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18/01/21(日)23:17:32 SS「羊... のスレッド詳細

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18/01/21(日)23:17:32 No.480269348

SS「羊質虎皮のソリチュード」 前回までsu2207606.txtのあらすじ  幼い頃より虚勢癖のあるエリカ。そんなエリカは黒森峰女学園へと入学し、西住姉妹と出会い成長していく。だが、心の中では日々増える重圧と戦っていくのであった。

1 18/01/21(日)23:17:59 No.480269460

「みほ、エリカ。進学おめでとう」  高等部の入学式が終わったその日、エリカとみほはまほに呼ばれ、黒森峰学園艦の上にあるとあるレストランに招待された。 「ありがとうございます、まほさん」 「ありがとう、お姉ちゃん」  まほにそれぞれ礼を言うエリカとみほは、二人ともどこか緊張しているようだった。 「そんな緊張することないわ。ちょっと高いだけで、あとは普通のレストランと変わらないんだし」 「は、はぁ……し、しかしここに生徒が入っていくところなんて見たことないですよ」  エリカが周囲を伺いながら言う。  周りにいるのは、ドレスコートを纏った大人達ばかりだ。  三人が今いるレストランは、黒森峰学園艦の中でも最も高級なレストランであり、生徒の出入りは殆どないといっていいような場所だった。 「あら、だからいいんじゃないの。黒森峰の隊長がみんなの見えるところで二人を誘ったら、えこひいきだなんて言われかねないわ」 「あ、そういうことなんだ……さすがお姉ちゃん」  みほが感心したように言う。だがまほは、そんなみほの言葉を聞いてクスリと笑った。

2 18/01/21(日)23:18:18 No.480269545

「――ていうのは建前で、本当のところを言うと私もこの店の料理を食べてみたかったっていうだけなの」 「……それ、言ったらもう建前じゃないじゃないですか?」 「あら? 本当ね? ……ふふふ」 「ふふっ……」 「あははは……」  エリカとみほは、まほにつられるように笑い出す。まほなりの冗談だったのだと、二人は気づいたのだ。  そして、エリカはひとしきり笑った後、遠慮がちにまほに対して口を開いた。 「……それにしても、本当にいいんですか?」 「いいって、何が?」 「いえ、このお店で、本当に奢ってもらってもいいのかと……やはり私達も払ったほうが……」  エリカの言葉に、まほは「ああ、そんなこと」と一言返して、悪戯な笑みを浮かべてさらに口を開いた。 「別に気にしなくていいのよ。私だって名家のお嬢様なんだから、舐めてもらっては困るわ」 「あの、お姉ちゃん。それだと私もお金持ちって理屈になっちゃうけど、そんなことないよ……?」 「私、あまりお金は使わないからね。コンビニやボコでお金を使っちゃうみほと違って、ね」 「もう、お姉ちゃんー!」

3 18/01/21(日)23:18:35 No.480269630

 みほが困ったような声を上げる。そんな光景を見ながらエリカは再び笑い、改めて普段の戦車道で指揮をしているときのまほと、私生活におけるまほとのギャップを感じていた。  戦車道においては時折非常に厳しい顔を見せるときもあるまほだが、私的な場では他の生徒達と何ら変わりない、一人の少女である。  このように本当の自分を素直に出せるようになれたらどれだけ楽しいのだろうと、エリカは思い直す。 「もういいよお姉ちゃんー、私も払うよぉー」 「だから大丈夫だって。それに、これはこれからいっぱい苦労してもらう二人への慰労の前払いのようなものだし」  みほとじゃれあっているまほの口から、そんな言葉が出た。  その言葉を聞いた瞬間、エリカとみほは身が引き締まるような思いをした。 「……あの、お姉ちゃん。そのことだけどね?」 「うん?」  みほが恐る恐るといったような口調で聞く。 「その……やっぱり副隊長って私には荷が重いんじゃないかなって。エリカさんが高校でも分隊長なのは分かるよ? でも、私も高校で一年生でも分隊長は、やっぱりこれが最後の先輩方にも申し訳ないというか……」 「はぁ……みほ」

