虹裏img歴史資料館

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19/02/05(火)20:24:16  深夜3... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1549365856060.jpg 19/02/05(火)20:24:16 No.567284147

 深夜3時。とうに寝なければ明日に支障が出るという時間は過ぎていたが、巽幸太郎は未だ自室で作業をしていた。 通常の業務に加え、来月行われる単独ライブの調整に、来週まで迫ったサガロックフェス―今度は招かれた側として出場する―へ向けての準備。 積りに積ったタスクを、新しく人を雇う事で何とかするという解決策は、残念ながら諸事情により許されない。その為に、自身の睡眠時間を犠牲にこなす。彼は、いざ自分の事となるとそういうやり方しか見出せない人間だった。 「…はあ」 望んでやっている事だが、流石に堪える。彼がつい大きくため息をついた所に、ふとコン、コンとドアがノックした音が部屋を訪れる。 「…誰じゃい」 深夜の来客に対し、巽はつい寝不足と焦燥の混じった雑な声色で返答をしてしまう。 自身の振る舞いも制御できないようならば、流石に寝た方が賢明だろうか。そう巽が考えていると、不意にがちゃっとドアが開かれ、部屋へと人が入ってきた。 「こんばんは、巽さん。紺野純子です」

1 19/02/05(火)20:24:43 No.567284281

入ってきた来客は、人ではなくゾンビだった。ツギハギだらけの屍が深夜に現れる、とだけ言えば、いかにも恐ろしい状況のように思える。 だが、可憐な少女そのものである微笑みと共に訪れ、茶目っ気たっぷりに態々フルネームを告げた彼女の様子は、ホスト側である巽よりもはるかに生き生きしていた。 こんな時間にそこまで日中と様子が変わらないという事自体が、彼女が生きる屍である事を肯定していると言えばそれまでなのだが。 「なんの用じゃいこんな時間に」 「ちょっと巽さんに聞きたい事がありまして」 「明日にしろ明日に。大体夜更かししてないではよ寝ろ」 しっし、と巽は手で追い返す動作を取るが、拒絶されても尚、純子は薄い笑みを浮かべたその表情を全く崩さない。

2 19/02/05(火)20:24:59 No.567284364

「巽さんこそ、こんな時間までお仕事してたら駄目じゃないですか。皆さんが見たら、きっと怒りますよ?巽さんの事皆心配しているんですから…私も含めて、ですよ?」 要求に答えなければ、告げ口をする。巽は、彼女が暗にそう言っていると受けとった。 適当に突っ返しても良いが、経験上こういう時の女と問答を続けてもあまり得にはならない。 そう思った巽は、渋々純子の申し出に乗る事にした。 「…質問には答えてやるから、こんな時間まで仕事している事はアイツらには黙っててくれ」 「ありがとうございます、巽さん。でも折角ですから、夜空を見ながら話をしませんか?今日はお月様が綺麗ですし」 「…何が折角かは分からんが、まあいいだろう」

3 19/02/05(火)20:25:20 No.567284454

「やっぱり綺麗ですね…都市部なのにこんなに星空が輝かしいなんて、佐賀はやっぱりいい所です」 ベランダに出た純子は、すぐに夜空を眺める。色眼鏡を付けたままの巽には分からない事だが、恐らくは今日も佐賀の夜空は綺麗なことだろう。 「何じゃい!佐賀が田舎だっちゅうんかい!」 「フフッ、そんなつもりはないですよ。巽さん」 どうにもペースを握られっぱなしでいる。そう思った巽だったが、取り返す術があまり見当たらなかった。 ゆうぎりにもそうであるように、何を言っても分かっていると言わんばかりに笑う女の振舞いが、巽は苦手だった。 「早く本題に入れ、純子。質問とは何だ」 「…巽さんは、せっかちさんですね?」 「こんな時間に連れ出されてカッカしない奴がおったら見てみたいわ!」 激昂する巽に目もくれず、純子は月をその目に写す。満ちきっている月の煌々とした光が、自分には少し眩しい。

