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18/12/31(月)03:06:56 第一話... のスレッド詳細

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18/12/31(月)03:06:56 No.558359183

第一話 『一朝之患のオブリガートSAGA』  今夜はひどく冷える。今年最後の寒波到来というニュースがあったことを今更にして思い出す。  …思い出す、という工程に思考力の大半を裂きながら、ふらつく脚で自分が拠点としている古びた洋館へと歩む巽幸太郎の姿があった。  その足取りはひどく頼りない。だがこれは時折彼に見られる、晩酌の酒による酩酊を伴うものではなかった。  明後日に迫った年末の年越しライブの設営準備にかかる営業を終え、その帰路の途中であるが。  巽幸太郎の顔は酔っぱらったかのように紅潮し、そして同時に彼と共に暮らしている7人と1匹のゾンビィのように生気がない。  頭痛がする。吐き気もする。頭がぼんやりとして、しかし顔が寒風を味わってなお熱く、そして体の芯から寒気を感じて身を震わせるその様子。  …体調を崩していることは明白だった

1 18/12/31(月)03:07:51 No.558359259

「……………」  無言のまま、鉛のように重い脚を無理矢理に動かし歩みを進める。  頭が酷く重い。サングラス越しに見えるさらに闇を深くした夜景がぐにゃりと歪みそうになるのを必死に堪える。  いつの間にかしんしんと雪が降っている。…と気づいたのが、地面が薄白くなり始めてからなあたり、本格的に風邪だ。  …軽いものではないだろう。下手をすればインフルエンザに罹患しているのかもしれない。  このまま帰って、共に暮らすゾンビィ共に風邪を移しては大変ではないか?という思考に一瞬脚を止めるも、そもそも彼女らがすでに死んでおり生命活動を停止したゾンビィであり、血液の流れすらない存在に風邪もクソもあるものではないと考えを改め、歩みを再開した。

2 18/12/31(月)03:08:33 No.558359310

 残り1kmもない、普段であればその長い脚をもって10分もかからず到着するはずの見慣れた帰路がまるでアキレスと亀の距離のように永劫のものに感じられる。  だが歩んだだけ距離は間違いなく縮まる。もう少しの辛抱だ。巽幸太郎は朦朧とした意識の中、ゾンビィのように足を引きずりながら洋館との距離を縮める。  時折、夢見心地のような心境にかられながら、それが高熱による意識混濁であると気づかぬまま、ずりずりと二本の脚で地を這い、白い地面に筋を作っていた。  …フランシュシュの皆はもう眠っているだろうか。  10時には帰ると言っておいたが、準備が長引いたこととこうして歩きが遅いことも加え、時刻は既に日を跨いでいる。  基本的に自分のことは気にせず先に寝るように言い聞かせていることもあり、あの大部屋で仲良く7人で眠っているだろうか。  もし誰か起きていれば、帰りが遅くなった自分を心配して迎えに……などと、そこまで思考を働かせたところで、誰かに迎えに来てもらおうという弱い自分がいることに気付く。

3 18/12/31(月)03:09:00 No.558359351

 …阿呆か。  弱い自分は永遠に眠っていろ。  今ここにいる自分は正体不明の敏腕プロデューサー、巽幸太郎なのだから。 「…ワシは佐賀を救う男、伝説のプロデューサー巽幸太郎じゃい………気合入れんかい、ボケェ…」

4 18/12/31(月)03:09:31 No.558359399

 両手で己の肩を抱き震えを強引に抑えながら、二階堂サキが言いそうな根性論でわずかでも自分を奮い立たせた。  残りの帰路はもう少し。洋館は視界に収まり、走るのが早い源さくらが本気で走れば20秒もかからない距離だ。  真っ白い息を何度も何度も零しながら、巽幸太郎は洋館という名の亀との距離を縮めていく。  ぜぃぜぃと肺まで凍えそうな冷たい空気を何度も取り込み、頭に積もり始めた雪を払うことなく。ようやく洋館の門扉に手をかける。  錆が酷いのか、いつもよりも門扉を開く力を強く籠めねばならなかった。その時自分の脚も腕も、疲労と体調不良により震えていることにすら気づけなかった。  ぎぃぃぃぃ、と大きな音を立てて門扉を押し開ける。

