21/04/29(木)03:16:17 おはよ... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1619633777172.png 21/04/29(木)03:16:17 No.797394285
おはよう、だなんて時間帯にそぐわない挨拶をして私は教室へ入った。 「古手さん……」 「ごめんなさいなのですよ、知恵」 「いえ、叱りたいわけではないんですが……」 殆どの分校の生徒はとっくに午前の授業を終え、昼食も済ませた直後だというのに。 例外といえば私ぐらいだ。叱られて当然の振る舞いだった。 「大丈夫なのですよ」 意図するよりも抑揚が無かった声で返し、私は席についた。 魅音がいたらとんだ重役出勤だ、なんてからかわれていたかもしれない。 そして連なるように圭一が乗って来て、レナはあらぬ方向に走って、それで。
1 21/04/29(木)03:16:49 No.797394346
「……梨花ちゃん」 一年前の光景に塗り替えられかけていた教室が元に戻って行く。 魅音はもう分校にいない。今の委員長は心配そうに声を掛けて来た圭一だ。 デリカシーの無さも薄れてきたせいか、圭一は無理に私の事情を詮索しようとはしない。 けれど今はその気遣いが妙に神経を逆撫でする。 私は充血した目で彼を睨んだ。 そもそも私が古手梨花であり続けようとする必要も、学校に通い続ける必要もあるのだろうか。 この生活を維持しようとするのはただの惰性だ。なら壊してしまっても問題はない。 口調を作るのもやめて、当たり散らしたら圭一はどんな顔をするのだろう。
2 21/04/29(木)03:17:19 No.797394397
黒い喜びのようなものが沸き上がる。私の唇の端が歪む。 喉の奥から刺々しい言葉が迫り上る。 「……ってちょっと!? 圭一!?」 しかし私の口から出て来たのはただの動揺だった。 圭一に手を引かれ、身体が椅子から浮かび上がる。 思考が停止したまま時間が進み、気がつけば私は立ち上がっていて、教室の外にいた。 「すみません知恵先生! 今日は早退します!」 二人分の荷物を背負った圭一は、私を連れて颯爽と駆けだした。
3 21/04/29(木)03:18:01 No.797394460
後ろから聞こえてくる知恵やレナの声が頭に入って来ない。 代わりに頭を埋め尽くしていたのは、どこか懐かしさを覚える圭一の背中だった。 「なにを……しているのですか?」 私の手を引く圭一に言葉を絞り出せたのは、学校から飛び出した後だった。 「なにって……見たまんまだろ?」 こちらに振り返った圭一は楽しげに笑っていた。 初夏の真っ青な昼下がりに佇む彼は妙に絵になっている。 淀んだ空気を纏い、存在する場所を間違えている私とは対照的だった。
4 21/04/29(木)03:18:46 No.797394531
「梨花ちゃんを攫った」 「……圭一はムショにぶち込まれてかわいそかわいそなのです」 「い、いや待ってくれ! 誤解だ! いや誤解ではないけれども!」 「はぁ……」 慌てて弁解する圭一に、素のトーンで溜め息を発してしまう。 さっきまでの爽やかさはどこへ行ったのか。 最近は鳴りを潜めていたとはいえ、少し前の圭一は確かにこんな感じだったが。 「ほらこういうのって男のロマンだろ!? 梨花ちゃんみたいな可愛い子と逃避行出来たら男子冥利に尽きるぜ!」 「付き合わされるボクの身にもなって欲しいのですよ……」 「それは……申し訳ございませんでした」
5 21/04/29(木)03:19:31 No.797394598
圭一は私から手を離すと、瞬時に地面を膝をつき土下座をした。 みんなから慕われるクラスの委員長がこれでは形無しだ。 「……梨花ちゃん?」 「えっ?」 自分が破顔していた事に気づかせたのは、面を上げた圭一の表情だった。 私は反射的に顔を背けてしまう。 理由は思い当たるが、考えたくなくて思考を止めた。 それなのに零れだした自己嫌悪だけは拭いきれない。
6 21/04/29(木)03:20:06 No.797394651
「それで、ボクを攫ってなにをしたいのですか?」 誤魔化すように圭一に疑問を投げかける。 昔ならもっと上手く手玉に取れたはずなのに、口から出たのはただの質問だった。 相当に参っているらしい。今更な話ではあるけれど。 「なんか食べに行こうぜ。梨花ちゃんは昼食って来たか?」 首を振る。寝起きで身なりを整えて、そのまま学校へ向かっただけだった。
7 21/04/29(木)03:20:53 No.797394716
「確かにスレンダーなのは梨花ちゃんの美徳だが行きすぎたダイエットは良くないぜ。 やっぱり脚なんかはある程度肉付きの良さがあってこそ映える……」 「前原委員長がセクハラするのです。知恵に言いつけてやりますですよ」 「悪かった! それはやめてくれ! ……まあとにかく行こうぜ。最近あまり梨花ちゃんと一緒に食べて無かったしな」 「……そう、かもしれないのです」 確かにここ最近はまともに圭一やレナと食事をした覚えが無い。 あっても会話も生まれずに、重い空気に呑まれるのみだった。
8 21/04/29(木)03:21:19 No.797394758
結局、私たちは興宮まで足を運ぶことにした。 選んだファーストフード店では、あまり会話が弾んだとは言い難かった。 それでも最近よりは随分和やかな空気で食事を共にした。 そういえば最近碌に服も見てなかったなとブティックに入った。 圭一はこれならレナを呼んでおくべきだったと恐々として振る舞い方に戸惑っていた。 攫うと言っておいてそれはどうなのかと聞くと更に縮こまっていて少し愉快だった。
9 21/04/29(木)03:21:55 No.797394820
