17/09/20(水)22:53:54 磁気浮... のスレッド詳細
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17/09/20(水)22:53:54 No.454289120
磁気浮上をするように空中を自在に漂うそれは、破壊そのものでなければ或いは美しく見えるのかもしれない。 何対もの翼をゆらめかせた化物。闇の中で魔法苔とともに青白く光り、ゆっくりと開く口から覗く牙の輝き。 無防備なその隙間、その瞬間を目聡き射手は見逃すことなく弓を構え、それからようやく自分の迂闊を理解した。 虚空に炸裂音のようなものが谺し、そして、吐き出されたのは雷撃の一閃。 「危ない!」 それは言葉になっただろうか。違う。それを考えるよりも先に、眼前の巨体を討つために動いていた。 剣が届くまで奴に接近する方法はないだろうか。 彼女は無事だろうか。どうか、そうであってくれ。 三角跳びの要領で岩壁を蹴り飛ばしあれの背に乗ることは出来るだろうか。彼女は……。 雷さえも弾いた大楯の存在が、確かな答えである。 だが、息を吐く間はない。彼女が弦を引き、再び狙いをつける。 盾持ちの刀匠は次の雷撃に備え身構えていた。 俺は、俺のすべきことは何か。明白で困難で、それから少し、溜息の出るようなもの。 我が身には些か大きなこの刃を始めて握った日から今日に至るまで、いつだってそうだ。
1 17/09/20(水)22:54:19 No.454289198
尾鰭を振るうよう仕草はアクエドリアのものとも似ているが、決定的な違いはやはりそれが空を泳ぐことだろう。 近付いてようやくその距離を理解したが、どうにも埋めがたい程に離れているように思えた。 あれに届くには壁伝いに跳びながら……何度それを繰り返せばいい? 一瞬浮かんだ絶望にも似た感覚に、ふっと笑みが溢れた。 何度でも。 何度巨人を討てばいい。何度この剣を握ればいい。何度傷付き、仲間を失い、悲しみ、立ち上がり、この疑問を持てばいい。 無論、何度でも。この戦いが終わるまでは、それが幾星霜の先であっても。 そうだよな。確かめるように反芻すると、恐れは残らなかった。 跳びながら天然の足場を探すのは得策ではないが、よじ登って向かうだけの時間もない。 生命の鼓動を持たない怪物は再び口を開き、破壊の呼吸を始めたからだ。 身軽さにはもとより自信があるが、今要求されるものは恐らく違う。 あれが息を吸うより早く息を吸い、刀を大きく振り被り、乱暴に狙いをつけて、思い切り放り投げた。 俺の役目は何か、最善手は何か。常にそれを見つけ、選ぶのは難しい。
2 17/09/20(水)22:55:03 No.454289377
乱回転する大剣がそれの身体を斬り裂いた。そう言うと聞こえがいいが、実際の所はその表皮を僅かに傷付けた程度であろう。 巨体は余りにも巨体で、爪楊枝ほどの刃が致命的にはなり得ない。 先に雷を放った大口は今、怒号のために開かれている。 なんだ、存外生き物らしいところもあるじゃないか。せいぜい最期の時まで苦しむといい、その時はすぐに訪れるのだから。 電撃の弾ける音。それすら引き裂く流火の一矢。 それの身体に埋まる一筋の殺意。尚も、悲鳴よりも鋭い風切り音を従え降り注ぐ。骸となり砂塵となるまで、何度でも。 「当然だが、奴らの巣穴に近付くに連れ、襲撃の頻度が上がってくる」 刀匠が重い口を開いた。このドワーフは紅白の結んだ髪をいつも弄りながら話す癖がある。 焚き火を光源としたここでは、随分と厳しい。 「ええ。でも、負けないわ。この矢が続く限り撃ち抜いてみせる」 美しい金髪がすっかり燻んだ射手。エルフの整った顔は炎の陰に疲れた彫りを浮き上がらせた。 彼女の魔法で作りだした矢を幾らか補充し、次の戦いに備えている。 連れている地底鳥が声も上げずに丸まった。 「ねえ。あなたたち、本当に勝つ気でいるの?」
3 17/09/20(水)22:55:59 No.454289598
