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18/02/04(日)00:23:44 SS ... のスレッド詳細

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画像ファイル名:1517671424568.jpg 18/02/04(日)00:23:44 No.482841857

SS 押田と安藤の話

1 18/02/04(日)00:24:12 No.482841998

青く澄み渡る空、白くたなびく硝煙。 くすんだ石畳に並び立つ二色迷彩のソミュアS35。 白旗を上げて横たわるARL44のいくつかを三白眼で見渡しながら、安藤レナは内心ほっと安堵のため息をついた。 BC自由に入学してから一月、内部進学組による受験組への冷遇は日増しに悪化している。 嫌味、高圧的な態度、見下した言動……。もともと気のいい奴だった受験組からも、内部生に反発し積極的に敵対しようとするやつが出てきた。 だがそんな事をすれば、潰されるのは「新参」である受験組の方だ。非があろうとなかろうと、実際BC自由において多額の寄付とコネで出来ている内部生の発言力はあまりに高い。 だからこそ、正々堂々、舞台の上で、誰にも文句のつけようのない方法で、受験組が内部生に「勝った」という事実を見せる必要がある。 戦車道の校内練習試合は、安藤の考えるその条件にまさにうってつけの場だった。

2 18/02/04(日)00:24:29 No.482842106

──やはり、押田を真っ先に潰したのが正解だったな。 人知れず、あとには退けない戦いに勝利した安藤は自身の試合をそう振り返る。 そもそも実際のところ、内部生はそんなに戦車の扱いが上手くない。 お嬢様らしい上品な扱い方というか、今一つ戦車に「勝つ」という気持ちが乗っていな所があり、それが動きにもよく出ている。 だが、そんなお嬢様方も押田の指示のもとで動くとこれがどうして侮れない。 的確にして苛烈。無駄のない用兵によって繰り出される洗練された戦術の数々に、安藤はこれまで幾度か煮え湯を飲まされてきた。 何より押田の搭乗する戦車の動きは、他の内部生にない力強さがある。 だからこそ今回はほぼ全兵力を投入し、犠牲もいとわず真っ先に押田を討ち取ったのである。 あいつさえいなければ、頭をなくした貴婦人たちをやりこめるのは容易なことだった。

3 18/02/04(日)00:24:53 No.482842243

「……あいつが受験組だったなら、な」 ふと、そんな言葉が口をついて出る。 今回の勝利でしばらくの間、内部生の態度を改めさせられるだろう。だがそれも一時のものに過ぎない。 この終わることのない内ゲバの中、あの鼻っ柱の強い女とともに戦っていけたならどんなに心強いか──。 そんな益体もないことを考える安藤の目を覚まさせたのは、同じく受験組のある生徒が持ってきた伝言だった。 「安藤、隊長が呼んでるぞ。作戦室に来いとさ」 「マリーが?」 我らが隊長、受験組、内部組どちらに肩入れするでもない育ちの良さげなお嬢様の姿が浮かぶ。 安藤は後始末を頼み、駆け足で作戦会議室に向かった。

4 18/02/04(日)00:25:18 No.482842380

「と言う訳で、二人には二週間後、私とプロムに出てもらうわ」 また突拍子もないことを、と安藤は声に出さずに呟く。 BC自由学園戦車道の長・マリーは立場こそ内部生であるのだが、その言動は安藤にも計り知れない。 二派どちらに肩入れするでもなく、のらり、くらりと立ち回っては、対立をギリギリの所で保ってチームを維持している。 では切れ者かといえばそうとも思えず、子供のようなわがままで周囲を振り回す事も少なくない。 その姿はかつての名隊長・アズミを思わせる……が、やっぱりただの世間知らずの天然娘にも見える。 読めない、という点について言えば、安藤にとっては多くの内部生よりも押田よりも危うい存在だった。 さて、プロム。 プロムってなんだったか、と安藤は記憶の糸をたどる。どこかで聞いた記憶はあるのだが、定かではない。 「……安藤、一応聞いておくが何のことだか分かっているのだろうな。プロムだぞプロム。今まで行った事もないのだろう?」 心の中を読んだかのような押田の言葉に安藤の胸がどきりと跳ねる。

