虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。新しいログはこちらにあります

19/01/18(金)22:42:29 その日... のスレッド詳細

削除依頼やバグ報告は メールフォーム にお願いします。個人情報、名誉毀損、侵害等については積極的に削除しますので、 メールフォーム より該当URLをご連絡いただけると助かります。

19/01/18(金)22:42:29 No.562979512

その日は夜中まで降っていた雨で一段と冬の寒さが厳しい日だった。 フランシュシュの面々は布団の片付け、身だしなみの確認などそれぞれが支度を行う中、 「みんなみんなみんなー!」 廊下からドタドタと騒がしい音を立てて、リリィが部屋に飛び込んできた。 「うるさいわよリリィ!廊下は静かに!」 「何じゃあ朝っぱらからせからしい!静かにせんかい!」 口々に文句を言いつつも、リリィの声に皆が集まってくる。 「リリィちゃん!どげんしたと?」 「これ…!」 リリィが胸の前で何かを包むようにしていた手を開くと、ちょこんと乗った小鳥が彼女達を見上げていた。

1 19/01/18(金)22:43:13 No.562979783

その姿を見た途端、寝室は黄色い声で満たされた。 「スズメじゃない!こうして近くで見ると可愛いわね!」 「可愛いですね…!まだ若い雀でしょうか?」 「玄関の前にいたの。羽をケガして飛べないみたい」 「鳶にでも襲われたんでありんしょう。逃げ切ったとは運のいい子でありんすね」 「ロメロにも食われんで良かったっちゃねえ。たえちゃんも食べたらいかんよ?」 「ヴァウ」 「でもどうするのこの子?世話できる物なんて何もないわよ」 「…」 愛の言う通りである。カゴや餌などあるはずも無く、小鳥のためにすぐに用意できるものは非常に少ない。 とりあえず、小鳥をタオルで包んで暖房が程よく当たる位置に置いてやった。 鳥類はとにかく暖めた方がいいと聞きました、とは純子の意見である。 これ以上は、幸太郎に頼んで物品を調達するしかない。 「リリィお願いしてくるよ、拾ったのリリィだもん。みんなはこの子見ててね!」 説得に立候補したリリィは小走りで幸太郎の部屋へ向かう。念の為、とっておきをポケットに忍ばせて。

2 19/01/18(金)22:44:16 No.562980091

「―という訳なんだけど、しばらく飼っちゃダメ?」 「ダメに決まっとるじゃろがい」 フランシュシュのプロデューサーは、リリィが全力で可愛さを振りまいたお願いをあっさりと切り捨てた。 「たつみのケチ!ケガが治るまででいいからー!」 「野生の鳥を捕まえて飼うのは法律違反じゃい。犯罪の片棒など担ぐ気はないわい」 「それたつみが言うー?」 「…野鳥がケガしていても手を出すもんじゃない。それが野生ってもんじゃい」 「たつみーそんな正論ばっかり振りかざしてるとモテないよー?」 「ええーいやかましい!見て判らんか!幸太郎さんは仕事中じゃい!」 リリィの煽りに負けず、幸太郎はコレで話は終わりだ、とばかりにパソコンの作業に戻る。 ―説得は難しいかなと思ってたけど、予想通りだなあ。 ―しょうがない、コレはもっと温存しておきたかったんだけど… 「…ストレス性胃腸炎の疑いあり。可能な限り休養を取り安静にする事」 「ん゛」

3 19/01/18(金)22:45:01 No.562980324

その一文に聞き覚えのある幸太郎はリリィに視線を戻す。 見ると、リリィはくしゃくしゃになった紙を持っていた。 「たつみー、お医者さんの言うことは守らないとダメだよー?」 リリィはその紙をヒラヒラさせ、イタズラな笑みを浮かべる。 それは先日体調不良で病院にかかったときの診断書。自室で捨てたはずの物がリリィの手にあるという事実に、幸太郎の背筋に冷たいものが流れる。 「お前それ…何処で…」 「え?ひみつー☆ でもたつみがリリィのお願い聞いてくれないと、コレが他の人に知られちゃうかもー」 「12歳で強請りなんぞするするんじゃないこの腹黒ゾンビィー!車出すからちょっと待っとれ!」 「やったあ!たつみ大好きー!…それはそれとして休むときはちゃんと休んでね?」 「…善処するんじゃい」

