21/05/20(木)23:25:56 「トレ... のスレッド詳細
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21/05/20(木)23:25:56 No.804792192
「トレーナー、少し借りるわ」 レース直前の控室で打ち合わせを終わらせた直後、キングヘイローはいつも通りにそう言った。 ああ、どうぞと膝を揃えてソファに腰掛ければ、彼女は少し距離を空けて横に座る。 そのまま上体を倒した彼女の柔らかな重みを太ももで受け止めた。 「十分で起こしてちょうだい」 「ああ、いつも通りに。おやすみ、キング」 キングヘイローは寝付きがいい。今日もすぐに寝息が聞こえてきた。 レース前の仮眠というこの習慣は、ある意味では苦肉の策と言えなくもない。 不遜で、プライドが高く、自信に満ちている。そんなキングヘイローの本質的な部分は、他人に寄り添える優しさで満ちている。 その性根は何にも代え難い魅力でありながらも、レースという戦いに身を置く彼女にとっては泣きたくなるほどの繊細さとして弱点にもなっていた。 自分が負かしたライバルを慮るその感受性を目の当たりにしてしまうと、彼女の母の『あなたはレースに向いていない』という言葉にも理解が及ぶ。 そんなキングヘイローのために出来ることを探して、トレーナーとして行き着いた答えの一つが、今のこの状況だった。
1 21/05/20(木)23:26:08 No.804792257
十分程度の仮眠をレース前のルーティーンに組み込み、彼女の心を休めて僅かながらもリセットをかける。 流石のキングヘイローと言えど、眠っているときにまで神経を尖らせることはできないだろう。 当然そんな本音の部分は伏せてはいるが、キングヘイローには効率のためのショートスリープをさりげなく勧め続けていた。 枕がないと眠れないという彼女のために自分が枕になり、レース直前の控室で仮眠を取ることは二人の間では普通のことになり始めている。 「んん……」 寝息を立てるキングヘイローの顔にかかった髪を少しどけてやると、年相応にあどけない寝顔が一層に緩む。 この表情も、目を覚ませば彼女自身の意思で律される。 優しさや甘さを表に出すことは、キングヘイローの美学に反するからだ。 それでも滲み出てしまう辺りに彼女の親しみやすさがあるのだが、傍目から見ればただのビッグマウスの未熟者に見えてしまう。
2 21/05/20(木)23:26:20 No.804792360
美学、理想、気位、プライド。そればかり高くてどうする、と他のトレーナーから言われたことがある。 威勢ばかりはよくとも、キングヘイローにはそれを体現するだけの能力はないと。 ああ、そうだろうとも。張子の虎のように、お前達には見えているんだろうとも。 確かにキングヘイローは自分で自分の器を満たせるほど器用じゃない。 でも、絶対に下を向かない。首を下げない。それがどれだけ難しくて覚悟のいるものか、やつらは知らない。いいや、知らなくていい。 勝利の美酒は高らかに、敗北の苦渋すらも涼しげに、呑み干す一流の姿だけ見ていればいい。 彼女の内側を満たすのはトレーナーの、一流のトレーナーの役目なのだから。