りとかじゃないのか？ 早くしないと間に合わな」 「どうでもいいだろそんなこと！ アンタ死んじまうんだぞ、なんでそんな平気でいられるんだよ！」 「だって気を病んでもなぁ、治るわけじゃないし。お前が怒って治るんだったらそりゃあもっと怒鳴ってほしいけど」 「お前…っ！」 かっと血が頭のてっぺんまで登って、思わず兄さんの襟を掴む。掴んで気づく、体が軽い。枯れ木の枝のように軽くて、腕も痩せて細い。あぁ、この人は死んでしまうのだと、そう現実を打ち付けられたような気がして思わず手を離してしまう。 「ぜぇ…あんまり急な動きを…させるな…ピースメーカーと薬を飲んで…やっと喋れて…ぜぇ…ぜぇ…心臓が、びっくりしちまう…はぁ、すまん、ふぅ…ちょっと時間…」 「今ので…？」

5 21/06/17(木)02:19:03 No.814049652

まるでマラソンを全速力で走り抜けた後のように苦しそうに息を吸い込む兄さんはそれでも俺に弱弱しく笑いかけていて、思わずこの場から逃げ出したくなる。見たくない、こんな家族の姿を見るのがこんなに辛いことだとは、自分のもう片方が死ぬという現実がこんなに耐えがたいものなんて。 「父さんたちには、言ったのか？」 兄さんは黙って首を振った。 「じゃあずっと嘘ついてたのか？ 俺にも…ネイチャにも…あぁ、ネイチャ、ネイチャに何ていえばいいんだよ…」 「黙ってて…くれれば、いいさ…ふぅ、やっと落ち着いた…」 「それじゃあ俺に嘘つけって？ イクノみたいにか？ あの子が電話してきた時どんなに辛そうな声だったかアンタ知らないだろ！ 彼女にこんな重荷背負わせやがって！」 「あぁ、イクノ…あの子にはずっと辛い思いをさせてしまった。いくら謝っても足りないぐらいだ、感謝も」 「俺はそんなのごめんだ！ これはネイチャに言う、言うからな！ あの子だって家族だろ、昔からの馴染みの家族だ、知る権利がある！」

6 21/06/17(木)02:19:36 No.814049752

「ダメだ…ダメだよ、それじゃあレースに響くだろ。それはダメだ…小倉記念は結構な粒ぞろいなんだ」 「冗談言うなよ、そんなにレースが大事か？ ネイチャなら大丈夫だ、すぐに立ち直れる、なぁ、兄さん…」 「ネイチャが、大事なんだよ…」 「あ……」 その兄さんの言葉に何も言い返せなかった。いや、きっとレースには影響が出るだろう、兄さんのこんな姿を知ったら絶対に万全のメンタルで、調子で走れることなんて出来やしないだろう。心を癒すには時間がなさすぎる。 それは兄さんも分かっているんだ。このバカ野郎、ネイチャのこと、双子の弟より大事に思ってるんじゃねぇか。今まで散々俺にネイチャを譲ろうとしたのはそういう事なのか？ バカ野郎、なんで死んじまうんだよ。そんな譲られ方したってこっちは全然嬉しくないんだよ。アンタいつもそうじゃないか。 「頼んだからな…」 卑怯だよ兄さん。

7 21/06/17(木)02:20:01 No.814049829

〇 日も落ちて、辺りが薄暗くなり始めてやっとトレーナーさんは慌てて部屋の中に入ってきた。 「ごめんネイチャ！ まだ間に合う？ 間に合うよな！」 「兄貴おっそい。もー着付け終わってずっと持て余してましたよアタシゃ、ドキドキを返しやがれい」 「ほんっとゴメン！ どうしても外せない用事だったんだよ！ よーし、いこう、すぐ行こう！」 「トレーナーさんや、何か言う事ございませんか？ 結構気合入れたんですけど…その…」 ばっと両腕を上げてひらりと一回転すると、汗だくの兄貴は少しだけぼんやりとアタシを見てはっと口を開けた。 「あ、えっと…想像以上に綺麗…です…似合うねネイチャ…」

8 21/06/17(木)02:20:29 No.814049914

「あ…ども…なんか結構照れるなコレ…まぁでもよし！ んじゃあ行きますかー」 どうにも跳ね上がる心臓を抑えながら、トレーナーさんに笑うと暖かい微笑みの中にどこか悲しそうな目が見えた。 祭りまでの少し暗い道を歩いているときも、やっぱりどこか可笑しくて話かけると元気よく返してくれるけど、あっちからは全く話が帰ってこない。 「ねぇ、なんかあったの？」 聞かない聞かないって決めてたけど此処までどこか可笑しいと何かあったか知りたくなって、ついに口に出してしまった。何か落ち込んでいるならアタシだって励ましてあげたい。それがそう、担当同士ってものだ。 「…少し、兄さんと喧嘩してさ」 トレーナーさんはしばらくアタシの瞳を見つめて、静かにそういった。顔から察するに大げんからしかった。 「兄さんはいつもそうなんだ、おせっかいなんだよ。別の望んでないのに…昔っから父さんも母さんもさ、よく俺を褒めててくれてさ。兄さんはもっと弟を見習いなさいって言われてた。でもさ、知ってるんだよ」

