ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
17/07/31(月)22:27:00 No.443423210
SS ペコ主観の西ダジ ◆ みなさんこんにちは。 聖グロリアーナ学園チャーチル装填手、オレンジペコです。 今日、私たち聖グロリアーナ学園戦車道部隊は学園艦を離れ、地方にある大きな牧場に来ています。 というのも、実は私たちの学校は戦車道のほかに馬術、チェス、お裁縫といった、いわゆる「貴族のたしなみ的なもの」についてとても力を入れているのです。 ダージリン様とアッサム様ももちろん馬術を嗜んでおられて、年に数回この牧場に乗りに来るとのこと。 そこで今回は私、ローズヒップさん、ルクリリさんもお二人に同行し、経験者に学びながらお馬さんに親しもうと思うのでした。 天気は雲ひとつない快晴、少し暑いくらい。 一面の牧草草原は青々としていて、聞こえるのは馬の嘶きと木立の囁きばかり。 港からローズヒップさんのクルセイダーで3時間くらいの高原にぽつんと立った牧場は驚くほどに穏やかな場所で、私はそのなにもない風景に目を奪われます。 普段、砲撃と走行音に囲まれているからでしょうか。 こんな静かな時間を過ごすのはひどく久しぶりに思えて、初めて来たのになんだか懐かしいような、不思議な思いでいっぱいになりました。
1 17/07/31(月)22:27:27 No.443423324
「こんな格言を知ってる? 馬に水を与えることは簡単だ。しかし、飲ませることは容易ではない……」 ……そんな思いをかき消すように、背後から聞きなれた声がします。 ダージリン様は早くもシャツにキュロット、つばのついたヘルメットというブリティッシュ・スタイルに着替え、相変わらずの麗しいお顔でよく分からない事を仰られました。 「とはいえ、心を通わせればその限りではないわ。オレンジペコ、御覧なさい」 そう言ってついと向ける目線を追うと、私達とは違う一団が一足早くに乗馬を楽しんでいる様子。 栗毛の馬とそれに乗ったハンチング帽の騎手が、地平線の上をなぞるように颯爽と駆けてゆきます。 かなりのスピードが出ていながらも騎手の方の姿勢はぶれずに前を向いており、かなり手慣れた方であることが私の目にも分かりました。 「わあ、綺麗……」 力強く、だけど涼やかでしゃんとした姿に思わず言葉を漏らします。 はっとして口を閉じると、ダージリン様は満足げに頷いて微笑まれました。
2 17/07/31(月)22:27:44 No.443423400
「美しいでしょう? 名手の乗馬というものは、勇ましくありつつも、気品を感じさせるものなの」 と、言いながらダージリン様はローズヒップさんに用意してもらった椅子に腰かけ、のどかに紅茶を味わい始めます。 澄ましたお顔でアッサム様が着席されると、わたくしも僭越ながら向かいの席に座ります。それからローズヒップさんとルクリリさんは、並んで私の隣に。 少し大きめのテーブルにお茶菓子と香りのよいダージリン(お茶)が置かれ、ティータイムになりました。 優しい風に暖かい太陽。そして香り高い紅茶。 まさに、お茶会には絶好の日和。遠くでは馬の駆ける音と、馬をいなす騎手の方の凛とした声が聞こえます。 ……あれ? でも、この声って。 「オレンジペコ、ローズヒップ、ルクリリ、よくご覧なさい。あのような優雅な乗りこなしこそが、聖グロリアーナに必要とされるものよ」
3 17/07/31(月)22:28:07 No.443423526
ダージリン様はそう言うと紅茶の香りを楽しみながら、障害物を越え駆けていく馬と騎手の方を眺めました。 その方はくつろいだ茶色のジャケットに、男性的なシルエットのパンツルック。 艶やかな革の乗馬ブーツを履き、頭にはハンチング帽。 髪はひとつにまとめられており、長くても涼しげな黒い長髪が馬の跳躍に合わせるように跳ねています。 ひくり、とダージリン様の頬がひきつりました。 あ、騎手の方が馬のクールダウンのため、ゆっくりと牧場の外周を回りはじめます。 栗毛の馬はやがてこちらに向かってぱから、ぱからと歩いていき。 次第に騎手の方も近づいてきて、その顔が見られるくらいになると。 「おお! これはこれはダージリン殿、それに聖グロリアーナの皆様ではないですか!」 乗馬ルックの西さんがこちらに元気な挨拶をなさり、 ダージリン様はつとめて冷静な顔のまま、つい、と首筋に一滴の汗を流すのでした。
