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17/11/21(火)23:19:00  8 ... のスレッド詳細

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17/11/21(火)23:19:00 No.467145267

 8 所詮は初戦  ジンジャーエール様は。  とハムは初めて見たときの彼女を思い出していた。  三つ編みで丸眼鏡をかけていて、文学少女なのかな、という予想をぶち壊して、ジンジャーエール様はなんでも実践派だった。  二軍の生徒達に触らせ弄らせ汚れさせ、ハムを相手にしたときは、とにかく待った。装填も運転もテンポの鈍いハムに付き合って、砲手の才能を見いだした。  まだジンジャーエール様が在学中の頃の映像記録を見た。その彼女は今よりもっと自信に満ちあふれていて、二本の三つ編みを振り乱して戦っていた。  自分以外の誰も、信じていない瞳だった。  丘からマチルダⅡが三輌降りてくる。  対するジンジャーエール側は丘の中腹で留まり、発砲を始めた。オーソドックスな手段だった。 「パーシングが来るまで待つのかと思ったのに、ルクリリは攻めるわね」

1 17/11/21(火)23:19:19 No.467145381

 アッサムは紅茶を飲みながらルクリリ達を眺める。白いテーブルにティーカップ。外に出て観戦しているのだ。どの道隊長車に出番はない。 「でもどうしてルクリリ達だけに行かせたの? ペコ。私達も一緒に前進して、先鋒に巻き込まれる形で戦った方がよかったんじゃない?」 「確かにその手もありましたね。  ただそれは危険も大きいかも」 「ルクリリやローズヒップが裏切るかも?」  試すような口調のアッサムに、オレンジペコは微笑する。 「入ってくる情報から考えないことも無いんですけれど――。  わたし、見てみたいのかもしれないです。先輩達がなにをしたいのか。なにを求めているのか」 「随分余裕ね」  目を丸くするアッサム。 「まるでダージリンだわ。どうしてそう思えるの? この前まで勝つ為に必死になってたのに」 「それはそうですよ」

2 17/11/21(火)23:19:36 No.467145446

 オレンジペコは紅茶を自分のカップに注ぐ。 「この場合、挑戦者はわたしではありません。  先輩達なんですから」 「さすがにオレンジペコは待つね」  とルクリリの僚友達は批評する。装填手は状況を見通して補佐することが求められる。だから余計に今の状況が見えるのだ。  操縦手の子が意見する。 「チャーチルと一緒に戦った方がよかったんじゃないかな」 「だねえ。さすがにマチルダ三輌で、パーシングとマチルダ二輌のセットはキツい」  砲手の子も頷いた。自分の砲がどれほどの能力があるのか、判断して車長に伝えたり命令を検討したりする権利を与えられている。返答は、チッチッチ、という指のワイパーだった。 「チャーチルが有効射程に近づく前に、上から砲撃を受けて終わりだよ。  ペコのチャーチルがあの丘から動いた瞬間、あちらは次鋒を動かすだろう。クローヴ元帥がローズヒップと接触した瞬間、大将の位置のシナモン、ミス・ブラック両元帥が駒を進める。  かくしてパーシング、ブラックプリンスの火力で以てチャーチルは仕留められる、というわけ」  おーっ、と二人は拍手する。

3 17/11/21(火)23:19:54 No.467145521

「で、我らがリリィはそこまで見通しているかしらん?」  砲手ちゃんが尋ねると操縦手さんは「まさか」とおどけてみせた。 「でもあたしはさ。  あの子が行けって言ったところ行くぜ」  鉄の塊は前進する。襲い来る攻撃もものともしない。ルクリリは顔を上げたまま丘の上を観察している。先に被害が出たのはルクリリ側だった。見事にルクリリの後方左のマチルダを仕留めた。落ち着いた砲撃だった。ルクリリ車が大きく前進する。パーシングの砲弾の重さは十キロ前後ある。次々装填出来るのは今の聖グロリアーナでも数えるほどしかいないだろう。そしてそれはたゆまぬ訓練によって為せる技だ。焦らせて砲弾を落したともなれば、爆発はなくても足を潰す可能性はある。  パーシングは落ち着いている。巧みな操縦を見せるルクリリ車は放置して、もう一輌のマチルダを狙う。そこにルクリリ車が砲弾を撃ち込んだ。ジンジャーエール陣営の徹甲弾は牽制を放つに留まる。  遭遇戦ならともかく、相手をしっかり捉えた戦いだ。高所からの攻撃を避けつつ、有効射程距離にルクリリ車は迫る。  そのとき、奇跡が起こった。