5 18/12/31(月)03:09:51 No.558359420

 目前に迫る洋館に、どの窓からも光が漏れていないのを見て巽幸太郎は心から安堵した。  今の自分のこの姿を、あのゾンビィ共に見られるわけには行かない。  先日のアルピノライブの大成功から、ゾンビィが人間の心を学習したとでもいうのか、どうにも自分に対して心配や世話を焼くような態度が増えてきた。  アイドルとプロデューサーの連携はアイドル活動の成功に欠かせない要素ではあるが、必要以上に距離を詰める必要はない。  スキャンダルのネタにもなりかねないし、それ以上に自分はとある事情により彼女らと一定の距離を置こうと考えているのだ。  そのためにあえて好感度を下げるような態度もとっているし、常に道化を演じている。

6 18/12/31(月)03:10:18 No.558359457

 そんな彼女らに、自分のこんな姿を見せてみろ。必要以上に心配されてしまうのがオチだ。  こんな風邪、部屋に戻り風邪薬を飲んで、水分を取って寝ればすぐに治る。  …治るのだ。  治さねばならない。  巽幸太郎は、彼女らをアイドルとして成功させるために。  そのためだけに存在するのだから。

7 18/12/31(月)03:10:43 No.558359494

 …………そんな覚束ない思考を最後に。  冷たいコンクリートに頬を重ね、雪をその身に受けながら。  いつの間にか玄関前に倒れていた巽幸太郎の意識は闇に堕ちていった。

8 18/12/31(月)03:11:06 No.558359535

 「遅かね、幸太郎さん…」  しんしんと冷え込む夜景を窓から覗きながら、源さくらが心配そうにぽつりとこぼした。  時間は既に23時過ぎ。我らがプロデューサーであり頼れる同居人、巽幸太郎から聞いていた帰宅時間を1時間以上も過ぎている。  今朝、仕事に向かう彼の後ろ姿にどこか彼らしくない弱弱しさを感じ取り、心配で声をかけたところ、 「やかましいんじゃーい!お前は俺のお母さんかァーい!幸太郎さんは今日もMY心臓めっちゃ動かしてお元気ですゥー!心配される謂れも必要もないわい!」  といつもの調子でまくしたてられ、帰宅時間と2日後のライブの練習を用命され、背中を見送ったことを思い出す。

9 18/12/31(月)03:11:29 No.558359558

 …思いだすと若干腹が立ってきた。  それは確かに、私は幸太郎さんの母親ではないし、特別親しい間柄というわけでもない。  だが、先日のアルピノライブの件は心から感謝しているし、ゾンビとして第二の生を歩みだしたことについても今では恩と感じている。  アイドルとしてプロデューサーを心配することくらいは、素直に受け取ってもらいたいものだ。  尤もそんな素直な様子の巽幸太郎など、源さくらは見たことがないし想像もできないのだが。  …それにしても、今朝はいつにもまして口調が強かったように感じた。やっぱり私、持っとらん。

10 18/12/31(月)03:11:50 No.558359593

「まったく…。…あいつ、どうせまたどこかの店で酔いつぶれてるんじゃないでしょうね」 「んー…でもそれはそれで他のお客に迷惑ばかけとーけん、前んごと迎えに行ければよかったんだけど…」 「…前の時は仕事の後でメイクしたままだったから出来たのよ。今日は無理。それにしたって遅れるなら連絡の一本もくれればいいのに、あいつったら!」  まったく!と重ねて愚痴をこぼす怒った様子の水野愛に、まぁまぁ、となだめる源さくら。  巽幸太郎のことになるとよくよく怒りの感情を表わにしているように見えるが、それは表面上のものであり、内心は心配の色や信頼の色が強いことを周囲で見ているメンバーたちは理解していた。  昭和生まれの紺野純子や二階堂サキ、さらに前のゆうぎりは分からぬ言葉かもしれないが、現代で言う所謂ツンデレに当たるそれである。

