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  • 鳥の声... のスレッド詳細

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    18/12/02(日)01:59:20 No.551613535

    鳥の声が聞こえる。 まどろみに浸かった両頬をぴしゃりと張って背筋を伸ばす。 起き抜けの早朝、さして意識したわけでもなかったが、これがゾンビ2号・二階堂サキの日課のようになっていた。 辺りを見渡すと、フランシュシュの面々は未だ寝息を立てている。 どうせもう起きる時間だと、サキは周りに気遣うでもなく無造作に立ち上がり、水道を目指した。 外を見ると、すっかり角度の落ちた秋の日差しが眩しい。陽の光に強いゾンビでよかった。 取り留めのない事ばかり考えながら、ピンク色のつっかけをつま先に引っ掛けて庭に出ると、先客がいる。 朝っぱらからサングラスをかけ、ジャケットを肩に引っ掛けた不審人物、巽幸太郎が歯を磨いていた。 「む、おはようござーまーす」 と、おそらくは言ったのだろう。歯ブラシをくわえたままモゴモゴと何事か喋っている。 「おう」 とだけ返し、サキは横合いから蛇口を捻って冷たい水を顔に浴びせた。

    1 18/12/02(日)01:59:45 No.551613604

    「なんじゃい気の抜けた風船みたいな返事しおってからに、挨拶は基本だぞサキィ」 「テメー今何言っとうかわからんかったとやろが」 口を濯いだ幸太郎の言葉に正論を投げ返すサキ。数秒置いて、幸太郎は眉根を寄せて舌を出し、 「テヘペォ」 「テメそれマジぶっ殺すって言っとうとや」 間髪入れずに凄まれた。神経を逆なでするとわかっているやらいないやら、読めないところが余計憎たらしい。 もういっそ一度シメるかとサキがイラつき始めた時、背後から小さな足音が駆けてくるのが聞こえた。 「おうチンチク、おはようさん」 「チンチクじゃないもん、リリィだもん。おはよサキちゃん」 「あのォ、俺もいますよ。おはようございます」 永遠の小学生、ゾンビ6号・星川リリィである。幸太郎には適当な生返事が返された。

    2 18/12/02(日)02:00:04 No.551613667

    「まーえーわい、お前らどっちも新曲披露ライブきっちり成功させたからな。今回だけは多めに見ちゃる」 あくまでふんぞり返っていく幸太郎を、リリィは目を細めてジトリと睨めつけた。 「うわ、エラそー」 「ハイエラいですープロデューサーですーしかも敏腕ですーわかったらもっとお気遣いせんかーい!」 「リリィ達のためにいつも頑張ってくれてありがと☆プロデューサーさん!」 「営業スマイル100%はやめろボケェー!俺が傷ついたらどうすんじゃい!!」 けらけらと笑い返すリリィ。本来なら事案の不審者相手であるというのに、この数ヶ月間で醸成された連帯を感じる。 ゾンビになってからの日常と、そこにはない『普通』の存在。 ふと、サキの頭の片隅にあった疑問が首をもたげた。思ったからには口にするのが彼女流だ。 「なあ、二人ともちょっとツラ貸せや」 「「えっ」」

    3 18/12/02(日)02:00:32 No.551613744

    「普通って言われてもリリィずっとテレビのお仕事してたからよくわかんないよ」 『普通』の生き方とはなんぞや、という禅問答じみた問いである。12歳に聞くには酷だったかもしれない。 「いやすまん、そりゃそうだよな……変な事聞いた」 彼の家族の事情も知っていながら無粋が過ぎたかと思わず萎れるサキであったが、リリィはけろっとして返す。 「ううん、サキちゃんに頼られた気がして悪くないかも」 「そりゃどうも……」 いつまでも心配するようなタマではなかったようだ。むしろ、性根の強さが気持ち良いとさえサキは思った。 「グラサンはどうとや?まあテメー普通って感じじゃないっちゃけん、あんま期待はしとらんとけど」 次いで、腕を組んで二人の様子を眺めていた幸太郎に話を振る。何も考えていなかったのだろう、反応が鈍い。 「……テメまさか話聞いとらんかったっちゃなかろうな」