頭に響くような軽い声。不気味なほどに楽しげで、ふわりふわりと浮いた声。 その声の主は、彼女自身も浮いていた。 腰から生えた翼は飾りのように微動だにせず、闇の中で静かに光を放つ紋様が彼女の青肌に妖しく。 にこやかに手を振るその笑顔の全てが異質であった。エルフともドワーフとも人間とも異なっていた。 「君は……」 マリスに似ている、とは言えなかった。あれは生命のない怪物。しかし。 俺は見てきた。立ちはだかるあの化け物共が叫び、吠え、苦しむのを。あれらが抱く命を。そして、そうであるならば。 「私は妖魔。それが、重要?あれを倒すより?」 その言葉と一緒に、咆哮。 凍える白霧に隠れた影は仄かに透けていた。 「初めて見るな」 刀匠は何でもなさそうに大楯を構える。後ろで射手が弓を取り、矢を番える。剣は、少し離れた所にあった。 「冷気を使うのか?」 砂嵐と冷気を従えて、無感動な殺意を持った怪物は動き出す。 地に潜むリグリアード。灼熱のバレスアッシュ。雷撃のボルティニア。地底湖のアクエドリア。纏わりつく乾留液のジブラタール。今までに何度も斃してきたそれらのどれとも異なる巨人。
4 17/09/20(水)22:56:52 No.454289821
「あれはグライオース。抑えるのは簡単」 腰翼は相変わらず動かない。物理法則に逆らって飛んだ彼女は、掌に握った翠光を解き放つ。 「ほら、ね?」 グライオースは何も出来ずに固まった。自らの冷気に凍ったように。少女はそれを面白そうに眺めていたが、こちらの視線に気づいて辞めた。 「今、何を?」 「止めたの。眠ったんじゃないかしら」 質問の解答としては正しくない。結果を聞いているのではない。しかし彼女は何でもない、当然のことのように言った。 「さ、急ぎましょう。止めるべき巨人はあれじゃない」 魔法苔の薄緑の中を彼女は、やはり、ふわり。 罠だろうか。仮にそうであるとしても、自分たちに選択肢がないことは知っていた。 俺たちはただ、与えられた道を歩むだけだ。生きる為に出来ることはほんの一握りで、それは常に戦うこと。だから剣を取り、傷つき、傷つける。 そこに勇気や正義などが介在する余地がない。 道は一つしかない。後ろには大きな口を開けた巨人が腹を空かせて待っている。進むしかない。 細心の注意と最大の警戒を持って彼女に従う。 あれから二度、巨人の姿を見た。一つはボルティニア。
5 17/09/20(水)22:57:51 No.454290063
先に苦しめられた怪物だが、それが何もする前に彼女は例の光でその怪物を黙らせた。次に見つけたジブラタールに関しては、向こうが気付くこともなく無力化させてしまった。 信じるとは、信じたいということ。 証拠や根拠などはそれを後押しするためのものに過ぎない。人は信じたい物を信じる。信じてしまう。 そして、俺は彼女を信じてもいいのか分からずにいた。 信じたくない気持ちと、信じるべき結果の奇妙な同居。こんなことは初めてだった。 進むほどに、巨人の数は増えていく。それらが吠える前に彼女は眠らせる。 もしも彼女がいなければ、自分たちは何度命を落としていたのだろう。 そんなものと自分たちは戦っていたのだという事実とともに、不気味な感覚を覚えた。 「あなたたちが『マリス』と呼ぶ生き物は、本来あなた達と交わることのない生き物なの」 生き物。なるほど、衝撃の新事実だ。 悲しいかなしかし、もう驚く暇もない。突然彼女が語り出すということは、そうする必要があるから。 なぜか。事が終わるまでに話しておきたいのだろう。
6 17/09/20(水)22:59:16 No.454290425
では事とは何か。俺たちをここまで誘きよせて包囲するのだろうか。それともこの先に待ち受ける何かの贄にでもなるのだろうか。 柄を握ると、随分と馴染んだ感覚が伝わった。大丈夫、準備は出来ている。 「私もマリスなの。子供だけどね。マリスは本来とても長い間眠る生き物で、あんなに頻繁に現れたりしない。それに、貴方たちの文明にも興味がないの。それがどうしてこんなことをするようになったのか」 動機の正当化か。握った力が強くなる。 例え仕方ないことであろうと、我々もその身を守らなければならない。 これもまた、仕方のないことだ。あるいは、お互いの不幸を嘆くべきだろうか。 互いに向かう一つの道を歩むがゆえにぶつかることになった不幸を。 「……あいつよ」 初めて見るものだった。 これまでのどの巨人よりも大きく、禍々しい存在。 甲冑のような金色の走る外骨格。巨大な翼はぼろ切れのように先端がうねっている。 恐怖というものは今まで死へのそれであり、死に繋がるものへのそれであった。しかし、あれを見て抱いた恐怖は質の異なるものだった。 底知れないものへの恐怖。
