虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

1 18/12/29(土)20:20:31 No.557999834

声がした方に目を向けると、幸多のすぐ真横に少女が立っていた。幸多も恋も、会話に乱入されるまで全く少女の存在に気付いていなかった。 恋は少女を一目見て、その少女が知り合いだと分かった。 140センチも無い小柄な体に水色の髪、そして美少女とも美少年ともとれる中性的な顔立ち、いつも頭に付けているリボンは無いが、間違いなく正雄おじさんである。 三十路の男性――小学生にしか見えないが――がこの辺では見かけない女物の学生服を着て突然現れた意味を恋は考える。 (…ああ、またか) 正雄がセイカ、という偽名を名乗ったことから恋は答えにたどり着いた。 近年、事あるごとに元フランシュシュメンバー、言い換えると乾兄妹の保護者達が変装をし、偽名を名乗り、乾幸太郎の娘だと自称した上で工作を行う事件が頻発していた。 「みんなを同じ高校に合格させたげるけん！」 との言葉とともに現れた伝説の家庭教師に始まり、名門高校に脈絡なく沸いた廃校危機、スクールアイドルサガプロジェクトの発足、メンバー集め…節目に現れては、変化をもたらし去っていく。

2 18/12/29(土)20:20:59 No.557999981

しかし、と恋は再び正雄に目を向ける。 (あれは変装なの…？コスプレにしか見えないじゃない) 時が経つにつれどんどん保護者達の変装が雑になっていたのは気になっていたが、今回に至っては隠す気概すら感じられない。 これなら唯一、兄妹の前に現れる人物の正体に一度として気付いた事の無い愚兄も流石に気付くだろう、と恋は思った。 「お前…誰なんや？」 幸多は真剣な表情で訪ねた。恋は悲しくなった。 「ああ、自己紹介がまだだったね。セイカの名前は乾星花。君達と同じたつみ…幸太郎の娘だよ」 100歩譲っても息子だろう、と恋は思った。 「な、なんやと…」 「信じられないみたいだね、いぬい。まーそこは信じても信じなくてもいいよ。それよりも、アイドル、やるんでしょ？」 「…お前も乾じゃないんかい…何故知っているかは置いておく。だからどうした？用件はなんだ」 「話がはやいね。セイカも乾家の人間としてフランシュシュ・ムーンライトに加わりたい、と言いたいのは山々なんだけど、事情がちょっとあって、それは出来なくてね」 「だから皆のコーチをさせて欲しいんだ。きっと役に立つと思うよ」

3 18/12/29(土)20:21:44 No.558000196

見透かされている、と恋は思った。 確かに、丁度幸多とは別の、客観的に指導してくれる人が欲しい頃合いだった。 それが元フランシュシュメンバーの中で唯一兄妹の親では無く、かつ実力者の6号こと正雄であれば尚のことである。 とはいえ、素直に話に乗っかっていいものか。こうして毎度毎度この介入に甘んじる事をあまり良い事だとは思っていないし、保護者達の思惑が依然として読めないのも気になった。 「用件は分かった。だが、力量を見ないからには了承も拒否もできない。悪いが踊ってみてくれないか」 幸多の提案を聞いて、恋は一旦判断を後回しにした。あの6号のパフォーマンスを生で見られるかもしれないという下心もあるが、見てから判断して損はないと思った。 「それもそうだねー」 正雄はそう能天気に答えると、二人から少し距離を取り、どこかから取り出した木の枝で2人と自分との間に線を引いた。 「…その線は何ですか？」 恋が尋ねると、正雄は用済みになった木の枝を邪魔にならない場所に放り投げながら答えた。 「おまじない」 そう答えた正雄の顔つきは、既に「謎の少女」ではなく「アイドル」だった。

4 18/12/29(土)20:22:16 No.558000359

「じゃあ、始めるね。曲はセイカの自由でいいかな」 「構わない。アイドルソングなら音源は用意できると思うが」 「いらない。確か踊ってってリクエストだったよね？でも折角だし歌っちゃおうかな。一人だから全部歌うと大変だね」 豪正雄こと、フランシュシュ6号はそう言うと、一度静かに呼吸してから曲目を告げる。 「聴いてください。『FLAGをはためかせろ』」 FLAGをはためかせろ。フランシュシュ初期の代表曲の一つ。 「～♪テーンテーンテーン…れでぃ～ごーー！」 「なんだか毎日つまんなーい、あんまりテンションあがんなーい」 6号は2人しかいない観客に全力で歌を届ける。 恋は言葉を失った。あまりにも「かわいい」。映像で見るよりも何倍も。 「Go！boys＆girls」 一挙手一投足、頭からつま先まで、ありとあらゆる全てかわいいで埋め尽くされている。このような事が人間に可能なのか。 「FLAGをはためかせろ～♪」 経験や才能だけで辿り着ける域ではない。底知れない「かわいい」への執念が隠されているに違いないが、その跡を微塵も感じないことを、恋は少しばかり恐ろしく思った。

