17/08/27(日)01:36:43 夏休み... のスレッド詳細
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17/08/27(日)01:36:43 [1/11] No.448928489
夏休みの午後 彼女の家 エアコンが効いた部屋 二人っきり 家族は遅くまで帰ってこない そんな時に二人でする事と言ったら…? そう決まっている。 ゲート跡のペーパーがけだ。 予言。そう、彼女の兄から届いた一本の不可解な電話は、今思えば予言めいていた。 『時間も無いので本題に入ろう。君は模型工作…プラモデルについてどの程度知っている?』 挨拶も程々にニーサンが切り出す。彼女に内緒で連絡先を交換してから、まだ半月も経っていない。 普通の学生程度の知識はあります、としか答えようがなかった。 『そうか…君には申し訳ないが、今からできる限り知識を習得してくれ。実際に組んで貰えれば尚いい。 私の見立てだとそうだな…まだ五日程は余裕があるはずだ』 一体何の…いや、ニーサンとの接点は一つしか無い。つまりは 『その辺りでアキは君に助力を請うだろう。しかし、私は今どうしても抜けられない仕事があってね。 だからその間、どうかアキを支えてやって欲しい。詳細を伝えよう』
1 17/08/27(日)01:37:14 [2/11] No.448928600
<支援を要請 五日後、本当に彼女から助力を請うメールが来た。この五日間、持て余していた暇を事前準備に費やしてきた。 待ち合わせではなく、送られてきた住所へ直接向かう。なにせ一度往復した道なので迷わない。 到着のメールを送りエントランスと玄関を解錠して貰う。 「…歓迎」表情の無い彼女の顔と、有機溶剤の臭いが出迎えてくれた。 無地のシャツとデニムの上に薄汚れたエプロンという姿は、料理中には見えない。 リビングの床には養生シート、机の上にはツール類、そしてプラモの箱が並べられている。 事情はある程度メールで聞いていても、改めて本人から直接聞きたかった。 「これを見て欲しい」彼女はノートブックをこちらに渡す。FAGのサイト内特設ページだ。 『劇場版 FABULOUS ARMOR GIRLSのBlu-ray発売を記念して当社商品による作例コンテストを開催!』 「要請、このコンテストでの入賞…その為の手助けを」 入賞というと、ええと…どの辺に? 「上位2作品」 それはまた随分とハードルが高いなぁ… 夏の終わりのプラモ甲子園はこうして始まった。
2 17/08/27(日)01:37:54 [3/11] No.448928723
春先に二人で観た『FABULOUS ARMOR GIRLS』ことFAGは、国内でもマニアックな人気を博し、いくつかのメーカーからは立体物として商品化もされている。 FA社のプラモデルシリーズは、その中でも出来の良さでとても評判がいい…らしい。 「ドラマスタッフの間でもプラモは高評価。ORE NO YOME! と言って奪い合いが起きたと言われている」 そんなに 「今回は本国のスタッフが審査すると記載」ホントだ ええと、優秀作品賞の枠が二つで賞品は…破格の豪華さだ。 『メインデザイナー F=ミカネン氏が貴方のリクエストに応えて描き下ろす、世界で1枚の大判イラスト』 彼女が欲しがるとすれば、それは間違いなくヒロインのアルシィを描いた物だろう。 アルシィ――大変口の悪い、そしてマスターを健気に想う心優しい機械の少女。 彼女はアルシィに思い入れがある。だけど、それだけでは賞品にこだわる理由がわからない。 「それは…」彼女が口ごもる。 まあ、後で聞かせてもらえたらいいや 「今は何も提供できない。それでも?」 いいよ、どっちみち手伝うつもりで来たんだから 「…ありがとう」
3 17/08/27(日)01:38:25 [4/11] No.448928811
まずは現状を把握しよう。この工具一式は? 「家族の私物」やっぱりニーサンのだ…ええと、プラモに詳しいなら家族に助けて貰うのは? 「現在多忙。自身で技術を習得する方針へと修正。道具類については使用許諾済」 他にプラモに詳しい知り合いとかは? 「武希子がそれに該当。彼女は模型工作におけるオーソリティと認識 ただし、ここ数週間音信不通。あおが自宅に行っても会えなかった」 これは…なるほど、こんな頼りないヘルプにお声がかかるわけだ。 つまり、締め切りの8月末までに彼女は自力で作品を仕上げないといけないのか。次は作品が見てみたい。 「了解。これがテストモデル」 彼女から手渡されたのは、劇場版仕様のアルシィ…シリーズで言うと最新の商品だった。 素人目にも出来の良さが分かった…かわいい。 「かわいい?」かわいい…それに、もう塗装まで終えてる。 「塗装ブースを別室に設置」なるほど本格的だ。それと、作品のコンセプトはおそらく 「アルシィの魅力…それ自体を表現したものが理想」 ニーサンの『課題』…どうも困った役を押しつけられた気がしてきた。