7 17/09/20(水)22:59:52 No.454290556
そんなものは初めから無いのに、自分の安寧を脅かすものに対して抱く感情。 「エルガウスト。他のマリスを無理やり起こす力を持ってるの。そして、暴れさせる力も」 苦々し気な彼女の言葉に少しずつ事の本質を理解出来てきた。 もっとも、そうした所で結局やることは変わらないだろうが。俺のすべき事、それはいつだって明確で単純で、やはり、溜息の出るもの。 「あなたの力で他の連中みたいに眠らせれられないの?」 「いいえ……だから、お願い。私に、力を貸して」 射手の言葉に彼女は首を横に振った。 言葉を選ぶのにも苦戦しているようで、握った拳に浮かんだ屈辱が伝わる。 洞窟の中、どんよりとどまった空気が一瞬にして流れ、そして……。 「来るぞ!」 返答を待たずにそれが来た。ゆっくりと、しかし確実に迫りくる死。 刀匠は言葉と同時に構えた。白刃が闇の中で一層きらめく。小さな巨人の翠光が掌から放たれる。びゅん、と射手の放つ矢。 しかし、それらの質量などたかが知れていた。 鎧とも骨ともつかない翼が大きく羽ばたいた。それで十分だった。 俺と刀匠は蝋燭の灯りのように吹き飛ばされ、射手の矢は風の中で行く先を失いやがて墜落した。
8 17/09/20(水)23:01:11 No.454290889
唯一、妖魔の放った魔法だけは届いたが、小さな、巨体のつま先程度にも満たない爆発を起こしただけだった。 ようやくエルガウストの全身が理解出来た。 ぼろ切れのような翼はその一端に過ぎず、外骨格の甲冑は厚く覆っていた。 あれに勝つために俺がすべき事は何か。 剣を握る拳に力が強くこもる。勝てるのか。勝つのだ。 俺たちは勝つ。なぜならシャンバラに安寧を取り戻すからだ。 そのためにこの巨人を倒すのは不可欠であり、そういうわけで俺たちは勝つ。勝たねばならないから、勝つのだ。 エルガウストが再び翼を広げた。 それは広大な影であり闇をであり、恐怖である。 塗りたくった悪意色の翼と共に、悪魔はその手を伸ばした。爪の一つが俺たちの身体程もある。 「散れ!妖魔、何とかできないのか!」 俺たちは勝つ。そしてそのためには彼女の力が必要だ。 そのためなら捨て石にだって望んでなろう。俺は死ぬとしても負けない。俺たちは勝つのだ。 走りながら放った射手の矢は金属音を立てて跳ね返るばかりである。 刀匠は彼女を庇いながらなんとか魔法の矢を作り続ける。俺に出来ることは何か。二人の、そしてこの妖魔のために隙を作ることだ。
9 17/09/20(水)23:01:57 No.454291067
「……難しい魔法があるの。とても集中しなきゃいけなくて、私一人の魔力じゃ足りない」 「射手はエルフ、刀匠はドワーフだ!二人の魔力を借りれば!」 「相談してみるわ」 俺のすべきことはいつだって絶対的に絶望的で、どうしようもないくらい溜息の出るもの。 ああ、またか。いつ以来だろうか、こんなことを思うのは。 これが最後の戦いだと何度信じ、言い聞かせただろう。何度その淡い期待は砕けて散ったろう。 あと、幾度。剣よりも折れそうになった刃があった。 何度でも。俺たちは勝つのだ。それが星霜の果て、億項の後であろうと。 選択肢はいつだって一つしかない。俺たちは選択しているのではなく一つの道を歩んでいる。 そしてこれからも、道を歩むのだ。これから先、何かを選ぶ時が来るのなら、その時を楽しみにしよう。 「頼む!」 長くはもたないだろうから。 湿った空気、ぬめる足場、それでも必死に動き回り、避け続けた。 その一振りが致命傷であるなら、当たらなければよい。こちらの攻撃がほんの僅かにでも効くなら、続ければよい。 俺は戦士だ。巨人を討つ者だ。光源の殆どない闇の中で白刃は真黒の殺意で染められた。