5 18/12/29(土)20:23:11 No.558000661

「ぼくを、きみを、胸はって～♪」 なまじ「アイドル」の世界に足を踏み入れてしまったから分かる、自分と6号との気が遠くなるほどの距離。 「フレッ！フレッ！フレーレッツゴー！」 本当にあの、優しい正雄おじさんなのか。新年の乾家の集まりで兄妹全員にお年玉を配り、「最早このためだけに働いているようなもんだよねー」と言ってこたつに籠る温和なおじさんと、この苛烈と表現していい程に「かわいい」アイドル6号が、段々恋には別人のように思えてきた。 「でででででで、でーん！」 6号がポーズを決める。曲が終了した合図である。 「終わり！どうだった？」 自分で引いた線を足で消しながら、正雄は二人の観客に尋ねる。 圧倒されて声も出せない、といった様子だった幸多は質問を受けて何とか声を絞り出す。 「…試すような真似をしてすまん、いやすいませんでした。6号の振り付けだった、でしたね」 「敬語はいいよ。兄妹でしょ？」

6 18/12/29(土)20:24:11 No.558000985

「あ、はい。いや、驚いた。映像で見た6号そのまま、いやそれ以上やった。6号を生で見るとあんな感じなんやろうか…とにかく、まさか母ちゃん達並のアイドルが他におるとは思わんかった…コーチの件、願ってもない申し出やけん、是非お願いします」 「私からも、お願いします。私たちにアイドルを教えてください」 恋はそう言ってから頭を下げる。あの演舞を見てしまった今となっては、少しでも彼我の差を埋める為ならば保護者の思惑も何もかもどうでもいい。 幸多も恋が頭を下げたのを見て慌てて後に続く。 「交渉成立だね。コーチになるのはセイカが望んだ事だから、頭なんて下げなくていいよ。その代わりにビシバシ行くよ！」 じゃあ今日はそろそろお日様が沈むから終わり！との言葉と共に、3人とも帰宅の途につく。 「暗くなってきたけん、2人とも送っていくばい。コーチはどういうふうに帰るとや？」 「セイカ、でいいよ。あと、セイカは幸多よりも強いから大丈夫だよ」 本当か？と疑う幸多に、正雄は説明を加える。 「徒手空拳で暴漢を撃退するスキルは一流のアイドルなら皆持ってるものなんだよ幸多」

7 18/12/29(土)20:24:46 No.558001174

「そうやったんか…」 「恋ちゃんはセイカと帰宅ルートが大体同じだからセイカが送ってくよ。じゃあね幸多。またね」 「お、おう、じゃあな」 幸多と別れて、正雄と恋は二人きりになる。 「うーん、流石に今回気付かないのは流石のリリィも将来が心配かなー。最後の会話とかもツッコミどころ満載なのに何も言われなかったし。ねえ恋ちゃん」 まあいぬいより強いのはホントだけど、という呟きを恋は聞かなかった事にした。 リリィ、とは星花とはまた別に正雄が自称している名前である。こちらは星花とは違い昔から名乗っており、元フランシュシュメンバーなんかは基本的に彼をリリィと呼ぶ。 「…私には隠さないんですね」 最近はいぬい以外には隠してないからねーと正雄は答える。いつもの正雄おじさんだ。恋は少しばかり安堵した。

