20/04/30(木)22:14:37 「――っ... のスレッド詳細
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20/04/30(木)22:14:37 No.684476056
「――っ!」 酷く嫌な夢を見た気がして飛び起きる。夢の内容は朧げだが、激しく音を立てる心臓と荒い呼吸が悪夢であったことを確かに証明していた。全身汗だくで口の中はカラカラだ。飲み込んだ唾液が喉に絡み、激しくむせる。 「げほげほ……っ、ふぅ……」 一つ二つと大きく息を吐き、呼吸を整える。乾いた喉を潤すためにマイルームに備え付けの冷蔵庫を開き、冷えたお茶を呷ると、次第に思考が鮮明になっていくのと同時、先程までの恐怖と焦燥はどこへやら霧散していった。 「随分早くに起きちゃったな…」 手元の携帯端末に映った時間はいつもの起床時間には程遠い。二度寝でも決め込むかと横になってはみたものの、妙に冴えた頭ではそれも無理な相談だった。そのまま横になっていても手持無沙汰な時間を持て余すだけなので、手短に身支度を整えてマイルームを後にする。
1 20/04/30(木)22:15:02 No.684476225
「うわ、寒っ……」 早起きは三文の徳ともいうし、もしかしたら良い事があるかもしれない……そう思って手始めに散歩でも、と廊下に出てみたは良いものの、時間が時間だけに、暖房のついていない廊下はひどく冷え、薄着だったことを後悔させるには十分だった。慌てて部屋に戻って適当な上着を羽織り、再び廊下に繰り出す。 「……」 早朝、それも朝日が昇る前なので当然なのだが、しばらく歩いてみても誰とも出くわすことはなかった。徹夜組なのか余程早起きなのか、いくつかの部屋の前を通ると談笑や罵声が聞こえてくるけれど、大体は静寂に包まれている。普段とは違った顔を見せる廊下は、新鮮でちょっと楽しいような、やっぱり寂しいような。
2 20/04/30(木)22:15:15 No.684476305
そんな事を考えていると、直ぐ側の角から誰かの足音。他人の事は言えないが、こんな時間に珍しいなと好奇心をくすぐられ、一歩踏み出す―― 「うわっ!?」 「あっ!?」 人影は予想外に近く、胸元の辺りに軽い衝撃。無遠慮にぶつかって来たその人を一歩下がりつつ受け止める。その拍子に何かが落ちたらしく、からんと金属音が響いた。 「っ、とと……大丈夫、沖田さん?」 「ぁ……す、すみません、立香さんっ!」 目線の高さでぴょこんと自己主張する一房の髪に、見慣れた桜色の着物。腕の中で一瞬動きを止めた彼女は、直後に謝罪の言葉と共にぱっと飛び退いた。 この寒さだ、どうせならもうちょっと密着したままでも良かったのにな――なんて邪な考えは頭の隅に追いやる。
3 20/04/30(木)22:15:37 No.684476453
「本当にすみませんでした。少し、考え事をしていまして……」 「そっか。次からは気を付けて――ん?」 視界の端に映ったものを拾い上げれば、見覚えのある掌サイズの携帯端末。つい先程の金属音の正体はこれが落ちた音だったらしい。自分の物はポケットで自己主張しているし、状況から鑑みて彼女の物だろう。どうやらカメラが、それも内側のソレが起動しているらしく、画面には自分の顔が映っていた。いつぞやは『夢中三連自撮り』を謳っていた彼女の事、自撮りのロケーションでも探していたのだろうか。 「あ、それは私のですね。ありがとうございます」 「……ながら歩きは程々にね」 釘を刺しながらそれを差し出すと、彼女は少しばつの悪そうな表情で受け取った。 「でも、珍しいね。こんな時間に起きてるなんて」 「それを言ったらお互い様ですよ」 そう言って静かに笑った彼女には、いつもの明るさが欠けているような気がした。
4 20/04/30(木)22:15:55 No.684476560
「何か、あったの?」 「えっ……?」 「あっ、いや!何だか元気がなさそうだったと言うか、その……!」 気になって尋ねてみると彼女は少し驚いたような表情を見せた。触れてはいけない事だったかと慌てて言葉を取り繕うと、それを遮るように首を振って力なく笑う。 「分かりますか?」 「……まあ。それなりに長くて、それなり以上に深い付き合いだし」 「そう、ですか」 そう呟いて目を伏せた彼女は、踵を返してゆっくりと歩き始めた。少し遅れてその後を追う。 静かな朝の廊下に二人分の足音だけが響いた。
5 20/04/30(木)22:16:08 No.684476633
「夢を……見たんです」 窓の外の景色が幾らか白み始めた頃、彼女が静かに口を開く。 「……嫌な夢、だったの?」 その問い掛けに振り返る事なく、こくりと頷いた。 ふと、今朝の悪夢を思い出す。正確にはその内容ではなく、悪夢を見た事を、だが。得も言われぬ不安、恐怖、そして焦燥……彼女も同じ様に飛び起きたのだろうか。 「この戦いが終わった後の夢です。皆、幸せそうに、満足そうに笑っていました。……当然ですよね。疲れて、擦り切れて……それでも、使命を果たしたんですから。勿論、私も満足していました。今度こそ……皆と、最後まで戦えたから。でも……」 押し殺したように平坦な声。無言で続きを促す。 「……でも、あなたを見た途端、思ってしまったんです。まだ……まだ、って」 彼女の表情は、見えない。
6 20/04/30(木)22:16:25 No.684476735