11 18/12/31(月)03:12:13 No.558359629

「でもリリィ、なんだかんだ言って巽が遅くなるのはいつものことだと思うなー」 「アタシもそう思うぜ。あのグラサン、寝てりゃ朝にはいつも通り戻ってくっじゃろが」 「大人の男は、夜に一人で過ごす時間も必要どすからなぁ…ああ、いや。勿論晩酌という意味どす?」  布団が7枚敷かれた部屋で、思い思いに寛いでいる星川リリィ、二階堂サキ、ゆうぎりが口々に零す。  最後の発言に何の想像を巡らせたか、頬を軽く染めた紺野純子は、さらに続くように口を開く。

12 18/12/31(月)03:12:31 No.558359652

「でも……今夜は今年最後で一番の冷え込みだと、ニュースでも流れていましたから…心配では、ありますね」 「やけんね…本当に、早う帰ってきてくれればよかとばってんね」 「ヴァー……」  心配の言葉にまず源さくらが同意を示し、山田たえを含む周囲の皆も、ん…と言葉を濁して同意の色を見せる。  なんだかんだ言って彼女らは巽幸太郎のことを心配していた。  彼の仕事ぶりと責任感については、これまでの積み重ねから既に疑いのないものという共通認識がある。  巽幸太郎は持っている男であり、自分たちフランシュシュのアイドル活動のためならばその身を粉にして動く男であることも知っていた。  そして時折、自分たちに隠れて心身を酷使しすぎていることも。  その様子に対し、それぞれ感じる想いはあるが…一様に、心配をしていた。ここ数日は特に。

13 18/12/31(月)03:12:46 No.558359670

「…仕方ないわよ、さっき言った通り、今日は迎えにも行けないんだから。アイツの携帯の番号知らないから電話もかけられないし…」 「しょうがなか、待っとってもらちが明かんのや。素直に寝ろうぜ。朝になったらグラサンに文句ば言えばよか」  各々、心配は絶えないが…水野愛の言う通り、出来ることもないのだ。この洋館にある黒電話では着信番号は表示されず、巽幸太郎が洋館に電話をかけることはあっても、こちらから発信することはできない。  寝て待とう、というリーダーである二階堂サキの言葉で一旦は納得をして、ゾンビィたちはそれぞれの布団に潜り込む。  が、その際に。窓の外を改めてみた源さくらは、思わず言葉を零した。 「……あ。雪降ってきてしもうてる…」

14 18/12/31(月)03:13:01 No.558359703

 ……布団に潜り込んだまま、どうしても寝付けずに天井を眺める源さくらの姿があった。  どうしても今朝のやりとりを思い返してしまう。  自分が見送った時の巽幸太郎が本当に普段通りであれば、自分もここまで心配はしなかっただろう。  しかし、ここ数日の彼のハードスケジュールに加えて、今年一番の冷え込み。朝に見た巽幸太郎の顔色は、お世辞にもいいとは言えなかった。  だからこそ自然と自分からは心配の言葉も零れたのだが、返ってきた反応はいつもの通り。  まったくもって心配のし甲斐のない男であると源さくらは感じていた。  そういう態度をとればとるほど……私たちの心配は増えるということに、巽幸太郎自身が気付いていなさそうなところがなお腹が立つ。

15 18/12/31(月)03:13:18 No.558359725

(…まったく、本当に。アイドルに心配ばかくっなんてプロデューサー失格ばい)  ごろ、と寝返りを打ちながら、眠れる夜を過ごす。  冷え込む部屋に、しかしゾンビィである源さくらはそれを苦とは感じない。  もとより体温のない身である。冬山で薄着でいても風邪の一つも引くことがないことは二階堂サキが証明している。  だから眠れない理由は別にあり、その理由に源さくらは心配と怒りを7:3の割合で感じていた。

16 18/12/31(月)03:13:30 No.558359748

 そんなときである。  ぎぃぃぃぃ、と遠くから聞きなれた音が聞こえた。洋館の門扉が開く音だ。  巽幸太郎が帰ってきた。  それをその音で理解した源さくらは、まず心に安堵が広がることを自覚した。  …よかった。  努めて考えないようにしていた最悪の事態にはなっていなかった。  私たちを置いて、幸太郎さんが帰ってこないような、そんな事態には。