4 18/01/21(日)23:18:53 No.480269709

 みほの名を呼ぶその声は、先程までの楽しげな声色とは違う、芯の通った鋭い声色だった。隊長としてのまほが、そこにいた。 「いいか、中学のときも同じことを言ったかもしれないが、黒森峰は実力主義だ。確かに体育会系的な年功序列の考え方もある部分もあるが、根幹は本人の能力によってすべてが決まるようになっている。その実力を考えて、私はお前を副隊長にしたんだ。そもそも、今日行った実戦訓練で上級生を倒したのは、お前じゃないか」  黒森峰女学園高等部では一年生の歓迎と実力の確認の意味を込めて、初日から実戦訓練が用意されている。その実戦訓練で、みほは一年生の隊長として見事に上級生の車両をいくつも撃破したのだ。全体的な練度の差で負けこそしたものの、その撃破数は高等部入学時のまほの記録に並ぶほどであった。 「それはそうだけど……」 「いいかみほ、お前の実力は誰もが認めるところだ。現副隊長を凌ぐほどの実力だとな。そんなお前を副隊長にしなかったら、それこそ私が顰蹙を買うだろう。お前のことで文句を言うやつがいれば実力で黙らせろ。いいか、これは隊長命令だ」

5 18/01/21(日)23:19:11 No.480269795

「……はい」  みほはうなだれながら応えた。僅かな沈黙が場を支配する。 「おまたせしました」  そこにレストランのウェイターが料理を運んできた。  それを見て、まほはそれまでの硬い表情を一気に軟化させる。 「さ! 真面目なお話はこれで終わり! 今日はゆっくりと料理を楽しみましょう!」 「……はい! そうですね!」 「……うん」  エリカはまほに合わせて笑顔を見せる。みほも、まだ表情に硬さが残っていたが笑みを見せた。  それから三人は、先程までの空気が嘘のように楽しく食事を始めた。  そんな中、エリカはこう思うのであった。  ――私が、この二人を支えないと……私がいくら辛くなってもいいから、私が……。

6 18/01/21(日)23:19:31 No.480269887

  ◇◆◇◆◇      時間はあっという間に過ぎていく。  高校と中学のレベルの違いに最初は戸惑っていたエリカも、すぐさま慣れ分隊長として役目を果たしていった。  みほもまた、副隊長として十二分に実力を発揮していった。  その二人の働きに、誰も文句をつけようとはしなかった。  特にエリカは、まほの妹として最初から有力視されていたみほとは違い、一選手として大きな評価をされていくようになった。  中学時代の実績があるとはいえ、高校ではいわば一からのスタートに近いものがある。  だがエリカは、そんな逆境を跳ね除け優秀な選手として台頭していった。黒森峰を支える一本の柱の一つとして。  そこには、元よりある虚勢癖からの努力に加え、西住姉妹の力になりたいという動機が大きな原動力となっていた。  本当は他の少女達と変わらないのに、西住の後継者としてその役割を果たすまほ。  気弱な性格でありながら、副隊長としての重圧と戦い勝利していくみほ。  そんな西住姉妹は、ますますエリカの中で大きな憧れの存在となっていった。  そうしていくうちに季節はすぐさま夏を迎える。

7 18/01/21(日)23:19:51 No.480269981

 夏――全国のあらゆる高校生、文化系、体育会系問わずに勝負の場となる季節がやってきたのだ。  それは、戦車道を嗜む彼女らにも訪れる。  第六十二回戦車道全国高校生大会の季節が、やってきたのだ。  エリカ達黒森峰は優勝候補の一つとして見なされていた。頑強かつ高性能なドイツ戦車をいくつも有し、かつ練度の水準も高い。そしてなにより、黒森峰はこれまでの大会で通算九連覇をなしていた。今年で優勝すれば前人未到の十連覇。誰しもが黒森峰の優勝を疑わなかった。  その評価を裏切ることなく、黒森峰は危なげなく大会で勝ち進んでいく。  一回戦、二回戦、準決勝と次々完勝していく。  そのどれもで、エリカは獅子奮迅の働きをした。一年生を束ねる立場として、見事な指揮をした。  そのたびに周囲からの期待の目が大きくなり、エリカにとっての負担が増えていくことにもなったのだが、そんなことは今のエリカには関係なかった。黒森峰の、そしてなにより西住姉妹の役に立てているという事実がエリカを高揚させていた。今のエリカは、戦車道人生において一番充実していると言っても過言ではなかった。