4 17/11/21(火)23:20:15 No.467145629

「うわわわわわ!」  ルクリリが叫んだ。勝利の雄たけびともなんともつかない声だ。突然マチルダが丘を駆けのぼりはじめる。  斜面の起伏を上手く利用して、履帯が外れたりすることのない危なげない移動である。明らかにルクリリ車の操縦手はこの試合会場の土地を知り尽くしていた。  ふと何気なく、といったふうにルクリリ車は止まると一発砲撃した。 『ああっ!』  ジンジャーエールの元に通信が入る。 『被弾しました! 履帯、やられたかもです』 「応戦しろ!」  命令は被弾したマチルダにだけではなかった。もう一輌のマチルダと、ハムとに号令する。三つの砲が火を噴いたその時、逆側のマチルダ車を振動が襲った。  『挟まれてます!』 「落ち着け。火力では絶対に抜けない。迎撃に移る。まどろっこしいのは嫌いだ」  履帯に被弾した一輌は固定砲塔としてルクリリ車を狙い続け、ジンジャーエール車と動けるもう一輌は上ってくるルクリリ車に向かう。 「あの……先輩、楽しいですか?」

5 17/11/21(火)23:20:31 No.467145691

 ティーカップに注がれた紅茶を乱暴に口に含むジンジャーエールに、ハムは尋ねた。 「大学選抜の選手はあたし達よりもレベル高いでしょ? こんなもたもたしなくても――」  ドカ、とジンジャーエールがハムの背中を殴った。 「今は何する時間だ。ハム」 「す! すいません!」 「下らないこと言ってるな。私達だけで戦うわけじゃないんだ。クローヴ様やシナモンリーダーも控えてる」  それからそっとハムの背を撫でた。会ったばかりの頃はふっくら柔らかかった肉が、今は体内で固く引き締まっている。困った顔をしたアップルにジンジャーエールは微笑みかけた。 「なあアップル。戦車道、楽しいだろ?  私は楽しいさ。  みんなで戦うから楽しいんだ」 「あ、あの! ぐ、具申します!」  アップルは頬を赤く染めて言った。 「ルクリリ車はいつもと違う動きです! いつもはもっと真っ直ぐ来る方です! もしかして――」 「うん。元帥が――アールグレイが手を貸している可能性はあるな」

6 17/11/21(火)23:21:09 No.467145857

 ジンジャーエールは満足げに言った。 「あいつは指揮官向きではあったが、操縦はからっきしだったのにな。  もう戦車道を辞めたはずなのに、いい腕だ」 「お言葉ですが、アールグレイ様はご助力をオレンジペコさんから断られたのでは?」  ファストブレッドが操縦席から声を上げる。ルールを決める会議の話は皆聞いていた。ジンジャーエールは呆れたように言った。 「そんなの、オレンジペコに気づかれないように乗ってしまえばいい。  ルールは先輩の手を借りてもいいことになっている。なんの問題もない」 「そんな! ずるいじゃないですか!」  憤慨するアップルに、ジンジャーエールは首を横に振った。 「あいつは意外と優しいんだよ」   あの日。  アールグレイは隊長に食い下がった。 「ジンジャー様! チャーチルでの単騎駆けはもうお止め下さい!」

7 17/11/21(火)23:21:31 No.467145943

「なんのためにおまえにクルセイダーを任せたと思っている。  私が的になる。私を落そうと必死になっている敵を取り囲んでだな」  何度も、堂々巡りの議論を繰り返している。アールグレイの答えはいつもこれだ。 「身を削るような囮作戦はもう止めて下さい!  まるで自殺行為です! クローヴ様も大概でしたけれど、あなた一人で戦っているわけじゃないんですよ!」 「私が犠牲になることで勝てるなら、安いものじゃないか。気にするな」 「隊長!」 「上手に捨て石になれる車長が私しかいないんだ。仕方ないだろ」  アールグレイは、肩を掴んでいやいやをしたっけ。 「角砂糖が紅茶に飛び込んだだけじゃ、甘くならないんですよ!」  なんて。  この押し問答の後で、アールグレイ達はチャーチルへの援護をすっぱり止めた。本当に見殺しにすることで、敵の罠を完全に無効化したのだ。チャーチル周辺に忍び寄った敵部隊は、駆けつけるであろう聖グロリアーナ後続部隊を待ち受けていた。  ――チャーチルでの意外な索敵。