4 17/07/31(月)22:28:25 No.443423611
西絹代さんは知波単学園戦車道の隊長。とても礼儀正しく、何事にも丁寧で真面目な人です。 戦車道においては旧日本軍戦車で構成された部隊を率いる立派な隊長さんで、大洗と大学選抜での戦いでも大いに活躍されました。 そして何を隠そう、私たちの隊長・ダージリン様の天敵というべき人こそ、この西さんなのです。 真面目すぎてしゃれた格言や素敵な言い回しが通用せず、分からないことは素直に聞き返すためひとつひとつ丁寧に解説してあげなければならない。 それはたとえるなら、ジョークを口にするたびに笑いどころを述べながらお話するようなもの。 会話に格言を挟まずにはいられないダージリン様にとって、これはあまりに相性が悪い。 他にも、肝心な所で話を聞かなかったり、聞いても今一つ通じなかったり……。かと思えば、不意にただ者ではない様子を窺わせたり。 だけども人柄はすごくいい人なのであからさまに避けることもできず、ダージリン様はそんな西さんに会うたびいつも頭を悩まされているのです。
5 17/07/31(月)22:28:45 No.443423687
「いやー、まさかこんな所でお会い出来るとは! 合縁奇縁というやつですな、ははは!」 「知波単の皆さんも、今日は乗馬を?」 「ええ、我が知波単学園は女子たるもの馬に乗るべし、馬に乗らなば乙女にあらずというほど馬バカでしてな。 たまに陸に上がっては、馴染みの牧場に顔を出しているのですよ」 あれから私達は牧場にて、西さんと知波単学園の皆さん(細見さん、玉田さん、福田さん)とお会いしました。 これぞ突撃、と言わんばかりに広い牧場を駆けまわる細見さんや玉田さんの姿はとても格好よく、その速さにローズヒップさんがうずうずしています。 「……ところで、オレンジペコ殿。失礼ながら、乗馬の経験は?」 「えっと、いえ、恥ずかしながら……。本日は、先輩方に教えて頂こうと思っていまして」 「おお、それは重畳! 実はうちの福田も未経験でして、今日はみっちり鍛えてやろうと思っていたのですよ。 よろしければ、そちらとご一緒させて頂けないでしょうか?」 「ああ、なるほど」
6 17/07/31(月)22:29:06 No.443423768
見れば、少し奥の方に先輩方の影に隠れるようにしてこちらを窺う福田さんがいます。 確かに私も、初めての乗馬にちょっぴり不安な気持ちがないでもなく。 そこでダージリン様の方に視線を向けると、少しだけ困ったように口元を吊り上げながら、こくりと頷かれました。 「ええ、構いませんわ。それでは今日は……聖グロリアーナと知波単学園、合同調練、ということで」 「おお、ありがとうございます! よし一同、礼!」 「「「ありがとうございます!」」」 西さんが慇懃に、素早く頭を下げると、それに続くように福田さん、細見さん、玉田さんが深々とお辞儀。 大袈裟なその姿は丁寧なようで、ちょっぴりおかしくも見えてしまって。 ダージリン様がどう考えているのか分かりませんが、少なくとも私は、今日がもう少しだけ楽しい一日になることを予感するのでした。
7 17/07/31(月)22:29:21 No.443423826
