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    19/02/07(木)00:03:22 No.567576383

    最近、夜になるとたえがいなくなるらしい。 消灯時間になると大部屋を抜け出し、朝になっても戻っていないのだとか。 朝食の時間になるとどこからともなくひょっこり現れるので最初は気にしていなかったのだが、 それが一週間とも二週間ともなるとさすがに心配になる。 人間としての意識が覚醒しているさくらたちでさえ、かつて警官に撃たれたことがあるのだ。 もし屋敷を抜け出して近所をうろついているのなら、それには大変な危険が伴うだろう。 なにしろ山田たえは他のゾンビィアイドルたちと違って未だ意識が覚・醒していない、 普通のゾンビィなのだから。 「まぁ、たえちゃんはいい子やけん人を噛んだりはしないと思いますけど」 さくらは大真面目な顔でそう言った。

    1 19/02/07(木)00:03:37 No.567576452

    いや、お前ファーストライブの時たえが客に襲いかかるの見たことあるじゃろがい、 と幸太郎は思ったが、口にするのはやめておいた。 それはもはや昔の話だ。確かに今のたえが、無意味に普通の人間に牙をむくとも思えない。 たとえ例の警官に撃たれたとしても、反撃はせずに逃げることを優先するだろう。 コッコくんやカッパのシシリアンナちゃんを前にしても、今のたえなら我慢できるかも知れない。 ……中の人がいるとはいえ見た目が人間じゃないから微妙か? さておき、思えばあの暴れ馬……というかゾンビィも丸くなったものだ。 そういえば、と思った。 あれは帰りが午前様になった日のこと。 自作のよかったい音頭を口付さみながらふと屋敷の屋根を見上げると、 そこでたえが犬座りをしていたことがあったようななかったような。

    2 19/02/07(木)00:03:49 No.567576509

    暗くてよくは見えなかったし、アルコールの回った頭ではあいつあやんかところで何ばしよるとか、 くらいにしか思えなかったので今まで忘れていたのだが。 もしかして最近はずっと、夜が来るたびにああやって屋根の上に登っているのか?何のために? 幸太郎は少し考え――― 「………………」 放っておくことにした。 だいたい、アイドルの問題はアイドルに解決させるのが幸太郎の方針である。 さほど切羽詰まった状況でもなさそうだし、わざわざ自分が出るまでもないだろう。 事実、この件に関して幸太郎は結局最後まで特に何もしなかった。 しかしあとから思い返しても、この時幸太郎が何かしたとして、 結末が変わったかといえば―――それはきっと、否だ。 なるべくしてなった。これは、そういう類の話なのだった。

    3 19/02/07(木)00:04:05 No.567576581

    さくらは元より話を幸太郎の耳に入れるだけのつもりだったのか、 適当に追い返しても特に不満そうな顔はしなかった。 あちらも慣れたものである。……それはそれで引っかかるのだが。 ところが、その顔はすぐに憂いに変わることになる。 たえが倒れたのだ。 「幸太郎さん!」 これには幸太郎も、さすがに焦った。 ―――聞く所によると、倒れたというか正確には壊れた、といった方が正しいらしい。 これとほぼ同じことは他のゾンビィも経験している。サガロック直前の愛だ。 オーバーワークによって全身がバラバラになったあの症状が、たえの身にも起きたのである。 不思議なのは、たえは愛と違ってハードな練習などしていないことだ。 それどころか最近はサボりがちで、サキやリリィなんかは文句を言っていた程である。

    4 19/02/07(木)00:04:20 No.567576652

    ……もっとも、そのサキもリリィもたえの様子がおかしいことは知っているので ブータレてはいてもその顔はどこか心配そうだったのだが。 兎にも角にも休息だ。さくらたちはたえを休ませようとした。 ところがたえはそれを拒否、四肢をつなぎ合わせると敷かれた布団を跳ね飛ばして逃げ出してしまったのだ。 「……それで?今、たえはどこにいるんだ?」 「屋根の上です。サキちゃんたちが呼びかけてるけど、降りてこんくて。  場所が場所だけに、無理に降ろそうとして落ちたら怖いし……」 「ふむ……」 屋根の上。また屋根の上か。 そこに何かがあるのか。海が見えるが、それならベランダからでも見えるだろう。 鳥の巣でもあるのか?しかし最近特に鳴き声がうるさくなったとは感じないし。

