ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
19/01/21(月)00:08:51 No.563557999
オフ日の夕方。一仕事終えた幸太郎が赤く燃える雲を見ながらコーヒーを飲んでいると、新しい振り付けの練習をしているはずのさくらが飛び込んできた。 「レッスン終わったから自由行動です! お出かけしましょう!」 「駄目だ」 「なんで!?」 「なんでってお前、スキャンダルの種じゃろがい。あいつらにもどう言い訳する。買い出しするもんもないし、仕事でもない」 ばっさりやられてもさくらは食い下がる。 「幸太郎さんなら誰かに見られても問題ないみたいな顔にできるんじゃなかとですか?」 「できん」 「えっでも現にこうやって縫い目くっきり死相ばっちりな私たちも、ちゃんとアイドルできとるじゃないですか」 アイドルであることを差し引いても、大人と少女が連れ立ってデートしていてはそこそこ問題だ。見咎められたらろくなことにはならない。しかし、幸太郎の特殊メイク術なら年齢も顔も別人に偽装できるかもしれない。 「俺の技術はそういうために使うんじゃないということだ。こいつらなら佐賀を救えると見込んだ少女の顔を……俺の惚れた娘を偽るようなことにはな」
1 19/01/21(月)00:10:04 No.563558355
流し目とともにキメた幸太郎にさくらは一瞬顔を赤くしたが、引かずに立ち向かう。 「そ、そやんな可愛いこと言ってもダメです! 幸太郎さんは好きとか惚れたとか軽々しく言わないですもん、ごまかされんとですよ!? あっ後でもう一回言ってください」 「ちっ、騙されんか」 「絶対デート連れてってもらうまで引き下がらんっちゃもん。最近はあんまり二人きりになれんとだったから……」 フランシュシュの活動を優先する。 幸太郎の部屋の外ではプロデューサーとアイドルの立場を守る。 これが幸太郎の提示した交際の条件である。メンバーにバレないように気を使うと当然、二人きりになることは難しく、週に数日、一時間少々談笑するくらい。いい大人な幸太郎にはさておき、さくらには辛い日々であった。 束の間の沈黙。思いきって突撃してみたものの、無感情なサングラスの反射を見つめているうちに気持ちは沈んできた。 「ごめんなさい……」 立場を考えれば今の関係で十分以上に譲歩されているのだ、そう思った。 「そうまで言うなら仕方ない。支度しろ」 「えっ?」
2 19/01/21(月)00:11:35 No.563558862
◆◆◆ 「やはり、こうやって顔を合わせて打ち合わせできると捗りますね。本当にこんな遠方まで来ていただいて助かりました」 「こちらこそ」 数十分後。パンツスーツの女性を伴って幸太郎は部屋から出てきた。 玄関まで見送るかと思いきや、そのまま一緒に屋敷を出て行く。自由時間になっても出かけていない誰かが聞き耳を立てている可能性を考慮して、幸太郎はわざとらしくない程度に聞かせる。 「いえ、空港までお送りしましょう。今の時間、電車が少ないから車で行っても変わらない……」 扉が閉じて会話が断ち切られる。その後、門を開いてバンが出る音が続く。
3 19/01/21(月)00:11:50 No.563558956
廊下の陰から屋敷にいたゾンビィが数体顔を出した。 「なにかの業者さんでしょうか。鉢合わせなくてよかったですね」 「グラサンやけにグイグイ行くじゃねーか。アタシら以外だとあんなもんなのか?」 「あれ、さくらちゃんだよ」 「あー? いきなりなに言っとるんだ、ちんちく」 「たぶんだけどね。ロメロの鳴き声が知らない誰かじゃなくてリリィたちにするのと同じだったでしょ」 「リリィさん名探偵ですね?」 「いや、分からんばい。ええ? それを言うなら、愛と姐さんもおらんやろ」 「ごめん、ロメロの鳴き声は嘘。さくらちゃん最近そわそわしてたから近いうちにたつみと何かあるって予想しただけ」 「十分ですよ、それ。私気づきませんでした……」 「ヴぁう」 「ねー、ちょっとさみしいよね、たえちゃん。愛ちゃんたちと一緒にコンビニ行けばよかったね」 「油断できねえなこいつ」
4 19/01/21(月)00:12:15 No.563559085