8 18/01/21(日)23:20:24 No.480270118

 黒森峰は、エリカは完全に波に乗っていた。  その万全の状態で、エリカ達は決勝戦に挑む。相手はプラウダ高校。旧ソビエトの戦術と戦車を扱う、もう一つの優勝候補校だった。  黒森峰とは因縁浅からぬ相手である。そんなプラウダとの決勝戦の日は、雨の強い悪天候の日に行われることとなった。  しかし、エリカは思っていた。きっと勝てる。負ける要素などない、と。  エリカはこのときのことを思い出してはこう思う。  ――私は調子に乗りすぎていた。だから、あんなことに……。  と。     「こちら三号車。一号車応答願います」  プラウダとの決勝戦。試合も佳境に入ってきた場面で、エリカはフラッグ車であるみほに連絡を取った。 『こちら一号車。どうぞ』 「現在前方に異常なし。地盤が大変ぬかるんでいるため走行に注意されたし」 『わかりました。こちらも三号車の後に慎重についていくことにします』  現在、エリカの乗るⅢ号戦車を先頭として、切り立った崖を行軍していた。崖のすぐ下は雨天によって増水した流れの激しい川であり、慎重な行軍が求められていた。

9 18/01/21(日)23:20:48 No.480270228

『……でも、こんな道を通ることになるなんてね』 「しょうがないでしょ。ここからの奇襲が一番効果があるんだから」 『そうだけど、私はもうちょっと安全策をとったほうがよかったなって……』 「何よ。隊長の作戦に不満があるわけ?」 『い、いや、そういうわけじゃ……!』  みほの慌てた声が無線越しから聞こえてくる。それがなんだかおかしくて、エリカはクスリと笑った。 「冗談よ。あなたの性格はよく分かってるもの。あなたならそう言うでしょうね。でもこれは十連覇のかかった大切な試合。最善手を打つのは当然でしょ?」 『う、うん……』 「まあ大丈夫よ。私の車両が先頭にいる限り、あなたを必ず守ってあげるから」 『エリカさん……』  みほはエリカの言葉に胸が温かくなっていくのを感じた。  エリカもまた、みほを守っているという実感を感じていた。  二人の会話に、無線越しの会話を聞いていたそれぞれの車中の搭乗員達も和やかな気持ちになる。  その時だった。

10 18/01/21(日)23:21:21 No.480270356

「っ!? 通信手! 全車に連絡! 敵車両発見!」  崖の細道を曲がった先、エリカ車の目前に突然敵車両が現れたのだ。 「まさか敵もこちらのルートからの奇襲を!? 操縦手、緊急停車! 砲手! 前方の目標に対し即時対応!」  それぞれの乗員はエリカの言葉に素早く反応し、その場に急停止して砲撃を開始した。  狭い道での射撃である。お互い避けられない位置での射撃はどれだけ反応が早いかが試される。  しかし、エリカは一つ大事なことを失念していた。激しい雨で、地盤が緩んでいるということを。 「きゃっ!?」  砲撃の衝撃と共に、それとは別の大きな揺れがエリカの車両を襲う。それとともに、ガラガラという岩が崩れる音が響き渡る。  そして、エリカを襲う急な浮遊感。  その次の瞬間には、バサァンというまた別の大きな音がして、先程とは違う、戦車全体にかかる異様な感覚がエリカを包み込んだ。 「い、一体何が……」  エリカが状況を確認するために周囲を見回す。他の隊員は気を失っているようだった。  そこで、エリカは恐ろしい光景を目の当たりにした。 「なっ……!?」

11 18/01/21(日)23:21:48 No.480270470

 戦車の隙間から、水がなだれ込んでいるのだ。茶色く淀んだ、激しい水流が。 「ちょ、あなた達、起きなさい!」  エリカは他の隊員を起こす。そして、状況を理解すると誰もが青ざめた顔をした。 「い、エリカさん!? 一体どういうことなんです!?」  乗員の一人、エリカやみほと交流の深い一人である、赤星小梅が聞く。 「……落ちたらしいわね。川に……」  エリカが暗い面持ちで言う。  そうすると、他の隊員は恐慌状態へと陥り始めた。 「そ、そんな!? じゃあこのままじゃ私達は……!」 「嫌よ! 私死にたくない!」 「み、みなさん落ち着いて! れ、冷静に!」  小梅が比較的冷静だったとはいえ、やはり焦りが顔に浮かんでいた。  一方で、エリカはただ黙って口を閉じていた。 「エリカさん、どうして何も言わないんですか……? もしかして、諦めて……」 「違うわ。落ち着きなさいあなた達。いい、戦車道は安全が約束されている競技よ。すぐに助けが来るわ。それに、水が流れ込んでいるからってそうそうに沈むわけじゃない。大丈夫、きっと大丈夫よ」