    5 19/02/07(木)00:04:32 No.567576725

    わざわざ屋根の上に登らなければならない理由は……。 「……たえは、屋根のどこにいる?」 「正面の、一番高いところですけど……」 「もしかしたら……」 「はい?」 「屋根に何かがあるんじゃなくて、屋根に登ること自体に意味があるのかも知れんな」 「屋根に登る自体が……どういうことですか?」 「いや……」 と、そこで外から大きな声がした。 ―――屋根に登ろうとしたサキが足を滑らせて落ちたのだった。 「サキちゃぁぁぁん!!?」

    6 19/02/07(木)00:04:51 No.567576806

    夜になるといなくなり、朝になると帰ってくるたえ。 特にハードな練習もしていないのに、何故か身体が壊れるほど疲れきっているたえ。 なのに休ませようとすると異様に嫌がるたえ。 足場が悪い屋根にやたらと登るたえ。 これらのことがもし複数の事情からなるものだとしたら、流石に推理のしようがない。 だが、たったひとつの理由からなるものだとしたら。 そういえば、と思った。 朝のミーティングの際、たえは大抵の場合、鼻提灯を膨らませて眠っている。 複雑なことを理解することができないたえにとって、ただ話を聞くだけのミーティングは退屈なのだろう。 だが、今は、少なくともここ二週間ほどはずっと起きている。 ―――おそらく、最近誰も、たえが眠っている姿を見ていない。

    7 19/02/07(木)00:05:12 No.567576889

    「……眠りたくないのか?」 幸太郎が声を掛けると、たえは肩越しにちらと振り返った。 屋根の上は、夜風がちと身に沁みる。ゾンビィならぬ生身の自分には辛い場所だ。 ただ、それは現実の世界ならばの話。今は寒いとも、高くて怖いとも思わなかった。 たえのことを考えながら眠ったためだろう。これは幸太郎が見ている夢なのだ。 「ええ。そうよ」 だからたえが当たり前のように返事をしたことも、幸太郎はそれが不思議なこととは思わなかった。 「身体がバラバラになるほど疲労が溜まるわけだ。  単純に、お前は何日も何日も、少なくともここ一週間は一度も眠っていないんだから。  休ませようとするさくらたち相手に暴れたのは、あいつらが布団を敷いて寝かしつけようとしたからだな。  そして屋根に登るのは、安定感のない屋根の上では常に気を張っている必要があるからだろう。  ―――すべて、自分が眠ってしまわない為の行動だったんだ」

    8 19/02/07(木)00:05:27 No.567576959

    「……サキには悪いことしたわ。あの子、大丈夫だった?」 「平気も平気。怪我一つ負っちゃいない。もっとも、庭木の枝が一本、へし折れはしたがな」 「ああ、木の上に落ちたのね。よかった」 たえは膝を抱えてくすくすと笑い、 「いい子たちよね。わたしのことで心配かけて、本当に悪いと思っているわ」 「だったら屋根から降りてさくらたちと一緒に眠ればいいだろう。何故眠りたがらない?」 たえは微笑みを浮かべたまま、少しの間沈黙し、 「ねえ、乾くん。眠る前の自分と、起きた後の自分。この二人は同一人物だと思う?」 「……いや、当然だろう。あと乾って呼ぶな」 幸太郎は顔をしかめた。 「自己と人格の同一性を疑うなんて、そんなことを気にするのは思春期の子供か哲学者だけだ。  俺たちはどちらでもない」

    9 19/02/07(木)00:05:41 No.567577023

    「ところが私にとっては、そうでもない。それどころか普通の人よりちょっとだけ、深刻なのよ」 たえは自らの掌に目を落とした。 赤と青の血管がびっしりと走っているのが透けて見える、ねずみ色の死者の手だ。 「わたしは、ゾンビィだから。……それも、未だ元の人格が覚醒していない、ね」 「―――そうか」 幸太郎はハッとなった。ようやく合点がいった。 「眠るのが怖いんじゃない。逆だ。お前は『目覚める』のが怖いんだな」 たえは遠く、暗い、佐賀の夜空を見ながら―――こくり、と頷いた。 「刺激を受け、生前の人格が覚醒する。それがわたしたちゾンビィだから。  そしてその時、ただのゾンビィだった時の記憶はまったく残らない。  そのことは、乾くん。誰より貴方が理解しているはず」 「………………………」