4 19/01/18(金)22:45:49 No.562980536

名前は「ココ」に決まった。 皆が思い思いの名前を挙げる中、サキがリーダー権限を振りかざしてまで押し通したのだ。 由来は聞くまでも無い。スズメにニワトリの名前を付けるのか、と誰もが思ったが、サキの妙なテンションの高さに口にする事はできなかった。 そんな洋館の新しい居候はたちまち皆の人気者となった。 ココを保護して数日経ち、カゴの生活に慣れたのか止まり木の間をジャンプして回るなど、愛らしい動きを見せるようになってきた。 レッスン時もカゴごと一緒に移動する。ちょっとした仕草に周囲からかわいいかわいいと声が上がる。 ココはフランシュシュにそれまで以上の笑顔をもたらしていた。

5 19/01/18(金)22:46:22 No.562980701

雲一つ無い青空が広がり、冬にしては暖かく過ごしやすい日の朝。 彼女たちはカゴの周りを囲んでいた。近頃はすっかりおなじみの光景だった。 皆の視線の先にはココがいた。これも同じ。 つまりは、特に変わりの無い一日の始まりだった。 …ただ1つ、ココが死んでいる点を除いて。 一番に起きたリリィが既に冷え切っていたココを見つけ、皆を起こして現在に至る。 その場の全員がショックを隠せない。だがそれ以上に、悲痛な表情のリリィに声をかけることができない。 「そんな…夜までは元気だったのに…」 「な、何がいけなかったんでしょう…?」 「ココ…」 悲しみや戸惑いの言葉が交わされる中、リリィはその名前をうわ言のように呟くばかりであった。

6 19/01/18(金)22:47:00 No.562980878

「お前らレッスンの時間なのに何しとんじゃいこの寝ぼすけゾンビィー!」 寝室の扉を開け放ち、怒れる幸太郎が押し入ってきた。 時間の経過に気づかない程、彼女達のショックは大きかったのだ。 「何じゃい!起きとるならさっさとレッスン場に…」 鳥かごを囲む彼女らを見て、幸太郎も事情を察する。 それまでの雰囲気を瞬時に消し去り、落ち着いた声で語る。 「鳥は自分の体調不良を隠そうとする動物だ。そうじゃないと野生で生きていけないからな。 だから死ぬ間際まで俺たちは気づくことができない。そういう生き物だ」 誰かの責任ではない。幸太郎としては、彼女らが少しも納得できればと思っての言葉だった。 しかし、彼女らは未成年の少女たちである。正論や道理で悲しみを受け入れるには若すぎた。 全員の沈黙が、それを物語っているようであった。 ―この子らを納得させるには、少々言葉がきついでありんすよ。 唯一幸太郎の心中を理解したゆうぎりは、わずかな非難を込めて幸太郎へ視線を向ける。

7 19/01/18(金)22:47:37 No.562981057

「なあグラサン!コイツ…」 サキが幸太郎へ懇願するような声と共に顔を向ける。しかし、幸太郎と目線が合うなり、そこで言葉が止まってしまった。幸太郎の無言の圧力が、サキにその言葉の先を言わせまいとしているように。 しばしの沈黙の後、ふいっと目線を逸らし、まるで罪を咎められた子供の様なバツの悪そうな顔で零した。 「……悪い、何でもねえ」 「そうか」 そんなサキの様子を見た幸太郎はその一言だけを発し、部屋を後にしていった。 幸太郎の足音が遠ざかっていく。完全に聞こえなくなった後、部屋には再び重い沈黙の空気が降りてくる。 「埋めてあげよう?リリィちゃん」 「……うん」 さくらも、そう言ってやるのが精一杯だった。