10 17/09/20(水)23:03:05 No.454291356
お前が俺たちから奪い、あいつらから奪ったのか。 平穏を、当然を、生活を、日々を。 燃え上がる感情と裏腹に刃はどこまでも冷徹に振られた。お前が。お前が。お前が、お前が、お前が、お前が! そして、時は訪れた。 がくん、と世界が傾いた。この感覚を俺は知らない。幸運か、不幸かは分からない。 背中を強打し、足が震えていた。訪れたのだ、限界が。 あいつの最後の攻撃の前に、俺はどうすれば良いだろう。何とか、道連れにする方法はないだろうか。 俺は、俺たちは、シャンバラは勝つ。俺はそのための囮だ。お前が俺に費やした全ての時間が無駄だ。愚か者め。 爪が振り下ろされる。俺の狙いも気付かないのだろう。腕にはまだ力があった。大丈夫、あともう一振りはいける。 持ち上げて、狙いを定めて、あの悪魔に……ああ、俺は、死ぬのか。やっと、やっと。 再び、地面に激しくぶつかり転がった。 激痛が体を走り、苦悶の声を上げようにもそんな言葉は知らない。とにかく痛くって、それどころではない。 「大丈夫か、戦士よ」 刀匠。ああ、お前は。 ドワーフが、隣に転がっていた。大盾の下敷きになり、何とかひっくり返そうともがいている。
11 17/09/20(水)23:04:00 No.454291568
「魔法は……魔法はいいのか……?」 「ああ。あとは当てるために、隙を作るだけだ。私と射手でそこは頑張ろう」 あんな巨体、適当に投げても当たるように見える。 しかし魔法というものは繊細で、俺の専門分野ではない。ここは彼らの策に従うだけだ。と言っても。 足の震えは収まったが、力は完全には入らなかった。 剣を杖に、数分ぶりに立ち上がる。また、転びそうになる。エルフは走り回って矢を飛ばし、刀匠が何度も盾で殴りかかる。 それらを無力に見ている。それ以外に出来なかった。俺は、俺は。 酷い咳。頭が揺れて、持ち上げる。それからようやく奇妙なる奇妙に気付く。身体は薄く光り、力が漲り、目が冴える。 「戦士!」 妖魔。腰羽根をぐったりと垂らし、今にも倒れそうな体を細腕の二本で支える彼女。そうか、それが、それが魔法なんだな。 「私たちの力をあなたに……あなたが、断ち切るの……」 妖魔。地に突いた腕が滑り、崩れ落ちた彼女。どうか、どうか。剣もまた、頼りない光を放っていた。大丈夫、頼りになるさ。 刀匠が派手に蹴り飛ばされた。射手はいよいよ限界が来たのか、足を止める頻度と時間が増えていた。 限界が訪れる、その前に。
12 17/09/20(水)23:04:51 No.454291771
「目が合ったな、悪魔」 鋭い牙。そんなものより大きく鋭い爪を幾度となく俺は躱してきた。翼の羽ばたきが起こす突風も、俺を吹き飛ばすことは出来なかった。 断ち切る。俺は、この戦いを、終わらせる。 思い切り、振り抜いた。 マリスの悪魔は倒れ息絶え、そうしてすぐに塵となる。 するとすぐに次のマリスが目覚め、再び。だが、今回は違う。違ったのだ。 さらさらと崩れていった骸が風に溶けるも、新たな咆哮はどこにもなかった。 いつ以来かも忘れた静寂な時間に、手持無沙汰に近い感覚。 満身創痍であった。倒れて見上げた洞窟は、その天井が見えないほどに高い。 指先に至るまでの疲労に襲われ、あちらこちらの打ち身や切り傷が気にならないほど。 幾度もエルガウストの攻撃を受け止めたからか、刀匠は倒れたまま自身の傷を確認していた。まだ乾いていない沢山の生傷は彼の勇気の勲章。 休むこともなく矢を放ち走り続けた射手は、横になって休んでいる。矢を放つ内に厚い手袋は破れ、指の皮すら痛々しく。 そして、妖魔。闇の中で浮かんだ模様はもはや静まり返り、青肌と共に闇の中では薄暗い。 ひどく衰弱しているが、まだ息はあるのだろうか。
13 17/09/20(水)23:05:43 No.454292024