それから私と福田さんは、頼れる先輩方に教わりながら乗馬を学びました。 もともと乗れる側だったローズヒップさんは、知波単の方と障害物のタイムで勝負。 ルクリリさんは……聖グロリアーナの馬術部を「お嬢様の遊び」と称した玉田さんに激怒。 親友直伝だとかいう馬上槍で玉田さんと決闘を始めてしまい、両隊長から叱責を受け、今はお二人で仲良く厩舎の掃除をしています。 そして先輩方に習い、どうにか馬に乗って歩かせるところまで覚えた福田さんと私です。 やっぱり教え合ったり、競い合ったりする友達がいるというのは良いもので、福田さんのおかげでとても楽しく乗馬を習うことが出来ました。 馬の扱いにも少しだけ慣れてきて、ゆっくり牧場を散歩する余裕が出てきた私たち。 騎乗した時の少し高い目線を楽しんでいると、ふと、ダージリン様の姿が目に入りました。 今は厩舎の一角で、西さんと何かお話しています。 「…………。もしよろしければ、是非」 「そう……。……」
8 17/07/31(月)22:29:40 No.443423903
……なんだか、西さんから何かを頼んでいる様子です。 あ、二人で厩舎の中に消えていきました。怪しい。 私は思わず亀のように首をのばして、厩舎の様子を伺いますが……。 「おい橙色の! ちゃんと前を見ろ!」 と、細見さんに叱られてしまい慌てて姿勢を整えます。 気がそぞろになっていたせいか、馬もどことなく落ち着かなげになっており。 私は首元をとんとんと撫でてやり調子を戻してやると、横で細見さんがうってかわってにやりと笑みを浮かべました。 「……隊長を取られるのが悔しいか。悔しいだろうな。 だが恨むなよ橙の。なにしろ西隊長は……だぁじりん殿の事をとても好いておられるからな!」 「あ、やっぱりそうなんですか」 「ははは、気づかなかったろ……何ぃ!? 知ってたのか!」
9 17/07/31(月)22:30:04 No.443424003
知ってるも何も、と私は馬の様子を気にしながら思い返します。 あの大学選抜以来、時々練習試合などで顔を合わせていた私達聖グロリアーナと知波単学園。 そのたびに西さんはいつもより弾んだ様子で、楽しそうにダージリン様の格言を聞きに来るのです。 意味が正確に伝わってない事も多いけど、何かを聞くたびにとても嬉しそうに「なるほど!」「勉強になります!」と答える西さん。 なんとなーく、好きなんじゃないのかなとは薄々思っておりましたが、まさか本当にそうとは。 「じゃあ、今日は西さんにとって絶好のチャンスな訳ですね」 「あ、ああ。だからまあ、何だ。そっとしておいてやれというわけだ。 戦車道ならともかく、色恋は忍んで秘めるもの。外野は黙って見守るのみだ」 「あれ、なんだか意外です。てっきりここでも突撃するものかと」 「それは慎みがなかろう」 「そういうものですか……」
10 17/07/31(月)22:30:30 No.443424104
……なんだかよく分からない知波単さんの美学を聞いていると、厩舎から一頭の馬が顔を出しました。 鮮やかな白い毛並みを持つ美しい馬で、手綱を持つのは西さん。 そしてダージリン様はその後ろに乗り、西さんに身体を預けているではありませんか。なんと大胆な。 「おお、ありゃウラヌスではないか! ここに預けてる西隊長殿の馬だ。橙の、西殿はいよいよ勝負を掛けているのかもしれんぞ!」 「はあ……」 それにしても、流石は西さんとダージリン様。 不安定な二人乗りなのに全く身体がブレておらず、平然と乗りこなしあまつさえ談笑などしています。 白馬に跨るお二人の姿はまるで一枚の絵のように様になっており、私は改めてお二人の乗馬技術の高さを、そして見てくれの良さを再確認するのでした。
11 17/07/31(月)22:31:02 No.443424237
そうして牧場の周りを穏やかに歩んでいくウラヌスさんでしたが、中盤あたりに入ったところでダージリン様が何事か西さんに言いつけます。 西さんはその言葉ににこやかに頷きます。何を言ったのかと思えば……西さんは突然手綱を高く掲げ、ウラヌスさんを猛スピードで走らせました。 馬の最高スピードはクルセイダー並。私じゃ一人でもまず乗りこなせないその速さの世界を、ダージリン様は紅茶でも嗜んでいるかのように穏やかに乗りこなします。 西さんはまるで競馬の騎手さながらに前のめりになり、ぐんぐんと速度を上げて外周を回っていきました。 私たちが驚いたような顔をするのもつかの間、西さんは外周を離れ、牧場の中央を横切るようにウラヌスさんを走らせます。 その先にあるのは私たちが歩める限界を示す木柵。そこへ一直線に走っていく姿に、何故でしょうか、私の心にはかつてない不安の雲がかかりました。