17 18/12/31(月)03:13:45 No.558359765

 ちら、と視線だけ動かして大部屋の古時計を見やる。  時刻は既に12時を回っており、日付が変わっていた。 (もう、こがん遅うに帰ってきて!文句ん一つでもよかとうなるばい…)  心配の次に浮かぶのは怒り。勿論本気のそれではない、こんなに心配させてまったく、という類のものである。水野愛が得意としている感情だ。  このまま布団を跳ね飛ばして玄関に迎えに行き、生の感情をぶつけてみようか。心配かけるな、と。  そんな考えが源さくらの頭に思いつく………が、それはやめた。  なんだか癪だ。

18 18/12/31(月)03:14:10 No.558359796

 ここで自分が玄関に駆け付けたら、まるで主人の帰りを待ちわびていた忠犬のようではないか?  時間通りに帰ってこなかったということは、やはり晩酌をどこかで入れて帰ってきたのだろう。  べろんべろんに酔っぱらって帰ってくることも少なくはない。そういう時には紺野純子を筆頭として水野愛、源さくら、二階堂サキ、星川リリィ、ゆうぎり、山田たえの順で介抱する確率が高い。  だが今夜、少なくとも源さくらは世話をしてやるつもりはなかった。  たまには一人でさみしく部屋に戻って、普段介抱されている有難みを感じるといい。  年末の大切な時期に、帰りが遅くなるようなプロデューサーなんてもう知らん!と改めてふて寝を決め込もうとして。  …洋館の玄関の開く音がしていないことに気づいた。 (……あれ?どがんした?いつもならもう玄関におるくらいなんに)

19 18/12/31(月)03:14:32 No.558359825

 もう少し待ってみても、一向に玄関の扉が開く音が聞こえない。建付けが悪く、たとえ巽幸太郎がどんなに慎重に扉を開けたとしても、その音は家中に響く。  その音が、聞こえない。  ……まだ外にいるのだろうか?それとも、もしや門扉を開けたのは別の人?  …いや別の人であるはずはない。町はずれの洋館に、これまでフランシュシュと巽幸太郎以外の人間が来たことは一度もない。  となれば外で…何か作業でもしているのだろうか、と。思考を巡らせ、流石に気になりそわそわし始めたところで。  番犬であるロメロの、かつてないほどの号哭が響き渡った。

20 18/12/31(月)03:14:58 No.558359851

「っえ!?」  がばっ、と布団を跳ねのけて身を起こすゾンビィ「達」。  7人が7人とも、そのロメロの叫びで思わず身を跳ね起こした。  その様子は眠りを妨げられてのものではない。それぞれが源さくらと同じく、巽幸太郎が帰ってこないことに心配し、その帰りを待ち眠りの世界への旅路をよしとしなかったのだ。  しかし事態は緊迫している。  お互いに目線だけでやり取りをして、すぐに立ち上がり玄関に向けて駆ける。

21 18/12/31(月)03:15:24 No.558359882

「まったく…なんなの!?ロメロがあんなに吼えたことある!?」 「あんなせからしかの聞いたこともなか!全く何やってんだあんグラサン!」  酔っぱらって帰ってきた時に、ワンワンと吼えられているのはよくあることだが、これほど悲痛な叫びを放ったことはない。  門扉が開いてしばらく経ってからの遠吠え。一向に開かない玄関の扉。彼女たちの胸に不安が膨れ上がっていた。  よく利く夜目を頼りに玄関にたどり着き、壁にある電気のスイッチを入れる。  途端にまぶしく照らされる玄関の光量に目を細めながらも、そこにあるはずの姿を探して、 「…巽いないよ!」 「外!ロメロはんがまだ吼えてるでありんす…!」 「…ひ、ぅ」

22 18/12/31(月)03:15:41 No.558359900

 玄関に巽幸太郎の姿がなかったことを星川リリィが確認し、ゆうぎりがまだロメロの叫ぶ外を指さし。  そしてその指を視線でたどった紺野純子が、喉が枯れたような悲鳴を零した。止まっていた心臓が動きだしそうなほどの衝撃。  扉の曇りガラスの先、ぼんやりと何かが横たわっているのが見えて、そしてそれは… 「幸太郎さんっ!?」  玄関前で倒れ、薄く雪が積もり、死んだようにピクリとも動かない巽幸太郎の姿だった。