心配をしたところで、動けぬ俺にはどうにもできない。 「おお、口惜しや、エルガウストよ。貴様を見つけるのに私がどれだけ苦労したか」 影が一つ、シュルシュルと蛇の呼吸に近い音。 妖魔を最初に見た時、確かに異質なものを覚えた。それは、その異質を一層濃くしていた。 頭部はマリスのそれをぎゅっと小型にしたように見える。身体は体型含めてドワーフに似ているが、その背の翼は決定的な違いとなる。 「何者だ……!」 掠れた声に精一杯の警告を込めたが、効果は薄いだろう。 「ふむ、貴様らが……。おや、丁度良い。もう一体マリスがいるではないか」 妖魔にそっと伸びた手が、その生物の異形をより強く晒した。 鋭く光る爪、爬虫類のような手首。ぴんと張った尾、不似合いな剣。 「動くと撃つわ!止まりなさい!」 発したのと同時に一発目の矢が飛んだ。 披露と怪我からか、普段より遥かに劣る一射。竜人が剣の一振りで弾くのと同時に、体は動いていた。 駆け抜けて、剣を振り上げる。こんなにも重く感じたのはいつ以来か。 迎え撃つ刃に弾かれ、そして、刀匠の体当たり。何度となく無慈悲に振り下ろす槌。
14 17/09/20(水)23:06:47 No.454292286
「目的はなんだ。何者だ!答えろ!」 「邪魔だ、どけ!」 されど、それすらも。竜人の牙が刀匠を噛み、耳を裂くような悲鳴が洞窟を覆う。 幾度も聞き慣れた断末魔、それを凌駕する悲痛な声。そして爪の一振り。 「私はこの地中界の導師、アルラボーン。隠されし都市の王。落淵の者どもよ、その不敬を悔いるように苦しめて殺してやる」 導師は再び剣を手に取った。翼が翻り、圧倒的に。 「遅い」 射手が矢を放つ前に、その弓は叩き斬られた。次いで彼女の頭を同じようにしようと、三度。 大剣は両手にずっしりと重く、片手で軽々と扱う導師とはまともに斬り合うこともかなわない。俺のすべきことは何か。答えはない。選ばねばならない。 勇敢だろうか。無謀だろうか。それらの違いは何だろうか。 「遅いと言ったはずだ」 突きを躱し、爪をいなし、腹に圧し掛かる何か。 ああ、しまった。注意が足りなかった。ぼんやりと瞼が重くなる。体はずっしりと重く、エルガウストと対峙したような最後の力を振り絞る気もしない。 疲れたのだろうか。俺は、終わるのだろうか。 薄れゆく景色の中で、妖魔に伸びる導師の手が。鋭い爪が、不恰好な腕が。
15 17/09/20(水)23:07:37 No.454292469
咆哮が頭を揺さぶった。ああ、またか。そんなことを考えただろうか、俺は。 赤く光るマリスを前に、無感動に剣を構えた。 いつだってこれが最後の邂逅であるようにと願っている。今回も、また。 「おや、お目覚めか。少しうるさくし過ぎてしまったかな?」 今度の怪物は随分とお喋りで、不愉快だ。姿形は似ているが小型で、知能は高い。非常に、非常に不愉快だ。 「しかし遅かったなぁ。私はあの小娘を取り込んだ。幼く不完全な器であったが、私自身がそこに混ざれば良い。良き考えだと思わぬか。わたしは真の強きマリスとなった。アルラボーン・ドラゴシュアリー、良き名であろう?」 「……」 「だんまりか。気に食わぬ」 隙だらけだ、不安になる程に。思考が重いのが原因か、それとも他の要因があるのか。 横たわるエルフとドワーフが視界の端にちらりと映る。視線は再び目の前の小さき竜。 導師と妖魔の姿はなかった。 「私の指揮するマリスを尽く潰し、そしてついに私にも刃を向ける。どこまでも不愉快だ」 「黙れ!」 アルラボーンが動くよりも先に飛び出した体が、刃が走る。
16 17/09/20(水)23:08:23 No.454292656
「おっと、冷静になるんだな。私は今あの小娘と一つになっている。私を傷付ければ彼女も……」 俺の道は常に一つしかない。選択肢を与えられたことがない。 自分のために生きることで精一杯で、それは勇敢でも無謀でもなく、ただ、必死なだけだ。 もしも俺の人生に選択の時が来たのなら、俺はそれでも戦うことを選べるだろうか。 かつて、自分に問うたことがある。その答えは、こうだ。 俺は、躊躇いもなく楽な道に逃げた。かつて、一時の仲間であろうと、迷わずに、俺は、俺は。 思い切り、振り抜いていた。 一閃、落ちた竜の右腕。石のような皮膚は脆い骨と土くれ。 それは怒号とも悲鳴ともつかない声を上げた。僅かな間にすっかり聞き慣れたその声の、苦しむ声。 これが最後の別れであるように。これが最後の断末魔であるように。 自分の弱さを刃に押し付けて、斬り続けた。それも、最後であるように。 もう一振り。マリスは、妖魔は、倒れた。 「……最後に質問する。何故お前はあのマリスを操り、我々を襲った」