    10 19/02/07(木)00:05:56 No.567577096

    たえの言うとおりだ。幸太郎には何も言うことができなかった。 もう一年ほども前の話。まださくらの覚・醒も果たしていなかった頃。 幸太郎とて、呻きながら徘徊するゾンビィたちをただ放ったらかしにしておいた訳ではない。 さくらたちを目覚めさるため、試行錯誤を繰り返して過ごしていたのだ。 音楽を聞かせたり、ミュージック・ビデオを見せたり。 好物を食べさせたり、逆に嫌いな食べ物しか与えなかったり。 歌ったり、踊ったり、話しかけたり。 清水の舞台から飛び下りるような気持ちで、自分の正体を明かしてみたり。 刺激によって元の人格が目覚めるとは聞いていたが、 何がきっかけかはゾンビィそれぞれだと言うのでとにかく思いつくことを片っ端からやってみていた。 それを、今のさくらたちは全く覚えていない。その気配さえ、ない。

    11 19/02/07(木)00:06:12 No.567577184

    「わたしは、もう充分に刺激を受けた。きっとそろそろ『私』が起きる頃だわ。  でも、その時『わたし』は?  わたしは、あの子たちが好きよ。本当に大好き。  この気持ちを、あの子達との思い出を失うと思うだけで―――わたしは、すごく怖い。  ……夜も眠れないほどにね」 「たえ……」 さくらも、愛たちも、生前の人格を取り戻す前には意識の断絶があった。 特に愛たちが覚・醒したのは、ファーストライブを終えて眠りにつき、次に目が覚めた朝のことだ。 それをたえは知っている。今までずっと見てきたのだから。 「あ、たとえわたしが消えてもあの子たちは目覚めた私をもう一度仲間に入れてくれるなんて、  そんなわかりきったこと言わないでよね。そういうこと心配してるんじゃないから」 「……わかっている」

    12 19/02/07(木)00:06:28 No.567577274

    ―――いずれ来る、自己の喪失。 それは普通の人間にとっての『死』と、いったい何が違うのか。 たえは苦笑混じりの溜め息をついて、立ち上がった。 「バカね。そこは無責任でも、大丈夫じゃーいって言ってくれないと」 たえは困ったような顔でくすくす笑いながら、幸太郎の頬に手を添えた。 「無茶苦茶なことを言ってると自覚した上で、全部サングラスで隠して押し通すのがあなたでしょう?  そんな顔をしていたら、本当にただの乾くんじゃない」 「……乾って呼ぶな」 幸太郎はその手を握り返すと、言った。 「何も心配することはない。たとえ元の人格が戻ったとしても、お前は何も失わん。  記憶も、絆も……なんかこう、いい感じで残るに決まっとる。  この俺が保証してやる。  お前らみたいなゾンビィは、俺を信じて能天気にアイドルやってりゃ何もかんも上手くいくんじゃい」

    13 19/02/07(木)00:06:50 No.567577393

    たえは嬉しそうに目尻を下げ、 「うん。全っ然、安心できない」 「うるへい」 「……でも、ありがとう」 浮いてきた涙のしずくを拭いた。 そしてふいに背伸びをして、 「―――――――――………」 「―――お礼よ。唇にするとあの子に悪いから、大人のキスはおあずけね」 いたずらっぽく笑って、どん、と幸太郎を突き飛ばした。 「……あ?」 「話せてよかったわ。幸太郎。これからも―――」 たたらを踏むも、ただでさえ屋根の上だ。崩れたバランスは戻らず、伸ばされた手は空を切る。 「私を、よろしく」 幸太郎は、落ちた。

