虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

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    18/05/22(火)23:22:43 No.506660579

    「ねぇダージリン、こういうのってあなた、興味ある?」  と、同居人であるケイが差し出したチラシを受け取って、わたくしこと“大”ダージリンは眠い目をこすった。  キッチンからは今淹れたばかりの紅茶(ティンダーリアのダージリン)のいい香りが、湯気に乗って漂ってくる。スコーンは昨日安斎さん立ちが来た時に焼いたものを温め直したもので、オレンジピールの入ったマーマレードとケイの好きなピーナッツクリームが準備してある。いつもの朝食だ。これに新鮮なきゅうりでもあれば最高だが、今は少し時期外れだし、そもそも買いに行っていない。 「ケイ。リビングの空き瓶も片付けてくれればよかったのに」 「わたしゴミ捨て行ってきたのよ? あなたがベッドでぐーすか寝てる間にね。あなたのだっこちゃんがぬいぐるみに変わっていたの気付いた? なんで文句言われるの?」 「だって今日は回収ごみじゃない。あなたの開けたバドワイザーの缶は来週までこのわたくしの優雅なお城を占有するってわけ? あなたと一緒に」 「あなたのスコッチの瓶もね」 「夢を捨てるとき、この世は存在しなくなる」

    1 18/05/22(火)23:23:00 No.506660650

    「驚き。ショットグラスに一杯あるかないかのウイスキーがあなたの夢なの? 飲んじゃいなよ」 「朝っぱらから?」 「ハンフリー・ボガードな気分にならない?」 「今日はミセス・バケットの気分なの……なあにこれ」  ケイは口をとがらせながらごみ袋に昨夜のサッカー観戦の空き缶を放り込み、思い出したように言った。 「あぁ、それ。さっきごみ捨てに言った時に、棚さんにもらったの。楽しいよって。でもあなた、そういうの興味ないわよね?」  ケイが片付けを始めたことによってせっかくの口喧嘩を強制終了させられたわたくしは、彼女に渡されたチラシにようやく目を通す。棚さんはお隣に住んでいるカップルで、我がアパルトマンの大家である波戸村さんとは仲良しだ。 「レンタル家庭菜園……?」 「そ。ええと……3メートルって10フィート四方くらいだっけ? そのくらいを郊外の農園が貸し出してるんだって。格安で。毎日の水やりはやってくれて、週末たまに手入れに行けばいいって……でもこんなの、おばあちゃんの楽しみよね。波戸村さんくらいの……」  たしかにそう書いてある。

    2 18/05/22(火)23:23:18 No.506660731

     チラシは多分コンビニエンスストアのレーザープリンタで、フォントはポピュラーな、どのパソコンにも入っているもの。使われているイラストはいわゆる無料で使える丸っこいイラストで、麦わら帽子をかぶった年齢不詳の夫婦がにこにこ笑っていた。左右マージンもヘッダーのマージンもおそらく調整していない。苦労して収めたである文字列は変なところで改行がかかっていて、作った人がパソコンに不慣れな様子が見て取れた。つまり、あまり多くの人に配ってはいない、農園主がなんとなく開いた土地をついでに活用しようかと考えた、程度のごくごく小規模なものであろうことが推察される。つまり。 「いいじゃない」  わたくしは大家さんに失礼なことを言い出すケイにフンスと鼻を鳴らして反論した。 「はぁ?」 「いいじゃない。毎日手をかけなきゃならない畑とか農園とかはわたくしだって老後の楽しみにとっておきますわ。でも水やりとかはやってくれるんでしょう? 農園主さんの目が届く程度の規模のはずよ。きっとプロの目で監督してくれるに違いないわ」 「はぁ」

    3 18/05/22(火)23:23:47 No.506660848

    「あぁ、何を植えようかしら! 葉物は難しいかしらね。豆は土の養分を使い切っちゃうって聞くし……。トマト。トマトはどうかしら! おすそ分けしたらきっと安斎さんが大喜びでなにかおいしいものをこしらえてくれるわ」 「ヘイ、ヘイ。待って。喜んでもらえて嬉しいけど、あなたこういうの好きだった? 新鮮なトマトはスーパーマーケットで手に入るじゃない。あなたの地元って石器時代だっけ?」 「失礼ね。わたくしは元来農作業も造園も好きよ。ここではできなかっただけ。聖グロリアーナのバラ園もね、造成したのはわたくしじゃあないけれど、手入れするのは好きだったわ」  わたくしが手を出すとその後をオレンジペコやアッサムがついて回って楽しそうにバラをいじっていったっけ。「さすがダージリン様は何事もそつがありませんわ」と、オレンジペコは言った。 「虫は? あなた虫苦手じゃない」 「苦手よ。芋虫は気持ち悪いし、蜂はぶんぶん言って刺すし……。いつか養蜂はやってみたいですけれど」 「デイジィそういうミーハーなとこあるよね」