17 17/09/20(水)23:09:12 No.454292856
「私は……私もマリスだ。最も弱く小さく……賢きマリス。お前たちが他のマリスと戦っている間私は身を隠し、それが終われば次のマリスをけしかける。私の策は……」 「俺は動機を尋ねている」 刃が怪物の鼻先に触れた。 燃え上がる怒りと、同居する冷徹。説明しがたい背反が態度となって現れていた。 洞窟の闇風が、そっと袖をくすぐる。 「……私より弱き生き物が文明を持ち栄えることが許せない。それでは不満か?」 十分だ。言葉にするよりも先に刃が貫いた。 何かに向けて燃やした怒りは、その根源を燃やし尽くせば消えるとは限らない。 燻った炎は当てを失くして燃え続け、心を煙で満たしていく。 終わった。幾度となく願った瞬間だ。そうだ、そのはずだ。 だが、なぜだろう。どうしてこんなにも虚しく、悲しく、満たされないのだろう。 咆哮に震え剣を持つ日々は終わった。破壊の足音から必死に逃れることも、戸惑いと恐怖の混じった悲鳴を聞くこともないのだ。 刀匠と射手は気を失っているようだった。傷口に応急処置をして、二人が目を覚ますのを待つ事にしよう。 疲労に身を打たれ、気が付くと大の字になって倒れていた。
18 17/09/20(水)23:09:47 No.454293030
ああ、またか。こうして倒れて、上を見上げて、無力さに打ちひしがれて。 勝ってなお得るもののない戦いに何の意味があるのだろう? そう考えた後、首を振った。少なくとも振ろうとした。 いいや、俺たちは守り抜いた。そして、勝った。奪わせなかった。 それらの言葉は全て自身を納得させるためのものだったが、効果は得られなかった。 失い、手放し、捨て、奪われた。只管、只管に虚しかった。いくつ失い、いくつを守れたのだろう。数えて天秤にかけずとも結果は分かりきっている。 掌はぼろぼろだった。剣も、服も、全身も。こんなに戦い、そしてやっと守れたものは。 妖魔は、かつて妖魔であった竜は、冷たく静かであった。そうさせたのは自分だ。 導師に精神を乗っ取られて、彼女はそれきりだったのだろうか。 殆ど何にも知らないあの妖魔に、どんな言葉を送れば良いのだろう。もう二度と、やり直すことはできない。いつだって続きがあると思っていた。 初めての選択は、喪失という感情と共にほろ苦い勝利をくれた。 視界がめちゃくちゃに曇り、何かが漏れ落ちる。 ぼたぼたと乱雑に、ランダムに掌を濡らした。それは、温かかった。すぐに冷たくなるけれど。
19 17/09/20(水)23:10:20 No.454293152
壊れてくれない。崩れてくれない。されど一度終わってしまえば、それが真実の終点であれば、もう二度と。 シャンバラ、朝も夜もなき地中界はそのどちらもが無いのをいいことに、一晩中お祭り騒ぎ。 俺たちは英雄として称賛され、人々の注目の的となり、話題の中心となった。されど、それすら鬱陶しい。 なりたかったものはなんだったのだろう。今の自分との乖離はどの程度だろう。 くすんだ白色曲線の描く街並みは普段通りに見える。その中にはち切れんばかりの興奮を内包していることを除いて。 何者にも怯えることのない夜。訪れた安寧の受け止め方を忘れてしまった街は、ただ歌い、踊り、そうしてその情熱の炎を燃え上がらせた。 俺に残ったこの感情は何だろう。後悔と呼ぶのは不謹慎だろう。この街の人々を救った、それは誇らしいことだ。 だが、全てを救うことはできない。水鏡の幻月を掌に掬っても何も残らないように、流砂の一握を掴んでも何も残らないように、手にしたいものはいつだって。 掴んだつもりで高らかに上げたこの手の中に残った僅かばかりの栄光と命。それらは確かに俺たちの救ったものだ。 救えなかった残りの全ては?