4 17/08/27(日)01:38:44 [5/11] No.448928873
彼女は元々手先が器用だ。それに学習能力も高い。連日の作り込みで技術は十分な程だと思う。 けど、それなら五日程度の付け焼き刃しかない相手にわざわざ助力を頼んだりはしない。 つまり、求められているのは知識や技術じゃない。だからハッキリと伝えた。 これでは勝てない、と。 それは彼女も自覚してたみたいだ。 「肯定、けれど…」ぱたりとテーブルに倒れ込むと、彼女は伸びきった猫みたいになった。 こんな彼女は初めて見る。やっぱり、家だと普段見えない一面が見られるものだ。 コンテストは『かわいいアルシィ』」というコンセプトの作品が当然ながら一番多くなるだろう。 その場合、出来を左右するのは自己の表現と造形・塗装技術になる。 とりわけ、表現や解釈と言った部分のアウトプットには、それなりの経験が求められる。 今回は時間が圧倒的に足りない。彼女の学習能力を持ってしても、その域に達するのはおそらく無理だ。 なにより今回の目的は優秀賞を獲ること。 彼女自身、今の方向性では勝てないと理解している。だから今煮詰まっているのだ。 「イメージの出力はとても楽しい…けれど、それでは目的に届かない」
5 17/08/27(日)01:39:07 [6/11] No.448928961
とりあえず、今すべき事は一つ…晩ご飯! 冷蔵庫に家族の人が作ってくれた具材があるから、ササッと冷やし中華にしよう。 「…了解。確かに、とても空腹」 蒸し鶏にトマト、白髪ネギと厚焼き玉子…具材は先に細切りにされてある。あとは麺を茹でて冷水で締めたら、市販の冷やし中華のタレをかけて仕上げに白ゴマで完成。 「いただきます」二人で黙々と食べていく。うん、上出来上出来。 「疑問。キッチン内部を把握しているような動線」…気のせいでは? もしかして、この所スポドリとエナジーバーしか摂ってなかったんじゃ? 「食事は…幸福」見てるこっちが幸福になる顔で言われると、その…怒れなくなる。 後片付けを済ませてから今後の方針を考える。まずはFAGに関する手持ちの資料全てを彼女に出して貰った。 時間と技術が限られている以上、あとはもう奇策で勝つしかない。 こうなれば、あとはコンセプトの戦いだ。 カタログ、ソフトのブックレット、ムック、アートブック、インタビュー集と片っ端から開いていく。 要は花火大会の時と同じだ。 発想の糸口さえ得られれば、それを突破口に出来るかも知れない。
6 17/08/27(日)01:39:49 [7/11] No.448929082
いけない、本が面白くてつい読み込んでしまう。これではテスト前の掃除だ。 対面の彼女は…寝落ちしていた。風邪を引いてからそんなに経ってないのに、無理させちゃいけなかったか。 バスタオルの一枚でもかけようと近づくと、彼女の寝言が聞こえた。 「…ルョン…ネァ」 どんな夢を見てるんだろ? 少し仮眠を取ってもらおう。 彼女が手に持ったままだった本を借りる。洋書…F=ミカネンデザイン集? FAGのじゃないな。 パラパラとめくる内に、一枚のラフスケッチで手が止まった。 いくつかネットで検索してみる。立体物はヒットしない…これなら行けるだろうか? 仮眠から起きた彼女に冷たいお茶を渡してから、思いつきを伝える。 デザイン集には1枚だけ、T=ジェイナスとの共作による無骨な戦闘用ロボットが収録されていた。 それにはアルシィと共通する意匠、つまり通底するデザインがあると気がついた。 予習の甲斐があった。ロボットの擬人化は人気のモチーフ、なら、その逆もアイデアとして使えないだろうか? 彼女が作った物を一度否定する事になっても、これが今回の役回りだと自分に言い聞かせた。 「一晩、時間が欲しい」その日は帰途についた。
7 17/08/27(日)01:40:14 [8/11] No.448929156
翌日も彼女の部屋を訪れる。彼女はというと、すでに大雑把なフレーム部を組んでいた。 次のステップはロボット用パーツの入手だと彼女に伝える。 「ここに…」彼女のマンションの三つ目の部屋は書架と同時に物置にもなっている。 そこから大量に積まれたロボプラモ持ち出す。これ使っちゃって大丈夫な物なんだろうか? 「道具の使用は全て許諾済。これは…道具」ハイ道具デス。 それから数日はもう通い妻だった。 ひたすら切って貼って下地整えて掃除してご飯作ってサフ吹いての繰り返し。 細かい作業と塗装は彼女の領分だ。 換気が追いつかずに窓を開けて作業中、熱に弱い彼女は融けて、たれあーきてくとになる。 仕方がないので、洗面器に氷水を張って足を冷やしてあげると「しゃきーん…」と口で言いながら復活した。 汗に濡れた薄着の彼女と二人きりというシチュエーション。 でも現実は部屋中が溶剤臭、顔はマスク着用でそもそも見えない。 何より、彼女と一緒に何かを造るのが楽しくて忘れてしまっていた。 時間も常に足りなかった。トライ&エラーの分完成は遅れ、『二足歩行兵器FRAME ARMS アルシィテクト』のロールアウトは締め切り当日になった。
