19/01/01(火)02:54:09 第二話... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1546278849294.jpg 19/01/01(火)02:54:09 No.558687263
第二話 『焦心苦慮のカプリチオSAGA』 「さくらはん、僅か上を向いて顎をあげてくれなんし」 「はい…こうでいいですか?」 源さくらはゆうぎりの指示通り上を向き、朝日の差し込む洋館の天井を見る。 古びたボロボロの天井はいつ見ても崩落という2文字を脳裏によぎらせるが、今日はそこまで思考に余裕を持っていない。
1 19/01/01(火)02:54:22 No.558687298
なぜなら、我らがアイドルグループ「フランシュシュ」のプロデューサーが倒れ、これからその看病や対策でみんなそれぞれの仕事をしなければならないからだ。 …今朝の0時過ぎ、深夜も更ける時間に返ってきた巽幸太郎が高熱により玄関先で倒れて、慌ててメンバー全員で介抱した。 その後、救急車を呼ぼうかと議論にもなったが。彼が「持っている」ことを信じ、事を大きくしないことを私たちは選択して、みんなで看病をすることになった。 みんな、一睡もしないでこれからのことを話し合って、未だに意識の戻らぬ巽幸太郎のために何ができるかを考えた。
2 19/01/01(火)02:54:42 No.558687352
まず全員が最初に考えたのは彼の体調の事。 丑三つ時から明け方にかけて、皆が彼にできたことは水差しで水分を取らせてあげることと、作った暖かい野菜スープを流し込むことと、汗を拭いてあげること。 そして、額に置いた冷やしたタオルがすぐに熱を持つのを替えてあげること。 ……それだけしかできなかった。 薬を飲ませようにも、あろうことか巽幸太郎の自室のどこを探しても常備薬を見つけることはできなかった。 探し方が足りなかったのかもしれないが…もしかすると、準備すらしていないのかもしれない。
3 19/01/01(火)02:54:53 No.558687380
彼女たちゾンビィは体調不良にはならない。特に、ウイルスによる罹患の風邪などは、そもそも血液が流れていない、生命活動をしていない存在には無縁のものだろう。 だからと言って薬を準備せず、生きている自分の身を案じることもないのは、私たちにとっては不満の種だ。 みんながみんな、どれだけ巽幸太郎のことを心配していることだろうか。
4 19/01/01(火)02:55:07 No.558687416
源さくらはため息をつきつつも、薬や飲み物、食料の買い出しを提案した。 風邪の時と言えば、やはり栄養をしっかり補給したうえで、水分を大量に摂取し、汗をかくことが一番である。 買い出しをしなければならないことにはその場にいる全員が賛同したが、しかし改めて問題が何点か挙がった。 1つは、巽幸太郎が倒れたため、車などの交通手段がないこと。 1つは、巽幸太郎を看護する必要があるため、全員で買い出しに行くことはできないこと。 1つは、そもそも買い物をするためのお金を誰も持っていないこと。
5 19/01/01(火)02:55:19 No.558687449
…そして、一番の問題は。 ゾンビィフェイスを隠すための特殊メイクを施すのが、巽幸太郎にしかできないこと。
6 19/01/01(火)02:55:33 No.558687478
最初に挙げた問題については、リーダーである二階堂サキが、 「…アタシに考えがある。任せてもろうてよか」 と若干の逡巡を含んだ、しかし確かな自信がある案を示す。 その内容を聞いて、メンバーたちはリーダーに一任することにした。 水野愛は、その内容について若干の危惧を持ったが、救急車を呼ぶなりするよりはマシであり、かつ巽幸太郎を救うという目的のためには無視できる程度の些事だったため、小言は述べたが最終的には首を縦に振った。
7 19/01/01(火)02:55:49 No.558687518