20 17/09/20(水)23:10:53 No.454293299
完全でも無欠でもない俺の手があと少しでも伸びれば、あと少しでも強く掴めれば。 見つめた掌は無数の傷痕が刻まれ、灯りの中で深く影を落としていた。この手だ。この手が。 すうっと吹き抜けた風がそれをくすぐった。しかし、分厚く鍛えられてしまった皮膚には何も響かない。 「妖魔のこと?」 疲れた顔のエルフに振り返ると、彼女は片手にグラスを持っていた。 少しおぼつかない足取りで彼女は座った。地面に。 「妖魔も、他の、沢山の人達も。戦いは終わったが、失ったものは取り戻せない。俺は、そして、妖魔を……」 斬った。自らの意志を以て諦めた。手放した。 もっと他の方法があったのかもしれない。俺はそれを信じたかったのに、信じることができたのに、否定した。即断した。 「……悲しみって、沢山あるわ。それを忘れろなんて言わない。私、友達も知り合いも沢山マリスに殺されたもの。みんなのことを忘れて笑って過ごすような生き方なんてできない。街の皆もきっとそう。今はこうして喜んでいるけれど、落ち着けばいなくなった人々を思い出す」 エルフは人間より長命な種族。彼女の言葉は年の功というものだろうか。
21 17/09/20(水)23:11:29 No.454293463
そんなことを口に出したら叩かれそうだな。少し、心に余裕が生まれていた。 「思うに、それは忘れるものじゃなくて、乗り越えるものじゃないかしら。大切な人、物、場所を失っても命がある限り生きているし、明日は来る。残酷な程にね。だから、いつまでも悲しみに囚われて、憎しみに飲まれちゃだめなの。だって、沢山、沢山起きるもの」 それは自分に言い聞かせているようにも聞こえた。 「乗り越えてね、言ってやるの。私はこんな現実に屈しないって。そうよ、負けるもんですか。私の大事なものを奪ったような現実に負けたら、申し訳ないわ」 老いて若きエルフのそれは誓いだった。彼女は忘れない。 悲しみに打ち勝ち生きるのだ。そのための宣言であり、決意。 「そう、かもしれないな。俺はマリスと戦う度にうんざりしていたんだ。ああ、またか。これが最後になればいいのに、と。俺はいつの間にかそれを受け入れてしまっていた。多分、それが終わるよりも先に俺が終わるんだと思っていた。だから、さ。全部が終わってこうしてゆっくり清算をしないといけなくなって、俺は……。少し、どうしたらいいか分からなかったんだ」
22 17/09/20(水)23:12:37 No.454293773
いや、まだ終わっていないか。これから始まるのだから。 長い長い一本の道を歩んで、歩み続けて、初めての選択で俺は失敗した。悔いている暇はない。これからの人生は選択の連続だ。 妖魔、俺は君を斬った。自らの意志で、君を。後悔がないと言えば嘘になる。 あともう何千回懺悔をして、これからもう何万回後悔して、それでも俺は生きる。そう決めたんだ。 地底の恐魔よ、だからどうか、安らかに。苦しむのは俺の方だ。俺はそれに負けない。 俺の人生はいつだって苦しくて悲しくて、それでも歩む価値がある。何故なら、何故なら。 「おーい、戦士、射手!皆がお前らの話を聞きたがっているぞ!」 腕程に真っ赤に顔を染めた刀匠が酒瓶を片手に手を振った。ドワーフというのは本当に酒が好きだな。 何故なら、逃げ場などないからだ。 自分の罪を忘れて生きることなんてできない。自分の中に撃ち込まれた楔が忘れてくれない。 例え遠く誰も俺を知らない場所に行こうと、俺が俺を知っている。 「ああ、今行くよ!」 俺は戦士だ。これまでも、これからも、戦おう。 踏み出した一歩は硬くて滑らかな地面に躓いて、こけてしまった。
