19/01/02(水)12:00:58 漆黒の... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1546398058564.png 19/01/02(水)12:00:58 No.558991057
漆黒の闇の中に仄かな光が踊る。私はこの情景が好きだった。 太陽の光とも違う、炎の光とも違う、儚き陽炎。寄り集まらなければ生きて行けぬ火垂るたちが見せる、小さな奇跡。寄り集まらなければ生きていけぬ弱い存在なのに、その癖短い人生の中で激しく燃え盛る。その輝きに魅せられ恋焦がれても、瞬きの間にその輝きを失ってしまう。だからこそ愛おしい。だからこそ忘れられぬのだ。 四半刻ほどその情景を見つめ続けて、私は溜息を吐いた。思案し続けてももはや無駄であるということは分かっているのだ。彼はもう戻らない。失ったものは還らない。二度と。 彼と過ごした日々はまさに砂上の楼閣であった。それでも、その砂の一粒一粒を掬い上げてこのように感傷に浸ることは出来るのだ。
1 19/01/02(水)12:01:29 No.558991151
彼を想って涙を流すことを、私は自分にとっての禁忌としていた。 涙を流すことで彼が喜ぶのならばいくらでも泣き叫んだかもしれない。しかし、彼はそれを望まなかった。最後までその不敵な笑顔を崩すことなく逝った。 だからきっと、涙を流すことは彼の望むところではないのだ。 それに、私が涙を嫌うのには、他の理由もあった。 涙が全てを押し流してしまうような気がしていたのだ。彼との思い出も私の想いも。 果たしてその予感は正しかった。彼の死を悼んで涙を流した者たちは、彼のことを忘れていった。十年、二十年、三十年。六十年経つ頃には、もう誰も彼女のことを覚えてはいなかった。きっと涙とともに思い出すらも流れ出てしまったのだ。もはや、彼のことを覚えているのは、私一人だけになっていた。
2 19/01/02(水)12:02:05 No.558991268
彼と生前住んでいた洋館に向かった。街の片隅にある古く薄暗い館。悠久の時を刻み、しかしまるで時の流れに取り残されたかのような、不思議な雰囲気を持つ小屋。 彼はただの人間だった。なにも持たぬ、なにも知らぬ、ただの。 彼はただひとつの想いを抱いて、生者の定法すらも飛び越え、七人の死者を蘇らせた。その狂気とも言える執念の証は、この小屋には残っていないが――。 彼が死して百年以上の時を経ても、この館は辛うじて元の形を留めていた。 しかし、もはや彼が生きた証は、この館と私の記憶の中と、そして電子の海にしか残っていなかった。時がすべてを押し流してしまった。心も、記憶も、執着も、なにもかも。
3 19/01/02(水)12:02:52 No.558991372
戸口を開けて館の中に入る。生前騒がしさと暖かさに溢れていた館は、ただ冷たい静寂に包まれていた。 目を閉じれば、またあの喧騒が訪れるような気がする。彼女が、彼が、ひょっこりと顔を出してくれるような気がする。そんな想いを…いつから抱え続けてきただろう。 目を開ければ、やはりここにあるのは、無慈悲で冷たい静寂だけだった。
4 19/01/02(水)12:03:18 No.558991460
白い息を吐いた。初夏に差し掛かる時期でありながら、この小屋はある意味では不気味な、またある意味では安心できるような冷気に包まれていた。 多少肌寒さを感じる程度の気温は、私に対しては安心を与えていた。 ここにいる間は、彼を忘れてしまう恐怖から逃れることができたから。この世界の何処よりも、彼を感じることができるから。だから、私はこの館が好きだった。彼の名前を呼んでも、返事は帰ってこないけれど。 それでもここには、彼と過ごした日々の残滓が残っていた。ほんの少しだけでも、彼の傍にいられるような気がして。 ここならば、目を瞑るだけで思い出すことができた。彼の仕草、表情、声。その全てを。決して鮮明などではなく、途切れ途切れだけれど。それでもよかった。
5 19/01/02(水)12:03:41 No.558991535
先程までいた部屋を抜けて、先へ進む。そこは、彼の部屋。ボロボロのベッド。崩れ落ちたパソコン。皹の入ったテーブル。薄汚れた部屋。そんな、薄汚く、みすぼらしくて、何よりも大切な想い出の詰まった部屋。 私は椅子に座り込んで、テーブルを撫でる。ざらざらとした感触が心地よい。浸み込んだインクの染みが、何よりも彼の姿を感じさせてくれる。私はこの場所が一番好きだった。 彼が長い時を過ごした空間で、ただ意味もなく佇むのが、今の私の安らぎだった。そうすることで、彼を忘れずに居られたから。そうしなければ、彼を忘れてしまっていただろうから。 意味もなく椅子に座り、ノートをめくる。彼が私達について記したノート。この仕草も、これまでに何千回とやって来たことだ。 もはや私は、このノートの内容を暗唱すらできるようになっていた。それでも、ノートを開く。何度何度も繰り返した意味のない行為。けれども、それによって私は安心を感じることが出来たから。
