虹裏img歴史資料館

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19/01/01(火)01:03:56 「こや... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1546272236835.png 19/01/01(火)01:03:56 No.558662645

「こやんして二人になるの、久しぶりとですね」 佐賀の夜は暗い。窓の外は数m先さえ覚束ない、塗り込めたような闇があるばかりだ。 「あっ、別に久しぶりってほどでもなかですね……虹の松原、あの時は本当に……」 閉め切った窓ガラスからでも寒気は伝わってきたのだろう、ゾンビ1号・源さくらはカーテンを引いた。 「こやん時でもないと、幸太郎さんお礼もろくに聞いてくれんけん」 さくらは振り返り、立ち尽くすこの部屋の主の元に歩み寄る。 「おかえりなさい、幸太郎さん。そんなところに立っとらしたら、風邪引きますよ」 彼女の笑顔は10年前から変わらない。透き通るような、真っ白い…… 「さくら」 「はい?」 「なんでお前俺の部屋におるんじゃい」

1 19/01/01(火)01:04:54 No.558662929

1年が終わる。この朽ちかけたアパートで。 自称謎の敏腕プロデューサー・巽幸太郎は寒空の下、灯油をポンプで汲んでいた。 ゾンビィ達による暖炉爆破事故から端を発した、ワンルームアパートでの暮らしは、間もなく終わりを迎える。 年が明け、三が日を過ぎれば愛しの洋館への帰還が叶うのだ。 ここへ引っ越してきてから相次いだ、ゾンビィ達による幸太郎襲撃事件。 しかし、洋館にさえ戻ればそれも終息し、平和な日々が戻るだろう。幸太郎は機嫌よく、よかよかと口ずさみ始めた。 年越し複数ゾンビィの襲撃を考慮して、フランシュシュには年忘れカラオケオールナイト無料券を渡しておいた。 平生、歌えや踊れが仕事の彼女達ではあるが、それ自体の楽しさを再確認させるのも悪くないはずだ。 そうして、幸太郎は一人寂しく……仕事とともに新年を迎える準備をしている今に至る。 満タンに鳴った灯油タンクの蓋を締め、ウキウキと階段を駆け上がり、もう開き慣れたドアを開ける。 部屋には作るのを待つだけの年越しそばと、営業先から頂いた地酒の試作品が待っている。 だが、ドアの向こうには源さくらが咲き誇らんばかりの笑みで待ち構えていた。

2 19/01/01(火)01:05:05 No.558662995

「お財布忘れたけん取りに来たら……やっぱり嘘ついとらしたとですね」 さくらの言う嘘とは、幸太郎が一人で温泉旅館に泊まると言い放って抜けてきた事だろう。 「……嘘なんかついとらんぞ」 「旅館、泊まっとらんやなかですか」 「……予約取れんかったんじゃい」 「は?」 「予約取れんかったちゅーとんじゃい!この平成最後の年越しに空いとる旅館がどこにあるんじゃい!」 子供のように足を踏み鳴らしながら喚く幸太郎。さくらの反応は当然ながら冷ややかである。 「だったら、皆と一緒にカラオケ行けばよかじゃなかですか」 「大人には一人で癒やされる時間も必要なんだ……わかってくれるな、さくら」 「わかりません」 即答だ。幸太郎の心はちょっぴり折れそうになった。 「やけん、一緒に皆のところ行きましょうね……おそば食べ終わったら」

3 19/01/01(火)01:05:20 No.558663076

「はい、できましたよ」 「あ、ああ……うまそうだな」 つゆ、三つ葉、何種類かの薬味、そしてかき揚げの香り。蕎麦の上には飾り切りされた人参のさくら。 この時期をこんなにまともに過ごすのは、社会に出てから初めてだ。幸太郎の脳裏にこの10年が過る。 蕎麦だって、本来なら適当に作ったかけ蕎麦にかき揚げでも乗せるだけのつもりだった。 そのあまりに貧相な内容にたまりかねたさくらが冷蔵庫と戸棚を物色した。有り合わせだが遥かにマシなものだ。 「幸太郎さんは料理せん人だったんですね」 「やってできん事はない!……多分」 誰かに振る舞う機会があれば覚えていただろう、と幸太郎は思う。そんな機会はなかったというだけの話だ。 「いただきます」 「ああ、ん、いただきます」 こうして仕事でもないのに誰かと過ごす時間も、この10年彼にはなかったものだった。

4 19/01/01(火)01:05:39 No.558663187

「どやんですか?」 「うん、蕎麦だな」 そういう事じゃない、とさくらの目が主張している。幸太郎は観念した。 「……うまかったいうまかったい」 「ありがとうございます」 待っていた言葉が聞けて得意満面のさくらである。この笑顔に抗うのは骨が折れる。 ズルズルと蕎麦をすすりながら年末特番をはしごする。ぱっぱと変わる画面は幸太郎の頭に何一つ入ってはこない。 彼の関心事は、専らさくらが異常行動を取らないか、という警戒に向けられていた。 あのゾンビ5号・ゆうぎりですら幸太郎を襲ったのだ、もはやいくら警戒してもしすぎるという事はあるまい。 疑うべきを疑え。それも指南本に記されたプロデューサーの一側面である。 気づけば、幸太郎はさくらの事を穴が空くほど見つめていたようだ。何度か目が合ってしまった。 無意味に赤面されると非常に反応に困る。幸太郎は呑気にもそんな事を思った。

