21/06/06(日)20:44:23 ずっと... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1622979863974.jpg 21/06/06(日)20:44:23 No.810519059
ずっと、頭を上げ続けてきた。 先頭を目指して、栄光を目指して。けれどもいつの日からか、近いようで遠い背中を追い続けるようになって＿＿＿。 それでも、私は頭を上げ続けるしかなかった。その頭に降り注ぐのが、誰かの賞賛だったとしても。 薄曇り、人もまばらなカフェテリア。苦しかったときのことが頭をよぎる。一人ぼっちのウィナーズサークル、ハードルでぶつけまくった、痛々しくばんそうこうだらけの足。パッとしない天気だとパッとしないことばかり思い浮かぶねぇと苦笑いを浮かべていると、 「パーマッ、パーマーッ！」 ヘリオスが何かをもって駆け寄ってきた。
1 21/06/06(日)20:44:53 No.810519327
彼女が持ってくるものといえばポップで色鮮やかなコスメや雑誌がいつものことで、私はなんとかそのテンションについていくというのがお決まりの流れだったけれど、今日持ってきたのはモノクロなシブい色遣いの…新聞だった。 「この人のブンショ、マヂでエモエモのエモだから読んでみて！」 と勢いよく机に置かれる。テンションの高さはいつものことだったけれども、文章を紹介されるのは珍しいことだったから、私は新聞を広げてみた。 それは、同じ高等部のタイキシャトルの走りを見た人が書いたエッセイだった。そのレースは私もテレビで見ていたから覚えている。「雨の無敵」の二つ名にふさわしい、まるで一人ターフの上を滑っていくような走り方をしていた。 「へぇ…。」 言葉が漏れると、ヘリオスが問いかけてきた。 「タイキが負けない理由ってしってるー？」 「うーん、なんだろうね。ヘリオスは？」 「ウチもそのへんのことわかんなかったからー、タイキのトレぴに聞いてみちゃった！なんでもね」 ＿＿＿マイルよりも長いレースには、絶対出ないんだって。タイキが得意な距離だから。
2 21/06/06(日)20:45:29 No.810519610
え、と思った。エッセイにも似たようなことが書いてある。いろいろと面倒なことが起きるから公言はしないのだろうけど、ファンの間では公然の秘密のようなものなんだろうか。得意なことしかやらない、走らない。それはきっと世間一般的にはこういうのだろう。 「…逃げ、だね。」 「それな！」 キレ味抜群にヘリオスがレスポンスを返してくる。こうなると彼女のしゃべりは止まらない。相槌と反応半分、エッセイの残りの分を読み進めるのを半分に意識を向けていると、白黒の紙面に鮮やかな色があることに気づいた。私はこの色を知っている。ヘリオスが勉強会（という名のだべり場）の時によく使っていた、彼女のメッシュと同じ鮮やかな青色。ラインの下にはこんなことが書かれていた。 『苦手なことを頑張りすぎると、得意なこともできなくなるよ。』
3 21/06/06(日)20:46:12 No.810519939
ぽやんとヘリオスの方を向き直ると、これもかと満面の笑みをして彼女は立っていた。 ああ、やられたなと思った。同時に、口の中になにか含んでいたわけでもないのに広がっていた苦みが、ほろりと甘くなるような気がした。 ずっと、頭を上げ続けてきた。 先頭を目指して、栄光を目指して。けれどもいつの日からか、近いようで遠い背中を追い続けるようになって＿＿＿。 私は、逃げを選んだ。そんじょそこらの並みの逃げじゃない、爆逃げだ。「戦法としてのセオリーじゃない」「テレビに映りたいだけ」だなんていう人がいるのも知っている。 ただ、それでも。 逃げても、逃げた先の結末がどうあっても、ライバルと笑いあえるのであればそれはもう「勝ち」なんだって。 相変わらず雲は晴れない。けれど、居たくない場所で太陽を浴びるよりも、自分のすぐそばで太陽を感じられるひと時はずっと、ずっと愉快だった。
4 21/06/06(日)20:46:49 No.810520217
おわり 参考文献 sp91675.jpg
5 21/06/06(日)20:57:34 No.810525247
バカコンビ怪文書は抑うつに効く
6 21/06/06(日)21:19:29 No.810535192
本文も参考文献もすごい良い文章だった…
7 21/06/06(日)21:22:14 No.810536626
いい話だ
8 21/06/06(日)21:26:52 No.810538932
逃げの解釈がすごい
9 21/06/06(日)21:29:41 No.810540319
なんか普通に感動しちゃったよ