続く2番目の問題については、買い出し班を決めることで話がついた。 星川リリィは非力であること、街中を歩いて一番感づかれやすいであろう近代の人間であること、同性であることもあり、看病役を買って出た。 山田たえも、買い出しには加わらずに巽幸太郎の看病を手伝ってもらうことに、本人に了解を取ったうえで決定した。 そして、水野愛と紺野純子は、二人で目配せをしながら、 「…朝になったら急いでやらなきゃいけないことがある。私は買い出し班には参加できない」 「…です、ね。私も愛さんと一緒に残ります。皆さんに買い出しはお任せ致します」 と申し出た。
8 19/01/01(火)02:56:04 No.558687565
やらなければいけないこと、の内容について、水野愛の口から説明された一同は、その内容について議論した。 それを私たちの一存で決定してもいいのか。 巽幸太郎の判断を仰ぐべきではないのか。 …巽幸太郎が目覚めた時に、それをしたことにより、失望されないだろうか。 だが最終的には、水野愛の鶴の一声により全員が自身の感情を優先することにした。 なんてことはない。 悪いのは巽幸太郎だ。私たちは悪くない。 私たちに心配をかけるこのセルフブラック企業の男が悪いのだ。 そういった、心配の裏返しでもある言葉で結論付けた。
9 19/01/01(火)02:56:16 No.558687602
3番目の問題については特に問題にもならなかった。 巽幸太郎が昨日来ていた服、その内ポケットに存在した財布を発見したからだ。 出歩く仕事が多い男である。財布にもそれなりの金額が入っており、買い出しに困ることはなさそうだ。 こちらを遠慮なく使わせてもらうことにした。 …そもそも、きちんとアイドルとして活動しているのだから、私たちも賃金を貰っていいのではないだろうか? そう言った話にまで発展しかけたが、すべては巽幸太郎の体が治ってからだ。
10 19/01/01(火)02:56:34 No.558687639
さて、最後の、最も大きな問題について。 特殊メイクについて、どのような解決策となったか。 話は冒頭に戻る。 「…器用ですよね、ゆうぎりさん。流石伝説の花魁とね…」 「ぷは。…まぁ、わっちにとっては化粧も仕事のうちでしたからなぁ…でも、流石に幸太郎はんほど上手にはできんどすな」 口に咥えていた化粧筆を離して、別の化粧筆を源さくらの首元に滑らせながら返事をするゆうぎり。
11 19/01/01(火)02:56:50 No.558687689
源さくらの青白い素肌に、明瞭な肌色を描き、人間へと再生していく。 ゆうぎりは、巽幸太郎の持つハリウッド直伝のメイク技術ほどではないものの…ゾンビィを一己の人間として成立させることが出来る程度に、化粧術に長けていた。 かつて源さくらが、【大切な記憶】を想い出し、【大切な想い出】を忘却していた大変な時期に。 ゆうぎりは巽幸太郎が不在であるにもかかわらず自分に対して己で化粧を施した。 その腕前は過去に存在した伝説の花魁を確かに再現し、他のメンバーもその美しさに息を呑んだものであった。 今回はその応用である。 普段巽幸太郎が使用しているメイク道具を前回同様勝手に拝借し、見様見真似で源さくら、二階堂サキ、そして自身の顔に施したのだった。
12 19/01/01(火)02:57:03 No.558687727
「…よし、と。完成でありんす」 「ありがとうございます!…わぁ、すごか!…………うん、綺麗」 化粧を終えて、鏡で自分の顔を見た源さくらは、その出来に感動を覚えた。 とてもよくできている。 若干普段よりも色白風になっているだろうか、だが少なくともゾンビィに見えるようなことはない人間らしい顔色。 ……それでも。比較してしまう。 綺麗、という言葉が零れるまでの間があり、その表情と声色に、ゆうぎりは苦笑した。
13 19/01/01(火)02:57:17 No.558687767
「さくらはん。…気にせず口に出してもよいでありんすよ?『幸太郎はんのほうがお上手だ』と」 「…うぇっ!?いえいえいえ、そんなこと思ってなかとよ!?た、確かに幸太郎さんもがばい上手ですけど、ゆうぎりさんも負けず劣らず…!」 「構いまへん。わっち自身も、幸太郎はんの腕に惚れ込んでいるところがありんす」 袖で口元を隠してからからと微笑むゆうぎり。 いえいえそんなそんな、これはこれでとてもよくって…、と言葉を返す源さくらも、しかし「巽幸太郎より上手」とは口には出せなかった。 ゆうぎりは「人間に見える化粧」を施すが、巽幸太郎は「人間となる化粧」を施す。 巽幸太郎が彼女たちの肌に触れ、重ねるメイクは、決して女性として映えさせるためのそれだけではない。
