ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/05/30(日)00:42:52 No.807878402
「…雨だな」 「雨だねぇ」 屋根に雨垂れが当たる微かな音のほかには、部屋には何も聞こえない。雨音が雑音をかき消してくれたおかげで、先程まで手を付けていた書類仕事もよく捗った。 原因はそれだけではないが。いつもならちょっかいをかけて妨害してくる彼女は、今日は窓際のベッドに腰掛けてぼんやりと外を眺めていた。 「寒くないか?」 「んー」 どっちなんだ。間延びした返事の彼女は、くるまっていた毛布を肩に掛けたまま台所に向かっていった。 やはり寒かったのだろうか。お湯が湧いて薬缶を揺らす音が加わった部屋の中で、ファイルに最後の一文字を打ち込んだ。
1 21/05/30(日)00:43:10 No.807878529
「ふー」 ホットココアを冷ます彼女の隣に腰掛けて、コーヒーを啜る。確かに窓際の空気は少し冷たいけれど、雨が庇を打つ音を聴きながら外を眺めるのは中々に風情がある。 「コーヒー派なんだ」 「甘い物摂ると眠くなるからな」 「カフェイン摂りすぎると寝たいときに寝られないって聞いたよ?」 「お前には死活問題かもな」 「言ったなー?今度はトレーナーのソファーの上で寝ちゃうからね」 コーヒーの香りの中に、他愛もない会話が溶けてゆく。彼女のそばにいると、こちらもなんだかゆるい空気に当てられてしまう。 仕事終わりにはそれが心地よくて、なんとなく家に上がり込むのを許してしまっている自分も自分だが。
2 21/05/30(日)00:43:26 No.807878661
ベッドの上で毛布にくるまって並んでいると、さながらキャンプで並んでテントを張っているような雰囲気にさせられる。 「そんなに寒いか?」 「寒いよー。トレーナーさんは平気なの?」 「まあな。最近手足の先が冷えるのにも慣れてきた気がするよ」 「年かなー?」 「うるせぇ」 彼女がそっと、マグを窓のそばに置く。どうしたのかなと思ってみると、毛布の中から彼女の右手が出てきて、こちらのブランケットの中に入ってきた。 そのまま、左手の上に彼女の手が覆いかぶさる。 「スカイ…!」 「おおー。ほんとにこっちの手は冷たいね。 ──どう?あったかくなったでしょ?」 この子は、本当に。 「…耳真っ赤」
3 21/05/30(日)00:43:53 No.807878848
「ああ、そうだな」 動揺しているのを気取られないように、こちらからも手を握り返す。 結局彼女の手玉に取られている気がするが、このくらいのささやかな反撃はしておこう。 「…ん…」 ほんの少しだけ、彼女の頬にも紅みが差したように見えたのは気のせいだろうか。 さっきとは一転して、会話が途切れる。けれど、二人の間の空気は、さっきよりも温かくなった気がした。
4 21/05/30(日)00:44:17 No.807879014
「ふぁ~」 ココアを飲み干した彼女が船を漕ぎ始めた。寝かせようと毛布ごと身体を横たえさせるが、繋いだ手を離してくれない。 「おい…」 「…いいじゃん。もう仕事は終わったんでしょ? …私のことで根詰めてたんだから、その分ちょっとくらい、一緒に寝たって罰当たんないと思うよ?」 ああ、駄目だな、俺は。 こういう言い方をされると、嫌だって言えなくなる。
5 21/05/30(日)00:44:29 No.807879102
「んぅ…」 目が覚めると、大体1時間位経っていた。隣りにいる彼女は、まだ眠ったままだ。 夕飯の買い物もしなくてはいけない。二人分作るなら、冷蔵庫の中身は少々心許ない。 雨が上がったら、少し出かけてみようか。 やっぱり、青い空の下で笑う彼女が、俺は好きだから。
6 21/05/30(日)00:45:09 [s] No.807879366
おわり 最近雨が多いからか変な幻覚を見るようになってしまった