5 19/01/01(火)01:06:00 No.558663302

「幸太郎さん、その……本当にありがとうございます」 「えっあっなんでお礼?」 さくらが幸太郎を正面から見つめ返してきたのはそろそろ日付が変わる頃だった。 「私、ゾンビになって、フランシュシュとしてやってきて……たくさん迷惑もかけて……」 「おうそうじゃな、お前は特に問題児だな」 さくらの目つきが一瞬ぶすっとしたものになった。 「でも、こうやって頑張っとれるんは、幸太郎さんのおかげ。やけん、ありがとうございます」 「…………その気持ちは、これからアイドルとしてのお前が輝く事で示してくれればいい。俺には……」 「それに、私が最近『持っとる』んも幸太郎さんのおかげ」 「それも……んん?」 「あの夜、虹の松原を見ながら、幸太郎さんが『持っとる』もんを私にも分けてくれる言うたけん……」 そんな事を言っただろうか。幸太郎は必死で記憶の糸を手繰りまくった。

6 19/01/01(火)01:06:26 No.558663436

「最近はステージも壊れんし、鏡も割れんし、やればやっただけ結果につながる」 「おう……そうだな……」 確かに最近のフランシュシュは絶好調だ。恐ろしいほど、と言っていい。 「大雪のせいでアパートが傾いたおかげで、失くしたと思ってたお財布が何故か天井裏から出てきたり…」 幸太郎はその大雪のせいでゾンビ3号に襲われていた。 「今日だってお財布忘れたおかげで、こうして二人でおそば食べられたし……なんつって……」 上目遣いで幸太郎の様子をうかがうさくら。だが、幸太郎の頭はある恐るべき考えで占められつつあった。 「……さくらお前最近怪しい占いとか、そういうのにハマった?」 「ちょ、ち、違います!ただちょーっと大家のお婆ちゃんにアドバイスは……もらったっけ」 このアパートに来てからの事、フランシュシュの好調、幸太郎の不運。 全てが繋がった。少なくとも幸太郎はそう確信した。

7 19/01/01(火)01:06:42 No.558663505

幸太郎はさくらに詰め寄り、肩をそっと掴んだ。 「さくら、何をしたか正直に言うてみい」 「えっ、えぇ……えっと……その……」 先程にも増して赤面し、口ごもるさくら。あからさまに態度がおかしいのだ。 「怒らんから言うてみ?これっぽーっちも怒らんから、ホント」 「怒るとかじゃ……ないかも……知れないんですけど……」 ――築82年木造6畳ワンルームキッチン付き。ついでに風呂場にはでっかいムカデが出る。 ここで暮らしていく自信のなかったさくらだったが、大家のお婆ちゃんとはお喋りが弾んで一安心。 『確かにアンタ運の悪い顔をしているねぇ』 『えっ……そやんストレートな事初めて言われた……』 『まあでも大丈夫さね。あの小僧は持っとると自分で言ってたんじゃろう。だから……』

8 19/01/01(火)01:06:50 No.558663558

今か!

9 19/01/01(火)01:07:02 No.558663619

「それで、どうしたんだ」 「幸太郎さんが寝てる間に……チュッと……したら……効果がありました……」 桜色を通り越して茹でダコのようになっている顔を見られまいと、さくらは必死で顔を覆っている。 「おまっ……お前……」 「……だって幸太郎さん展望台であんな事言うけん……なんか……ちょっとくらいならって……」 「あっあぁれは説得じゃろがい!というか、俺が持っとりゃいいとは言ったがやるとは言っとらん!」 さくらの赤面が伝染ったのか、幸太郎まで赤面している。 「じゃあどやんすればいいとですか!幸太郎さんはまた『持っとらん』私に戻れって言うんですね!」 「逆ギレかいこの……この…………こんボケェー!お前には俺がいる!それじゃいかんのかい!」 口走ってから、幸太郎は自分の言い回しが語弊を生む可能性に気づいた。 「…………じゃあ、はい」 さくらはギュッと目をつぶって、唇を差し出した。 そう、今回異常行動を取らされているのは、幸太郎だったのだ。

10 19/01/01(火)01:07:26 No.558663767

世の中は何か、大きな意図に動かされている。人はそれを運命と呼び、それを操る者を神と呼んだ。 ゾンビィ達に幸太郎を襲わせた神の意図が今、彼にさくらを襲わせようとしている。 幸太郎は現状をそう理解した。 「さくら、自分を大切にしろ。お前はアイドルだろう、そうこれから佐賀を救う……」 「唇じゃないと効果なかかもしれんとですよ」 説得の言葉が届く前にカウンターを用意されていた。 「さくら、俺は……」 よろりと体を離そうとする幸太郎だったが、足元の畳ががくんとへこみ、逆にさくらを抱きしめる形になる。 塞いだはずの、下階からの穴があった部分だ。 「幸太郎さん、今『持っとる』のは私やけん……ちゃんと私には幸太郎さんがいるって示してほしかよ」 さくらは覚悟を決めている。ならば腹をくくるしかないようだ。サングラスの奥で、幸太郎の目が細まった。