「……この戦いが終わったら、皆、離れ離れになるんですよね」 相変わらず背中を向けたまま、そう言って立ち止まる。 「……そう、だろうね。そういう話はちらほら聞くよ」 「……ですよね」 それに倣って答えると、分かっていましたけど、と言わんばかりに寂しげにその背が揺れた。 「でも、私は、まだ……別れたくないんです。皆と……あなたと」 鼓膜を震わせたのは、ぽつりと溢れた小さな言葉。隠し切れない悲しみの音。 息も、返す言葉にも、詰まる。
7 20/04/30(木)22:16:43 No.684476860
「ね、立香さん。一緒に写真、撮ってくれますか?」 「え……?」 不意に、明るい声を響かせながら彼女が振り返る。それが空元気の類である事は明白だった。 「離れ離れになっても……私の事を、忘れないように」 例えどれほど優れた魔術師でも、聖杯の力無しにサーヴァントを召喚する事は出来ないらしい。つまり、この戦いが終わって、一度離れてしまったが最後、二度と会う事は出来ないのだろう。 声を聴く事も、笑顔を見る事も……触れ合う事すら叶わない――それでも彼女は、忘れて欲しくないと、そう言った。 「お願いします……」 それはきっと、彼女にとっての祈りで。 「…………分かった」 けれど同時に、呪いでもあった。
8 20/04/30(木)22:17:12 No.684477047
――だから。 「この戦いが終わったら、一緒に暮らそう」 そんなものは認めない。認められない。 「………………?」 近付いてきた彼女の手を取ってそう告げると、彼女は頭に疑問符を浮かべて目を瞬かせた。 「……今のって、死亡フラグ……?何故唐突に建設を……?」 「いや、そんなのじゃないから。真剣な奴だから」 待つ事数秒、再起動した彼女は何が何だかと言った様子で、発言が急にぐだぐだしてきた。ちょっと可笑しい。 「真剣な、って……それこそ意味分からないんですけど!?急にどうしたんです!?」 「全然急なんかじゃないよ。前々からずっと思ってたんだ。これから先、もっともっと沖田さんと一緒に居たいって」 「それは……光栄、です……?」 「でもそれは俺のエゴかもしれない、沖田さんを巻き込んでいいのか……そう思ってたところに、あんな事を言われたんだ。ここで退いてちゃ男が廃るってもんだよ。今までは踏ん切りがつかなかったけど、ようやく腹を括れた!」 「えっと、つまり……?」
9 20/04/30(木)22:17:39 No.684477221
「強制退去なんかさせない!こう……上層部?とかに掛け合ってみる!」 「い、いやいやいや!?何言ってるんですか!?そんなの無理ですよ!」 「やってみなきゃ分かんないでしょ?こっちは世界を救うんだ、お願いの一つくらい聞いてくれるさ、きっと!」 「で、でもっ……」 「いっそ、いざとなったら退去させられる前に二人で夜逃げしちゃおうか!受肉出来なくても、沖田さん一人くらいの魔力なら何とか……いや、無理かなぁ……あ、そうだ!ジェットでもつけてみれば、幾らかマシにはなるはずだよね!」 実際に出来るかどうかなんてのは二の次で。ただ、彼女の悲しげな顔を見たくないから、なんて理由だけで次から次へと口が回る。これが愛の力と言うやつだろうか。
10 20/04/30(木)22:18:05 No.684477362
「なっ……なんですか、もうっ……!馬鹿馬鹿しい……ふふっ……」 「……うん。やっぱり沖田さんは笑ってる方がいいよ」 「!……立香さんって、沖田さんの事大好きですよね。普通、一人のサーヴァントをそこまで気にかけませんよ」 「あれ、今更気付いたの?……そうでもなきゃ、『最後まで戦いたい』とか言ってるデメリット付きクソステサーヴァントを戦場に連れて行ったりしないよ」 「……今の、ちょっと本気っぽい言い方だったんですけどー?」 「気のせい気のせい。沖田さんの事は頼りにしてるって」
11 20/04/30(木)22:18:24 No.684477483
「さて、それじゃあ写真を撮ろうか。お望みのツーショットを、さ」 「ぅ……そんな言い方をされると恥ずかしく――ひゃっ!?」 「ほら、もっとくっ付いて。画面に収まらないよ?」 「う、うぅ……!ええい、分かりましたとも!武士に二言はありません!」 「そうそう、その意気その意気。それじゃあ、いくよ?はい、チーズ――」 肩を寄せ合って、飛び切りの笑顔でシャッターを押す。 本当にこれから先も一緒に居られるのだろうか、そう遠くない内に別れが来るんじゃないだろうか――そんな不安を、繋いだ手に抱えたまま。
12 20/04/30(木)22:32:22 No.684482636
認めないでしゅ…
13 20/04/30(木)22:34:10 No.684483257
終わりがあるからこそそこまでの過程が輝くんじゃぞ
14 20/04/30(木)22:38:02 No.684484652
おじいさんになった立香さんの隣に最後に居るのが沖田さんの並行世界があっても私はいいと思いますね!
15 20/04/30(木)22:40:34 No.684485647
最後を看取る沖田さんは良いですよね!
16 20/04/30(木)22:54:57 No.684490954
>終わりがあるからこそそこまでの過程が輝くんじゃぞ でもその終わりにはまだ早いですよね?
17 20/04/30(木)23:12:33 No.684497395
実際どう終わるのかは気になるところではあるよね…