23 17/09/20(水)23:13:21 No.454293969
懐かしい地面の感覚に、ふっと笑みがこぼれた。 鐘の音が頭を揺さぶった。ああ、またか。そんなことを考えただろうか、俺は。 深き地の底、朝も夜もなき街は仮初の一日の始まりを迎えて、偽りの朝が始まる。 あれ以来マリスを見かけることは滅多になくなった。ゼロではないのだが、彼らと俺たちの因縁は終わった。 連中が俺たちを見かけても、何もしなかった。 あれが最後なんだなと、そう思うと、腹の底でぐるりと何かが回ったような気がした。 妖魔、君の望みはこれでよかったのだろうか。あの怪物たちを見るたびに俺は君を思い出してしまう。 不思議なものだな、幾度となくこれが最後の出会いであるようにと願ったのに。 その日出会ったマリスは美しく、青い肌を輝かせた竜であった。 あの忌々しいアルラボーンと一見すると似ているが、その全てが細かく異なっている。 君は、まるで。 マリスは小さく吠えて、身体に似合わない長い腕をぶるんと振るった。 俺もそれに合わせてみると、そのマリスはもう一度吠えて、飛んだ。洞穴の中でその翼を引っかからないように器用に広げて、行ってしまった。 いつだってこれが最後であるようにと願っていた。けれど。
24 17/09/20(水)23:13:47 [終わり] No.454294063
もう一度、会いたいな。
25 17/09/20(水)23:15:26 No.454294486
長え!
26 17/09/20(水)23:15:54 No.454294585
見えたり見えなかったり!
27 17/09/20(水)23:17:49 No.454295112
なるほど
28 17/09/20(水)23:22:54 [す] No.454296367
サブテラーの妖魔からサブテラーの導師の扱いについて考えていました サブテラーの妖魔は下級サブテラーで唯一「自分を裏側に出来るモンスター」であり、英語版では下級サブテラーについていた「Nemesis」がついていない(他の下級モンスターはSubterror Nemesis ○○という名前)という不思議なモンスターですが来日に際して「サブテラーマリスの妖魔」が登場したことで妖魔=マリスの幼体?であることが確定しました そしてサブテラーの導師は自身を裏向きに出来るリバースモンスターで、かつ異形の怪物 つまり導師もマリス(の幼体?不完全な存在?)であると考えます 少し話は変わりますが、マリスの妖魔とアルラボーンの姿が似ていることも気になりました なので今回は「マリスの妖魔+導師」でアルラボーンが出来たということにしました 実際のところはどうなるのか分かりません みんなもSubterrorやサブテラーを組もう!Vジャンプは明日発売!(露骨な販促フェイズ)
29 17/09/20(水)23:22:57 No.454296382
いい…
30 17/09/20(水)23:24:07 No.454296661
ノベライズ担当の露骨なダイマ! やりおるわ…
31 17/09/20(水)23:26:32 No.454297260
怪文書次元はサブテラー飽きたのかと思ったらこれをセットしていたのか…
32 17/09/20(水)23:27:37 No.454297511
本当に長くてだめだった
33 17/09/20(水)23:34:43 No.454299059
マリスの妖魔ちゃんはヒロイン…
34 17/09/20(水)23:43:33 No.454301108
妖魔ちゃんいいよね 妖魔ちゃんと戦士君が結ばれてサブテラーと人間サイドが仲良く暮らして欲しい