4 19/02/05(火)20:25:52 No.567284625

「巽さん。お月様は、何だか生き物みたいですね。そうは思いませんか?」 「はいぃ?」 「満ちては欠けて、死んだらまたその子供が満ちて、欠ける。そうしたら、またその子供が。そうやって、命を紡いでいく」 「…月が欠けていくのは死んでいっているわけじゃないんだが」 「もう、そんなの分かってるに決まってるじゃないですか。例えですよ、例え」 苦笑しながらそう言った純子は、一度耳元の髪をかきあげる仕草を見せた後、夜空から巽の方に顔を向けて本題に入る。 「巽さん。私達は、死にますか?死ぬとしたら、どうしたら死にますか?」 そんな話を切り出しても尚、彼女は部屋を訪れた時の笑顔のままである。その姿がいやに儚げに見えるのは、彼女の心情を反映しているのか、はたまた彼の心情を反映しているのか。

5 19/02/05(火)20:26:13 No.567284717

「…ゾンビは人間より遥かに自己再生能力が強く、基本的には不老だ。よって死ににくいのは事実だが、死なないという事は無い。粉々になれば当然死ぬし、生きる意思を無くしたゾンビの回復力は弱まっていく」 「じゃあ、生きようと思えればどこまででも生きられるって事ですか?」 「…そうだな。数千年以上生きたゾンビもいる。逆に、生きる意味を見出せずに10年ともたなかったゾンビもいるがな」 「そうですか。良い事を聞けました…それじゃあ次の質問です」 つい、言うつもりの無かったゾンビの死について言及してしまった巽だったが、その甲斐無く、純子は次の質問、と再び切り出した。 「あーん?」 「私達は、子供を産めますか?」 紅い瞳が、巽を捉えて離さない。知る限りの事を話す義務が、自分にはあるのだろうか。 「……わからない。それが正直な所だ。ゾンビ同士の男女のつがいが生まれた記録も、ゾンビが生者のパートナーを作ったという記録も無い」 「つまり、私達は子供も残さずずうっと、こうして月の満ち欠けの繰り返しを心折れるまで眺め続けるんですね」 酷い話です。そうポツリと呟きながらも、純子は巽から目を離さない。

6 19/02/05(火)20:26:42 No.567284852

「…俺がお前らをゾンビとして蘇らせた事について、謝るつもりは全くない」 「謝って許されるべき事では無いから。そうですよね?…巽さんは本当に、優しい人です」 「違、」 「それで、私達を蘇らせた巽さんは、どうなさるおつもりですか?どう生きて、どう死にますか?」 純子はそう巽に問いかける。月明りに照らされた彼女の青白い顔が、顔を縦断するツギハギが、彼女がゾンビである事を否応なしに主張してくる。 「そんなもん、考えた事も無いわい」 「それは嘘です。こんなにも普段死と触れ合っている巽さんが、死について考えないわけがありません」 あるいは、自分の事は本当に頭には無いという人間かもしれない。何となく違うのではないかと思ってはいるが、仮にそうだとしても、こう言ってみて損は無い。純子はそう考えた。 「…やりたい事をやって、死ぬ。それだけだ」 「そうですか…私達と、ずっと一緒に歩んでくれるわけじゃないんですね」 「それは、出来ない」

7 19/02/05(火)20:27:07 No.567284979

フランシュシュのメンバー達がどれほど生きられるかは分からないが、自分の生きている内は彼女達が生きる意味を失うなどという事は絶対に起こさせないつもりである。 故に、人間の自分よりも早く死ぬという事は、まずないだろう。いずれはゾンビ達が各自で生きていけるようにしなければならない。 「…巽さん、もうすぐサガロックという事は、引きこもっていた私の部屋に巽さんが来てくれてから、もう1年が経つという事ですね」 「ん、まあ、そうだな」 「あれから1年。とても充実した1年でした。本当に、色々ありましたけど…巽さんと、皆さんのお陰です」 ありがとうございます、と頭を下げる。その所作は悠然としていて、美しい。 「感謝されるような事なぞ何もしとらんが、その気持ちがあるならさっさと寝てくれ」 「…フフッ。もうちょっと待ってくださいね…もう少しですから」 純子はそう言いながら顔を上げて、巽の目を見据える。打って変わって、その所作には少したどたどしさがあった。