    4 18/05/22(火)23:24:05 No.506660946

    「でもあなたは虫平気でしょ?」 「平気ってほどじゃない。小さいのは嫌い」 「追っ払ってくれるでしょ?」 「わたし計算に入ってるんだ……。虫苦手なら畑なんて難しくない?」  ケイは指を折る。反対する理由を考えているのだろう。わたくしの心は完全に家庭菜園を運営することに決まった。 「この間まほさんが持ってきたゲームは面白かったじゃない」 「マホの? あぁ、コテージガーデン? パッチワークみたいで面白かったわね」 「窓のところのラベンダーも素敵でしょう?」 「三ヶ月前までは。過去形にしたら?」 「枯らしたのはあなたですわ」 「試合に行ってたじゃない! わたしたち! 同罪だってば!」 「波戸村さんに頼んでおいてねって言ったのに」 「蒸し返す? やるわよ?」 「いいえ。あれは夏にもう一回ラベンダー園に行くガソリン代でカタがついたわ。今はこっちが先」  わたくしは昨夜からリビングに放り出しっぱなしだった自分の電話を手にとった。

    5 18/05/22(火)23:24:23 No.506661050

    「夏には毎日新鮮なきゅうりが食べられるわよ!」  ◇◆◇ 「本当にできるの?」  ケイが眉間にしわを寄せながら、買ったばかりのミニの後部ハッチを開けて苗をいくつも積み込んでいく。  早速電話した農園の主はいい人で、郊外の苗種店を紹介してくれた。ついでに畑に入れる肥料も購入する。  苗はトマトとミニトマト、きゅうりとズッキーニ。葉物ではリーフレタス。リーフレタスはプランターでもできるので、我が221Bのベランダで育てるのも面白そうだと思った。 「10フィート四方よ? いうほど広くないわよ? 苗ってこんなに必要?」  スコップやバケツなどは大学選抜のハンガーから借りてきたごついもので、小柄なミニに積んであると奇妙に見える。 「あなた、畑ってやったことないの?」 「おじいちゃんがやってるのは見てた。わたしは収穫だけ。コーンをね、もぐのが好きだったわ」 「つまり、お互い未経験ってことね」  ケイはちょっと虚空を見上げて「そうね」と返して、それから笑った。 「なんかわたしもちょっと楽しくなってきた」

    6 18/05/22(火)23:24:41 No.506661137

    「そうでしょうとも」  ケイはだぶっとしたカーゴパンツに上はTシャツ。肌寒いのでいつものタンカースジャケットを羽織っている。  わたくしは、この日のためにデニムのオーバーオールと麦わら帽子を仕入れている。足は長靴。オーバーオールの下は高校のころのえんじ色のジャージ。 「あなた形から入るよね」 「いけない?」 「別に」  野暮ったい格好のふたりは、くすくす笑いながら車に乗り込んだ。  農場主のおじさんは、もうおじいさんと言ってもいい感じの方だった。  背が高くて細い目で、白い髭をたくわえている。グレーのゆったりしたツナギを着て、やっぱりグレーのつばひろの帽子をかぶっている。 「やぁ、いらっしゃい」  と、彼は言い、わたくしたちはぺこりとお辞儀をした。 「えぇと、ケイさんとダージリンさんだね?」 「えぇ」 「ちょっとデイジィ、連名にしたの?」

    7 18/05/22(火)23:25:00 No.506661231

    「そうですけど、なにか問題が?」 「ないけど……」 「畑はそこの97番だよ」 「100人以上も応募が?」 「まさか。なんとなくだよ」  おじいさんは笑って、わたくしたちを畑に案内してくれた。  白いテープで殺人現場のように区切られたわたくしとケイの(わたくしが行けない時に彼女を送り込んで世話をしてもらうためには連名のほうが絶対便利だわ)二人の小さな農園には、まだ黒い土以外に何もない。 「土は起こしてあるよ。ウチのやつがトラクターで」 「トラクター?」 「あれだよ、あれ」  おじいさんの指す先には、ぴかぴかに現れたⅠ号戦車が停まっている。もともとⅠ号戦車は、戦車の開発を禁止されたドイツがトラクターとして秘密裏に開発していたものだから、ここでは彼はその秘匿名の通りのお仕事をしているというわけだろう。 「まぁ、Ⅰ号。奥様が?」 「昔から好きでね。今でもたまに試合に行っているよ。さすが女の子だね、詳しいの?」 「まぁ……多少。あなたも?」  わたくしとケイが顔を見合わせる。多少、は言いすぎたかしら?