8 19/01/18(金)22:47:54 No.562981134

埋めてやる場所を決めるまでの間、リリィはココを手の中に抱えたまま歩き回っていた。 見かねたサキが一旦置いてやれと言ったものの、首を振るばかりで聞く耳を持たなかった。 そんなリリィが後で空っぽの鳥かごを見ることがないよう、愛と純子に頼んでこっそり片付けて貰った。 場所は裏庭の海に近い所に決めた。 風の良く通るその場所はきっと鳥に似合う、はずだ。サキはそうだと信じたかった。 手ごろな石を墓標の代わりに立て、皆で手を合わせる。 ―死んだらこうして動かなくなる。何の反応もできなくなる。何を今更、当たり前の事だ。 ―なのに、アタシ達は死んでいるのにこうして考え、動き、感じている。 自分達の前を通り過ぎていった命。希薄になっていた死という概念が、サキのみならず、その場の全員の心に重くのしかかってくる。 「私達って…何なんでしょうね…」 サキの心中を代弁するような純子の呟きは誰の返答もなく、風に乗って何処かへ消えていった。 その日のレッスンはリリィの動きが皆と全く合わずとても練習にならなかったが、誰かがそれを咎める事はなかった。途中で様子を見に来た幸太郎でさえも。

9 19/01/18(金)22:48:26 No.562981284

…とても眠れる気がしない。リリィの姿は真夜中のベランダにあった。 手すりから少し身を乗り出し、墓がある方を見やる。 裏庭は真っ暗で、墓の場所はよくわからない。 心の中の悲しみが抑えられず両の目から溢れそうになった時、寝室とのドアがキィと鳴る。 「…よう」 声の主は、サキだった。

10 19/01/18(金)22:49:06 No.562981466

リリィは最初こそサキの方を向いたものの、黙って顔を海へと向ける。 サキはリリィから2、3歩離れた距離の手すりに半身を預けた。顔はリリィと同じくの方角へ。 そうして沈黙がしばらく流れた後、サキが口を開く。 「すまねえ」「…サキちゃん?」 サキが口にしたのは予想外の謝罪。その意図がわからず、思わず顔がサキのほうに向く。 「アタシ、あん時グラサンに頼もうとしたんだ。ココをゾンビィにできねえのかって。 でもよ…思っちまったんだ。ココをゾンビィにして、責任取れるのかってな」 サキの表情に悔しさが滲む。 「未だにゾンビィってのが何なのかもわからん。そんなモンが何か問題を起こしたら、アタシはどうすればいいのかいっちょん見当もつかん。もし飛んで逃げちまったら、大騒ぎになる。きっと取り返しのつかない事になるとやろ。そう思ったら…アタシは何も言えんかった」 握りこぶしを作り、手すりに叩きつける。 「畜生…情けなか。アタシには…たまごっちがお似合いって事ばい」 「サキちゃんが…謝ることなんてないよ」 ぽつりとリリィが言葉を返す。

11 19/01/18(金)22:50:15 No.562981775

「…リリィ、ココに何もできなかった。たつみはああ言ってくれたけど…もっと早く気づけてたら」 「なあ、チンチク」 リリィの言葉を強引に遮り、サキが諭すようにゆっくりと話す。 「死んじまった奴にできる事は少ねえ」 リリィの体が僅かに強張る。 「だがよ。全く無い、って訳でもねえ」 「墓を立ててやるのもそうだが、もっと重要なのは忘れないでいる事だ。 もういない、じゃねえ。一緒にいた、って事を覚えててやるんだ。たとえ数日の仲でもな」 「!…」 「アタシらが忘れなきゃアイツはいつまで…も?」 ふと気づくと、俯いたままのリリィがサキの眼前まで歩いてきていた。 どうした、の一言よりも早く、 「お」 そのままサキに抱きつく。

12 19/01/18(金)22:50:38 No.562981884

「お前、何ばしよっつ…」 言い切る前に気づいた。自分の背中の服を強く握り締めたリリィの体が、震えている事に。 …深夜は波音の他は何も聞こえない。そういうものだ。だからサキもそれ以外の音を聞くことはない。 リリィを小突こうと握った手を開き、その頭を撫でてやる。 サキは水平線の彼方の船に視線を向け、それをただ眺めていた。波音だけを聞きながら。 …そんな2人の様子を寝室から窓越しに伺っていた4人は、顔を見合わせると安心したように笑顔を作り、それぞれの布団へと戻っていった。