8 17/08/27(日)01:40:37 [9/11] No.448929239
11月も半ばの劇場版の発売当日、彼女と互いに連絡を取りつつサイトの結果発表を見る。 応募総数49点の中で優秀賞に輝いたのは『アルシィ・フルパッケージ』と『日常』の2作品。 前者はPN.『コトブキニッパーは世界一ィィ!!』氏によるドラマ版アルシィを完全再現しようとした労作だ。 交換用表情パーツは17種類。各種オプションパーツは数え切れない程。 可動部も別物と言える程手が加えてあり、プレイバリューも高い。 注ぎ込まれたその情熱は、一目見た彼女の『…欲しい』という感想が物語っていた。 PN.『アーキテクトマン』氏による後者は、それとは対照的な作品だった。 目を閉じ、ハミングを口ずさんでいるような、どこか楽しげな表情で机の端に腰掛けた固定モデル。 細部にまで高い技術の工作と塗装、なにより愛情が込められているのが、一目で感じ取れた。 きっと彼女が作りたかったのはこんな作品だったんじゃないか、そう思えた。 審査員特別賞の項目に彼女の…二人の作品を見つけた。 寸評にはF=ミカネンの推薦による受賞とあった。 結果の全てを見終えて一つの区切りがついたのか、彼女はようやく教えてくれた。 『聞いて欲しい。私の願いは…』
9 17/08/27(日)01:40:59 [10/11] No.448929319
「やあ、こっちだ」相手は一足先に待っていた。 お久しぶりです…『アーキテクトマン』さん 「直接会うのは確かにそうか…最後の課題は?」 聞いてきました 「なら、まずは食事にしよう。実を言うと、ずっと楽しみにしていたんだ」 そう言ってニーサンはトマト鍋のコースをオーダーした。 「元々、あれはアキの誕生日の為に作っていたんだ。けれど今年は間に合わなくてね。結局、完成までに8ヶ月もかかってしまった。期間中に提出できたのは本当に偶々なんだ。」 それなら、どうして秘密に? 「それは…もし賞に落ちたら格好がつかないだろう? 妹の手前、少しは格好を付けたかったのさ」 ニーサンは恥ずかしそうに笑うと、ワインでごまかして先を続けた。 「アキが自分から強く望み、試行錯誤し、助力を求め、目的達成のために意見も受け入れた。大きな変化だ。完成品を見たよ、あれは君の着想だろう?」 でも、彼女の願いを…叶えられませんでした 「あれは十分な成果だ。保護者として『どうせ無理だから止めなさい』と言いたくない、そんな私のわがままに君を巻き込んでしまい、すまなかった」 自分の不甲斐なさを思いながら、彼女の願いを伝えた。
10 17/08/27(日)01:41:28 [11/11] No.448929417
FAGシーズン7の最終話は当初、賛否両論で受け止められた。 この最終話にFAGは登場しない。そこで描かれるのは明日に結婚式を控えた、ある女性の一日だ。 式の前日でも頼りない未来の夫を励まし、親友達と冗談を飛ばしあい、泣きながら家族に感謝の言葉を贈る。 ウェディングドレスを着て夫の隣に立ち、幸福な笑顔を浮かべる姿で物語は幕を閉じる。 ショウランナーはコメンタリでこんな風に話していた。 「切っ掛けは勿論、例のイラストだよ。あれを公開した後に色々なメールが来たんだ。 アルシィとマスターが結ばれる事は無い、二人はそういう関係だ。それはシリーズ当初から変わらない。 だが彼か彼女…あるいはもしかしたら、アルシィを応援するどこかのAIかも知れないが(笑) アルシィにウェディングドレスを着させてあげたいと願った…そして我々も。つまりは、そういう事なんだ」 彼女の願いはとてもありふれたものだ。だけど、それがくだらないだなんて思わない。 愛する人と決して結ばれる事のない少女の想いに、彼女は確かな形を与えてあげたかったのだと思う。 人生で最良の時を迎えるアルシィは、彼女の部屋で今も微笑んでいる――了
11 17/08/27(日)01:44:48 [sage] No.448930034
ss297682.txt 長くなりすぎた…テキストはこれ ss297683.zip 今まで書いたのはこれ ウェディング姿と私服姿でエプロンしてるのと油断してる部屋着と寝言に負けるのと 暑さに負けて部屋でダラダラするのと水張ったたらいに足を突っ込んで涼むのって言われて 書いた!
12 17/08/27(日)02:26:55 No.448936532
よくやってくれた…
13 17/08/27(日)02:28:17 No.448936679
すげェ…
14 17/08/27(日)02:33:28 No.448937319
ありがとう…
15 17/08/27(日)02:35:14 No.448937511
その狂った熱意は一体どっから…