12 18/01/21(日)23:22:38 No.480270682

 冷静な様子で言うエリカに、隊員達も落ち着きを取り戻していく。 「そ、そうだよね。きっとすぐ助けがくるよね……」 「そうだよ! すぐに審判の人が判断して助けを出してくれるって……!」  車内の空気が淡い希望に変わっていく。だが、誰も気づかなかった。  エリカが震える拳を必死に押さえているのを。  ――怖い、怖い、怖い! 嫌よ、このままこんなところにいたくない……!  エリカは、この車中でもっとも怯えていたのだ。それを、得意の虚勢で必死に隠している状況だった。  ――助けなんて本当に来るかわからない! もしかしたら、試合の続行を優先して無視されるかもしれない! 考えている以上に洗車が早く沈んでしまうかもしれない! ああ、嫌よ! 誰か、誰か……!  エリカは心の中で必死に助けを求めた。  届くはずがないと知りながらも、顔には出さず隠しながらも密かに悲鳴を上げていた。  そんな瞬間だった。  戦車のハッチが、突然開いたのだ。 「皆さん! 大丈夫ですか!?」  その開いたハッチから聞こえてきた声は、聞き覚えのある声だった。水流に押されながらも車内に顔を出してきたその人物は――

13 18/01/21(日)23:23:08 No.480270792

「みほ……!?」  そう、みほだった。みほが、エリカ達を助けに来たのだ。  エリカは喜んだ。  ――みほが、みほが助けに来てくれた……!  祈りが天に通じた思いだった。  車内の他の隊員達も、一様に喜びの色を示す。  だが、喜びもつかの間、エリカの脳内にとあることがよぎった。  ――あれ、みほがここにいるってことは、フラッグ車は……?  みほはフラッグ車の車長である。みほがここにいるということは、フラッグ車が停止しているということで、それはつまり、エリカのせいで緊迫している現在の状況下でフラッグ車に隙を作ってしまったということであり――

14 18/01/21(日)23:23:25 No.480270871

 ――……負ける? 私のせいで、黒森峰が、負ける……?  その現実が、エリカを追い詰める。  ――私のせいで負ける。私のせいで負ける。私のせいで負ける……。  エリカの心が、締め上げられていく。  その現実から逃れるために。  そして、自らの震える心を隠すために。  エリカは、口にしてしまった。 「……どうして来たのよっ!」

15 18/01/21(日)23:24:02 No.480271037

  ◇◆◇◆◇  黒森峰は暗い雰囲気に包まれていた。まるで光が差し込まぬ洞窟のように、明るさの一つもなかった。  それもそのはずである。  黒森峰は悲願の十連覇を逃し、準優勝に甘んじてしまったのだから。  敗因は、みほがフラッグ車を捨てて水没した戦車を助けに行ったこと。  みほがフラッグ車を捨てたためにフラッグ車の動きが止まり、そこを敵に狙い撃ちされてしまったのである。  表向きは、誰もみほの行為を責めなかった。人道的には間違ってはいない行為だからだ。だが、勝利を至上と置く黒森峰の主義において、せっかくの優勝を逃したというやりきれない気持ちは溜まっていくもので、影ではみほへの不満が蓄積されていった。  やはり一年生の副隊長など駄目だった、あんな優しすぎる人間は黒森峰には相応しくない、などである。  その陰口は、嫌でもみほに伝わっていった。  みほは、日に日に孤立していった。  だが、みほはまだいいほうだった。  本当に風当たりが強かったのは、エリカだった。  もとはと言えば、エリカが判断を誤ったのが悪いという論調が黒森峰を支配していた。

