ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
21/03/19(金)18:14:35 No.784843510
明日はオルカが島を発つという日。夕日の眺めがすばらしい丘があると聞いて、オードリー・ドリームウィーバーが訪れてみると、そこには先客が小さな背中をまるめて煙草をふかしていた。
1 21/03/19(金)18:15:27 No.784843729
「あ……ごめん。いま、どくね」 「いいえ、あとから来たのは私ですから。よければご一緒させてください」 「んー……ん」 ダッチガールは目上の者にへつらうような、どうでもいいと思っているような、あいまいな笑顔をみせてから、顔を正面にもどした。オードリーもその隣に腰をおろす。 目の前はすぐ切り立った崖になって海へ落ち込み、右手にはこんもりとした森が雪の帽子をかぶって広がる。左手にはなだらかな岬が長く長く弧を描いてのびていき、その先端に小さくオルカの銀白色の船体がきらめくのが見える。そのすべてが、今にも海に落ちかかる夕日に染め上げられ、燃えるようなオレンジ色にかがやいている。とっておきのドレスを台無しにしてしまったお詫びにとウンディーネが教えてくれたのだが、確かに人に勧めるだけはある絶景だった。
2 21/03/19(金)18:15:42 No.784843794
その美しさを一滴もこぼさず目におさめ、新たなインスピレーションの糧にしようとオードリーが無言で目をこらしていると、ダッチガールが横目でちらりとこちらを見た。 「夕日、好き?」 「美しいものはなんでも好きですわ」 即答してから、オードリーも隣を見る。「あなたも、そうなのではなくて?」 「私は、おひさまも、海も、お空の下にあるものはなんでも好き」 眠たげな顔で紙巻きをふかしながら、御伽話の子供のようなことを言う。オードリーの怪訝な視線に気づいたのだろう。ダッチガールがこちらを見て、またへらっと笑った。なんとはなし、興味をおぼえて、オードリーは話題を探してみた。
3 21/03/19(金)18:15:54 No.784843841
「先日のパーティには、いませんでしたわね。確か、セントオルカの建造の方へ行っていたとか?」 「うん、寝てた。前の晩からあの日の昼まで、徹夜だったんだ」 「お疲れ様。素晴らしかったですわ、あの飛行船」分野は違えど、ものを作り上げる技術と努力にオードリーは敬意を欠かさない。 「でも勿体ないですわね。貴女、確か花をあしらった、なかなか悪くないドレスを持っていたでしょう」 「あはは。デザイナーさんはよく見てるね」
4 21/03/19(金)18:16:31 No.784844001
所属が同じとはいえ、オードリーとダッチには接点らしい接点はない。もとよりゴールデン・ワーカーズは「重工業向けバイオロイド」という極めてざっくりした販売上のジャンル分けにすぎず、バトルメイドやスチールラインの面々のような連帯感は生まれようがない。まして服飾分野の最高級機と鉱山用の量産機では住む世界が違いすぎて、おそらく旧時代にも顔を合わせることすら稀だっただろう。 それでも、現状オルカにいるゴールデン・ワーカーズの中で唯一のSS級バイオロイドとして、オードリーはシリーズの責任者のような立場を任されており、メンバーについて最低限の情報を把握してはいた。
5 21/03/19(金)18:17:02 No.784844138
「一本、いただけて?」 「……吸うんだ」 意外そうな顔で、ダッチはオーバーオールの胸ポケットから煙草入れを出す。手をのばして、オードリーはためらった、オーバーオールの端切れで作ったとおぼしき、不格好なボロボロの煙草入れには、あと一本しか入っていなかったからだ。 「いいよ。どうぞ。ちょうど、禁煙しようと思ってたし」 椅子代わりに腰をかけているドリルのどこかから、シガーライターを取り出して渡すダッチ。礼を言って火をつけ、深く吸い込んで、オードリーは盛大に咳き込む。
6 21/03/19(金)18:18:00 No.784844367