23 18/12/31(月)03:16:11 No.558359944

「ちょっと!?何やってんのよアンタ!」 「グラサン!おいっ!?起きろ!ぶっ殺すぞ!?」 「巽!?起きてよ巽!」 「巽さん… …っ!?ひどい熱…!」  一斉に巽幸太郎に駆け寄り、肩をゆすり言葉をかけるも、一向に反応は返ってこない。  倒れた時に外れたのだろうか、サングラスのない巽幸太郎の顔色は自分たちと遜色ないほどに青白くなっていた。  まず頬に手を当てた紺野純子は、ゾンビィ特有の冷たい手にまるで火傷しそうなほどの高熱を感じ取った。

24 18/12/31(月)03:16:40 No.558359979

「幸太郎さん!幸太郎さんっ!!どど、どやんすどやんす…!」  一緒に声をかけながらも、ぐるぐると坩堝のように混乱し始める源さくら。  追い詰められてこそ力を発揮する彼女ではあるが、今追い詰められているのは巽幸太郎であり、その命すら危ういような状況で本領を発揮する余裕はなかった。  その混乱が伝播する様に、サキ、愛、リリィ、純子にも焦燥が走りだす。パニックになりかけたところに… 「…落ち着きなんし!」  ぴしゃりと、よく通る声でゆうぎりの一喝が響く。はっ、と我に返る彼女らに、鋭い目つきでさらに言葉を紡ぐゆうぎり。   「…落ち着きなんし。白い息が零れとります、死んではおりまへん。急いで部屋に運ぶんどす」

25 18/12/31(月)03:16:59 No.558359998

「…おっ、おう!」  あえて冷静さを演じながら指示を出すゆうぎりに、リーダーである二階堂サキがまず返事をした。  そうだ、まずは巽幸太郎をこのまま寝かせていてはいけない。体を温めてやらなければ… 「…誰か、脚をもって!みんなで抱えるようにしないとコイツの体運べない!」 「わ、私が脚を持ちます!…失礼します、巽さん」 「私は右肩んほう持つばい!もう片方、サキちゃんお願い!」 「任せろ!…ちんちくは台所でお湯ば沸かして来てくれんか!とりあえずようけ必要や!」 「わ、わかった!」 「…わっちも一緒に。毛布や着替えも運んだほうがよさそうどすな」

26 18/12/31(月)03:17:18 No.558360022

 続く水野愛の指示に、紺野純子、源さくら、二階堂サキが巽幸太郎の体を持ち上げようと力を籠める。  力仕事では力になれない星川リリィは台所へ、人手としてゆうぎりが続こうとする。  しかしそこで、問題が生じた。  巽幸太郎の体を持ち上げ運ぼうとする4人だが……この男の体は、重かった。 「…くっ…!」  成人男性の、しかも背丈が180cmを越え体格もよい巽幸太郎の体重は重い。  それこそ、フランシュシュのメンバー一人一人の倍の体重はあるだろう。  さらに全く力が入っていない、まるで死者のような脱力状態であれば、持ち上げるのも一苦労であった。  しかしさすがに引きずるわけにもいかない、そちらのほうが力がいるし我らがプロデューサーを無下に扱うことはできない。  なんとか渾身の力を込めて、と必死に持ち上げようとしたところで、巽幸太郎の体に回す手にもう一人、加わる腕。

27 18/12/31(月)03:17:38 No.558360042

「ヴァアア!」 「…たえちゃん!」  それは山田たえの姿であった。フランシュシュのメンバーの中で最も高身長の彼女が、一息に巽幸太郎の体を雄たけびと共に持ち上げた。  だが一人の力で運びきるのは難しい様で、ふらつく山田たえをカバーするように、四人の細腕が巽幸太郎の体を抱えた。 「ナイスだたえ!こんまま部屋まで運ぶったい!」 「…服が濡れてるからまず長椅子に寝かせるわよ!こいつの服脱がせないと!」 「ぬ、脱が…!?」