14 19/01/01(火)02:57:39 No.558687845
…まるで血肉の通った普通の人間に戻るような、そんな感覚すら生むシンデレラの魔法。 ただし、水分という名の12時の鐘で溶けてしまうそれではあるが。 「先ほど化粧しはったサキはんなどは、素直に感想を言いんしたよ?『グラサンのメイクのほうがしっくりくる』と」 「えぇ…それは大変失礼では…?」 「ええんどすよ、むしろ嬉しいくらいでありんす。…今後も、わっち達の化粧はあの御仁にやってもらいたいものでありんすから」 「…それは…そうですね。だから早く体治してもらわんと」
15 19/01/01(火)02:58:04 No.558687901
巽幸太郎にメイクをされる時間。 髪を上げてピンでとめられ、素顔をすべて曝け出しながら、真剣な表情の巽幸太郎と面を合わせて人に戻る魔法をかけられるあの瞬間を。 尊い儀式のように感じていることを、源さくらは自覚しており、そのことを考えて赤面した。 …ただし、ゆうぎりの化粧では、赤面は表に出ずに表情が語るのみであったが。 「…そ、それはそうと!先にメイク終わったサキちゃんはどやんしました?」 「ああ…サキはんなら、お電話をお使いになると言って降りて行きはりました」 ゾンビィの赤目を隠すカラコンを慣れた手つきで装着しながら、話題を逸らそうと二階堂サキの様子を聞く源さくらに、ゆうぎりが応える。 まずゆうぎりが自分に化粧を施して練習、その後買い出し班として外に出る二階堂サキ、源さくらの順にそれぞれ化粧を施していた。
16 19/01/01(火)02:58:23 No.558687973
一人当たりに巽幸太郎がメイクをする際の2~3倍の時間をかけながらも、しかし無事にメイクが終われば、「心当たり」に連絡するため、リーダーである二階堂サキは洋館にある黒電話に向かっていた。 1階の廊下に置かれている黒電話。 その前で受話器を手に取りながら、緊張した面持ちで指先をダイヤルに向けていた。 「………電話番号、変わってねーだろうな」 じーこ、じーこ、と生前に暗記している電話番号にかけるため、何度も黒電話の番号に指をはめて円周を回す。
17 19/01/01(火)02:58:34 No.558688002
二階堂サキが生きていた時代は今の世のように携帯電話やスマホなどという便利な道具はない。連絡を取り合うならば家に設置の固定電話しかなかった。 そのため、電話番号とは基本的にアドレス帳を自分で作成するか、覚えておくしかなかった。 かつて、二階堂サキが最も電話をかけた相手。何度も何度もお互いに電話し、集会の場所を決め、青春を共に過ごした親友。 その人に今、20年ぶりに電話をかける。 暴走族レディースチーム「怒羅美」の初代総長。 霧島麗子。 …いや、今は結婚して天吹麗子か。 彼女が当時の家に今も暮らしていることは、あのバイクを所持していたことで確認している。
18 19/01/01(火)02:58:44 No.558688034
「……………」 とぅるるるる、と古風なコール音が鳴り響く。一先ず番号は繋がったようだ。 さて、ここからは行き当たりばったりだ。柄にもなく緊張をしているようで、動かぬ心臓が鼓動を生みそうになる。 …全くの別人が出たらそれはそれで大変まずいことになるのだが、家につながっても家族の誰かが出たらどうしようか。 旦那がいるわけだし、その人が出たら自己紹介が面倒になる。 昔の友人です、と自分の名前を出せば…いやスケバンやってた時期の話はまずいか?よくわからん…
19 19/01/01(火)02:58:57 No.558688075
……いや落ち着け。落ち着け二階堂サキ。 この電話は集会の約束の電話をするものじゃないんだ。 アタシは今、フランシュシュのメンバー「2号」として電話をしている。 そのことを忘れてはいけない、と………そんな思考をしていたところで。 「…はい、もしもし」 「……!」 聞きなれた声色の返事が黒電話から返ってきて、思わず二階堂サキは息を呑んだ。