    14 19/02/07(木)00:07:09 No.567577508

    「はっ!?」 そして、目を醒ました。 がば、と身を起こす。奇妙な浮遊感の残滓こそあれ、今まで見ていた夢の詳細は 差し込む陽の光によって淡雪のようにあっという間に溶けてゆく。 なんだかたえと屋上で話していた夢をみたような。そして屋根から突き落とされたような。 ……と。 そこで、自分のベッドに倒れ込むように寝息を立てているたえに気がついた。 「……寝とる」 いったいどういう経緯でここにいるのか。ただ、間違っても色っぽい意味ではないだろう。 手負いの獣がここで力尽きたといったほうが、限りなく正解に近いに違いない。

    15 19/02/07(木)00:07:36 [おしまい] No.567577641

    幸太郎はせっかく寝ているのだからこのまま寝かせておいてやろうかと少し迷ったが、 「……おい、起きろ。たえ。寝るなら自分の布団で寝んかい」 結局、肩を揺すって起こすことにした。 やがてその顔が一瞬しかめられ、ゆっくりと瞼が持ち上がる。 おっと、と思い幸太郎は慌ててサングラスをかけた。 その間に、たえは緩慢な動きで身を起こし、きょろきょろと辺りを見回している。 ……何か、決定的な予感がした。 やがてたえは幸太郎を姿を認めると、未だ夢の中にいるようにしばらくぼけっとこちらを見つめ、 そして、

    16 19/02/07(木)00:09:32 No.567578300

    ここで終わりか!

    17 19/02/07(木)00:11:19 No.567578843

    何っ!?終わり!?

    18 19/02/07(木)00:11:46 No.567578996

    書き込みをした人によって削除されました

    19 19/02/07(木)00:12:09 No.567579122

    ああ…よか…

    20 19/02/07(木)00:12:57 No.567579338

    よか… 終わりですか!?

    21 19/02/07(木)00:14:00 No.567579689

    わっちこれ好き! ところでさくらはん相当親バカ入っておりんせん?

    22 19/02/07(木)00:14:59 No.567579991

    あとはご想像にお任せしますパターンやーらしか!

    23 19/02/07(木)00:15:29 No.567580163

    良かったい

    24 19/02/07(木)00:16:06 No.567580390

    ここで火かき棒がトラウマになってる愛ちゃんを思い出そう

    25 19/02/07(木)00:17:20 No.567580775

    GAME OVERの可能性も…?

    26 19/02/07(木)00:17:55 No.567580934

    おーはようございまーす

    27 19/02/07(木)00:18:08 No.567580987

    目覚めた…?

    28 19/02/07(木)00:19:45 No.567581441

    おっはようございまーす!

    29 19/02/07(木)00:32:52 No.567584991

    ほう ほうほう 読ませるなぁ…面白かった

    30 19/02/07(木)00:33:53 No.567585243

    終わりかー!ってなるなった よか怪文書でした…

    31 19/02/07(木)00:40:22 No.567587089

    よか… あとたえちゃんのセリフ脳内再現余裕でした

    32 19/02/07(木)00:41:55 No.567587524

    とりあえずなんで覚・醒を推してくるんだ

    33 19/02/07(木)00:44:46 No.567588304

    たえちゃん!!続き見せんね!!!

    34 19/02/07(木)00:45:15 No.567588436

    思ったよりシリアスなお話であった こういうの好きだ

    35 19/02/07(木)00:46:21 No.567588722

    目を覚ませ

    36 19/02/07(木)00:46:32 No.567588761

    >とりあえずなんで覚・醒を推してくるんだ 記憶は失われても身体は覚えている そうだろう裕太

    37 19/02/07(木)00:48:38 No.567589279

    愛ちゃんも同じこと言っとったけん

    38 19/02/07(木)00:51:58 No.567590165

    この後どうなったかだけ教えなんし!!

    39 19/02/07(木)00:53:01 No.567590447

    たえちゃん…!

    40 19/02/07(木)00:54:39 No.567590890

    いやさくら姐さんこれははっきりさせないほうが美味しいやつだ

    41 19/02/07(木)00:58:14 No.567591734

    たえ先輩スレかと思ったらこれは…いいですね

    42 19/02/07(木)00:59:21 No.567591985

    ここからいつものたえ先輩に移行するのかもしれない