8 17/11/21(火)23:22:09 No.467146110

 ――待ち伏せ部隊機能せず! 聖グロリアーナ裏を突く策略。  そんな見出しが踊った。これが偶然の勝利だと、聖グロリアーナだけが知っていた。  この戦いの勝利をきっかけに、ジンジャーはアールグレイに全権を委譲する。  敵の真ん中で、パチパチ弾けるジンジャーエール。  その泡が弾けきってしまった象徴でもあった。  ハムはルクリリ車を狙う。  三つ編みの戦士は上半身を前のめりにしてこちらへと向かってくる。 「よく引きつけて撃て。  相手が避けられないくらい」  ジンジャーエールの指示にハムは頷く。心臓が飛び出そうだ。汗が眉間のあいだから流れ落ちて指先で拭く。人生でここまで必死に戦車道をしたのは初めてだ。  ファストブレッドも同様だった。相手の行く手を防ぐように斜めになりながら丘を登っていく。履帯が外れたら終わりだ。 「止まって!」  ハムが声をあげた。

9 17/11/21(火)23:22:38 No.467146233

「逆に相手を後ろから追い落とそう。パーシングは登攀能力弱いから、こんなとこでの追いかけっこより狙い撃ちの方がいい。接近は充分です!」  後半はジンジャーエールに向けての言葉だ。  真剣な表情で元帥は眼鏡を外した。彼女の額にも汗が浮いている。 「やれるか。ハム」 「はい!」  パーシングがゆっくりと止まる。途端、鋭い砲撃が撃ち込まれた。それはマチルダの横っ面を僅かに逸れて行く。そのまま前進していれば、マチルダから白旗があがっていただろう。 「次弾!」  ジンジャーエールが叫ぶ。アップルはゆっくりと砲弾を詰める。この時間がもどかしい。からかうようなマチルダの砲撃がパーシングに当たった。正面だ。これしきで落ちる戦車ではない。ただアップルは恐怖で目を閉じた。砲弾を落とさないよう必死だった。  ――心の中を読むようだ。敵の車中の乗員の。  ジンジャーエールは想う。  ――これがアールグレイの腕か? あの子はしたたかだが、こんな猫が鼠をからかうような戦いは――。

10 17/11/21(火)23:22:54 No.467146295

 迷いは頭を振って吹き飛ばす。次弾が来る。  驚くほど早い装填と、命中力。  ――アールグレイが一人でやっているのか? これを。そんなバカな。  砲手が告げた。 「いけます!」 「撃てっ!」  反射的に命じたジンジャーエールに応えようと、ハムが撃とうとしたそのときだった。  マチルダがこちらに向かって前進する! 「なんで一直線?!」  それならば真っ直ぐ射貫いてやろうとして、迷った。避けられそうな気がした。ならば履帯を狙えば! 撃った弾は地面を抉る。 「そういうときは榴弾だ。焦るな」  足止めに地面を炸裂させる。それも一つの手段ではある。 「先の手を読め。ここからどうなるか。どうするか」  ジンジャーエールはキューポラから顔を出す。そして信じられない光景を見る。

11 17/11/21(火)23:23:09 No.467146365

 マチルダⅡが加速している。  クルセイダーのような高速度ではない。が、斜面を滑り降りるような進行は今まで見たことのないような動きだった。 「ファストブレッド、下がれ! 距離を取れ!」 「は、はいっ!」  指示を受け交代したところ、後ろから来たもう一輌のマチルダがパーシングを追い抜いた。 『こちら、足止めします!』  通信が入る。体当たりでも留めるつもりだ。それなのに迫るルクリリ車はまるでダンスでも踊るかのようにするりと避け、そのまますれ違いざまにマチルダ側面を撃ち抜いた。  ひょこっと白旗が立つ。  ジンジャーエールの背筋に電気が走った。 「ハム! 撃てっ!」 「え?」 「装填出来る限り早く!  手数で攻めるしかない。……いや、もっと引きつけろ!」

