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19/02/03(日)21:11:50 No.566850041
「豪剛雄さんですね?お話があります」 とある日現れた胡散臭いその男は、張り付けたような笑みを浮かべていた。 どこかで見たことがあると、記憶を蘇らせようとしたその時、男は名刺を差し出した。 「私は巽幸太郎、フランシュシュのプロデューサーを務めている者です」 「あの時の。…その節は、大変ご迷惑を…」 「はは、何もあの時の事を蒸し返そうというわけではありません。貴方に受け取って欲しいものがありまして。お宅に伺わせていただいても?」 「ええ、よかですよ」 プロデューサーを名乗る男が、担当しているアイドルに迷惑をかけたファンに渡したいものがある。 どうにも納得のし難い話ではあったが、少なくとも素性の知れない人物ではなさそうだ。 6号へのお礼も改めて言いたかったことであるし、と彼を引き連れて自宅へ向かうことにしたのだった。
1 19/02/03(日)21:13:30 No.566850577
「豪さんに受け取って欲しいというものはこれです。少なくはありますが…」 席に着くなり、彼は持っていたアタッシュケースを開いた。 数百万はあるだろうか。いや、例えこれが小銭ほどの金額だとしても受け取るような事情はどこにもない。 「何の冗談とですか。こやん金、渡されるような事はしとらんでしょう」 「いやいや。この金は貴方が受け取るべき金だ。何せ、私が貴方の息子の死体を使って稼いだ金の一部ですから」 張り付けた笑みからこぼれる言葉に、困惑していた剛雄の思考は硬直した。 この男は一体、何を言っている? 「フランシュシュ6号は貴方の息子にあまりにもそっくりで、ライブの時の言葉はまるでその息子からの言葉のようだった……当然でしょう。本人なのですから」 私には死者をゾンビとして蘇らせる力がある。彼の言った言葉は、荒唐無稽で妄想だと一笑に付されるものだ。 …しかし、それは確かに心のどこかに引っかかっていた言葉ではあったのだ。 例え他人の空似であったとしても、あのライブでの出来事は奇跡というにはあまりにも有り得ない話だった。
2 19/02/03(日)21:15:10 No.566851066
「今やフランシュシュは誰もが稼いでくれていますが、貴方の息子は特に優秀だった。さすがに無償でこき使い続けるのにも、良心が咎めましてね」 ベラベラと喋り続ける男に、拳をきつく握りしめ、射抜くような視線をぶつけ―― ――よし。 と、幸太郎はやってくるであろう衝撃に心だけでも備えておいた。あの巨体から放たれる拳に体は耐えきれるかわからないが、まあやってみるしかない。 ……しかしいつまで経っても、予想していた衝撃は訪れなかった。 「……?」 「…そやん理由で、私に会いに来たわけじゃなかでしょう。本当の事ば話してくれんとですか」 「何のことですか。積んだ金が少ないという話でしたら」 「親バカの戯言と言われそうばってん、リリィは賢か子です。巽さんが本当にそやん人なら、あがん顔で笑ったりせんでしょう」 「天才子役は大したものだ、ということですよ。あれだけの演技を…」 「その演技を一番間近で見とったのは誰だと思うとります」
3 19/02/03(日)21:15:45 No.566851233
…ああ、そうだ。なのに何故この男は怒らないのだろう、と幸太郎には不思議だった。 それだけ大切な愛息の死体を蘇らせ、アイドルをさせているのだ。挑発するような物言いがなかろうが、怒りをぶつけるものではないのか。 「……息子さんが蘇らせられたことについて、何も感じないと言うんですか」 「もちろん、思う事はあります。ばってん、ゾンビでも何でも、またあの子ん笑顔が見られるだけで私には十分です」 その気持ちは、痛いほどよくわかった。 自分だって同じだ。自分の行いをいい事などとは欠片も思えない。 けれども、蘇った彼女の笑顔を見たとき。そこに微かな幸せを感じないかと言えばそれは嘘だった。 「…わかりました。本当の事を、お話します」 こう確信されていては、騙す方が困難だろう。作り笑いをやめ、全てを打ち明けることにした。 彼ならばきっと、わかってくれるだろうと信じて。 「私は、もうすぐ死ぬ…らしいです。医者によれば、仕事をやめて療養に全てを注ぎ込んだところで生存率は10%もないだろうと」
4 19/02/03(日)21:16:18 No.566851441
「私が死ぬことはどうでもいいんです。ただ、残されたゾンビィたちにアイドルを辞めさせるわけにはいかない。そこで、事情を理解してゾンビィを受け入れてくれそうな代わりのプロデューサーが必要だと考えました」 「それが私と」 「その通りです。…先ほどは失礼な物言いをして、大変申し訳ありませんでした」 悪いプロデューサーに騙されていた少女たちを、その家族が救う。 そしてそのプロデューサーは報いとばかりに死ぬ。大団円だ。 「豪さんには看破されてしまったので、そうした演技をしていただく必要もあるかと思います。…勝手なお願いだとは思いますが、どうか引き受けてもらえないでしょうか」 「リリィやその子たちがそやん事を信じると?」 「信じないかもしれないからこそ、豪さんにお願いするんです」 リリィも父が言うことであれば、ひょっとしたらと思うかもしれない。 騙されてくれなくても、父がこうして出てくることから何かを察してくれるかもしれない。 一人が信じれば、あとはどうにでもなる。そのはずだ。
5 19/02/03(日)21:16:44 No.566851567
