19/08/04(日)20:58:48 寝苦し... のスレッド詳細
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19/08/04(日)20:58:48 No.612071680
寝苦しさからか、夜更けに目を覚ました。ふと、隣の布団を見てみる。リツカが眠っているはずのそこはもぬけの殻となっていた。リツカも目が覚めて、水でも飲みに行ったのか、それともお手洗いか。いずれにしてもすぐ戻ってくるだろうし、再び眠りに着くのは彼が帰ってきてからにしよう。私は横になったまま何をするでもなく、ドアを見つめ、彼の帰りを待った。 三分、五分。まだ帰ってこない。 十分。縁側で涼んでいるのか。 二十分。流石に遅すぎる。これだけ待てども帰ってこないのは、もしかしたらなにかあったのかもしれない。私は布団を抜け出し、リツカの姿を求めて部屋を出た。 ふと頭に浮かんでしまった嫌な考えは、頭から振り払おうとしても中々離れない。無事でいて欲しい、と願う裏で、悪い予感が確信めいて思考を犯す。 民宿を順繰りに回っていくと、大浴場から水音が聞こえてきた。寝汗を流すためにシャワーを浴びていたのか。安堵の息を吐いて、一先ず部屋に戻ろうかとしたその時。 ――――水音に紛れて、小さく慟哭の声が聞こえた。
1 19/08/04(日)20:59:11 No.612071788
一気に動悸が激しくなる。部屋に戻ろうと踏み出しかけたその足を、大浴場に向けた。更衣室を急いで通り抜け、そのまま大浴場に。果たして、そこにリツカの姿はあった。 「リツカっ!」 居ても立っても居られなくなって、私はリツカの名前を呼ぶ。今の声で初めて私に気づいたのか、呆然とこちらを振り向くリツカ。 「アナスタシア……?」 その表情は、酷いものだった。顔色は土気色をしており、目に光が宿ってない。シャワーを頭から被っているせいで両頬を伝うその水は、すべて彼が流した涙であるかのような錯覚を覚えてしまう。 「……だめだよ、アナスタシア。こっちは、男湯なんだから……。こんな時間とはいえ、入ってきたら……」 認識が追いついたのか、笑いながらこちらの行動を諌めようとするリツカ。けど、その姿は見るに堪えなかった。だって、笑おうとして、無理に笑顔を作ろうとして、でもそれすらできていない。 「――――ッ!」 反射的に、彼の体に抱きつく。しっかりと包み込んであげなくては、リツカがここで粉々に砕けてしまいそうだったから。そんなことは起こるはずもないけど、でもそう思わせるほど今のリツカは弱く、脆そうだった。
2 19/08/04(日)20:59:43 No.612071966
「…………だめだよ、アナスタシア。ほら、濡れちゃうから……」 この期に及んでも、こちらを突き放そうとしてくる。一体、この人は、どこまで。 「そんなことっ!そんなこと、今はどうだっていいでしょう……!?貴方よ、貴方のことよリツカ!一体どうしたの……!?」 私は半ば叫ぶようにリツカに問うた。恋人の、大切な人のこんな姿を見せられて、冷静ではいられなかった。 「…………なんでもないよ」 「なんでもないはずないでしょう!?なんでもないはずなら、そんな顔はしないでしょう……」 「顔……?……ホントだ、酷い表情。俺、こんな顔してたんだ」 鏡越しに自分の顔を見て、自分がどんな顔をしていたのか理解したようだ。それを切っ掛けに、リツカから私を振り解こうとする力が抜けていく。 「ねえリツカ……。お願い、何があったのか話をして……」 「…………でも」 「私は貴方のサーヴァントで、貴方の恋人なのよ……?大丈夫だから。私を信じて……」 観念したのか、私の腕の中で、ぽつりぽつりと語り始めていく。
3 19/08/04(日)21:00:12 No.612072117