16 18/01/21(日)23:24:30 No.480271161

 みほの事を大声で悪く言えない代わりに、エリカのことを悪く言う生徒が続出したのだ。エリカはそれを甘んじて受けた。エリカ自身、自分が悪いと思っているからだ。  だが直接馬鹿にするように悪口を言われたときは、エリカの虚勢癖が悪い方向に働き喧嘩となることも多々あった。そのことが、エリカの立場をさらに悪くしていった。  一方隊長であるまほは自分が悪いと全体に謝罪した。自らの立てた作戦の結果このような結末に至ってしまったと、責任を一人で背負い込もうとした。そうすることで、まほはエリカとみほにかかる悪評をどうにか自分に向けようとした。  だが、そんなまほの努力は実らなかった。誰もまほを責めなかったのだ。黒森峰の生徒はみなまほの判断は正しかったと言い張った。  実際、まほの作戦はそのときの最善手であったと言えよう。その事実は揺らぐことはないため、まほには殆ど悪評は立たなかった。  さらに、エリカとみほにとっての関係性にも大きく変化してしまった。 「……あ、エリカさん……その……おはよう……」 「…………」  みほとエリカはすっかり話さなくなってしまったのだ。

17 18/01/21(日)23:24:55 No.480271271

 それはもちろん、エリカが助けに来たみほに言ってしまったあの一言にあった。 『……どうして来たのよっ!』  エリカはそのときのことを思い出すたびに後悔の渦に飲み込まれる。本当は今すぐにでも謝罪したかった。だが、虚勢で自分を塗り固めているエリカにとって、謝罪するということは本当の自分を曝け出すと同義、それだけはエリカにはできなかった。  そしてさらに、一度みほに敵意を向けてしまった以上、エリカは敵意をある振りを続けるしかなかった。  自分の態度を一度決めてしまった以上、それを簡単には変えることができない。エリカはそんな不器用な性格だった。  みほもまた、エリカの言葉をずっと負い目に感じていた。正しいと思って行った行動が、助けたエリカによって否定されたことが、かなり堪えていた。  本当に自分は正しかったのか。周りの人間が言うように、自分は過ちを犯したのではないか。  そんな罪の意識にも似た感情が、みほを苛んでいた。それは、周囲のみほを孤立させる態度によって加速した。

18 18/01/21(日)23:25:27 No.480271406

 そんな二人の溝はどんどんと大きくなっていく。中学の頃から親友同士であり周囲からも好まれていた二人は、いつしか学内でもとりわけ仲の悪い嫌われ者の二人と評されるようになってしまった。     「……だめよ、このままじゃ」  エリカは自室のベッドの上に倒れ込みながら呟いた。  黒森峰が敗北し、みほと仲違いをしてから数ヶ月。黒森峰の雰囲気も、みほとの仲も一向に良くならない。  その間もエリカは虚勢を張り続けた。ハリネズミのように周囲に棘を向け続け、触るも皆傷つけた。  気づけば、彼女の周りには誰もいなくなっていた。エリカは黒森峰で一人だった。  だが、エリカにはそんなことはどうでも良かった。自分が傷つく分には、いくらでも傷ついても良いと思っていた。  だが、みほのことは違った。  みほが傷つくのには、エリカは耐えられなかった。  みほが周囲の悪意に晒されていること、そしてなにより、自分がみほを傷つけている一人であるという事実がエリカを蝕んだ。 「私のせいでみほが傷ついている……駄目よ、そんなの、駄目……」  ならばどうすれば良いか? エリカは思案する。

19 18/01/21(日)23:25:48 No.480271502

 まず思いつくのは、素直にみほに謝って礼を言うこと。  だが、それはエリカの虚勢癖が許さない。  本当の自分を見せることを想像しただけで、エリカは恐怖で体が震え、動けなくなった。もはや虚勢にエリカは依存していると言っても良かった。  それに、エリカがみほと仲直りしても、周囲は決して二人を許さないだろう。それどころか、周囲のエリカとみほへの風当たりが、二人が仲直りすることで余計悪化する恐れさえあった。  今の黒森峰生は、とにかく罰する敵を求めているからだ。  エリカはならばどうすればいいのかと考えた。 「どうすれば……どうすれば……どうすれば……」  一体何をすれば今回の敗北の禊になるのかということを考え続けていた。  そのことをエリカはこの数ヶ月ずっと悩んでいた。 「……そうだ」  そして今、エリカはその答えの一つに行き着いた。 「私が……転校すればいいんだ……」  エリカは起き上がり、虚ろな目で呟いた。