「俺の死なんてつまらないことで、あいつらの足を止めたくないんです。お願いします」 「………巽さん」 しばらく黙った後、彼はさっきの演技の時よりもずっと強く、こちらを睨みつけた。 「どうして、リリィたちに巽さんの死と向き合わせてやらんとですか」 「いや、それは今言ったじゃないですか。あいつらのアイドルしての活動はこれからなんです。その時に」 「巽さんは、リリィたちから逃げとるだけじゃなかですか」 俺はフランシュシュの事を考えて。 そう言おうとした言葉が、断ち切られる。 「そやんなれば向き合わなくて済むから、自分が楽だから。都合よく逃げとるだけじゃなかですか」 「……」 「何の権利があって、親しか人との別れを悼む事すら許さんのですか」 何も言い返せなかった。 自分自身考えないようにしてきたこと、それがそのまま返って来たのだから。
6 19/02/03(日)21:17:27 No.566851783
「……死と向き合うことで、人はようやくその事を乗り越えられると私は思っとります。……まあ、リリィん時は数年掛かりましたが」 と、仏壇に優しげに目を向けた。 そこにはリリィともう一人の写真がある。 「巽さんはすごか人だと思います。私は乗り越えるのに精一杯で、死に逆らおうなんて考えもせんやった」 「…ガキだっただけですよ。納得できなかったんです」 「それでも、そやんおかげでここに救われた男がおります。例え巽さん自身が認めなくとも」 その言葉に、サングラスを直しながら俯いた。 せめて声だけは震えないようにしないと、格好がつかない。 「そう…ですか」 「リリィもきっと、そやん思っとるはずです。だから巽さん、そうやって自分を悪者にして逃げるのはやめんね。まあ年頃の子やけん、素直ではなかかもしれんばってん…」 「……。あいつら、俺の死と向き合って…ちゃんと乗り越えてくれるでしょうか」 「巽さんみたいに、逆らおうとすっかもしれん」
7 19/02/03(日)21:17:51 No.566851902
なるほどそれもありそうだ、と笑った。 何せ彼女らは死に、運命に逆らった結果そのものなのだから。 「フランシュシュに、伝えてきます。…その結果、新しいプロデューサーが必要になるかもしれません」 「そん時は、引き受けさせてもらいます」 「ええ、その時はまた」 ――それから、豪剛雄の元に巽幸太郎が訪れることはなかった。 彼は他のプロデューサー代理を見つけたのか。 ゾンビィとなってしまったのか。 それとも、彼とゾンビィたちで生存率10%を越えていったのか。それをもう知る由はないが…。 「豪さん、またフランシュシュ見とりますねー。推しはどん子です?」 「6号の笑顔が一番ばい」 「くはー!本当好きっすねー!」 この子がこれほどいい顔で笑っているのだ。 悪い方向になど転がっていないことだけは、強く確信できた。
8 19/02/03(日)21:18:35 [sage] No.566852110
おわり
9 19/02/03(日)21:18:41 No.566852143
よか…!
10 19/02/03(日)21:18:51 No.566852206
パピィ…!巽…!
11 19/02/03(日)21:20:00 No.566852581
ちょっと本当にいい怪文書で言葉にならない…
12 19/02/03(日)21:20:57 No.566852883
いい話だ
13 19/02/03(日)21:21:16 No.566852982
少なくとも巽という人物が人前には出なくなったか
14 19/02/03(日)21:22:59 No.566853581
巽はこういうこと言う
15 19/02/03(日)21:23:07 No.566853627
どっちも不器用な男だ… 泣かせやがって…
16 19/02/03(日)21:23:50 No.566853868
パピィの存在は巽にとって1つの救いだよね…
17 19/02/03(日)21:24:44 No.566854162
暴飲暴食しすぎたか
18 19/02/03(日)21:25:21 No.566854360
なんて…なんてモノを書いたんだ… 少し泣く
19 19/02/03(日)21:27:53 No.566855134
ゾンビ関係以外で巽の理解者がいるとすればパピィなんだろうなって そして本当にありそうな話ですごいというか
20 19/02/03(日)21:33:46 No.566857061
スゥーッ
21 19/02/03(日)21:34:45 No.566857356
この巽は普通に死にそう
22 19/02/03(日)21:42:35 No.566859932
パピィ強かねー
23 19/02/03(日)21:43:58 No.566860331
その後どうなったのかわからないってのが想像の余地があってよか
24 19/02/03(日)21:48:57 No.566862012
良いですありんスゥー
25 19/02/03(日)21:55:37 No.566864090
よか…
26 19/02/03(日)21:55:54 No.566864175
読んで思ったけどフランシュシュっていつまで活動するんだろう さすがに10年すれば成長してない事に気づかないファンもいないだろう
27 19/02/03(日)21:56:51 No.566864490
二期なんて何年先になるかわからないしここまで人気出たら明確な終わりは描かれないだろうから 「」にはもっとこういう話を書いてほしい
28 19/02/03(日)22:02:05 No.566865955
いきなりこういうのぶち込んで来られると心の準備スゥー
29 19/02/03(日)22:04:29 No.566866636
綺麗な締め方でがば好き…
30 19/02/03(日)22:08:00 No.566867758
こういうのも好き…
31 19/02/03(日)22:08:12 No.566867811
持っとるから巽が10%を無事乗り越えててもいいし ゾンビィ達が巽の死を乗り越えて新しいプロデューサーと頑張っててもいい
32 19/02/03(日)22:09:57 No.566868365
はぁー...幸太郎さん好き...パピィもかっこよか...