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20/08/02(日)00:55:56 No.713971611
違和感が拭えない。 特異点に来ているためではない。いつも一緒にあったものをなくしてしまったかのような、そんな所在のなさを、ずっと感じていた。 何かが足りない。自分の隣にあるはずのものが、ここにはないのだ。 では、何が足りないのか。 その答えを出せないまま、午前の終了を告げるチャイムが鳴った。 「おい、もう昼休みだぞ」 授業の記憶は殆どない。一回も居眠りせずに、講義や説明を最後まで聞けた覚えがないことには、もはや半ば諦めがついている。 この癖のおかげで最後のマスターになってしまったというのに。人間、そう簡単には進歩しないという訳か── 「…真剣な顔をするならもう少し高尚なことを考えろよ」 「え、声に出てた?」 「いや…もういい。お前、深刻な顔が致命的に似合ってないって少し自覚した方がいいぞ」 目の前にいる鼠色の髪の彼は、隈のできた目を擦りながら、隣の机にサンドイッチを置いた。
1 20/08/02(日)00:56:25 No.713971744
「眠くないの?」 「まあ、いつものことだしな。でも昨日はけっこう遅くまで練習したな…というか、僕の睡眠を心配するならまず居眠りをやめろよ」 「あはは、ごめん。でも、練習って何の?」 「…お前、まだ寝惚けてるのか?ギターの練習に決まってるじゃないか。今日は軽音楽部の活動日なんだから、それまでにはなんとかしてくれよ」 …ここでの自分は軽音楽部に入っていることになっているらしい。なら、彼は同じ部活の仲間ということか。 これ以上訝まれても困る。ここは話を合わせておこう。 「何時からだっけ」 「今日は多分4時半からだな…お前は今日掃除当番だよな。忘れて真っ直ぐ家に帰ったりするなよ?」 彼のことはよく知らないけれど、きっと気遣いのできる人なのだろう。そうでなければ、態々他人の仕事まで覚えたりしないはずだ。 「…また変なこと考えてないよな?」 「ううん、君って優しいなぁと思って」 「…やっぱり考えてるんじゃないか…」 名も知らぬ彼は、照れくさそうに色素の薄い顔を背けた。
2 20/08/02(日)00:56:44 No.713971877
「やあ、立香、カドック」 「会議は終わったのか、ヴォーダイム」 「ああ、やっと片付いたよ。あの部屋にいると息が詰まりそうになる」 欠伸をしても崩れない端正な顔立ちの彼は、人目を憚らず思う様伸びをした。 「会議室で書類と一日中お付き合いか、生徒会長様は大変だな」 「そうでもないさ、この後は驚くほど暇でね。昼食に誘おうと思っていたのだが、もう食べてしまっていたのか…実に残念だ」 第一印象よりも、ずっと表情の豊かな人らしい。彼抜きで昼食をつまんでいる自分たちを心底悲しそうに見つめたかと思えば、次の瞬間にはお菓子を貰った子供のような無邪気な笑みを浮かべている。 「そうだ、放課後は逆に君たちの部室に遊びに行ってもいいだろうか…」 「…ヴォーダイム」
3 20/08/02(日)00:57:45 No.713972177
背中から怜悧な女の声が飛んできた瞬間、彼の顔は悪戯がばれた時のようなばつの悪そうな表情に切り替わった。 「今日の会議の資料整理がまだ残っているのに、生徒会室を抜け出して何をしているんですか? 馬鹿なことを言ってないで早く来てください。何枚書類を溜めてると思ってるんですか」 「…オフェリア、そんなに引っ張らないでくれたまえ、上着が伸びてしまうよ。 ん、そうだ、こうすれば…」 捕食者に見つかった蛇さながら、彼はやおら制服のボタンを外した。 「上着を脱ぎ捨ててまで逃げないでください!ああもう、まだ仕事が残ってるのに… ごめんなさい、食事中に割り込んで」 教室の中を逃げ回る彼を追いかけて、自己紹介もそこそこに彼女は足早に走り去っていった。 「…今日のヴォーダイム係はファムルソローネに任せるか…あいつには悪いけど、僕が面倒を見きれる暴れん坊は一人分だけだからな」
4 20/08/02(日)00:57:57 No.713972236