    4 18/12/02(日)02:00:53 No.551613810

    「いや聞いとっと、まるっと聞いとっと」 「じゃあ答えれや、『普通』の生き方って何や」 幸太郎は急に真面目くさった顔になると、いつになく落ち着いたトーンで続ける。 「……こう……フツーに進学とか?サークル活動とか就職とか?なんかアレほら、結婚とか?そんな感じ」 呆れ果てて声も出ないとはこの事だろう。サキは怒鳴る気力も失せたままぼけっと幸太郎を見やった。 リリィのジトっとした視線も相まって流石にいたたまれなくなったのだろう、幸太郎はいつものように開き直り始めた。 「普通とかそんなもん人によって違うやろがい!!じゃあ何か!?ワシにとっての普通がまさおにとっての普通なんかい!!」 「まさおじゃないもん、リリィだもん」 「はいまさおじゃないですリリィですー!ここではリリィが普通ですー!そういう事ですー!」 「わかったから暴れるなせからしい」 ダメ元がダメだったからといって気分を害するほど度量の小さいサキではない。聞いた自分がダメだったのだ。

    5 18/12/02(日)02:01:12 No.551613876

    「……ここでの『普通』は世間のものとは違う」 「あん?」 さてもう皆起きているだろう、ミーティングに向かおうというところで、幸太郎が訥々と語りだした。 「世間での『普通』は年月に寄り添って生きる事だ……お前の友達のようにな」 「……」 サキは麗子の事を思う。彼女と、彼女の娘の事を思う。自分の知らない月日の事を思う。 「俺はお前たちにそんなものは用意してやれない。俺が用意してやれるのは……」 「アイドルへの道、やろ。わかっとるったい」 だからそんな申し訳なさそうにするのはやめろ、という言葉をサキはあえて飲み込んだ。

    6 18/12/02(日)02:01:29 No.551613925

    「まあいつまでもこの姿ってのも悪いことばかりじゃないけん、な、チンチク」 「リリィだもん。まあね、リリィずーっと無敵だよ」 死因が二次性徴のゾンビィが言うと説得力が違う。それを聞く幸太郎の表情が、少しだけ和らいだように見えた。 「そのまま育っとったら、親父さんみたいないかつい大男になっとったかもしれんもんな」 「そしたらサキちゃん、もうおばちゃんだよおばちゃん」 「うーん想像できん……というかしとうない」 リリィはその場で笑いながらくるりと回ると、サキとその後ろを歩く幸太郎に向き直る。 「きっとさ、パピィはリリィが大きくなるの喜んでくれて、リリィは絶対大人気イケメン俳優になってたよ。でもね」 二人はそれをじっと聞く。 「でもきっと……可愛いリリィも諦めて、パピィにメッセージも送れなかった。だからリリィは、今の『普通』が大好き」 伝説の子役でもゾンビィ6号でもない、もしかしたら、ゴウマサオとしての言葉なのかもしれない。 二人はどちらともなく、そう考えた。

    7 18/12/02(日)02:01:56 No.551614019

    パチン、と電気ポットのスイッチが上がる音が聞こえた。 突っ伏していたテーブルから身を起こすと体の節々が痛い。もういい歳だもんな、とサキは苦笑する。 つけっぱなしになっていたテレビは朝の芸能ニュースを流している。という事はもう6時半だ。 サキは慌てて立ち上がり、麗子にコピーしてもらった時短レシピを冷蔵庫にマグネットで貼り付ける。 弁当を作り始めないと、ダンナと息子の出る時間に間に合わなくなってしまう。窓からはもう日差しが入り込んでいた。 炊飯器のタイマーを確認し、並行して卵焼きや野菜炒めを作る。ポットのお湯で三人分のココアを入れておく。 電子レンジに昨日の夕飯の残りを放り込み、洗濯機をオンにするついでに自分の化粧も簡素にすませる。いつもの朝の光景。 と、寝室の方からやかましいやり取りが聞こえてくる。ちょうど電子レンジが甲高い音を立てたところだ。 「おはようさん、ダラダラしとらんで、はよご飯食べんね!」 返ってきた二人分の生返事に、サキは何故か無性に笑いをこらえられなくなってしまった。