20 19/01/01(火)02:59:15 No.558688128
「おう、麗子か?アタシだ!」…と、口走りそうになる口を必死に噤んで。 既に考えておいた話題の切り出しから、話を広げる。 「…もしもし。天吹麗子…さん、か?」 「はい、あたしが麗子ですが…えっ、あんた…」 「よぉ、前ん時には世話んなったな。フランシュシュのアイドル、2号だ。急な電話で驚いたじゃろ」 「え、え!?あんた…いえ、でも確かに…2号さんの声…」 「すまんな、驚かせて。…すまんついでに、一つお願いがあると。麗子さんにしか頼めんことやけ、アイドルがファンに頼るなんておかしな話ばってん…力ば貸してくれんか?」 「………」
21 19/01/01(火)02:59:34 No.558688183
天吹麗子は電話の相手の声が、かつて聴いたことがあるような懐かしいものであることにまず驚き…そして、娘の恩人でもあり、今や母子ともども大ファンでもあるアイドルが相手の正体であったことに、さらに驚いた。 しかし、電話口から聞こえるその声が真剣そのものであり、助けを求めるものであることを理解して。 しばらくの無言の後に、返した言葉は。 「…2号さん。貴女には、うちの娘ががばいお世話になったとよ。恩返しじゃなかが、あたしにできることなら何でも言うてください」 「…!すまん、恩に着る!じゃあ事情を説明するけん、車で迎えに来てほしい!実は……」 二階堂サキは、天吹麗子の快諾の声に多分な感謝の色を含んだ声を零しつつ、事情を簡素に説明した。
22 19/01/01(火)02:59:48 No.558688208
ウチのメンバーが風邪で倒れた、人手が足りなくて買い出しに行けん、車を出してほしい、という内容のものを伝えて。 こんな朝にお願いなんてどんな内容か、と身構えていた天吹麗子は、なんぞ奥様方の間ならよくあるようなお願いの内容に肩透かしされつつも了承の言葉を返した。 「………ああ、そのシャッター街のあたりだ。こっちからはアタシ含めて3人いるけん、店の案内含めてよろしく頼む!そんじゃ!…………ふぅ」 1時間後に約束を取り交わし、電話を終えて小さく息をつく二階堂サキ。 話の内容がうまくいったことへの安堵と、若干の緊張。 それを溜息に溶かして零しながら、よし、と自分の役割をこなせたことに満足した。
23 19/01/01(火)03:00:03 No.558688258
「……終わったの?」 「ん、おお…愛か。ああ、車は出してもらえっと。これで買い出しはイケるぜ!」 「そう、よかった…けど、ボロは出さないようにね。昔の知り合いだって言うなら、猶更」 いつの間にか、腕を組んで後ろで電話を聞いていたらしい水野愛が電話を終えた先に声をかける。 二階堂サキは水野愛へ向き直り、にへっと笑顔で笑い、注意喚起の言葉に返事を返す。
24 19/01/01(火)03:00:22 No.558688309
「安心しろ、前にもやってて慣れとる。アタシはアイドル2号で、1号と5号と一緒に風邪ひいたメンバーの看病のための買い出し。じゃろ?」 「…わかってるならいいのよ。頼りにしてるわよ、リーダー」 「おう。……愛はこれから、か?」 「ええ。純子と一緒に探して、関係各所の連絡先はアイツの部屋とスマホから見つけたから…まぁ5,6回怒られるくらいで済むかもね」 「……悪ぃな。一番大変なこと、自分で買って出てくれて」 買い出しの工程につき確認が取れれば、二階堂サキは水野愛と紺野純子の担う仕事に感謝と申し訳なさが先立ち、謝罪の言葉を漏らした。 本来は、リーダーであるアタシの仕事なのだろう。
25 19/01/01(火)03:00:38 No.558688345
……関係各所へ、ライブキャンセルの連絡を入れる。 叱責を一方的に受ける、矢面に立つそれに。 水野愛と紺野純子が名乗りを上げてくれていた。 明日に控えたライブのドタキャン。この議題を丑三つ時に水野愛から提案した際に、相当の議論を交わした。 巽幸太郎の意見を聞かずに、勝手に中止にしてしまってよいのか? 今日にでもこの男の意識が戻るとすれば、自分たちだけでライブを敢行することも不可能ではないかもしれない。 もちろん、メイクの問題やゾンビィバレする危険性はあるが。 巽幸太郎自身が普段口酸っぱくしてメンバーに伝えている言葉。 『お前らはアイドルじゃい。アイドルとしての矜持を忘れるな』