追いかけるオフェリアを振りきって、彼はドアから走り去る所だった。その直前、彼は突然こちらを見つめた。 「そうだ、立香。 探し物が見つからないなら、身近な所を探ってみるといい。 案外、簡単に見つかるかもしれないよ?」 彼にかけようとした言葉は、ガラガラと鳴る引き戸の音にかき消えていった。 「…何のことだ、お前、何かなくしたのか?」 「いや、人を探してるから多分そのことじゃないかな」 「そうか…ん、何だ? …あいつ、またやる気だな!?畜生、僕も出なきゃいけなくなった」 顔をしかめた彼が掲げた携帯の画面には、『私をこれ以上待たせるとどうなっても知らないわよ?』という文字が、でかでかと踊っていた。 「じゃあな、とりあえず部活には来るんだぞ」 「うん、また放課後」 授業が始まる前に、カーマに話を聞いておかなければ。最後のサンドイッチのひとかけを口に放り込んで、教室を出た。
5 20/08/02(日)00:58:35 No.713972429
「そう、軽音楽部ですかぁ。似合うんだか似合わないんだか。それで、ちゃんとぼろが出ないように話せましたか?」 「…多分…」 「…どうせまた何かやったんですね。まあいいです。よほどおかしなことをしない限り、この世界は話の筋書き通りに進むはずですから、せいぜい頑張ってヒロインを見つけてください。ご自慢のたらしっぷりで、さっさと落として終わらせてくださいね」 「…って言ってもなぁ…今のところそれらしい人は見つからないんだけど」 「まだここに来て間もありませんから、きっとまだその時ではないのでしょう。ただ、時間が経っている以上、物語は進行しているはずですから。待っていれば何かは起こるはずですよ。 はぁ、面倒臭い。私もあなたもこの世界のことはまだ殆ど知りませんから、調べるなり推測するなりして解明していくしかありませんねぇ」
6 20/08/02(日)00:59:03 No.713972568
焦れったいのは確かだが、彼女の推測通りここが物語の世界なら、知るべき情報は必然的に開示されていくと信じるしかない。とりあえずは身の回りで起こることに注意を払うとしよう。 「そっか…今のところは異常もないし、手掛かりも見当たらないからしばらくは現状維持かな。 あ、もう授業始まるね。とりあえず教室行こっか」 廊下から元いた教室に戻ろうとするが、彼女は動こうとしない。 「…?なんで入らないの?」 「…矢にメモでもつけて額に刺しておきましょうか? 私、あなたと学年違うんですけど」 呆れたように彼女がたしなめる。 それはそうだ。でも、言われてみるまで彼女と一緒の部屋に行くことに、何の疑いも持たなかった。 「ごめんごめん、カーマの教室は下の階だっけ」 「…まあいいです。授業が終わったらまた来ますので、何かあったらそのときに言ってください。自分の教室の場所まで忘れたりしないでくださいね」
7 20/08/02(日)00:59:24 No.713972694
むすっとした彼女の顔が、今度は怪訝そうな表情に変わった。 「なんですかその顔。今から捨てられる子犬みたいですよ。 …そんな顔しなくても、ちゃんと来てあげますから」 「…俺、そんな顔してた?」 「…心配して損しました。さっさと戻らないと怒られますよ」 そう言うが早いか、彼女は踵を返して階段を下っていった。 教室に戻って席についても、違和感が消えない。 何故だろう。 彼女と一緒にいないことが、自分でも驚くほどに腑に落ちない。自分と彼女の間に、何か特別なことがあるわけでもないはずなのに。 違和感の正体に答えを出せないまま、午後の授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。
8 20/08/02(日)00:59:44 No.713972798
授業が最後まで終わり、生徒たちが教室を去り始める頃には、窓から差す日の光も少しだけ赤みを帯び始める。 おずおずと寄ってきた彼女の銀の髪も、夕日に透けて映える頃合いだった。 「どうしたの、グレイ」 「今日の掃除当番は、拙と藤丸さんですので…よろしければ、始めてしまいたいのですが」 「うん。さっと終わらせちゃおうか」 「ありがとうございました。おかげで早く終わったと思います」 「グレイの手際がいいからだよ」 「慣れていますので…それでは、日誌を出してきます」 「うん、よろしく」 コートのフードを被った彼女の頭が職員室のドアの向こうに消えるまで、そう時間はかからなかった。 「ご苦労だった、帰る仕度をしたまえ」 「…はい、先に帰っています。今日の夕食は何にしましょうか」 「…グレイ、ここでそういう話をすると些か誤解を招きかねないと思うのだが…」