13 19/01/18(金)22:51:19 No.562982084

どれくらいの時間が経っただろうか。リリィがサキから体を離した。 「落ち着いたか、チンチク」 顔を両手で拭いながら、小さく頷く。まだ俯いたままで、その顔は見えない。 「そっか」何でもない、という風に敢えて素っ気無い返答を返す。 「にしても、あいつマジ気合入っとるよな」「え?」 リリィが顔を上げる。その顔に走る幾筋もの跡を、サキは見ないことにした。 「グラサンだよ。ゾンビィを7人と1匹も抱えとるとぞ、並大抵の気合じゃとても無理ばい」 やれやれ、といった風なジェスチャーを交えて、サキは言葉を続ける。 「アタシらはアイツの事をなーんも知らん。でもよ…アイツにゃ感謝しなきゃいかんよな。アイツのおかげで、アタシらは死んだのに終わりにならなかったんだからよ」 …柄にもない事を言っただろうか。少し恥ずかしい。チンチクに気取られなければ良いが。 「サキちゃん」 「あん?」 「リリィ、明日からまた頑張るよ。ありがとう。…おやすみ」 「ヘッ、そうかい。…寝坊すんじゃねえぞ」

14 19/01/18(金)22:51:37 No.562982174

リリィが寝室に戻ったのを見送った後、ふと自分のパジャマを見やる。先ほどリリィの顔があった位置には、濡れた部分が染みのように広がっている。アイツ人の服で大泣きしていきやがって。 「―」思わずいつもの口癖が出そうになり、あわてて飲み込む。今日ばかりは、口にしちゃいけんよな。 ―アタシはリーダーだ。メンバーのケアはアタシの役目だと思っている。 ―涙はこうして吸い取って乾かせばいい。アイツの悲しみを、アタシは吸い取ってやれただろうか。 ―もっと頼れるリーダーにならんと、いかんばい。 墓のある方へ一瞬だけ視線を向け、サキはベランダを後にした。

15 19/01/18(金)22:51:51 No.562982248

リリィには朝の日課がある。 裏庭にある小さな墓に手を合わせ、その日最初の笑顔を作る事である。そして心の中で告げるのだ。 今日も覚えてるよ、だから明日も忘れないよ…と。

16 19/01/18(金)22:52:22 [sage] No.562982399

サキリリは良い姉弟であってほしいと思って書きんした 他メンバーも時々墓参りしているので安心して欲しいでありんす

17 19/01/18(金)22:52:51 No.562982528

命ってそういうもんだよなぁ…としみじみ感じたでありんす…

18 19/01/18(金)22:52:56 No.562982555

よか…がばいよか話…

19 19/01/18(金)22:53:55 No.562982818

よか…

20 19/01/18(金)22:55:14 No.562983188

これは良い正統派怪文書

21 19/01/18(金)22:59:40 No.562984419

そうそうこういうのでいいんだよこういうので…

22 19/01/18(金)23:00:15 No.562984607

しんみりとしてしまうよかお話でした…

23 19/01/18(金)23:02:54 No.562985449

こういう話好きだよ

24 19/01/18(金)23:04:01 No.562985809

これって前投稿したやつの改良版? それもよかけどこれもよかね…

25 19/01/18(金)23:08:17 No.562987247

よか…

26 19/01/18(金)23:09:49 [sage] No.562987776

>これって前投稿したやつの改良版? これが初めての投稿でありんすよ もしネタ被りしてたら申し訳ないでありんす…

27 19/01/18(金)23:13:19 No.562988948

頼れる兄貴すぎる…

28 19/01/18(金)23:15:00 No.562989458

ガキの頃に全く同じ経験した人って結構いるんかな…

29 19/01/18(金)23:17:20 No.562990185

泣くわこんなん…

30 19/01/18(金)23:20:33 No.562991243

拾った小鳥ってほんとすぐ死ぬよね…切ない

31 19/01/18(金)23:20:52 No.562991365

ながっ…

32 19/01/18(金)23:32:45 No.562995145

誰しも身近な生き物の死を通して成長するんでありんすなぁ…

33 19/01/18(金)23:37:23 No.562996394

ロメロも空気を読んだか・・・

34 19/01/18(金)23:37:55 No.562996550

よか・・・

↑Top