20 18/01/21(日)23:26:19 No.480271646

 翌日からエリカは転校のための行動を取り始めた。  主な行動は親の説得と学校への手続きだった。  親の説得は意外とあっさり済んだ。エリカが望んだことならそうすればいいという、ある意味放任にも取れる返答が帰ってきたのだ。  エリカはそのことを辛く思ったが、そこを荒立てても意味はないため、親がすんなりと受け入れたならそれでいいということにした。  学校への手続きはなかなかに手こずった。想像以上に必要とされている書類が多かったからだ。  だがその書類をエリカはすべて手早く片付けた。  そして一週間後には、あっさりとすべての手続が完了し、いつでも転校できる状態になった。  エリカは他の諸々の手続きや支度をする時間を鑑みて、最後の行動に出るのを一ヶ月後とした。  その間、エリカはせわしなく転校の準備をした。  長年過ごしてきた寮を掃除し、引越し業者に家具を運んでもらった。学校もそのためにしばらく休んだ。  そしてそのあらゆる支度も終えると、エリカは転校のことを同じ機甲科の生徒に伝えた。  機甲科の生徒達は驚いた。  そしてなぜ? と問いかけた。

21 18/01/21(日)23:26:40 No.480271731

 エリカはこう答えた。 「私は前回の大会で大きな失態を犯しました。そんな私が、これ以上黒森峰で戦車道を続けることはできません。皆さん、本当にすいませんでした」  エリカはその言葉を同級生、先輩にと頭を下げて伝えていった。  エリカの言葉を聞いた周囲の反応はそれぞれ別だったが、最後には納得してエリカを送り出すという結論を出した。  納得というのには少し語弊があるかもしれない。結果的には、全員が認めたのだ。エリカを人柱にして、今回の件は手打ちにすると。  今回の責任を誰かが負うことを、黒森峰の誰もが望んでいた。そして今回、エリカが進んでその役目を背負った事によって、黒森峰生達は安堵した。これでようやく、今回の件は終わると思われたのだ。  さらに、現状エリカはかなり嫌われてしまっているということも、周囲の反応に拍車をかけた。  隊長であるまほは、エリカを引き止めることも、送り出すこともしなかった。エリカが黒森峰を出て行くと聞いたときに、ただ一言、こう聞いた。 「……本当に、いいのか」  エリカはそれにこう答えた。 「……はい。お世話になりました、隊長」

22 18/01/21(日)23:26:59 No.480271813

 あくまで上官と部下という形で、エリカは淡々とそう返した。  そのエリカの反応を見たときのまほは、隊長という立場で聞いたために、取り乱すことはなかったが、僅かに眉を歪ませ、手を震わせていた。  みほは何も答えなかった。エリカの言葉を聞いた瞬間、驚きで顔を歪ませるも、すぐに俯き暗い面持ちになって、それっきりだった。  エリカはそのほうが良いと思った。何か言われたら、自分の中の決意が揺らいでしまいそうだからである。  こうしてエリカはすべての段取りを済ませて、黒森峰から去る準備を完璧に整えた。  そしてあっという間に一ヶ月が過ぎ、エリカが学園艦から別の学園艦へと移る日がやって来た。  エリカは黒森峰にあるヘリポートからヘリに乗り、近場の港に移動してその学園艦が寄港する街に一時的に移動する手はずだった。  ヘリポートでは既にヘリが待っており、後はエリカが乗り込むのを待つばかりであった。エリカはコートをはおり、ヘリへと向かっていく。  そして、エリカがヘリに乗り込もうとした、そのときだった。 「エリカさんっ!」  後方から突然エリカの名を呼ぶ声がした。