    8 18/05/22(火)23:25:17 No.506661335

    「わしは戦車はよくわからんから。まぁ楽しそうだし、お互いにわからないことまでわかろうとしすぎないことが、長持ちの秘訣だね」  おじいさんは水場や道具(スコップは貸してくれるらしい。せっかく持ってきたのに)の場所などを教えてくれて「わからないことがあったらおいで」とだけ言って去っていった。 「さて、やろっか! わたし、車から苗取ってくるね!」 「一人では無理でしょう。一輪車借りて行きましょう」  わたくしとケイは並んで歩いて、それからふと思いついて聞いた。 「ねぇケイ」 「ん?」 「あなた、これあんまり乗り気じゃなかったみたいだけど、その、迷惑でした?」 「それって、レンタル農園のこと?」 「そう」  ケイは大きく息を吸い込んだ。爽やかな春の土の匂いを感じるのを楽しむように。 「ぜんぜん。確かに意外だったし、あなたのことだからあのチラシを鼻で笑って捨てるだろうと思ってたから、そうなったらわたしが連れてくるつもりだったの」 「はぁ? そういうのなんて言うか知ってる? 天の邪鬼って言うのよ」

    9 18/05/22(火)23:25:38 No.506661434

    「でもあなたがこんなに好きだなんて思わなかったけどね。よかった。わたしも楽しいよ。大丈夫。心配しないで」 「別に心配なんか」 「だよね」  ケイは苦笑して、それからたった(たった!)10フィート四方の農園を見渡した。 「で? 苗はいくつ買ったっけ?」 「ミニトマト、甘すぎないトマト、ズッキーニ、きゅうり。ぜんぶ8つづつですわ」  それに、リーフレタスの種も。隅で育つと良いなと思って、実はこっそり素敵なルピナスの苗ポットも買ってあるのだが、これは黙っていたほうが良さそうだ。持って帰って鉢植えにしよう。 「全部前後左右で2フィート開けるとして、どうやってもそんなにおさまらないわ!」 「間隔をもうちょっと狭くしたらどうかしら」 「おじいさんも言ってたじゃない。わからないことまでわかろうとしすぎないのが長持ちの秘訣だって」  ケイは片手をポケットに入れてわかったふうな事を言う。 「きちんと距離を開けて植えるべきだわ。だめにしちゃったら元も子もないでしょ?」

    10 18/05/22(火)23:25:58 No.506661524

    「そうかしら。こんな格言を知ってる? 知ることが少なければ、愛することも少ない。最も高貴な娯楽は、理解する喜びである。もうちょっと近づいてもいいじゃあないかしら。当たって砕けろ、じゃないんですの?」 「どっちもレオナルド・ダ・ヴィンチ。じゃあこんな格言は? いかなる時も優雅に、よ」 「わたくし」  しかし相手は生き物だ。豊かな実りのためには、やはりしっかりと自分で根を張ってもらわなければならない。わたくしは折れて、ケイの言う通りきちんと距離をとって植え付けることにした。  やれみみずだなんだと大騒ぎしながら、わたくしたち二人の新米農家は土に持ってきた肥料をいれて、大切に苗を植え付けた。腕前が出るほどの作業ではないから、ケイがたとえ素人でも問題ない。しかしもう少し育ったら、熟練者であるわたくしの腕前が重宝されることだろう。  余してしまった苗は、ベランダのプランターで育てられるミニトマトとルピナスを一株づつよけて、おじいさんにプレゼントしてしまう。行き場に困ったものを押し付けられる格好になった農場主のおじいさんは、それでもそれなりに喜んでくれて、畑の隅で育ててくれることになった。

    11 18/05/22(火)23:26:14 No.506661594

    「楽しみね!」  すっかり荷の軽くなったミニの運転席で、土とおひさまの匂いのするケイがこちらに笑いかけた。 「植えて終わりじゃないですわよ。草取りとか追肥とか……。今年は忙しくなりそうだわ!」  わたくしがネックレスに注意しながら首のタオルをほどいて言うと、ケイは苦笑した。 「ヒマだった年なんてないじゃない!」  人生のどんなところでも、気をつけて耕せば、豊かな収穫をもたらすものが、手の届く範囲にたくさんある。  ――サミュエル・ウルマン

    12 18/05/22(火)23:27:05 No.506661848

    su2407484.txt てきすとー

    13 18/05/22(火)23:29:40 No.506662537

    あいかわらず人生謳歌してるなあケイダジちゃん… 続きが気になる!