悪夢を見たこと。英霊たちとの記憶の共有や、意識内の空間に入るのではなく。ただ純粋な悪夢。自分のしていること、自分がしてきたこと。自分が見殺しにしてきたこと、自分が救えなかったこと。自分が気付けなかったこと、自分が意識してこなかったこと。 自分が、自分が、自分が――――。 そうして語る彼の語気は、だんだんと、少しずつ強くなって、終いには喚き叫ぶように語っていた。 「俺は、俺はどうすれば良かったんだ!自分に鞭打って、死にそうになりながらも生き抜いてきて!これ以上、何をどうすればいい!?」 その激情は、決壊したダムから溢れるかのように吐き出されていく。彼が初めて見せる表情、感情。いつもは堰き止めていたのだろう、その反動が、今こうして洪水のようにやってきていた。
4 19/08/04(日)21:00:41 No.612072252
「人理が焼却されて!俺だけが生き残っていて!いきなり世界の危機に投げ出された!必死になって乗り越えたと思ったら、今度は地球漂白だ!また俺たちだけが残されて、俺たちがやるしかなくて!戦いたくなくても、殺したくなくても!そうせざるを得なくって!だから戦って、何の罪もない人たちを!この手で、殺して!殺して、殺して、殺して殺して殺して――!殺す他に方法はなくて!殺し続けるしかなくて!」 止まらない、止まらない。その感情の激流は、一言、一文字ずつ激しくなっていく。 「なんで俺なんだよ…………!俺はただ、生きていたかっただけなのに……………………」 そうした感情の濁流の後にポツリと溢れた一言が、何よりも悲痛に溢れていた。 腕の中で震えるリツカの体を一層強く抱きしめる。いつもは大きく感じた背中が、今は酷くちっぽけだ。その背中に、両肩にこれ程まで大きなものを抱えながら戦ってきたのだ。 私は運命を強く恨んだ。それこそ、生前よりも強く。たった一人の普通の少年が背負わされるには、この運命は余りに大きすぎる。それこそ英霊だって、これほどの運命に立ち向かった者は居ないだろう。
5 19/08/04(日)21:01:06 No.612072385
「リツカ…………」 私も、閉口してしまう。今のリツカは酷く不安定だ。掛ける言葉を間違えれば、その心は壊れてしまうだろう。私はゆっくりと、慎重に言葉を紡ぎ始めた。 「……リツカ。貴方はそうやって一人必死に戦ってきたのね。人理焼却のときも、汎人類史漂白のときも、自分がやるしかないと自らを奮い立たせて、前に進み続けて。私にはその痛みを消してあげることはできない。けど、分かち合うことはできるわ。ねえリツカ。痛いときも、辛いときも、私を頼って。慰めにしかならないかもしれないけど、一緒に背負うから」 幼子を諭すように、ゆっくり、ゆっくりと語りかけていく。 「投げ出してしまえばいい、と言ってあげられたらいいのでしょうけど、それはきっと、貴方が貴方を許せなくなるでしょうから。でも、立ち止まって休むことも大切だわ。だから今くらいは、こうしていても良いのよ」 「良いのかな、俺…………?」 弱々しく、リツカが呟く。まるで赦しを求めるかのように。 「良いのよ。貴方は英霊でも機械でもない、人間だもの。何よりも、心が壊れてしまうもの」
6 19/08/04(日)21:01:38 No.612072571
私はリツカの頭を胸に抱き寄せる。私のすべてで、リツカを包み込むように。 「だから、溜めてるものも偶には吐き出さないと。今なら、私以外は誰も聞いていないから」 「うっ、うう……。うあぁぁああ…………」 「うあああああああああああああッ!!!」 ……どのくらい経っただろう。激しい慟哭が静かになって少しすると、寝息が聞こえ始めた。どうやら泣き疲れて眠ってしまったらしい。 抱き合ったまま二人ともシャワーを浴び続けたせいで、濡れ鼠となってしまっていた。私はリツカを抱きかかえて、脱衣所に移動する。こういう時は、サーヴァントの体がありがたい。生前だと、一人では運べなかっただろうから。手早く私とリツカの体を拭いて、備え付けの浴衣を着る。服は……メイドのアルトリアさんに言っておけばいいだろう。部屋に戻って、リツカを布団に寝かせる。リツカ自身の布団は寝汗が酷かったから、私の方に。私も布団に入って、先ほどまでと同じようにリツカの頭を胸元に抱きかかえる。 ああ、どうかせめてこのひと時の夢くらいは、優しく、平穏でありますように。