6 19/01/02(水)12:04:11 No.558991621
しかし、ノートを読み進めていくうちに、全て知り尽くしているはずのノートの中に見慣れぬ一文があるのを見つけた。見つけてしまった。それは、ノートの最後のページに在った。ただただ残酷に。 『我が百二十年来の伴侶へ。――ありがとう、すまない。もう、休め』 私はただ、その一文を見つけただけだった。しかしそれは、あまりにも唐突に私を襲った。
7 19/01/02(水)12:05:00 No.558991774
彼の死以来決して流すまいとしていた涙が零れそうになった。私は理性を総動員して押しとどめようとした。 しかし、理性に心がついていかない。耐えて、耐えて、溜りに溜まった涙は、ついに瞳から溢れだした。 止まらない。どれだけ拭っても、目を瞑って耐えようとしても、その涙は止まらなかった。まるで百二十年間の過去を清算するように、涙は流れ続けた。 その涙とともにすべてが溢れ出していく。彼の思い出、仕草、表情、声、共に幾千の日々。なにもかもが流れていく。なぜ。どうして。私は彼を忘れなければならないのか。私は涙を流し続けた。 泣けども泣けども、流れ出す雫は留まるところを知らなかった。私の涙、記憶、その最後の一滴が流れ落ちる時には、私の中に、彼の姿はなかった。
8 19/01/02(水)12:05:42 No.558991907
私は泣いていた。もう涙は流れないけれど、確かに泣いていた。いったい自分はなにが哀しくて泣いているのか、それすらも理解できぬままに。 ただ、大事な何かを忘れてしまったのだと思った。だから泣いた。もう涙は流れないけれど、それが『大事な何か』に対して自分ができる唯一のことであると、頭ではなく心で理解したから。 泣いて、泣いて、泣き続けて。やっと泣き終えて、古ぼけた館から出ていくとき、私は妙な感じがして振り返った。名前も知らぬ、けれど確かにここにいた誰かが、自分に語りかけてきた気がして。 『さよなら』 流し尽くしたはずの涙が、瞳から零れ落ちた。
9 19/01/02(水)12:06:04 [sage] No.558991981
終わりじゃい!
10 19/01/02(水)12:06:59 No.558992132
たつみー…
11 19/01/02(水)12:07:18 No.558992185
120年か…
12 19/01/02(水)12:08:17 No.558992350
誰かは想像にお任せしてもいいのかい
13 19/01/02(水)12:10:40 No.558992786
いつかは訪れるであろう時…
14 19/01/02(水)12:10:55 [sage] No.558992828
>誰かは想像にお任せしてもいいのかい うむ
15 19/01/02(水)12:13:05 No.558993238
死人に縛られた人間の末路なんてロクなもんじゃないしな…忘れられるなら忘れた方がいいのかもしれない…
16 19/01/02(水)12:13:43 No.558993350
もう死んでますけどね。。
17 19/01/02(水)12:17:20 No.558993994
おつらい…おつらい…
18 19/01/02(水)12:18:17 No.558994191
『彼女』以外はどうしてるのかとか妄想が膨らむよね
19 19/01/02(水)12:18:36 No.558994252
生き返らせなかった世界線か…
20 19/01/02(水)12:19:51 No.558994450
つち、つち…
21 19/01/02(水)12:21:34 No.558994768
人間のネクロマンサーと不死のゾンビのこういう関係よかですよね…
22 19/01/02(水)12:22:03 No.558994855
よか…
23 19/01/02(水)12:25:53 No.558995616
この後この子はどうするんだ…
24 19/01/02(水)12:26:18 No.558995708
徐福かもしれないよね…
25 19/01/02(水)12:28:00 No.558996080
この題材の限り死別は避けられないからなあ
26 19/01/02(水)12:28:11 No.558996120
スレ画からロメロ怪文書だと思ってたら真面目なやつだった…
27 19/01/02(水)12:28:58 No.558996303
生者が死んで死者が遺される…
28 19/01/02(水)12:34:27 No.558997431
こういうの好き
29 19/01/02(水)12:35:43 No.558997708
勝手に蘇らせた上に自分に縛り付けるとかエゴもいいところだからね… ちゃんと忘れてもらうね…
30 19/01/02(水)12:37:09 No.558997986
>勝手に蘇らせた上に自分に縛り付けるとかエゴもいいところだからね… >ちゃんと忘れてもらうね… おまえーーーーっ