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――――だ... のスレッド詳細

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19/08/10(土)22:51:40 No.613559774

――――だけど、想像していた筈の痛みも衝撃も、いつまで経っても訪れない。或いは、呆気なく死んでしまって、もう既に死後の世界なのか。 恐る恐る瞼を開く。一体何がどうなっているのか。果たして待ち受けていたのは、俺を囲うように聳えたち、獣たちを阻む、透明な壁だった。 いや、正確に描写するならば、それは間違いだ。透明なのは、材質が氷だから。そして、壁ではなくて、これは城塞だ。俺は、これを知っている。マテリアルで確認し、一度だけその実物を見たことがある。使用者に嫌われ、普段はまず使用される事のないもの。ランクにしてA+。堅牢で壮麗なその城塞宝具の名は『残光、忌まわしき血の城塞』。 その宝具の所有者は――――。 「もう、いつまでそうしているのかしら」 コツリ、と氷の床を踏みしめる音とともに声が聞こえる。それは、俺が最も求めているもの。何よりも聞きたかった声。愛しい人の言葉。 「ここで終わる訳にはいかないでしょう?」 アナスタシアの、声だった。嬉しくて目頭が熱くなる。いなくなってしまったと思ってしまっていたから、安堵して、涙が止め処なく溢れてくる。

1 19/08/10(土)22:52:07 No.613559914

ああ、そんなことはなかった。俺が出会った運命は、たとえ引き裂かれようとも、再びこうして巡り合えた。 アナスタシアが俺の前に立つ。立って、俺を見ている。まるで見守るように。一人で立ち上がるのを見届けるために。 「目一杯遊んだ?」 「……ああ」 「十分、休めたかしら?」 「ああ」 「なら、もう立ち上がれるわね?」 「ああ!」 そうだ、こんな所で蹲っている訳にはいかない。泣き続けているわけにはいかない。まだ何も解決していないのだから。俺は涙を乱暴に腕で拭い、また歩き出すために、自分の両足でしっかりと立ち上がった。 『馬鹿な、あり得ない……!君はこの物語には連れてこなかった、置いてきた筈だ!一体どうやって……!?』 『俺』も完全に想定外だったのか、狼狽し、声を荒げている。確かに、俺を殺すのなら俺とサーヴァントを引き離すだろう。そこには、どんなカラクリがあったのか。 「それについてはオレから話してやろう」 「『エドモン……!』」 俺と『俺』が異口同音?にその名前を呼ぶ。しかし、その声に乗せた感情は正反対だった。

2 19/08/10(土)22:52:30 No.613560017

「なに、単純なことだ。サーヴァントが存在しない理由が、特異点に描写されなかったが故であるのなら、記録を元に書き加えてやればいい。そおら、あるだろう?サーヴァントとの思い出という記録を事細かに綴った、丁度良い物が」 そうか、夏休み帳。これが、みんなとの繋がりがあったから。 『それは、もうこの特異点からは切り離した筈だ!なんでここにある!?』 「確かにここはお前が生み出した特異点で、サーヴァントに役割を被せることでその力も削いだだろう。だがしかし、オレからすれば我が共犯者の願いが生み出した特異点など、コイツの頭の中の延長となにも変わらん。故にオレは、なんの制限も受けていない」 それに、とエドモンは言葉を続ける。どこか、人の悪そうな笑みを浮かべながら。 「確かにこの特異点のサーヴァントたちはオレ以外は殆ど力を削がれていた。だがそれはこの特異点に居るもののみの話。他ならぬお前には分かるはずだ。全てを見通し、微睡みの中の夢のようなこの特異点に干渉する力のある者。それが誰かというのは」 『――マーリンか!』

3 19/08/10(土)22:52:53 No.613560121

「御名答。さあ、答え合わせは終わりだ。残すはここからの脱獄のみ。お前はその様を楽しんでおくがいい」 『――チッ』 『俺』が舌打ちしたかと思うと、その体はグズグズに崩れ、溶け落ちていく。死んだ、訳ではなさそうだ。逃げたか、それとも最初から分身だったか。 そして、城塞の外の獣の数が一気に膨れ上がる。突破される様子はないが、これでは動きようもない。 「共犯者よ。オレならばこの特異点を解決できるが、それでは意味がない。それは、お前が為さねばならんことだ。手助けはしてやるがな。あの山の向こうを目指すがいい。そこに、先ほどのお前がいる。アレこそが聖杯だ」 「とは言っても……」 見渡す限りの黒、黒、黒。これを掻き分けていくのは、現実的ではない。 「フッ。ならば私に任せるがいい」 そう言って姿を現したのは、アルトリアとエミヤ、民宿を管理していた二人のオルタだった。アナスタシアやエドモンに続いて他のサーヴァントたちも、此処にはいないが続々と召喚されているのだろう。 「民宿もなくなり、役割も剥がされたからな。民宿に住み込みで勤めるメイドさんもこれで廃業だ」