12 17/11/21(火)23:23:25 No.467146441

「ちょ……ちょっと待って下さい、先輩。何をそんなに焦って……」  いつも冷静沈着なジンジャーエール様が泡を食っている。顔をこすって、もう一度キューポラから上半身を曝け出した。鈍重なはずのマチルダが優雅に前進してくる。ルクリリは笑顔のまま硬直している。いや。この指揮はルクリリのものではない。 「あの戦い方は見たことがある……あんなことをやるのは……」 「”ドンガメ”だ!」  冷静に推移を見守っていたアリスが椅子から立ち上がった。そらとぼけた声でダージリンは聞き返す。 「”鈍亀”? 確かにマチルダはゆっくりですけれど」 「……違う。あの動きはむしろ島田流だ。  いや、島田流はあんな戦車は使わない。西住流がチハで進撃することがないように」  無表情なアリスの表情がより冷たく、そして上気した。 「聖グロの伝説でしょ? “ドンガメ”!  わたしお母様から話を聞いてるわ!」

13 17/11/21(火)23:23:51 No.467146542

 鼻息の荒い少女がなにを言いたいのかダージリンは見当がついている。改めて戦況を見た。引きずり下ろされるようにパーシングは丘の下に降り、中腹で固定砲台になっていたマチルダは時間稼ぎの砲撃を繰り返し、そして沈黙した。後は一対一だ。 「アリスさん。あなた大切なことを忘れてらっしゃるわ」  ダージリンの言葉に、少女は怪訝な表情を浮かべる。”鉄”のダージリンは言った。 「今回のルールは五十五回大会ルールですのよ?」  きょとんとした大学選抜隊長に急いでアズミがひそひそ告げた。満面の笑顔が出て、そして。 「カモン! アイキャンディス!」 「えっ?」 「ちょ、ちょ、ちょっと隊長!」  メグミとルミが慌てる。アズミはスキップしながらマチルダⅡに向かった。茶器を運んでくるにはゴツすぎる運搬車。 「楽しいことしているのに、自分だけお留守番はイヤだものね」  アズミはハッチを開けて中に滑り込んだ。聖グロリアーナの、磨き込まれたマチルダのお腹の中で話しかける。 「あなただってそうでしょ?」  返事をするみたいに、マチルダのエンジンはスムーズにかかった。

14 17/11/21(火)23:24:08 No.467146605

「そろそろ次鋒を」  カッサンドラが進言する。シナモンも頷いた。 「頃合いだな」  先鋒同士の戦いは、どうもイレギュラーが起こっているらしい。 「状況を進めるか」 「ジンジャーエールの障害は、とんでもないのきてるね。運命の輪を回す必要があると思う」 「カッサンドラ、頼む」  双眼鏡で全景を確認するシナモンは、試合に没頭している。こうなるとかっこいいんだこの人。  思わず、どんって軽く体当たりをしてからパーシングに乗り込んだ。通信機を使う。 「妹よ。お許しが出たわよ!」 『閣下から聞いてる。ジンジャーエール苦戦だって?』 「まだ判らない。だからあんたの投入よ」 『おっけー姉さん。任せてよ』  通信を切るとクローヴは両手をすりあわせた。操縦席からキューリが尋ねる。 「カッサンドラさんって、お姉さんなんすか」

15 17/11/21(火)23:24:55 No.467146789

「そうね。腹違いの双子。  エンジンかけて」  今、クローヴ達が乗っている車輌は、待機中はエンジンを必ず切っておくことが厳命されている。それはこれが基本的に練習機としての扱いを受けており、どの戦いでも定員外扱いをされていたからだ。長時間使用は無理だと思われていた。  それゆえ、これは実質クローヴ専用機といってもいい。どの車長が使っても大丈夫なよう改造されたブラックプリンスとは違う改造が施されていた。 「いけるッス」  キューリに頷いて、涼しげな声でクローヴは告げる。 「クローヴ隊。  カヴェナンター、出る」  答えるように軽やかに戦車が歌い出した。

16 17/11/21(火)23:25:17 No.467146869

 ひとりぼっちの観客席で、楽しげに女は口ずさむ。 「さあこっちでも“山が動いた”わよ。オレンジペコ」  次鋒出陣の放送が丘を響き渡り、ダージリンは紅茶をゆっくりと嗜んだ。 「大鍋に諸々混ざり合い。  どんな舞台になるのかしらね?  楽しみだわ。オレンジペコ――」

17 17/11/21(火)23:28:09 No.467147523

お待たせしてますひっそり更新 su2115094.txt 今回のテーマ曲はこれで、クローヴ出撃の曲として”Drummond Castle”という曲を選びました ↓の20:28から始まる曲です https://www.youtube.com/watch?v=xWRzjonySsk

18 17/11/21(火)23:45:39 No.467152537

ところどころてにおは狂ってるなあ……しくじった

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