8 18/12/29(土)20:25:01 No.558001258

「なぜ、こんなことをするのか聞いてもいいですか」 先ほど師事して貰えるならば細かい事には目を瞑る事にはしたが、聞けるならばそれに越したことはない、と思い恋は尋ねた。 「幸多に隠してる事、じゃないよねえ…もちろん、皆にアイドルになってほしいから」 「知っています。ですけど、過剰じゃありませんか？ここまでする理由を知りたいんです」 母親譲りの眼差しが正雄をまっすぐに射抜く。正雄は穏やかに笑って答える。 「別にリリィ達は、子供達の歩く道にある石を全て取り除くほど過保護なわけじゃないよ。子煩悩なのは皆同じだけどね」 「でもね恋ちゃん、対バンっていうのは一組じゃできないんだよね」 「それって」 「恋ちゃん、家に着いたよ？」 正雄は恋の言葉を喋るように恋の自宅に到着した事を告げる。 正雄はじゃあねーと手を振り去っていく。それを受けて恋は慌てて別れの挨拶をする。 とことこと歩いていく小さい背中を見ながら、恋は正雄の言葉の意味を考えていた。

9 18/12/29(土)20:25:18 No.558001347

「もしもしー？うんこっちは予定通り終わったよー。ああいぬい？いやー今回も気付かなかったね…いやいやさっき出発した時の格好のままだよ。別に確認してもいいけど、賭けはサキちゃんの一人負けで揺るがないと思うよ」 「はい、じゃあ今後も予定通りねー。はいはい、じゃあ切るねー」 正雄は電話を切って、受話器を電話機に戻した。 「今日は出来があんまり良くなかったなあ。どうにか間に合わせないとまずいよね」 「でもコーチもしないといけないし仕事もあるし…ゾンビだから最悪寝なければいいけどそうするとさくらちゃん怒るしなあ。自分も根詰めるタイプなのに」 「…考えても仕方ない。適当に仕事して寝よ」 正雄はため息を吐きながら書斎に向かう。いつからだろう、子供達の前で愚痴を言わなくなったのは。ふと在りし日の両親を思い出す。 「…皆、本当に大きくなったなあ」 半年後には計画の中間点を迎える。自分にとってはここが正念場だ。

10 18/12/29(土)20:26:47 [sage] No.558001786

なぜか続きました 脳内まさおすきポイントを詰め込んだらとても長くなりました あとデフォルトで名前が3通りあるキャラが偽名名乗る展開は無謀でしょと思った 以上です

11 18/12/29(土)20:28:13 No.558002213

事情を知ってるのか知らないのか…

12 18/12/29(土)20:29:34 No.558002563

これホントのプロデューサーはまさおなのでは？

13 18/12/29(土)20:30:33 No.558002843

兄妹は6人じゃなかったっけ

14 18/12/29(土)20:32:16 No.558003309

乾幸多 乾幸露 乾妙子 乾恋 乾 乾

15 18/12/29(土)20:36:05 No.558004441

あとはさくらの子と純子の子か

16 18/12/29(土)20:39:07 No.558005281

さくら2世は持ってる遺伝子と持ってない遺伝子が混ざって基本不運だけど大体なんとかなる方向性の持ち方になるのかな…

17 18/12/29(土)20:39:33 No.558005409

まさおじよか

18 18/12/29(土)20:41:23 No.558005981

>さくら2世は持ってる遺伝子と持ってない遺伝子が混ざって基本不運だけど大体なんとかなる方向性の持ち方になるのかな… カッコつけるとちょっと不幸が起こる的な…

19 18/12/29(土)20:43:07 No.558006518

不幸の先に成功があるためその今までの不幸の積み重ねでメンタルやられる可能性が無くもない

20 18/12/29(土)20:45:36 No.558007279

よか…

21 18/12/29(土)20:49:37 No.558008423

幸多くんはさあ…

22 18/12/29(土)20:50:23 No.558008631

>幸多くんはさあ… 勉強できるタイプのアホなのがタチ悪い…

23 18/12/29(土)20:52:05 No.558009132

優しいおじさん…！

24 18/12/29(土)20:57:18 No.558010713

2世時空が出来上がってゆく…

25 18/12/29(土)20:59:40 No.558011369

普通に凄い読んじゃった

26 18/12/29(土)21:00:38 No.558011694

奇跡級のド天然だな幸多…

27 18/12/29(土)21:02:59 [sage] No.558012470

http://www.nijibox5.com/futabafiles/tubu/src/su2794982.txt 一応これおいとく。始めて使うから文字化けとかあっても許して

28 18/12/29(土)21:03:20 No.558012561

このバースすごい好きだわ

29 18/12/29(土)21:04:19 No.558012868

サキちゃんだけ息子信じてるのが可愛い

30 18/12/29(土)21:04:44 No.558013028

そうか幸多も金髪なのか