4 19/08/10(土)22:53:20 No.613560230

そう言いながら、ホワイトプリムを外す。彼女から魔力が溢れ出し、鎧を形成する。手に携えるのは、モップでも、水鉄砲でもなく、彼女を常勝の王足らしめる一振りの聖剣、その反転した姿。 「しかし、その前に最後の仕事を片付けるとしよう。立つ鳥跡を濁さず、というやつだ。世話になった場所には、感謝の念を込めて掃除してやらんとな」 「しかし騎士王。アンタが働いていた民宿はもう影も形もなくなった。しかももう清掃用具も持っちゃいない。だとすると、一体どこをどうやって掃除するつもりだ?」 エミヤが皮肉気にアルトリアへ野次を飛ばす。いや、エミヤはきっと答えが分かっていてそう言っている。俺もその意図に気づいて、アナスタシアに宝具解除の声をかける。 「ふむ、確かに失念していた。貴様の言う通りだ、アーチャー。民宿は既になく、これでは仕方がない」 『残光、忌まわしき血の城塞』が解除され、獣たちが三百六十度全方位から一斉に襲撃を掛ける。しかし、その悉くはアルトリアから迸る魔力の余波で吹き飛ばされる。

5 19/08/10(土)22:53:45 No.613560353

「仕方がないので、眼前の有象無象を消し飛ばしてやろう」 大上段に構えた聖剣から、規格外の魔力が吹き荒れる。剣の形をした魔力は、まるで天を突くかのような威容を誇る。 「マイマスター。貴様の旅路に、明日への道行きに我が宝具の名を手向けよう」 青き騎士王が振るう、何よりも眩い星の光と違い、反転した極光は全てを呑み込む光を放つ。振り下ろされたその一斬は、まるで目を奪うかのように、俺たちの視線も引きずり込んだ。 「『約束された勝利の剣』!」 一閃。叩きつけられた光の濁流は、その延長線上の物を全てこの世界から削り取る。数のみが取り柄の獣など、障子紙よりも容易く引き千切れ、微塵に砕け、ただ大人しく消え去るのみ。吹き荒れる衝撃の余波から守るように顔を覆っていた腕を退かせば、眼前に広がるのは山まで一直線に何もかもを削り取られ変わり果てた特異点の姿だった。 「そら、これで綺麗になっただろう。文字通り、塵ひとつ残ってないはずだ」 「ああ、ありがとう。アルトリア」 「なに、礼はいらん。私はただ、やるべき事を片付けただけだ」 「それでも。ちゃんと言葉にしておかないと」

6 19/08/10(土)22:54:14 No.613560501

「では、それを行動でも示すがいい。無様な姿は見せてくれるなよ?」 こくり、と小さく、だけど確かに頷く。ああ、そうしよう。辺りを見ると、消しとばされたはずの獣たちが、地面から滲み出るようにまた姿を見せ始めている。恐らく、無限に湧いて出るのだろう。なら、道を切り開いてくれた今こそ、走り出さないと行けない。 「待て、マスター。これを持っていけ」 そう考えていたところに、エミヤから声を掛けられる。なにかと思って振り向くと、何かを押し付けられる。確認してみると、白と黒の、ふた振りの剣だった。 「自衛用に持っていけ。軽く、取り回し易く、幅広の刃で、身を守るのに向いている。間違っても敵に斬りかかろうとはするなよ。それはサーヴァントの仕事だ。お前はただ、自分を守ることだけ考えているといい」 「ああ、わかった」 「フッ、中々悪くない顔つきだ。安心しろ、マスター。俺はお前の刃だ。背中くらいは守ってやるさ」 十分、いや、十二分だ。エドモン、アルトリア、エミヤ。彼らになら、心置きなく背中を預けられる。俺はただ、前に進むことだけに集中できる。

7 19/08/10(土)22:54:25 No.613560548

「行こう、アナスタシア。日常を取り戻すために」 「ええ、リツカ。旅を続けるために」 そして、俺とアナスタシアは足を踏み出す。始まらない日々ではない、新しい明日を始めるために。

8 19/08/10(土)22:55:04 No.613560710

備考: 『夏休み帳』 この特異点は何も始まっていない。無限の可能性を、無限に繰り返す。それが、この特異点の真実。 しかし、何も起きなかった訳ではない。この特異点での出来事は、サーヴァントたちと絆を結び、育んだ思い出は、確かにこの日記帳に記されている。覚えていないことがあっても、確かな事実として、この中に残っている。それはきっと、なかった事にはできないから。