7 19/08/04(日)21:01:56 No.612072666
眠りから目が覚める。よっぽど深く眠っていたのか、頭がかなりぼーっとしている。なんだろう、とても温かくて柔らかいものに包まれている。とても気持ちいい。もっとしっかりと感じていたい。俺は、その柔らかいものに顔を押し付けた。 「ん……」 耳元で、アナスタシアの寝息が聞こえる。なんて幸せだろう。こうして心休まる温かさに包まれて、恋人の声を耳元で聞きながら目を覚ますことができるのだから。…………耳元で? 脳に血が回り始めたのか、ゆっくりと状況を理解していく。目の前には民宿の浴衣に包まれた白い肌。後頭部に圧を感じる。おそらく、頭を抱きかかえられているのだろう。ということは。この柔らかいものは、この柔らかいものは――。 咄嗟にアナスタシアから離れようとする。しかし、意外にもその抱きかかえられる力は強く、抜け出すことはできなかった。いったいどうしてこんな状況に。慌てながらも考えを巡らしていって。
8 19/08/04(日)21:02:26 No.612072834
「――――あ」 そして、すべて思い出した。悪夢を見たこと、シャワーを浴びていたこと、アナスタシアに見つかったこと。そして、すべてを吐き出したこと。そこで、記憶が終わっている。どうやらそのあと、俺を心配したアナスタシアが同衾してくれたのだろう。心音には人を落ち着ける効果があると聞いたことがあるような気がする。 「……うおお」 俺は身もだえした。自分の情けないところをすべて見られてしまった。今までは情けない姿を見せないようにしてきたから、一層恥ずかしかった。 でも。それが良くなかったのだろう。自分一人で抱え込んで、気丈に振舞おうとし続けてしまったから、今回の事は起こってしまったんだ。考えを改めなくては。痛いときも、辛いときも、抱え込まずに素直に頼らせてもらおう。 そして、それだけじゃなくて、嬉しいときや、楽しいとき、その幸せを彼女とともに分かち合おう。アナスタシアは、何より大切な俺の恋人だから。
9 19/08/04(日)21:02:43 No.612072919
さて、決意を新たにしたところで、また眠気が襲ってきた。外を見ると、まだ空は少し暗い。二度寝をしたい気分だった。エドモンには悪いが、今日のラジオ体操はサボらせてもらおう。アナスタシアの腕から抜け出すこともできないし。 ――――立ち止まって休むことも大切だわ。だから今くらいは、こうしていても良いのよ。 夜、アナスタシアに言われたことを思い出す。せめて今くらいは、そう思い、彼女に包まれ、彼女の温もりを感じながら、俺は意識を手放した。 悪夢はもう、見なかった。
10 19/08/04(日)21:02:54 No.612072989
雪の皇女は、その心の温もりで少年を癒す。 ……これからも彼らには困難が待ち受けるだろう。どうか、この特異点が心からの休息とならんことを。
11 19/08/04(日)21:03:05 No.612073056
・実績 「雪の皇女の温もり」 解除
12 19/08/04(日)21:05:32 No.612073889
何日か前の新人「」がお出しした怪文書からネタを頂いたので 遅くなってしまった
13 19/08/04(日)21:07:42 No.612074661
重い…
14 19/08/04(日)21:17:25 No.612077858
ネタ元からして重かったし…
15 19/08/04(日)21:23:26 No.612080004
ありがとう…
16 19/08/04(日)21:28:01 No.612081534
ネタ元の怪文書が良かったし、それを書いたのが新人「」だということに元気づけられた その「」にはこれからもどんどん怪文書を書いてほしい
17 19/08/04(日)21:32:55 No.612083251
好きな鯖の怪文書増えると嬉しいね…
18 19/08/04(日)21:34:17 No.612083751
>好きな鯖の怪文書増えると嬉しいね… 推しの怪文書はいくらあっても困らない だから君も書いて♡