26 19/01/01(火)03:01:00 No.558688401
…ライブ中止にするということは、その言葉に反してしまうことにならないか? 全員が、巽幸太郎の体を案じる気持ちと、しかしアイドルとしての自覚を抱えながら、なかなか結論は出なかった。 しかし、議題の最後に、水野愛と紺野純子の鶴の一声で、キャンセルの方向で動くことになったのだ。 『…私たちはアイドル、仕事に穴をあけるのは大きな失態で、これからの活動にも影響が出るかもしれない。…でも、私は失敗や後悔を全然ダメだと思わない!これからいくらだって取り返していけるって信じてる!…ま、今回はアイツの失敗だけどね』 『…きっと巽さんは、何を考えとるんじゃい、とお怒りになるかもしれません。けど、私は…巽さんもいて、8人でフランシュシュなのだと思っています。…誰かが困ったときに、助け合うのがフランシュシュ、ですよね』 芸能活動歴の長い二人の覚悟と、それを示すようなキャンセル電話役を買って出るその姿に、他のメンバーはライブ中止に頷きを返したのだった。
27 19/01/01(火)03:01:21 No.558688463
「…気にしないで。芸能界に詳しい私たちのほうがこういう役目に適任ってだけ。それに謝るのはサキじゃなくてアイツのほうよ。まったく…」 「…そか。じゃあ、そっちは純子と一緒に任せるけん、頼んだ」 だがその言葉に、恨み言ではなくお互いの役割を説き、笑顔を返す水野愛の顔を見れば、二階堂サキも信頼の色を表情に出した。 「ええ。…出来ることをしましょ、フランシュシュのために」 「ああ!そんでとっととグラサン元気にして責任ば取らせたらぁ!」 にっ、とお互いに笑みを交わして。 化粧を終えて合流した源さくら、ゆうぎりと共に二階堂サキは買い出しに出発し。 水野愛は紺野純子と共に黒電話の前に立ち、覚悟を決めてダイヤルを廻し始めた。
28 19/01/01(火)03:01:38 No.558688510
「……ねーたつみー。みんな、たつみのために頑張ってるよー」 「ヴァー」 温くなったタオルを水で冷やして絞り、再度ベッド上で深く息をついている巽幸太郎の額にべちょ、と乗せた星川リリィは、呟くように声を出す。 自室のベッドまで巽幸太郎を運び、ご褒美に備蓄のスルメを齧りながら寝顔を眺める山田たえもその言葉に続くように、何らかの意思を見せる声を上げる。 きっとそれは星川リリィの表情から読み取れる意思と同じで。 心底からの心配を。 「…だからさ、早く起きて。……リリィも寂しいよ」 「……ヴ」 その言葉に、巽幸太郎は答えずに。 静かな吐息を零すのみであった。
29 19/01/01(火)03:02:12 No.558688596
「…ねぇサ…2号ちゃん。薬、そんなにカゴにいれてよかと?どれ飲めばいいかわからんとね」 「あぁん?細けぇ事気にすんなぶっ殺すぞ。とりあえずいっぱい買っておけばよかろーが!全部飲めば治るんじゃね?」 「色んな種類があるんどすなぁ…わっちはどれがいいかようわからんどす」 「…その、2号さん。店員さんに聞いてみたらどうじゃろうか?一番効くのだけ買えばよか」 「お、そーやな。流石やな麗子!普通の主婦なだけあるばい!」 「あ、じゃあ私聞いてみますね。店員さーん、どの薬が一番風邪に効くと?」 「…なぁ麗子はん。これは何に使うもんどす?」 「ご、5号さん?それは男性が使うもので…アイドルが手にしていいものじゃなか!棚に戻さんと!」 「あら…やはりそうでありんしたか?人のすることはほんに変わらんねぇ」
30 19/01/01(火)03:02:35 No.558688637