12 17/07/31(月)22:31:53 No.443424404
ダージリン様は心の内の読めない穏やかな笑みを浮かべたまま西さんの後ろに座っています。 西さんの表情は、ここから窺い知ることはできません。ただまっすぐに、前だけを見つめるばかり。 このままでは──何かが! そんな確信めいた曖昧なものが浮かび、走り続ける白毛の馬に私は思わず叫んでいました。 「ダージリン様!!」 その言葉にはっとしたダージリン様はそこで初めて西さんの腰を抱え込むように抱きしめます。 まるでそれがブレーキであったかのように西さんは手綱を引き、トップスピードに乗っていたウラヌスさんをゆるやかに方向転換させました。 木柵へ一直線だった進路は、再び外周に沿ってのゆるやかな道に。 私はほっと胸をなでおろし、それからへたり込むように馬の身体にもたれかかりました。
13 17/07/31(月)22:32:17 No.443424500
「おいどうした橙の。随分慌ててたが……」 この日一日分の疲れを一気に受けたような思いをしながら、私は何事もなかった安心感に身を浸し。 あとは今日一日ですっかり仲良くなったこの黒毛の馬に、ゆったりと身を任せるのでした。
14 17/07/31(月)22:32:38 No.443424583
「いやあ、今日はよい日になりました! またお会いしましょう! 一同、礼!」 「「「ありがとうございました!」」」 そして夕方、小学生の学級会のような挨拶をして知波単の皆さんは帰っていきました。 私たちも帰参です。馬の皆さんにお別れを言い、ローズヒップさんのクルセイダーに乗り込みました。 夕焼けの涼しい風を頬に受けながら、私はふと、隊長席のキューポラから顔を出すダージリン様を眺めます。 やっぱり思い返すのは、あの時、ウラヌスさんに二人乗りした時のこと。 「……オレンジペコ、どうかして?」 ダージリン様が私の視線に気づいて尋ねてきたので、私は思うままを話しました。 二人乗りのこと、駆け出したこと、そして外周を離れたとき、なんだかすごく嫌な予感に襲われたこと……。 全てを聞き終えるとダージリン様は驚いたように、しかし困ったように、だけどどこか嬉しそうに微笑まれました。
15 17/07/31(月)22:33:03 No.443424695
「あの時ね、オレンジペコ。私、あなたにとても感謝しているの。 悪い狼に連れていかれそうになったのを、貴方が助けてくれたのよ」 そして、今日一度も見せた事のないような美しい笑みを私に向けてくれます。 ……でも、それきり。結局何も説明はなし。 悪い狼って、西さんのこと? 連れていくって、いったいどこへ? 納得できない事は山積み。 だけれども積み重なる疑問に乗馬の疲労が合わさり、気づけば私の意識は健やかな眠りの中に。 次第に暗くなる視界に抗いながら、しかし私は装填手席でゆるやかに意識を失ってしまうのでした。
16 17/07/31(月)22:36:21 [sage] No.443425574
おわり 設定的にはウラヌスは馬じゃなくてバイクなんだけど 多分西さんはいろんなウラヌスを持ってると思う
17 17/07/31(月)22:37:40 No.443425924
ルクリリさんと玉田は確かに張り合いそうな雰囲気があるな…
18 17/07/31(月)22:43:15 No.443427328
いいね…
19 17/07/31(月)23:14:38 [sage] No.443436337
もうスレも消えるけどダージリン視点・絹代視点書けたから SSテキストと一緒に投げるぞ! su1960698.txt