28 18/12/31(月)03:17:56 No.558360064

 5人で巽幸太郎の体をあわただしく室内へ運び込む。  水野愛の言う通り、冷え切った巽幸太郎の衣服は雪が沁み込み濡れていたため、このままベッドまで運ぶわけには行かなかった。  そうして、やっとの思いで大部屋にある長椅子まで運んで、ようやく彼女たちは一息つくことが出来た。  じっと巽幸太郎を眺める山田たえを脇目に、慌ただしく少女たちは動く。 「はぁ…風邪引いとったんかこん馬鹿!なして誰にも相談せんと!?」 「サキの言うとおりね。…でも、今はまずこいつを介抱しなきゃ」 「私、体温計取ってくっと!前に幸太郎さんの部屋で見たことがあるばい!」  憤慨する二階堂サキに、同意しつつもまず巽幸太郎の身を案じる水野愛。  源さくらは体温計を取りに巽幸太郎の部屋に走る。巽幸太郎の部屋の中では、毛布を抱えたゆうぎりが彼の着替えを見繕っているところであった。

29 18/12/31(月)03:18:18 No.558360095

「わ、私は服を…ぬ、脱がせ…///」  紺野純子は、恥ずかしそうにしながらも横たわる男のボタンを外して濡れた衣服をはぎ取りにかかる。  が、恥じらいと共に動く手はひどくゆっくりしっとりとしたものであった。  その様子にまだるっこしい!と二階堂サキも加わり、瞬く間に巽幸太郎の肉体が露になってくる。  普段であれば一様に恥じらう乙女ゾンビィが生まれるであろうその鍛えあげられた肉体。  だが、苦悶の表情で苦しそうに吐息を漏らす巽幸太郎の姿はとても弱弱しく見えて、メンバーたちは心配を隠し切れなかった。  下の肌着以外はすべて脱がし終えて、星川リリィが準備したお湯につけたタオルで体を手早く拭いてやる。  流石に緊急事態とはいえ、男の下腹部を直視する度胸は今ここにいるうら若き乙女ゾンビィたちにはなかったが…   「あ、じゃあそこリリィがやるー」  と立候補した星川リリィの手によって、巽幸太郎の全身から汗や濡れた水分を拭きとった。

30 18/12/31(月)03:18:39 No.558360107

 しかしこのまま裸にしているわけにもいかない…と温めたタオルで少しでも暖を取っていたところで、源さくらとゆうぎりが部屋に戻ってきた。 「あったばい!体温計!」 「でかした!」 「毛布と、着替えの服と下着も持ってきましたえ」 「助かります、ゆうぎりさん」  源さくらが見つけ出した体温計を受け取り、ぶんぶんと振り出す二階堂サキ。  紺野純子がさも当然という風にそれを眺めているが、巽幸太郎に服を着せている星川リリィ、水野愛、源さくらはえっ、という表情でそれを見た。 「えっ、えっ、なんで体温計をそがん振っとーと?」 「はぁ?目盛りを戻すために決まっとろーが。このままじゃ測れんばい」 「…サキ。今の体温計はそのまま腋に挟めばいいの」

31 18/12/31(月)03:19:05 No.558360143

 えっマジ?と体温計を振る手を止める二階堂サキ。  まったく、とため息をつきながらも彼の熱を測る。  数分後、測定された数値は、 「……39度8分」 「がばい高かね!」 「普通ん風邪じゃなかぞ!どんだけ無茶しとるんとこのバカ!」 「リリィ、インフルエンザかもって思うの」 「大丈夫でありんしょうか…」 「ヴァゥ……」

32 18/12/31(月)03:19:30 No.558360172

 示されたその高熱に、一層心配を募らせるフランシュシュ一同。  単純な風邪薬で効くのだろうか?そも、意識のないこの状態はとてもまずいのではないか?  介抱中にも、うめき声が漏れるだけで意識を取り戻すことはなかった。昏睡状態ともいえる。 「その……救急車とか、呼ぶべきじゃないですか…?」  紺野純子が控えめな声で出した提案に、ん、と悩む。  確かに彼の命を一番に考えるのであれば、それが一番とも思う…思うが、しかし。  最初に反対の声を挙げたのは水野愛だった。 「…駄目、それは駄目よ。こんな深夜に人を呼べば怪しまれる…私たちは人前に顔も出せないのに」 「でも…!巽さんに万が一のことがあったらどうすれば…」 「わかってる!でもただの風邪かもしれない…ここで私たちの正体がばれたら今後の活動は絶望的になるわ!」 「そ、それでもっ!巽さんがいなくなったら、活動が出来なくなるのは同じです…!」 「だからって…!」