◆◆◆ 幸太郎とさくらを乗せた車の行き先はさほど遠くない……半時間もかからない程度のドライブの行く先は、いつかの鏡山の展望台である。風が冷たい季節の日没後、展望台にはひとけがない。二人は車中に座ったまま会話している。 「買い出しじゃなかったとですね」 「どうせ出るなら、ちゃんとしたデートスポットくらい連れてってやるわい」 「デートスポットって知っとるんですね」 じゃあなんであの時連れて来たとですか、とつぶやく。 「もちろん知っとる。アイドルをプロデュースする以上、世情に疎いわけにはいかん。まあ、あのときのお前はどうにもならんくらい落ち込んどったから……雰囲気いい場所ならこう、気分上がるかと思ってな」 「全然それどころじゃなかったとですよ」 半分は嘘である。あの時はそれどころじゃなく落ち込んでいたのは事実で、そんな自分の痛々しさのせいでいまだに直視できない思い出であるが、あの時かけてくれた言葉は幸太郎をプロデューサー以上に意識するようになった大切なきっかけだ。プロデューサーにしてネクロマンサーである責任感か、あるいは罪悪感か。なんにせよ彼は今こうして隣にいてくれる。
5 19/01/21(月)00:14:42 No.563559845
闇にしずんでいく松原から視線をそらすと、サイドミラーに大人になった自分の姿が映った。 デートできたら不安も紛れるかと思ったのに。結局、普通にデートさえもできないのを思い知っただけだった。 自分が生きていたら、と思う。生きていたらスキャンダルだろうがなんだろうが気にせず隣の男に抱きついて、世間には適当に謝ってアイドル引退していたかもしれない。いや、そこまでボケた行動に突っ走らなくても、好きな人と結ばれるにはいろんな手段があったはずだ。 手元に視線を落とす。指を握りあわせても冷たさしかない手。 でも現実はこうしてゾンビィだ。恋しても迷っても、すべての結論は最初から決まっている。 この先には何もない。 幸太郎は横顔を眺めていたが、手を伸ばしてさくらの手を握った。 「優柔不断な男ですまない。プロデューサーの立場というなら、本当は嘘でもごっこでもお前と付き合ってる時点で今更なんだ。でも俺は佐賀を救いたいし、あいつらのことを邪険にもできんからこうなってしまう。本当は佐賀名所巡りでもしてやれたらいいが、そういうわけにも行かん」 あと、時間も金もない、とため息とともに付け加える。
6 19/01/21(月)00:15:03 No.563559947
「幸太郎さんはひどか彼氏です」 落ち着いてしゃべろうとしても、声の震えを止められなかった。 「とっくに人間失格じゃい。 だけど俺はお前を見捨てられん。あのときの俺はお前の告白を突っぱねることはできなかった。理で諭して諦めさせ、プロデューサーとして見守るのが誠実な態度だったのかもしれんが、俺にはできなかった。この先何があっても、仮にアイドルできなくなっても、お前がそうしていたいかぎりずっと付き合ってやるつもりだ」 「……本当にひどか彼氏です」 幸太郎は本当にずっと付き合ってくれるのだろう。永遠に結ばれることはなくても、恋を諦めさせてくれないのだろう。涙がこぼれる。とっさに抑えようとしたが右手は幸太郎の大きな手に握られていて、あふれる雫は嘘の顔を溶かしていく。 「好きです」 「ああ」 「好きなんです、幸太郎さんのことが。本当に」 「分かっとる」 その大きな手の暖かさが嬉しくて、しかしそれ以上に近づいて重なることができない事実が悲しくて、雫はこぼれ続けた。
7 19/01/21(月)00:17:36 No.563560719
切ないな…ずっと子供のままというのは
8 19/01/21(月)00:17:50 No.563560791
◆◆◆ 屋敷近くの路地に車を停め、幸太郎はさくらをメイクしなおそうとしていた。それぞれ別々に出かけていたていで時間差帰宅する策である。 パンツスーツを脱がせ、用意しておいた私服を着せる。髪につけた色味を落とし、涙でまだらになった顔を拭う。見知らぬ大人のさくらは消し去られた。 「落ち着いたか」 「……はい」 さくらは至近距離の幸太郎の顔をまじまじと見る。この人は私が泣いた理由を分かっとるんだろうか。 「なんじゃい、そんな睨みおって。いや、あの程度で埋め合わせにはならんとは分かっとるが、今日は時間もないことですし、次はもうちょっと努力するということで」 「いえ、もういいですから。はー、幸太郎さんは本当ひどか男ですよね! 鈍感だし! 泣かせるし!」 「鈍感だあ? そうまで言われたら、さすがの幸太郎さんも黙っとれん」 幸太郎はそういうとサングラスを外し、さくらの顎に手を添える。 いつかの目覚めの日のように、しかし遮るサングラスはなく、その目の色は真摯そのものだ。
9 19/01/21(月)00:18:40 No.563561029