23 18/01/21(日)23:27:36 No.480271951

 エリカが振り向くと、そこには、走ってくるみほの姿があった。  みほは、エリカの元まで駆け寄ると、エリカの手を握って言った。 「エリカさん! 行かないで! 私が悪かったから! 私が皆に謝るから! だから、行かないでっ……! 戦車道、辞めないで……!」  みほは目に涙を浮かばせていた。  その姿に、エリカは思わず「分かったわ」と言いたくなった。だが、唇を噛んで必死でその言葉を飲み込む。  そして、精一杯の冷たい表情を浮かべて、言った。 「……離してください、副隊長」  みほは、その言葉に驚きと絶望が入り混じった、鬱々たる表情を浮かべた。 「……私はもう、ここにいる資格はないんです。誰かが責任を取らなければいけない。副隊長だって、分かってるんでしょう?」  それは、エリカの今できる必死の虚勢だった。本当は、みほに抱きついてありがとうと言いたかった。みほやまほと、離れたくないと言いたかった。だが言えない。言ったら、すべてが無駄になってしまうのだから。 「で、でも、他に何か手が――」

24 18/01/21(日)23:28:00 No.480272042

「ないですよ、手なんて。それに、せいせいするんじゃないですか? あなたの行いを否定した私がいなくなるんですから」  エリカは皮肉たっぷりに笑ってみせた。  それがみほを傷つけると分かっていても、止められなかった。  ――これが最後だから。もうこれ以上あなたを傷つけることはないだろうから。だから、許して、みほ。 「そ、そんなことない! わ、私は……」 「さあどうだか。心のどこかでは私のことを嫌っていたんじゃないですか? 少なくとも、私はあなたのことが嫌いですよ、副隊長」 「あ……あ……」  みほが言葉にならない言葉を上げる。  エリカはこれ以上そんなみほを見ていたくはなかったが、それでも目を逸らさなかった。 「確かにあのときのあなたの判断は間違っていませんでした。人として正しい振る舞いです。きっと、誰もがそれを認めていることでしょう。でもね、あなたは優しすぎた。その優しさが、人を傷つけることだってあるんですよ。あなたのせいで、私がどれだけ惨めな思いをしたか」 「そ、そんな……」 「私はもう、これ以上惨めな思いをしたくないんですよ。だから、これでさよならです副隊長」

25 18/01/21(日)23:28:50 No.480272240

 そう言って、エリカはエリカの手を握るみほの手を振り払った。  掴むものをなくしたみほの手が、虚空を握る。  エリカはみほに背を向けた。  もうこれ以上、今のみほを見ていることについに耐えられなくなっていた。 「……私は戦車道を辞めます。でもあなたは、これから一人頑張っていくんでしょう? なら、せいぜい自分の選択を信じて生きていくことですね。私が去った後に自分の行動を後悔されては、私にとって今以上の屈辱ですから」  それは、エリカが虚勢を張りながらも言える数少ない気持ちの一つだった。  みほには今のままでいて欲しい。  それを、虚勢を張ったままで言うには、これしかなかった。  そうしてエリカはヘリに乗り、黒森峰を去った。  ヘリの窓から黒森峰学園艦を見て、エリカは今までの思い出を思い返していた。

26 18/01/21(日)23:29:05 No.480272301

 緊張しながらも入学した黒森峰。  西住姉妹との出会い。  辛い思いをしながらも必死に頑張ってきた戦車道。  そのすべてを、今エリカは捨てる。  そう考えると、エリカはとても苦しく辛い気持ちなり、そして、瞳から一筋の涙を流した。  だが、エリカの流した涙はそれだけだった。  エリカは涙に気づくと、必死でそれを拭って、ヘリの操縦手を見た。ヘリの操縦手は操縦に集中しており、エリカの方は見ていなかった。  エリカは安堵する。例え見ず知らずの操縦手とは言え、弱い自分を見せることをエリカは極端に恐れていた。  こうして、エリカは黒森峰を去っていった。  そしてエリカは新たな地へと向かったのだ。  戦車道がない学園艦、大洗学園艦へと。  つづく

27 18/01/21(日)23:30:55 No.480272743

どうしたっ!みほ!? あぁ…エリカさんの命が…吸われていきます

28 18/01/21(日)23:31:33 No.480272923

ゾクゾクしてきましたよ私は

29 18/01/21(日)23:32:15 No.480273107

…聖母さおりんが相性最悪すぎない?

30 18/01/21(日)23:33:34 No.480273541

事故をきっかけに戦車道から身を引いた相手をまた戦場に駆り出すなんて流石ですね会長!