33 18/12/31(月)03:20:02 No.558360202

 ぐ、とさらに反論しようとして、しかし水野愛の言い分に一理あることも理解している紺野純子は口を噤んだ。  同じく、巽幸太郎の身を案じることが一番であることを理解しながらも、その手段を取れない水野愛もまた悔し気な表情を浮かべる。  恐らく他のメンバーも同じ思いなのだろう。彼の身を一番に案じながらも、そのための手段がフランシュシュという存在を脅かすもので。  こうして看病をするだけでいいのか、医療機関にすぐにでも運ぶべきなのか…判断がつかないでいた。  しばしの無言の間。  そして、その無言を破ったのは、ゾンビィ1号の名を関する、源さくらの口からだった 「…大丈夫ばい」  え、とその言葉にみんなの視線が向く。  源さくらは、巽幸太郎にまるで慈しむような視線を向けながら、言葉を連ねる。 「…幸太郎さんは言うとった。前に私が『持ってない』って言うとった時に。俺は持ってる、って」

34 18/12/31(月)03:20:30 No.558360239

 ふと目を閉じる。今でも、鮮明に…鮮明に思い出せる、あの時の言葉。 『──俺が持ってるんじゃーい!』 『──いくらお前が持ってなかろうが、俺が持ってりゃいいんじゃい!』 『──なんかこうでっかい、すっごいなんか、でっかくてすごいの俺が持っとるんじゃい!』 『──いいかさくら!だから俺は!』 『──────お前を絶対に見捨ててやらん!』

35 18/12/31(月)03:20:48 No.558360259

「…って。幸太郎さんは私たち全員の『持ってない』を足しても負けないくらい、持ってる人やけん」 「だけん大丈夫ばい。こん人はうちらを絶対に見捨てん。勝手に倒れて、そんままなんてありえんけん」 「きっと明日には目ぇ覚むる。そしたら、みんなで看病すればよかと」  そうして、源さくらが一同に顔を向ける。一人一人、目を合わせてから、 「…ね?」  咲き誇るような笑顔で、同意を求めれられれば。  その真にある確かな信頼に、一様に頷きを返すのであった。

36 18/12/31(月)03:21:03 No.558360276

さくらです! 幸太郎さんが風邪でぶっ倒れよりました! なんしよーんとねこん人!「見捨ててやらん」って言葉は嘘だったと? …っといけんいけん闇ば零すんなまだ早かですよね! 明後日にライブも控えとうばってんそがんことより幸太郎さんです! とにかくみんなで看病せんと! 私とサキちゃんとゆうぎりさんは買い出し! 愛ちゃん純子ちゃんは関係各所にキャンセルの連絡! リリィちゃんには幸太郎さんのお着換え任せてよかね? たえちゃんな幸太郎さんがベッドば抜け出さんか見張っとってな! …あれ?ばってん外に出っためにはメイクん必要で…どやんすどやんすー!? 次回!ゾンビランドサガ! 『焦心苦慮のカプリチオSAGA』! …見捨てませんよね、幸太郎さん?

37 18/12/31(月)03:21:51 No.558360342

待ってくれないか ガチ目の怪文書の洪水をワッと浴びせるのは

38 18/12/31(月)03:22:03 No.558360359

よか!

39 18/12/31(月)03:22:17 No.558360379

なげえ!!!

40 18/12/31(月)03:22:22 No.558360384

長いのよかよ!

41 18/12/31(月)03:22:40 No.558360407

42 18/12/31(月)03:22:47 No.558360413

びっくりだよ!どうした夜中に! 内容はよかったよ!

43 18/12/31(月)03:22:53 No.558360416

早く続きをお書きなんし!!1!?1

44 18/12/31(月)03:22:59 No.558360423

ちょっとシュタゲっぽいサブタイトルもいいでありんすなあ...

45 18/12/31(月)03:23:08 No.558360434

超大作来たな…

46 18/12/31(月)03:23:09 No.558360436

大作の予感! …続きを書きなんし!まっとらすよ!

47 18/12/31(月)03:23:38 No.558360478

キャラ一人一人がしっかり活きててよか…

48 18/12/31(月)03:24:35 No.558360543

これな…多分あと6話くらいあるんだ… 年末年始でのんびり続きを書く予定なので期待しないで

49 18/12/31(月)03:25:27 No.558360621

「」さお!!時間のあるときにゆっくり続き書かんね!!