11 19/01/01(火)01:07:46 No.558663862

「幸太郎さん、私きっと神様にがば嫌われとっと」 「ああ、知ってる」 そんな事、彼は10年前から知っている。 「だから、俺がお前をアイドルにしたんだ」 「……幸太郎さん」 彼の心が怒りを思い出す。その前にあった思慕を、悲しみを思い出す。 巽幸太郎として塗り込めてきた彼の感情を、ゾンビとして蘇らせる。 眼の前の小さな肩を、彼は己の意思でしっかりと抱きとめて、耳元で確かに宣言した。 「俺は神なんぞに、これ以上お前を任せてやらん」 さくらの唇から甘くて苦い堕落の味が死んだ脳髄に入り込む。 神に望まれた夢の淵を、さくらは真っ逆さまに滑り落ちていった。

12 19/01/01(火)01:08:54 No.558664191

源さくらは『持っとらん』女である。 新年だというのに、頭がズキズキと痛んで、何も思い出せない。 昨日財布を取りに帰ったまではいいのだが…… 「おーはようござぁまーす!今から他のゾンビィどもを拾いに行くところだ」 「おはようございます……幸太郎さんここは……」 いつもの移動用バンの中、後部座席にさくらは寝かされていた。ロメロが心配そうに覗き込んでいる。 「お前は昨日財布を取りに来て、ワシの部屋にあった地酒の試作品をぜぇーんぶ飲みおった」 「えぇ!?……いたた……私、何も覚えとらん……」 「ゾンビィは吸収力が高いからな。あんな度数の高いもん飲んだらそうなるわい。寝とけィ屍のように」 心なしか、いつもより運転が優しい。さくらはもう一度横になった。 「そうですね、幸太郎さんがいてくれるけん、そうします」 さくらの視界の端で、幸太郎の肩が一瞬跳ねたように見えた。

13 19/01/01(火)01:11:02 No.558664755

やや、

14 19/01/01(火)01:11:15 No.558664796

su2800546.txt フルバージョンは少し長いのでtxtで見てください su2800552.zip こっちがまとめです あけましておめでとうございました

15 19/01/01(火)01:12:31 No.558665147

あー!ああー!!!

16 19/01/01(火)01:13:31 No.558665433

はーー!このシリーズほんと大好き

17 19/01/01(火)01:13:36 No.558665451

よか…

18 19/01/01(火)01:13:42 No.558665490

よかったい…

19 19/01/01(火)01:14:20 No.558665685

こりゃよかったい…

20 19/01/01(火)01:14:48 No.558665811

さくらはんホントかわいかね

21 19/01/01(火)01:16:29 No.558666277

やや、これはチューしたな

22 19/01/01(火)01:16:50 No.558666369

これは…幸太郎はもう持ってないのか…?

23 19/01/01(火)01:18:48 No.558666848

持ってても関係なくゾンビィは襲ってくるって事だろう

24 19/01/01(火)01:19:22 No.558666992

よか… さくらの乙女ムーブは心臓への負荷すごかね…

25 19/01/01(火)01:20:14 No.558667237

女難はさくらはんだけで済むのかな…

26 19/01/01(火)01:21:39 No.558667614

寝る前にいいもん見れた…

27 19/01/01(火)01:23:27 No.558668077

>言い出しっぺは誰であったかもはや誰も覚えてはいない。 ただ一つ言えるのは、単なる思いつきが思ったより上手くいってしまった。それだけの事である。 >この規模のガス缶破裂事故で建物が半焼ですんだのは、家主がよほど幸運だったのだろうと不動産屋は語った。 ねぇこれ本当に事故……

28 19/01/01(火)01:24:04 No.558668238

運命との宿命的な戦いが続く巽幸太郎に安息の日はまだ当分は訪れない…

29 19/01/01(火)01:25:58 No.558668737

1レス目なんか後と繋がらないなと思ったら洋館に帰った後かこれ…

30 19/01/01(火)01:31:50 No.558670371

はーよか…

31 19/01/01(火)01:32:02 No.558670428

>「幸太郎さんが寝てる間に……チュッと……したら……効果がありました……」 卑しくない?さくらはん卑しくない?

32 19/01/01(火)01:33:29 No.558670807

ゾンビィ七人の好意を受け止めきれるかな?イケるな巽なら

33 19/01/01(火)01:35:20 No.558671277

このシリーズめっちゃ好きやけん…

34 19/01/01(火)01:42:00 No.558673010

新年早々よかもの見れた

35 19/01/01(火)01:47:13 No.558674274

いい夢見れそうばい

36 19/01/01(火)01:48:19 No.558674536

このシリーズすごく好きなんだ… ありがとう

37 19/01/01(火)01:52:10 No.558675520

よか…

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