「あなた、いつもこんな強いのを吸ってますの」 「変? これくらいじゃないと吸ってる気がしないって、みんな言ってたけど」 「いくらバイオロイドだって肺を悪くしますわ」 「うちら耐用年数が短かったから、あんまりそういうの気にしないんだ。働いてればそのうち、味とか臭いもよくわかんなくなるし 幼い顔立ちに似合わない太い紙巻きが、ちいさな唇の先でジジ、とかすかな音を立てた。 ダッチガールがどのような環境で使われていたかはオードリーも知っている。肉体にあわせて十歳そこそこの精神年齢をセッティングされているはずの彼女がきつい煙草を平然と吸うのも、笑顔がみょうに枯れた諦念を感じさせるのも、過酷な業務で精神がすり減ってしまった影響なのかもしれない。
7 21/03/19(金)18:18:22 No.784844459
「オードリーはさ」 黙ってしまったのを自分の発言のせいだと思ったのか、こんどはダッチガールの方から声をかけてきた。 「司令官と寝たんでしょ。どんな感じだった?」 「!?」 「あったかい? 幸せだった?」 「誰がそんな……」 怒鳴りつけそうになって、オードリーははっと思い至った。 「寝た、というのは、つまり……睡眠を?」 「? いっしょに眠ったんでしょ? 起きてたの?」 「ああ……いえ、はい。寝ました…わ。確かに」
8 21/03/19(金)18:18:42 No.784844539
ダッチガールはきょとんとして首をかしげてから、 「いいなあ」 うっすら隈のういた目元を、ふっと柔らかく細めた。 「司令官はさ、私に煙草をやめろって言わないんだ。きれいな服を着ろとも言わない。『こんな仕事をさせられて可哀想に』とかも、言わないんだ」 ダッチガールの肉のうすい頬が。けっして夕陽のせいだけではなくオレンジ色に輝いている。 「最初はそういうこと、言われそうだなと思ってたんだ。たまに気まぐれで私たちに優しくするような人間様は、みんなそうだったから。でも、違ったんだね。ああいう人間様も、いるんだね」 雑な三つ編みにした髪を、照れくさそうにくしゃくしゃといじりながら、そんなことをボソボソとつぶやく横顔を見て、、オードリーは理解した。 彼女はやっぱり子供なのだ。過酷な労働の記憶が精神をすさませ、まるで老木のように表面を干からびさせてしまったとしても、その芯にはちゃんと年相応の子供が残っている。恋と憧れの区別もまだなく、男女が一緒に寝ることの意味さえ知らない子供が。
9 21/03/19(金)18:18:54 No.784844585
「……貴女は、これから美しいものを沢山見るべきですわ。そして、楽しくて、自分のためになることを沢山するべきです」 「司令官と同じこと言うね」 「光栄ですわね」 海風がどっと寄せてきて、ダッチガールのオレンジ色の髪と、オードリーの白金色の髪を激しく巻き上げた。 陽ももうすぐ沈みきる。今日、ここへ来た価値は十分にあった。どちらからともなく、二人は立ち上がって、微笑みあった。ダッチガールの笑顔はもうあいまいではない。 「あら? でも、煙草をやめろと言われなかったなら、なぜ禁煙を?」 「……煙草臭いバイオロイドは、司令官きらいかなって」 恥ずかしそうに言うダッチガールに、オードリーは思わずにっこりした。 「それも貴女の個性です。いい女は紫煙をまとうものでしてよ」 「うーん……?」
10 21/03/19(金)18:19:25 No.784844698
どうも納得がいっていないらしいダッチガールのために、オードリーは後日、かつて自分のブランドでコラボした女性向けフレーバーシガレットのデータを探し出して再生し、手ずから仕立てた仔牛柄のシガレットケースに入れてダッチガールに贈った。 「禁煙するって言ったじゃん」 照れくさそうにしながらも、ダッチガールは笑顔だったという。 End
11 21/03/19(金)18:25:42 No.784846210
ダッチちゃんはスレてたり子供だったりけっこう複雑な性格で微妙につかみづらい まとめ ss368931.txt
12 21/03/19(金)18:40:32 No.784850284
たとえ世界が滅びようと、そこにあった美しさと粋なものを覚えているオードリーさんいいね…