「2号ちゃーん、この薬が一番効くって!他の薬と一緒に飲ませちゃあかんと」 「そか。そんじゃえーと、薬にのど飴にポカリ箱買いに栄養ドリンクに…他に買うもんあるか?」 「先に立ち寄ったすぅぱぁ、で食材や肌着は買いんしたから…」 「皆へのお土産も買うたし、スルメも箱買いしたし…」 「……(スルメ?)」 「よし、そんじゃよかか。会計済ませて帰ろうぜや。…ああ、麗子。すまんな、運転ばかり頼んで」 「本当にありがとうございました、麗子さん」 「助かりんす。…ただ、重ね重ね、内密にお願いしんすね」 「とんでもなか、私も間近で皆さんとお話しできてファンとして楽しかったとです。口が堅いのが怒羅美…いえ、私の持ち味やけ信じとってください」 「…だな、麗子は昔から───と(いけね)…っしゃ!1号ォ!!この財布を使ってレジ行ってこい!30秒だ!」 「えぇ!?ど、どやんすどやんす、人生でこんな重い財布持ったことなかよ!?あと30秒って絶対無理!」 「慌てず急がず、どす。量が多いから3人で行きなんし」 「…ふふ。じゃあ私は車温めておきますばい」
31 19/01/01(火)03:02:56 No.558688679
「…はい、ええ。申し訳ございません。ええ、はい…すみません、そう言っていただけるとありがたいです。…はい、この不始末はいずれ何らかの形で」 「…………」 「はい…すみません、ありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。…はい、失礼します。…………………はぁー!!」 「お、お疲れ様でした愛さん。…いかがでしたか…?」 「…なんとかキャンセル効いた。他にすぐに施設使いたいって老人会があって、そっちに会場譲るんだって。一応キャンセル料とかも無しで済んだわ」 「本当ですか…!…よかったですね…最初の広告店よりは、なんとかなりましたね…」 「ホントにね。まったく、あんなに怒鳴らなくてもいいじゃない!こっちは水野愛よ!?なんなの!?…なんて、言ってもどうにもならないんだけどね。迷惑をかけてるのはこっちだもの」 「ファンの皆様への通知は、さきほど…ええと、ホームページでしたっけ。そこに書き込んで周知はしましたから…」
32 19/01/01(火)03:03:20 No.558688730
「…会場でも、イベント変更と体調不良によるライブ中止のお知らせはしてくれるって。でも、来てくれちゃうファンはいるでしょうね」 「そう、ですね…申し訳ないことではありますが」 「…今回の参加チケットは、次回以降のライブにも流用できるようにあのバカに掛け合ってみようかしら。それくらいは必要よね」 「ですね…。…それじゃあ、次の電話は私が。次は楽器貸出の事務所でしたっけ」 「そう…ね、その後最後に衣装メーカーへの手配中止の連絡。次のイベントで使わせてもらうことにしなきゃ」 「…楽器のほうは、私たちがキャンセルしたらお仕事がなくなりますから…キャンセル料とお叱りがあるでしょうね…」 「………純子、なんなら私が…」 「…いえ、大丈夫です。私もフランシュシュのために…できることを、やりたい」 「…そう。じゃあ、頼むわ。ヤバくなったら私に代わってもらってもいいから」 「ありがとうございます。では──────もしもし。巽の身内のものです。ええ、フランシュシュのプロデューサーの。はい、本日は……」
33 19/01/01(火)03:03:50 No.558688809
「たえちゃん、たつみの体おこしてー」 「ヴァウ」 「そうそうその角度、服脱がしちゃうからね、よっと…」 「ヴァ…ヴァー」 「ああ駄目駄目、たつみを噛んじゃ駄目だよたえちゃん!まだ寝てるから、そっとしておいてあげて!」 「…ヴゥ…」 「ん、いい子いい子ー。…よっ、と。すごい鍛えてるよねーたつみ」 「…?」 「パピィもそうだったけど、筋肉質な男の人ってすごいよね。たくましいって感じ?」 「ヴ。」 「…ここもしっかり拭いておこうねー。…大きいよねーたつみのたつみ。あ、たえちゃんは見ちゃダメだからね」 「ヴァ。(両手で目を隠す)」 「うん、アイドルが見ていいものじゃないからねー。リリィはリリィだからセーフだけど!…っし、これでよしっと」 「…ヴァー?」
34 19/01/01(火)03:04:11 No.558688863