50 18/12/31(月)03:25:30 No.558360625

なんし!!!!!!!!!!!5

51 18/12/31(月)03:26:00 No.558360652

読み応えがあって非常によかね…

52 18/12/31(月)03:26:33 No.558360683

「」さお!皆さん楽しみに待っとらすよ!身体に気をつけて書かんね!

53 18/12/31(月)03:26:43 No.558360693

これ普通の怪文書の3、4話分くらいねえか…

54 18/12/31(月)03:27:16 No.558360749

リリィはんが頼れ過ぎる…

55 18/12/31(月)03:28:11 No.558360802

全部捕捉できるかわかんないからまとめをtxtであげて欲しい…

56 18/12/31(月)03:28:29 No.558360823

>これ普通の怪文書の3、4話分くらいねえか… 冗長に長くなるのがいつもの癖で… ゾンビランドサガの怪文書は初めて書いたんだけど方言難しいよね 方言変換ツールが無ければ危なかった

57 18/12/31(月)03:28:56 No.558360856

あったよ!よか怪文書!

58 18/12/31(月)03:30:22 No.558360945

>リリィはんが頼れ過ぎる… おとこのこだもんね

59 18/12/31(月)03:30:51 No.558360979

読んでも読んでも終わらなくて何事かと思った 大長編過ぎる…

60 18/12/31(月)03:31:40 No.558361035

こんだけキャラが入り乱れてて誰かすぐ分かるって何気にすごい

61 18/12/31(月)03:32:38 No.558361090

本編3~4話分位書くつもりなの...?

62 18/12/31(月)03:33:07 No.558361118

>方言変換ツールが無ければ危なかった なんとなーくアニメで使ってた方言と比べてより訛ってる感じだったのはそういうことか

63 18/12/31(月)03:33:37 No.558361147

>本編3~4話分位書くつもりなの...? 書きたい 書く ←いまここ まとめは都度あげさせてもらおうと思っとります

64 18/12/31(月)03:34:28 No.558361195

体温が低いことを活用して氷枕ならぬゾンビ膝枕せんね!頭だけは冷さんと障害が待っとらすよ!

65 18/12/31(月)03:34:59 No.558361226

>>本編3~4話分位書くつもりなの...? >書きたい >書く いまここ >まとめは都度あげさせてもらおうと思っとります あんさんすげぇな...

66 18/12/31(月)03:35:02 No.558361230

普通にアニメ1話分作れるレベル…!

67 18/12/31(月)03:43:17 No.558361784

もはや怪文書ではなくただのSSなのでは 続きはよ

68 18/12/31(月)03:51:13 No.558362304

なげぇよ!?

69 18/12/31(月)04:00:03 No.558362958

こんな時間になんてものお出ししやがる…

70 18/12/31(月)04:15:27 No.558363879

完結したらまとめにしてくれよ…

71 18/12/31(月)04:18:00 No.558364041

気になって死んじゃうからちゃんと続き書いて でも年末年始で不在がちだからまとめ置いといて おねがい

72 18/12/31(月)04:21:35 No.558364260

こんな時間に投下していい大作じゃねぇ!? よか…

73 18/12/31(月)04:22:23 No.558364300

ハーメルンとかでまとめて出してくれたりしねぇかなぁ… 絶対どっかで保存し忘れ起きそうで怖い

74 18/12/31(月)04:28:03 No.558364607

場末の掲示板に載せられてるのが勿体無いクオリティ……

75 18/12/31(月)04:35:16 No.558365029

一朝之患 いっちょうのうれい 少しの間、または急に心配になること オブリガート 助奏 焦心苦慮 しょうしんくりょ あれこれ思い巡らし悩むこと カプリチオ 狂想曲 なるほど

76 18/12/31(月)05:54:01 No.558369085

よか…出来れば次のも読みたいばい

77 18/12/31(月)05:59:19 No.558369284

出来が良すぎて今後の見逃しば怖かと…

78 18/12/31(月)06:09:51 No.558369751

よかたい 長そうやけどがんばれ

79 18/12/31(月)06:09:52 No.558369752

早起きして良かった…!

80 18/12/31(月)06:11:22 No.558369820

さりげなく彼岸島定型入ってる

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