5 18/02/04(日)00:25:54 No.482842536

「バカにしてんじゃない! プロムと言えばあれだろ、あの……」 押田のどこか疑わしげな視線に慌てて大声を出しつつ、安藤は記憶の海の底にダイブした。 思い出せ、どこで聞いた。BC自由に入学してからのはずだ。 確か、文字で見た。入学してからそんな言葉に触れる機会はそう多くないはず、だったら……そうだ、入学式のガイダンス! 「……踊ったり、うまいもん食ったりする、あれだ」 「妙な間があったが……まあいいだろう。一応、知ってはいるようだな」 よっしゃ、と安藤は内心ぐっと拳を握る。 BC自由学園プロムナード。生徒主催で行われるダンスパーティである。 入学のしおりの中に、シンデレラの挿絵をそのまま持って来たような豪勢な会場の写真が載っていたのを覚えていた。 正解しふふんと鼻を鳴らす安藤に対し、押田はそれでもどこか不安のある顔で安藤を睨みつけた。

6 18/02/04(日)00:26:10 No.482842612

「……なんだ押田。私がプロムに出るってのがそんなに不満か?」 安藤は手を握り、ほどき、それとなく喧嘩の準備を整えつつ言う。 しかし押田はそんな安藤にしばらく視線を向けてから、やがてふいと前に向きなおった。 「そんな事はない。……マリー様の決定には、従うだけだ」 それからあまりに真っ直ぐな瞳をマリーに向ける。そのあまりの愚直さに毒気を抜かれた安藤は、仕方なく自身もマリーに向き直った。 喧嘩をしなかったからか、マリーはすこぶる上機嫌で頭半分低い位置から安藤を見上げる。 「ねえレナ、ダンスは踊れるのでしょう?」 「あー……はい。散々授業でやらされましたから」 「なら、何も問題はないわ。それに、私だけ行っても寂しいもの。ルカとレナが来ればきっと素敵な夜になるわ。とっても楽しみね!」

7 18/02/04(日)00:26:33 No.482842721

扇子を広げ、マリーは花の咲くような可憐な笑みを浮かべてくるくると回る。 その表情から真意を読み取ることは出来ない。代わりに安藤は露骨に不安げな顔をしている押田に視線を向け、耳打ちするように尋ねた。 「……おい、本当に私でいいのか。プロム参加者なんて内部生ばっかりだろう。お前らのマナーなんて何にも知らないぞ、私は」 「マリー様の御命令だ、従わなくてどうする。それに──」

8 18/02/04(日)00:26:49 No.482842799

そしてつんと鼻を上に向け、踵を返す。去り際にふと安藤と目を合わせると、捨て台詞を吐くように小さく、短く呟いた。 「……二週間もあれば、マナーもダンスも、君なら完璧に仕上げてくるだろうさ」 そうしてどこか意地悪くにやっと笑うと、マリーに一礼し靴を鳴らしかつかつと隊長室を出ていく。 遠ざかるその音を聞きながら、安藤は慌てて自身も一礼し、押田の後を追うように部屋を出た。 余計な事を言ってくれたな──と、心の中で毒付く。 ああ言われてしまっては、やってやらざるを得ないじゃないか。 授業でやったダンスの内容を必死に思い出しながら、安藤はテーブルマナーに詳しい知り合いのアドレスを呼び出していた。

9 18/02/04(日)00:27:10 No.482842916

それから二週間。 押田とマリーはドレスを着て、胴の長い黒塗りの外車──もちろん、運転手つきのもの──で学生寮を訪れた。 二人にとってはついぞ訪れたことのない場所である。くすんだ灰色の街を車の窓から物珍しげに眺め、マリーはきゃっきゃとはしゃいでいる。 押田はそんな様子を微笑んで眺めながら、少し不安の残る頭であの生意気な受験組の女のことを思い浮かべていた。 浅黒い肌に野蛮な目つき。受験組のトップ、安藤レナ。 彼女と彼女に率いられる受験組の戦車は、まずもって美学に欠けている。 砂を食もうが泥にまみれようが、相手の裏をかき、弱いところを突き、瓦解させればそれでよしの強引な戦い方。 決して受け入れられるものではない、ないが──押田はどこか、彼女のそうした在り方に惹かれている自分を否定できないでいた。