31 18/01/21(日)23:34:00 No.480273666

誰も悪くないんだ… ただみんな感情表現が下手で優しすぎたばっかりに

32 18/01/21(日)23:35:39 No.480274129

みぽりんこれ多分次にあったときは戦車道マシーンになってるやつだ

33 18/01/21(日)23:36:28 No.480274379

>――私が、この二人を支えないと……私がいくら辛くなってもいいから、私が…… この独白があるおかげで後のダーク展開が倍率ドン!だ

34 18/01/21(日)23:37:22 No.480274618

逸 黒 逃 !

35 18/01/21(日)23:38:37 No.480274951

虚勢癖が一瞬虚言癖に見えて うそつきエリカ!そう言うのもあるのか!ってなった

36 18/01/21(日)23:38:55 No.480275031

いいよね…お互いがお互いを思いやって余計拗れるの… よくない

37 18/01/21(日)23:39:13 No.480275165

やべーぞ

38 18/01/21(日)23:40:41 No.480275651

虚勢癖を持ったままのやつが大洗へ行ったらどうなるか…だよね

39 18/01/21(日)23:42:10 No.480276090

>――私が、大洗女子を支えないと……私がいくら辛くなってもいいから、私が……

40 18/01/21(日)23:43:04 No.480276335

逆に虚勢を張ったエリカを知らない大洗でなら素の自分が出せるかもしれない 戦車喫茶で見つかったら最悪なことになるけど

41 18/01/21(日)23:43:31 No.480276481

暗黒への道は善意で舗装されておる

42 18/01/21(日)23:44:27 No.480276791

>戦車喫茶で見つかったら最悪なことになるけど みぽりん…

43 18/01/21(日)23:44:37 No.480276841

>逆に虚勢を張ったエリカを知らない大洗でなら素の自分が出せるかもしれない 秋山で詰むわこれ

44 18/01/21(日)23:45:07 No.480277023

>秋山で詰むわこれ 会長でまず死ぬ

45 18/01/21(日)23:45:42 No.480277224

>会長がまず死ぬ

46 18/01/21(日)23:47:50 No.480277845

この大会は実力の無い学校は出場出来ないルールがあるんですよ  ↓ なによ!ソレ あまりにも失礼です!  ↓ (私がこの子達を守らなきゃ)  ↓ みほは拗らせた

47 18/01/21(日)23:53:37 No.480279469

記憶喪失のエリ見さんが大洗行って…っていうのが以前あったけどそれとどう差別化するのか楽しみ

48 18/01/21(日)23:53:52 No.480279545

>少なくとも、私はあなたのことが嫌いですよ、副隊長 「お待ちなさい!本当にそれが貴女の本心なのかしら?」 「「ダージリン!!」」 ダージリンはおもむろにサングラスを取り出した

49 18/01/21(日)23:54:42 No.480279764

>記憶喪失のエリ見さんが大洗行って…っていうのが以前あったけどそれとどう差別化するのか楽しみ あっちは痴話喧嘩だったけどこっち絶対無理だ…

50 18/01/21(日)23:54:53 No.480279819

ダークサイド「」の本気を見た

51 18/01/21(日)23:56:10 No.480280126

島本ダー様はデウスエクスマキナだから…

52 18/01/21(日)23:57:14 No.480280415

許してくれよぉ逸見チャン!アタシが…アタシが全部悪いんだよォ!

53 18/01/21(日)23:59:33 No.480281017

赤星が助けに来てくれる………はず

54 18/01/22(月)00:00:56 No.480281403

>赤星が助けに来てくれる………はず (幼児退行)

55 18/01/22(月)00:01:37 No.480281599

また澤ちゃんが吐くのかな

56 18/01/22(月)00:02:08 No.480281740

流石ダークサイド「」だ こんなにゾクゾクする話を読める喜びはすごい

57 18/01/22(月)00:03:23 No.480282055

イツミこんな事言いたくないけど 道を外れたら戦車が泣くわよ…

58 18/01/22(月)00:04:03 No.480282219

そんな逸見に銀の鍵

59 18/01/22(月)00:04:44 No.480282366

ぶいあーるもおすすめだぞえりか

60 18/01/22(月)00:05:17 No.480282492

貴女のお姉様とは随分違うのね・・・

61 18/01/22(月)00:08:37 No.480283249

この世界には美帆りんもいない…

62 18/01/22(月)00:11:51 No.480284042

虚勢をはりつづけた結果脆くも砕け散るのか…?

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