「あ、もういいよー。…はぁ、それにしてもほんと、働きすぎだよね、たつみは」 「ヴァウ、ヴァウ」 「たえちゃんもそう思う?リリィもね、昔頑張りすぎてた時期があったんだー。もちろん、パピィと一緒だったから、辛くはなかったけど…」 「……ヴゥ」 「…いや、嘘かな。パピィともっと、一緒に遊びたかったけど。無理をしてると、色々見えなくなるんだよねー。周りの人のこととか、自分のこととか。気づけなくって」 「……」 「だからかな、たつみには…リリィたちみたいに、無理してほしくはない、かな。きっと、みんなもそう思ってる。思ってないのはたつみだけ。分かる?この罪(ぺちぺち)」 「ヴァー!(ぺちぺち)」 「ねー。…だからさ。早く起きて、いつもみたいにウザ絡みしてくれないと。リリィも調子狂っちゃうよね」 「ヴァー…アー、コケコッコー!」 「…うん、そうだね、目が覚めたら、おはようございます、って。みんなで言ってあげないとね」 「ヴァ。」
35 19/01/01(火)03:04:28 No.558688905
サキです! あんグラサンがぶっ倒れて早半日、アタシたちは無事買い出しば終えて 戻ってくれば愛と純子も関係各位に謝罪の連絡してくれとりました! ちんちくもたえもグラサンの世話ばしっかりしてくれとりましたが ばってんグラサンは未だに目を覚ましません。舐めとーんかぶっ殺すぞ! 全員でかいがいしく看病すっるけにもいかんけん持ち回りで看病しながら アタシたちはいつものようにレッスンに励むことにしました! 体ば動かしとらんば不安なことばかり考えるけんね! 早う目ば覚ましていつもん調子に戻ってほしか… …って、目ん覚めたと!?レッスン中止!みんなで顔見に行くぞ! そういやグラサンのグラサンは玄関前に落ちとったんでアタシが拾って ベッドの横に置いときました。気遣いできる女だアタシは。 次回!ゾンビランドサガ! 『遅疑逡巡のセプテットSAGA』! …叩き割っとけばよかったかな、こがんこと言う男のグラサン。
36 19/01/01(火)03:04:52 No.558688968
超大作きたな…
37 19/01/01(火)03:05:01 No.558688991
よかったい…
38 19/01/01(火)03:05:24 No.558689058
よか
39 19/01/01(火)03:05:51 No.558689121
待ちかねた
40 19/01/01(火)03:06:39 No.558689237
su2800882.txt 前のやつ含めたまとめです
41 19/01/01(火)03:07:23 No.558689349
昨日に続いて力作来たな…
42 19/01/01(火)03:08:08 No.558689470
「」さお!なるべく早めに続き書かんね!ワシが待っとらすよ!
43 19/01/01(火)03:11:52 No.558689982
長くて読んでからの感想までに時間がかかる! キャラが生き生きしてる上にサブキャラまで出すとかなにか物書きでもやつてらっしゃる…?
44 19/01/01(火)03:13:36 No.558690223
ゾンビの肌のメイクは分かるけど目の色ってどう変えてるんだろうと思ってカラコンの設定を捏造したけど許してくれるだろうか
45 19/01/01(火)03:18:55 No.558690957
怪文書の設定なんてよほど破綻でもせん限り適当でええんじゃい まあ自分が書くときには執拗に調べるんやけどなブヘヘヘヘ
46 19/01/01(火)03:20:51 No.558691195
フルボイスの怪文書初めて見た
47 19/01/01(火)03:28:25 No.558692117
こんな大作読んだら自分のがお粗末過ぎて謝る事しかでけん!
48 19/01/01(火)03:36:53 No.558693111
すこし泣くばい…
49 19/01/01(火)03:40:33 No.558693499
焦心苦慮(しょうしんくりょ) 心があせり、いろいろ心配する。いらだつさま。 カプリチオ→奇想曲/狂想曲 遅疑逡巡(ちぎしゅんじゅん) いつまでも疑い迷って、決断せずにためらうこと。 セプテット→七重奏
50 19/01/01(火)03:41:49 No.558693624
アニメ放送が終わって心に空いた隙間にこうスーッと入ってくる
51 19/01/01(火)03:42:03 No.558693655
二期も面白いなあ!
52 19/01/01(火)03:54:44 No.558695071
鏡とかで生者っぽくなった自分の姿を見ると瞳も生前の色に戻るとかそういうマジカルな感じでもいいよね