10 18/02/04(日)00:27:29 No.482843010

戦車という淑女の嗜みを修めているならば、常に気品と誇りを持ってあれ。 祖母から母へ、母から自分へと継がれてきた戦車の教えはこの心に刻み込まれている。 だが、熾烈な戦闘区域に入ることを厭い、遠方からの支援に徹する事が「気品」だろうか。 長距離の進軍を嫌い、待ち伏せに終始することが「誇り」だろうか。 そんな疑問が胸の奥をよぎるたび、汗と煤にまみれながら挑んでくるあの黒髪が浮かぶのだ。 「……安藤、か」 もし彼女が内部生だったのなら──そんな益体のないことを考え、押田はかぶりを振った。 「ルカ、今レナの事を考えてたの?」 不意に声をかけられどきりと心臓が跳ねる。見ればいつの間にかマリーが隣に座り、じっと押田の目を覗き込んでいた。 この日はパンツァージャケットでも制服でもなく、空色のパーティードレスを身にまとっている。マリーはいつもの扇子で口元を隠すとふふふふふふふと妙な笑みを浮かべた。

11 18/02/04(日)00:27:48 No.482843086

「どんなドレスを着てくるのかしら。私はルカともう何度も出たけど、レナは今回が初めてだものね」 マリーの問いに押田はふむ、と少し考える。 この日の押田のドレスは淡いオレンジ。色のバランスを考えると寒色の紺やパープルが一番良いが、進学生のことだ。着回しのきく無難な黒を選んでくるかもしれない。 だが、場慣れしていないゲストは服が上から下まで黒一色になることが多い。 もしそんな事になっていたら、白のストールでも一枚貸してやることにしようか。 「……そうですね。あまり期待はしていませんが、受験組のセンスというやつを見てやるとしましょう」 「もう、またそんな事言って。私知っているのよ? ルカは、本当はレナととっても仲が良いんだって」 「マリー様!?」 あながち外れてもいない指摘にぎょっとして、押田は顔を赤くして否定する。 それから車はうらぶれた寮の敷地内に入り、不釣り合いな光沢を放ちながらやがてゆっくりと速度を落としていた。 マリーは好奇心満点で、押田も些かの興味を表に出しながら窓の外を覗く。

12 18/02/04(日)00:28:06 No.482843155

無機質な正方形の窓が並んだ真四角の建物(あの一室一室が進学生の家なのだと押田は聞くが、どうも信じがたい)をいくつか通り過ぎると、 人一人が通れる程度の小さな玄関の前に、見慣れた黒髪の安藤レナが、見慣れた服装をして立っているのを見つけた。 安藤は実に見慣れた服装をしていた。シンプルな白いシャツに黒のインナー。スカートは紺に、使い込まれたローファー。つまりは制服姿である。 まだ着替えを終えていないのだろうか──そんな幻想に逃げ込もうとするが、押田は首を振って額を抑え、現実を受け入れた。 車がゆるやかに停止するが早いが、押田はドアを自らの手で開いてずかずかと安藤のもとへ歩いていく。 そのオレンジのドレス姿を目に止めた安藤があっと口を開き、それから目をふいと逸らした。 「……よう、押田」 「いいか受験組、一つだけ聞いてやろう。服はどこだ?」 「…………着てるじゃないか、ちゃんと」 「誰がプロムに制服で来いと言ったッ!」 押田の背中から、マリーがからからと笑う声が聞こえた。