8 19/02/05(火)20:27:33 No.567285095

「巽さん。私と…私達とずっと、ずっと一緒に歩んではくれませんか?」 「それは…」 巽が最後まで言葉を言う前に、純子が言葉を続ける。 「巽さんが人としての生を全うした後でいいんです。どうか、どうか一緒に来てください。私の一生のお願いです」 純子は、先ほどまで携えていた余裕を簡単に手放し、縋るようにそう言った。 男が簡単にあり得ないと返す道を、丁寧に丁寧に塞いだ上での哀願。だが、そこまでしても尚、彼女にとってこれは負け戦だった。 「…悪い、純子」 巽はそれだけ言うと、ばつが悪そうに純子から視線を逸らした。 「…ええ、分かっています。巽さんを動かせるとしたら、私じゃない。私が取るべき行動は、こうじゃない」 純子に対し、巽は言葉を返せない。当たっているわけではないが、外れているわけでもないから。 「こんなにも、愛しているのに」 「ンッ」 純子の唐突な放言に対し、巽の顔が引きつる。

9 19/02/05(火)20:27:55 No.567285185

「今更気付いたんですか?巽さんはにぶちんさんですね」 いつの間にやらすっかり元の微笑みに戻った純子は、そう言うと巽の方へと歩を進め、彼のパーソナルスペースに難なく侵入した。 「巽さん、振られた私から一つお願いです。手を握っても、いいですか?」 「あ、ああ…」 「ありがとうございます」 隙を突いて約束を取り付けた純子は、巽の右手を取ると、両の手で包むように握った。 冷たい。体温というべき物が皆無である事が、彼女が生者ではない事を強く実感させる。 「ごつごつしていて、暖かい。これが、巽さんの手なんですね…生きている人の、手です」 純子がしばしの間、愛おしげに手を握り続けるのを、巽は黙って見守っていた。 「…そろそろ、お日様が昇ってきちゃいますから、寝ましょうか」 まだ空が白んでくるのは少し先でしょうけど、と純子は言う。 「やっとか。今からじゃ仮眠しか取れんな…全く」 「この隙に愛さんとさくらさんがこれからやる仕事を片付けている筈ですから、しっかり寝ても大丈夫だと思いますよ?巽さんが寝てる間も、私達は仕事出来ますし」 「はあ!?」

10 19/02/05(火)20:28:11 No.567285254

「フフッ、私達にお仕事を教えたのは巽さんじゃないですか。俺がおらんでも困らんように、って…お仕事は覚えても、いなくなられたら困りますよ?」 「無理しちゃ、駄目です。生きてるんですから」 「…」 「ですから、もう寝ましょう。私、子守歌はこう見えて得意なんですよ?添い寝してさしあげます」 「いらんわい」 「そうですか。また、振られちゃいましたね。でも私は、巽さんの一番になる事を諦めたわけじゃないですから」 「いや、さっきから振られた、振られたと人聞きの悪い。そういうつもりで断ったわけじゃないんだが…」 「じゃあ、私にもチャンスがあるって事ですね?」 「お前アイドル!俺プロデューサー!最初からノーチャンス!」 「分かりました。それじゃあ寝室に連れて行ってあげますね、プロデューサーさん」 そう言って純子は、両の手で握っていた巽の右手を自身の左手とつないで、館の中へと歩き出す。 巽はそんな純子に対し、色々と言いたい事があったが、まあいいだろう、と取り敢えず不問にする事にした。 明日言っても、きっと遅くはない。 終わり

11 19/02/05(火)20:29:34 No.567285633

これは強かキノコ…

12 19/02/05(火)20:30:45 No.567286020

よかったい…

13 19/02/05(火)20:31:04 No.567286134

ちゃっかり手を繋いどる…

14 19/02/05(火)20:31:18 No.567286225

よか…

15 19/02/05(火)20:31:32 No.567286290

ずるかー!

16 19/02/05(火)20:31:33 No.567286297

お姉さんな純子ちゃんよか…

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