    8 18/12/02(日)02:02:12 No.551614081

    「ママ、星川リリィ出とらすよ」 その言葉で、サキは出勤準備にかかりきりだった顔を上げる。 元子役、今ではすらりとした長身に可愛い系の顔立ちで人気急上昇中の俳優だ。 テレビでは出演作である大河ドラマの映像が流れていた。まるで女の子にしか見えず、今の姿とは相当のギャップがある。 『一時期は廃業も考えていたんですが……周囲の助けや皆さんの声があって、ここまでやろうと思えるようになれました』 神妙な顔つきで頭を深々と下げた、と思えば次の瞬間には笑顔で次の主演作の宣伝をしていた。 「飽きんねー」 「一見なよっとしとるが、根性で這い上がってきた男やけんな。やっぱ男は気合と根性たい」 「えーそういうのキラーイ」 唇を尖らせる我が子は、いつもどおり生意気で可愛らしかった。

    9 18/12/02(日)02:02:35 No.551614145

    きっとこれが『普通』なのだろうな、とサキは思った。 星川リリィが自分の成長を受け入れたように、自分が気合と根性を他人事として語っているように。 運命というものがあったなら、きっとそれから逃げずに寄り添って生きる事こそが『普通』の生き方なのだろうと。 『普通』のなんと覚悟のいる事か。 ただ、こうも思った。 自分のいるべき場所はここではない。 鳥の声が聞こえる。 布団の中で、サキはゆっくりと目を開けた。 ライブイベントで全力を出し切ったせいか、普段よりも長い夢を見ていた気がする。 どんな夢を見ていたんだか、よく思い出せない。目を閉じれば、夢の続きが見られるかもしれない。 サキは上体を起こして周囲を見渡すと、ぴしゃりと両頬を張って背筋を伸ばした。 それきり、同じ夢を見る事はもうなかった。

    10 18/12/02(日)02:04:37 No.551614509

    サキリリとは珍しい

    11 18/12/02(日)02:08:05 No.551615039

    よか…

    12 18/12/02(日)02:12:11 No.551615651

    普通に生きられないのもまた楽しい人生 ゾンビでありアイドルだしな

    13 18/12/02(日)02:14:28 No.551616000

    巽エミュうまか…

    14 18/12/02(日)02:15:17 No.551616118

    ここではリリィが普通…

    15 18/12/02(日)02:26:46 No.551617703

    甘い夢を見たものだな…

    16 18/12/02(日)02:31:16 No.551618263

    サキちゃんが主婦やってるところなんて想像つかないからサキちゃんにとっての普通は違うところにあるんだろうな

    17 18/12/02(日)02:33:20 No.551618510

    普通がわからんってよほどだよね

    18 18/12/02(日)02:35:33 No.551618759

    >「はいまさおじゃないですリリィですー!ここではリリィが普通ですー!そういう事ですー!」 ココはマジで言いそうだな…

    19 18/12/02(日)02:37:18 No.551618959

    一瞬だけあり得たかもしれない未来を夢に見るのいいよね…

    20 18/12/02(日)02:46:55 No.551620017

    死んでなかったらそれぞれ大成してたのかな

    21 18/12/02(日)03:01:28 No.551621667

    サキちゃんはあの様子じゃチキンレースで死ななくても近いうちに死にそうだ…

    22 18/12/02(日)03:15:54 No.551623556

    >ただ、こうも思った。 >自分のいるべき場所はここではない。 さっきのアニメで見た!

    23 18/12/02(日)03:22:56 No.551624407

    >「はいまさおじゃないですリリィですー!ここではリリィが普通ですー!そういう事ですー!」 なんなんこれ…こんなんズルかとよ…