13 18/02/04(日)00:28:25 No.482843246

「サンダースはいつも制服で行ってるって聞いたんだよッ!」 「あそことこちらを一緒にするなッ! BC自由学園のプロムは格が違うのだ、格がッ!」 「へーへー格下ですいませんでしたねお嬢様! ……っ大体、受験組の私がそんなお姫様みたいなドレス持ってるわけないだろッ! 気づけよ! そして言えよ!」 「え、パーティードレスの一着も持ってないのか君……」 「素でびっくりした顔するな! 普通持ってないわそんなもん!」 豪奢なドレスに似つかわしくない顔で押田は安藤に吼える。安藤は噛みつかんばかりに歯を見せて威嚇するように応える。 マリーはお腹を抱え心から楽しそうに声をあげて笑っていた。 「マリー様! 笑っている場合ではありません!」 「うふふ、そうね。でも安藤ったら、おかしいんだもの……」 扇子を口元に当てくつくつと笑みを噛み殺すマリーに、安藤はきまりが悪く頭を掻く。 目元にうっすら涙まで浮かべながら、やがてマリーは呼吸を整えるようにふう、と息を吸い込んだ。

14 18/02/04(日)00:28:42 No.482843339

「……でも、制服ではプロムには行けないわね」 その言葉にしん、と沈黙が降りる。安藤からすれば知らなかったとはいえ自分のミスである。 申し訳なさとみっともなさにやりきれないものを感じ、そっと目を伏せる。 そこへマリーが、なんてことのない様子で呟いた。 「押田、なんとかしなさい」 「はっ」 安藤が視線を戻すと、二人の顔には落胆も失望もない。 押田は携帯を取り出しどこそこへ電話を掛けている。 その横にいるマリーと視線が合うと、彼女は困惑を見透かしたようににっこりと微笑んだ。 訳が分からない──自分は着ていくドレスがなくてプロムに行けないのではなかったか。なんとかするとはどういう意味だ。

15 18/02/04(日)00:29:03 No.482843415

いくつかの疑問が安藤の頭の中をぐるぐると回るが、ただ微笑むだけのマリーにも、携帯を手にいそいそと連絡を取る押田にも、それを聞く事は躊躇われた。 そうしてただ待つこと一分半。 どうにも視線のやり場がなく安藤がふと空を見上げると、青一面の空に浮かぶ黒い豆粒のようなものがこちらに向かってくるのが見えた。 まさか。そう考えた時には既に確信に変わっている。 ダウンウォッシュの暴風によろめきそうになりながら、安藤は学生寮の目の前に巨大な黒いヘリコプターが降りてくるのをただ茫然と眺めていた。 「行くぞ安藤。狭いが、着替えは中でやれ。  ……一応言っておくがな、これがプロムでなくて、マリー様の命令でなかったら、キミにこんな事絶対にしてやらないんだからな!」 ヘリコプターのスライドドアに手慣れた様子で乗り込みながら、押田は安藤の思考とは些かズレた点に眉を吊り上げて怒る。 彼女に手を引かれて乗り込むマリーの背中を見ながら、安藤はただ茫然としたのち、やっと一言叫んだ。 「この、お嬢様どもめッ!」

16 18/02/04(日)00:29:21 No.482843488

いつか漫画で見たような金持ちぶりに、庶民派代表はやっと一言、それだけを突っ込んだのだった。

17 18/02/04(日)00:30:25 No.482843781

ながいから続きはテキストで! 安押というにはちょっといちゃつきが足りなかったかもしれない! su2229413.txt

18 18/02/04(日)00:37:14 No.482845757

マリー様はこういうことする

19 18/02/04(日)00:50:23 No.482849218

いい…!

20 18/02/04(日)00:53:54 No.482850152

>「……踊ったり、うまいもん食ったりする、あれだ」 自分でもなんでかよく分からんけどこれしゅき…

21 18/02/04(日)00:56:30 No.482850806

ケンカップルいい… マリー様の立ち位置も素敵

22 18/02/04(日)01:07:04 No.482853967

>安押というにはちょっといちゃつきが足りなかったかもしれない! 個人的にはこれぐらいの距離感がいいと思います! もしくは続きを書いてもいいんだぜ…?

23 18/02/04(日)01:10:43 No.482855429

そうそうこんな話が読みたかったんだ…

24 18/02/04(日)01:20:03 No.482858385

ちょうどこういうマリー様が見たかったんだ

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