「お前な、不安にさせた俺が悪いから黙ってたがな。言わせてもらえば将来を悲観してメソメソするとか俺の器と能力安くみつもってるってことだぞ。俺がひどか彼氏ならお前はひどか彼女じゃい。 ああん? お前の考えることくらい分かるに決まっとろうが。敏腕プロデューサーの巽幸太郎さんやぞ、今は無理でも、佐賀救ってお前らも願いなかってハッピーハッピーがやってくるに決まっとろうが」 それでも不安だと言うなら、少しは先払いしてやろうじゃないか、そう言ってさくらの顔をわずかに上向かせる。 だれかと交際したことないさくらだが、この状況を察せないわけはない。 「えっ? いきなり、そんな、だって私メイクもしとらん」 「俺が見込んだ……惚れた女にキスするのに、メイクなぞいるかい。嫌か?」 もちろん、嫌なわけがなかった。
10 19/01/21(月)00:19:05 No.563561180
「みなに隠れて食べるこんびにすいーつも乙なもんでありんすな」 「袋菓子ならともかく、ケーキとかは分けきれないしね……あれ、ゆうぎりさん、あそこ停まってるのうちのバンじゃない?」 「えっそうでありんしたか? ところでこのみるくれーぷめっちゃ美味しいでありんすよ」
11 19/01/21(月)00:19:47 No.563561403
以上です 昨日お題くれたわっちらありがとうね! >今度は恋人として虹の松原!!!! >目の色」 「手の大きさ」 「ヘアメイク」 >そりゃあ佐賀巡りでありんす >ちょっと大人っぽく見えるメイクしてのお忍びデートin佐賀でありんす >そこでもし生きていたらというのも想像させて切なくさせるでありんす でした
12 19/01/21(月)00:20:41 No.563561656
お題を華麗にこなす優秀なわっちでありんすなぁ…
13 19/01/21(月)00:20:53 No.563561737
お題消費してこの完成度って天才のわっちかよ…
14 19/01/21(月)00:21:04 No.563561794
あっ100点です
15 19/01/21(月)00:21:10 No.563561828
要望を出して100万点以上のものをもらえてわっちはもう悔いはないでありんスゥーッ
16 19/01/21(月)00:21:16 No.563561852
最高でありんした…
17 19/01/21(月)00:23:35 No.563562505
最後の最後は幸太郎はんが覚悟見せるの本当に大好きです
18 19/01/21(月)00:23:43 No.563562543
お二人のらぶわごんをわっちはただ知らぬふりで見守るでありんす…
19 19/01/21(月)00:25:00 No.563562888
これ抱きなんししていいやつでありんすな?
20 19/01/21(月)00:25:15 No.563562954
わっちこれ大好き(スゥ…
21 19/01/21(月)00:26:54 No.563563447
よか…
22 19/01/21(月)00:27:57 No.563563742
昨日の今日でここまで良いものをかけるとは
23 19/01/21(月)00:29:10 No.563564076
>これ抱きなんししていいやつでありんすな? わっち! すいーつ食べながらそっと見守りなんし…
24 19/01/21(月)00:30:27 No.563564484
ブラボー!! あと姐さん良い女!!
25 19/01/21(月)00:31:01 No.563564661
これめっちゃおいしいからめっちゃおいしいでありんす
26 19/01/21(月)00:33:12 No.563565370
たまには覚悟きまった幸太郎もいいね…
27 19/01/21(月)00:33:40 No.563565534
でも幸太郎はんの策わりとガバガバだよね
28 19/01/21(月)00:34:28 No.563565779
結果オーライだからよか!!
29 19/01/21(月)00:38:31 No.563567037
あっわっちの出したお題でありんす ありがたい…
30 19/01/21(月)00:39:02 No.563567203
幸さくはいつみても良いものでありんす すいーつの肴にぴったりでありんす
31 19/01/21(月)00:40:02 No.563567518
室内デートの人か 良いものをお書きになる…
32 19/01/21(月)00:42:56 No.563568449
幸さく読んでいい気持ちで寝る!こんな幸せがありんしょうか!
33 19/01/21(月)00:47:26 No.563569673
いいものをありがとうでありんす 花魁舞いますゆえ… ハァー抱きなんし!ハァー抱きなんし!
34 19/01/21(月)00:52:06 No.563570990
サンキュー姐さん! よか幸さくでした
35 19/01/21(月)00:58:18 No.563572776
幸さく読んだ時の胸が締め付けられるようでいてポカポカと幸せな何かに満ちてくる感覚好き