    14 18/05/22(火)23:31:44 No.506663082

    老夫婦の雰囲気いいよね… >安斎さん立ち デンドンデンドン

    15 18/05/22(火)23:32:18 No.506663215

    >安斎さん立ち ぎゃー! ありがとう! デンドンデンドン

    16 18/05/22(火)23:34:01 No.506663673

    さりげなくケイの好きな花を選ぶダージリンちゃん

    17 18/05/22(火)23:34:27 No.506663791

    デイジィのタンス開けたら軽くコスプレファッションショー出来そう

    18 18/05/22(火)23:34:33 No.506663824

    アンチョビの頃なら仁王立ちも似合うな… しかし戦車の普及した世の中だこと!

    19 18/05/22(火)23:37:11 No.506664456

    田舎に行くとマニア垂涎の戦車で農作業するおばあちゃんが結構いたりするんだ…

    20 18/05/22(火)23:38:49 No.506664852

    ケイは距離を取りたい方なのかな

    21 18/05/22(火)23:42:03 No.506665650

    オーバーオールと麦藁姿のダー様案外似合いそう

    22 18/05/22(火)23:44:15 No.506666247

    ひさしぶりに見た…いい…

    23 18/05/22(火)23:45:13 No.506666448

    レンタル農園で土いじりして帰りに温泉よって帰るとかちょうどいい熟年カップルのデートコースだよね

    24 18/05/22(火)23:55:01 No.506668723

    ヒャー!新鮮なキュウr…ケイダジだ!

    25 18/05/22(火)23:55:23 No.506668794

    みずみずしいのいいよね…

    26 18/05/22(火)23:56:10 No.506668944

    当たり前のようにそこにあるⅠ号戦車がなんていうかこう とてもガルパン世界っぽくていい…

    27 18/05/22(火)23:57:33 No.506669211

    おじいさんがケイダジちゃんを知らないのはおじいさんが戦車道の門外漢だからかな

    28 18/05/22(火)23:59:08 No.506669585

    >田舎に行くとマニア垂涎の戦車で農作業するおばあちゃんが結構いたりするんだ… 97式チハも戦後にブルドーザに改装されてたし

    29 18/05/22(火)23:59:29 No.506669661

    棚夫人ってターナー夫人から? 相変わらず小ネタが多くて感心するわ

    30 18/05/23(水)00:00:54 No.506669971

    久しぶりにお会いしたわ

    31 18/05/23(水)00:01:21 No.506670069

    おじいさんはイアン・マッケランかな…

    32 18/05/23(水)00:02:56 No.506670404

    わしゃぁ田舎で農園をやっておるがのォ倅のヤツときたらちっとも顔を出さんわな…まあ文科省の仕事が忙しいことはわかるがのォ

    33 18/05/23(水)00:06:25 No.506671159

    養蜂はホームズか

    34 18/05/23(水)00:07:55 No.506671445

    江戸王子島の数鳩農場の摩周じいさんと真理羅ばあさん

    35 18/05/23(水)00:09:58 No.506671860

    棚さんとか波戸村婦人とか名前それっぽくつけるの難しいよね

    36 18/05/23(水)00:12:06 No.506672265

    去年出した同人誌 今年は出さなかったのね

    37 18/05/23(水)00:13:15 No.506672527

    ホモ医者の和戸村さんとか数学教授の森先生とか出てたよね

    38 18/05/23(水)00:13:28 No.506672579

    >養蜂はホームズか 老ダーさんが養蜂してるところに依頼が来て老おケイさんと共にプラウダの老エージェントを追い詰める ラストシーンで最後の挨拶

    39 18/05/23(水)00:16:23 No.506673165

    トラ刈り床屋の茂蘭さんとかもいるのかな

    40 18/05/23(水)00:19:50 No.506673826

    いい… ケイダジいい…