9 21/06/17(木)02:21:09 No.814050050

「何を…？」 「何をするにも、俺にわざと負けてくれてたんだ。テストの点数だって、体育の授業だって、入学試験だって、みんなが俺のこと凄いっていって、兄の方はダメな方なんて言われて…違うんだよ本当に凄いのは兄さんの方なんだ…いつも…」 ふと街灯の光の中に入ると、兄貴の目には涙が浮かんでいた。 「昔、父さんが大事にしてた壺割った時があってさ」兄貴は立ち止ってそういった。「怒られるの怖くてさ、逃げ出したんだ。夕方になるまで…でも腹減ったし、正直に謝ろうって帰ったらさ…兄さんがタンコブ作っててさ、壺割ったから父さんからゲンコツ食らったって」 まるで堤防が決壊したかのように涙がボロボロと落ちてきて、道路を濡らした。 「兄さんは、ただ俺を見て…やっちまったって笑って…俺、そのことをいつかは、いつか謝らなきゃって…ごめん、ネイチャ、俺…こんな時に……ごめん……」

10 21/06/17(木)02:21:23 No.814050090

そのまま耐え切れないように膝をついて嗚咽を漏らす兄貴が、どうしようもなくなった小さな子供のように見えて思わず頭を抱えるようにして抱きしめてしまう。 きっと上の兄貴と喧嘩したというのは嘘なんだろう。でも今はそれでよかった、嘘でも良かった。でないとこの人が壊れてしまいそうで。 「お兄ちゃん」 そっと頭を撫でながらそういうと、兄貴はゆっくりと顔を上げた。アタシはそこにそっと顔を近づけて、永遠にも思える数秒の後に離した。 これでいいんだ。光に照らされながらアタシの影の中で何が起こったか理解が追い付いていないトレーナーさんをもう一度抱きしめる。 嘘でも良かった、でも今はそれでよかった。

11 <a href="mailto:s">21/06/17(木)02:22:20</a> [s] No.814050256

がああ一時半に間に合わない！全部三女神のせいです三女神が悪いんです自分は悪くありません次こそは次こそはー！

12 21/06/17(木)02:22:49 No.814050367

ムリしなくていいんだ

13 21/06/17(木)02:23:34 No.814050468

ようやく弟バレしたか...しかしおつらい...

14 21/06/17(木)02:25:39 No.814050758

心が死ぬ…俺はあと何回ネイチャの怪文書で心を抉られるのだ…

15 21/06/17(木)02:27:35 No.814051063

浴衣マヤノは絶対に可愛いだろうな…

16 21/06/17(木)02:33:10 No.814051842

どいつもこいつも感情がぐちゃぐちゃになってる…

17 21/06/17(木)02:33:49 No.814051914

これホントハッピーエンドで終われる！？

18 21/06/17(木)02:34:44 No.814052035

>これでいいんだ ここの情緒複雑…

19 21/06/17(木)02:38:14 No.814052458

>これホントハッピーエンドで終われる！？ 悲劇から立ち直って再び歩き出して終わればその前にどんな悲劇が起きたとしてもハッピーエンドだぞ？

20 21/06/17(木)02:38:44 No.814052533

小倉記念はって言うけどさあ…この絶対いつかは爆発する爆弾いつまでネイチャに伏せとく気なのさ上兄貴…

21 21/06/17(木)02:42:19 No.814053016

その口付けも嘘なのかい！！！

22 21/06/17(木)02:42:52 No.814053081

小倉記念終わった後物凄い爆弾に火付けそうな予感… そしてほかの爆弾にも飛び火しそう

23 21/06/17(木)02:42:58 No.814053089

おのれスリーゴッデス 兄さんがピースメーカーを飲んで体調を崩したのも女神のせいだ

24 21/06/17(木)02:43:38 No.814053172

>小倉記念はって言うけどさあ…この絶対いつかは爆発する爆弾いつまでネイチャに伏せとく気なのさ上兄貴… 上兄貴は夏越えられないって言われてるし小倉記念さえ抜ければ後はいつ死んでも立ち直る時間があるとか…ある意味逃げてるのか…

25 21/06/17(木)02:43:48 No.814053189

イクノとの対決終わったら次はヘリオスとパーマーでしょ…？こええよ…

26 21/06/17(木)02:45:28 No.814053389

>嘘でも良かった、でも今はそれでよかった。 これが…ネイチャの何を嘘としているのか…

27 21/06/17(木)02:46:44 No.814053546

嘘もつき続ければいつかは本当になるさ なりますよね…？

28 21/06/17(木)03:10:35 No.814056049

はよ終われ

29 21/06/17(木)03:26:54 No.814057274

ネイチャがキスしたのは進展だけど... そこ以外辛すぎるよ...！

30 21/06/17(木)03:31:10 No.814057549

>嘘でも良かった、でも今はそれでよかった。 ここのネイチャが優しすぎてしんどい

31 21/06/17(木)03:31:28 No.814057575

丁寧に地獄組んでるおかげでどれが起爆しても連鎖爆発で威力が指数関数的に上がるようにしか見えない･･･

32 21/06/17(木)03:56:26 No.814059004

いいですよね全てが終わってしまった後に自分だけが知らなかったことに気がつくネイチャ

33 21/06/17(木)04:57:29 No.814061585

お辛い…

34 21/06/17(木)05:01:40 No.814061713

これで下兄がペンゾジアゼピン依存症になったりしないといいが…

35 21/06/17(木)06:23:31 No.814064569

ここからでも入れる保険はないんですか‥？

36 21/06/17(木)07:07:20 No.814067455

ピースメーカー使っちゃだめじゃねえかな！