最後によくみんなで遊んだおもちゃ屋へ向かった。 人形やボードゲームを見ると様々な記憶が蘇る。 少し感傷的になって、あまり長居する事が出来なかった。 それにしても、圭一は私に人形を買ってどうしたいのだろうか。 部活の男たちはこれで女の子が喜ぶと思っている節がある。 あながち外れでもないのは重々身に染みてはいるし、悪い気もしなかったが。 「いやー久しぶりに梨花ちゃんと過ごした気がするぜ」 赤みがかった興宮の街を圭一と歩く。 街路樹の影に被さっていて彼の表情は見えにくくなっていた。、 それでも屈託のない笑みを浮かべている事ははっきりとしていて、少し幼い印象を受けた。
10 21/04/29(木)03:22:24 No.797394864
「結局、なにがしたかったのですか?」 私は人形の袋を抱きかかえながら彼を見上げた。 「こうでもしないと梨花ちゃん構ってくれないだろ? 高嶺の花だからな」 圭一は頬を掻きながら、からかい混じりに問いに答える。 「高嶺の花を攫う大馬鹿物には天罰が下るのですよ」 「オヤシロさまの祟りか?」 二人の足が止まった。 人通りは淀みなく動いているのに、私たちだけが停止されている。
11 21/04/29(木)03:22:53 No.797394914
「……まあ、そういう事よね」 「ごめんな、梨花ちゃん。言わないでお別れした方が良いのかもしれないけど」 「圭一のデリカシーの無さには慣れているのですよ。にぱー」 なんて、芝居がかった声を出しても空気が軽くなるはずも無かった。 「とりあえず、帰りましょう」 「ああ……」 家まで私を送りつける間、圭一は一言もしゃべらなかった。 なにかを考えている事だけは分かったけれど、それを語ろうとはしなかった。 どうせ、圭一の事だから説得する言葉を誠実に選ぼうとしているのだろう。
12 21/04/29(木)03:23:19 No.797394950
私は、とても誠実とは言えない選択をしようとしていた。 彼にとっても、彼女にとっても。 離れについたのは、大分辺りが暗がりになっている時刻だった。 これでは話もしにくいので、圭一を玄関に入れて電気をつけた。 私は未だにここで生活をしている。 それなのに部屋の日めくりカレンダーは破られないまま。 参考書には一向に付箋の数が増えない。 時計の針を進める気になれないのがありありと見える有様だった。
13 21/04/29(木)03:23:35 No.797394982
それどころか、逆に進めようとしていた。 もう羽入はいないのに、未だにあの感覚が抜けない。 この世界を捨てる気ですらいた。……それなのに。 「……圭一」 「……なんだ、梨花ちゃん」 「ボクは、生きていてもいいのでしょうか?」 誠実さのかけらもない問いかけだった。 圭一がなんて返してくれるかも分かっている。 問いかけの意味も半分しか明かしていない。
14 21/04/29(木)03:23:57 No.797395016
きっと圭一は私が沙都子を死に追いやった罪悪感からの問いだと思っている。 けれど、もう一つの意味は、このままループを諦めていいのかという問いだった。 確かに保証もないが、まだ取れる手段があるのではないか。 眠りについた羽入を探してでも沙都子を救うべきではないのか。 そんな葛藤を隠したまま、私は圭一にこの問いを投げかける。 要は、ただの甘えだった。 「当たり前だろ! 誰が何と言おうが、この前原圭一が保証してやる! 梨花ちゃんは生きてていいんだ!」 ここまでは、想定通りだった。 欲しい言葉を貰えた私は許されたような気分になって……。 圭一の温かい手に頭を撫でられて……。
15 21/04/29(木)03:24:35 No.797395062
「……圭一?」 私が彼の手が震えている事に気がつくまで、そう時間は掛からなかった。 「それに、梨花ちゃんまでいなくならないでくれよ……」 圭一は引きつりを隠せない顔で笑った。 ああ、そうか。 今日感じていた懐かしさの正体が分かってしまった。 ただ明るかったからというだけではない。 圭一は、強がっていたのだ。 それは何年も、何十年も見てきた姿だった。
16 21/04/29(木)03:25:10 No.797395115
「……大丈夫なのですよ」 私は圭一の胸に抱き付き、顔を埋めた。 なにが大丈夫だと言うのか。誰に大丈夫と言っているのか。 それすらわからないままに大丈夫と呟き続ける。 心の奥底から湧き続ける言葉は、ある意味でどこまでも誠実だった。 「……圭一がそういうならそうしよう」 どこかの世界で言ったような台詞だった。はっきりとは思い出せない。 ただとても重要な決心をしたはずだ。なのに、致命的になにかが違う気がしていた。 多分、これは運命を受け入れるための台詞では無かったから。
17 21/04/29(木)03:25:53 No.797395180
おわり 卒に圭梨あったら嬉しい
18 21/04/29(木)03:32:57 No.797395783
こんな深夜に力作投稿しやがって… いいよね
19 21/04/29(木)03:51:25 No.797397131
久々に圭梨を見た
20 21/04/29(木)03:56:26 No.797397484
圭一の前でたまに素の口調が出る梨花ちゃまいい…
21 21/04/29(木)04:38:27 No.797400105
圭梨で気ぶってた頃を思い出す…
22 21/04/29(木)06:31:39 No.797406076
いい…
23 21/04/29(木)07:23:30 No.797409187
寝起きに圭梨発見伝
24 21/04/29(木)07:43:40 No.797410875
>それにしても、圭一は私に人形を買ってどうしたいのだろうか。 >部活の男たちはこれで女の子が喜ぶと思っている節がある。 悟史も圭一も人形あげるからな… 梨花ちゃん初期設定では人形もってるキャラだったっぽいし 部活メンバーじゃ一番似合うまである