9 20/08/02(日)01:00:08 No.713972913
「今日は結局何も起きませんでしたねぇ」 退屈そうに彼女が呟く。部活も終わった帰り道を照らす夕日は、もうすっかり傾いていた。 「まさか、マンションの部屋が隣同士だなんてね…」 自分の手に持っている鍵には、彼女の部屋の番号より1つ多い数字が刻印されていた。 「うるさくしないでくださいねぇ?特に夜とか。騒いだら数発撃ち込みますからね」 「それは困るかな…」 そう言った途端、腹の虫が盛大に鳴き声を上げた。 「はぁ…ごはんはどうするんですか」 「そのへんで適当に買おうかなと」 「あーもう…しょうがないですねぇ。ここは特異点なんですから、何が危険かわからないんですよ? ほら、あなたの分もついでに作ってあげますから、早く来てください。私が調べたものなら安全でしょう。変なものを食べて体調を崩されたら戦闘にも影響しますし」 「ありがとう、ほんと助かります」 「…サーヴァントですから。仕事をこなしてるだけですから。 ほんと、私がいないと駄目なんですねぇ」
10 20/08/02(日)01:00:31 No.713973006
スーパーに入ると、彼女は手際よく買い物を始めた。 正直手伝う余地がない。自分にできることといえば、荷物を持つくらいだろうか。 「肉と魚、どっちがいいですか」 「今日は肉かな…昼はサンドイッチしか食べてなかったからお腹減った」 「はいはい、いいですよー」 「随分買ったね」 「まあ、ついでですから。何か変なものでも入れるとか思っちゃいましたぁ?」 「思ってないよ。カーマって、こういうところ以外とこだわるじゃん。真面目っていうか…」 「…もう作ってあげませんよ?」 「ごめんごめん、誉めたつもりだったんだけど…俺、不器用だから」 「そうですね。擁護の仕様がないくらい不器用です。そうじゃなきゃ、世界を救うための旅なんてできるわけありませんよねぇ」
11 20/08/02(日)01:01:34 No.713973275
随分な言われ様だが、的を得ているだけに何も言い返せない。 確かに苦しい旅ではあった。けれど、あの中でしかできない、得難い思い出もたくさんあった。美しい風景に沢山の人々の生活。出会いも別れも、何もかもが輝いていた。 川の水に夕日が映って、茜色に煌めいていた。 この風景も、思い出の一頁になってゆくのだろう。 河原を歩いていると、彼女が袖を引っ張ってきた。 振り向くと、携帯の画面が差し出されていた。 「何ぼーっとしてるんですか、連絡先ですよ、連絡先。ここでは霊体化もできないんですから」 「そうだね、それは大事だ。 …やった、後輩の女の子の連絡先ゲット」 茶化すように言うと、彼女はため息をつきながらも、穏やかに目元を緩めた。 「もう…ほんとに。今日の夜は探索に出ますから、私が来るまでにはちゃんと起きていてくださいね」 未だに先は見えない。いつまでこの状況が続くのかも。 けれど、これがずっと続くのなら。 それはそれで、悪くない──
12 20/08/02(日)01:03:26 No.713973766
かなり長くなってしまいましたが先週予告した通り更新します 今週分 su4093712.txt 先週までの分 su4093714.txt
13 20/08/02(日)01:07:51 No.713974918
カルデア高校の三馬鹿きたな…
14 20/08/02(日)01:10:09 No.713975463
すごく先輩という言葉が似合いそうなカーマちゃん
15 20/08/02(日)01:13:04 No.713976201
このカーマちゃんちょろくない?
16 20/08/02(日)01:13:58 No.713976412
通い妻系後輩が板に付いてるじゃないかカーマちゃん
17 20/08/02(日)01:21:54 No.713978392
ヒロインポイント貯めるの早くない…?
18 20/08/02(日)01:26:43 No.713979617
>通い妻系後輩が板に付いてるじゃないかカーマちゃん 依り代が依り代だ年季が違う
19 20/08/02(日)01:42:21 No.713983413
カーマちゃんは可愛いなあ