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17/07/16(日)23:55:47 【SS】... のスレッド詳細

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17/07/16(日)23:55:47 No.440162898

【SS】絶対信仰黙示録 ※これはダークサイド合同Ⅱsq92304.pdfに掲載したものになります 合同の作品を掲載順に読みたくてまだ読んでいない方はご注意を

1 17/07/16(日)23:56:16 No.440163044

 島田瑛里香。  それが彼女の名だ。彼女は、戦車道流派島田流の人間として生まれた。だが、その生まれは少々特殊だった。  まず、瑛里香よりもかなり先に姉の千代が生まれた。そして千代は、島田流の跡取りとなった。千代は戦車道の才能に優れ、後継者として遺憾のない実力を見せた。千代は両親に、そして島田家において大きな実力を持っている老人達からも祝福されながら島田家家元の座を継いだ。そして千代はやがて見合いにて後の伴侶と出会い、結ばれた。  そんなときだった、瑛里香が生まれたのは。瑛里香は千代とはかなり年の離れた妹として生まれた。その年の差は、母と娘ほどに別れていた。実際、千代はこのときすでに第一子である風美香を出産しており、千代の娘のほうが瑛里香よりも数ヶ月ではあるが年上という状態だったのだ。  その異様な年の差から、誰もが瑛里香を母の不貞の子だと噂した。実際のところは誰にも分からなかったが、使用人や親戚、そして老人達は皆疑った。

2 17/07/16(日)23:56:32 No.440163125

 千代の両親はもちろん否定した。瑛里香は自分達の子であると主張した。そして、千代もまた大きな声で瑛里香を庇った。この子は私の妹である。それに間違いはないと、千代は言った。  千代には絶対的な自信があった。確証的な証拠があったわけではない。しかし、直感で瑛里香は自分の妹だと分かったと、千代は言う。  とにかく、瑛里香はそうした特異な出自ではあったのだが、両親や家元としての力を持つ千代の後ろ盾によって、幼少期はそれなりに悠々自適な生活を送ることができた。  欲しいものは常識的な範疇で買ってもらえたし、食べるものにも不自由はしなかった。着るものもそれなりに綺麗なものを与えられ、本家で家族と一緒に生活することも許されていた。風美香とはまるで姉妹のように育てられた。瑛里香は風美香のことを名前で呼び、風美香は瑛里香のことをからかいも含めておばさんと呼んだ。

3 17/07/16(日)23:57:06 No.440163276

 両親と千代は愛情を持って瑛里香に接した。エリカはその愛を受けて、すくすくと成長していった。  一見何も問題のないように見える円満な家族生活だった。だが、少し瑛里香が両親や千代の元から離れれば、瑛里香はすぐさま大人の害意に晒された。  それは瑛里香が四歳の頃であった。その頃、千代も両親も風美香も、生まれたばかりの千代の第二子、愛里寿につきっきりであまり瑛里香の面倒を見てやれない時期であった。  一人外に遊びに行った瑛里香が、不思議な顔をして帰ってきた。  そして瑛里香は、珍しく使用人に任せることなく自ら夕飯の準備をしている千代にこう言った。 「お姉様! 私、燕の子なんだって! おばちゃん達が言ってた!」  千代はそれを聞いた瞬間、手に握っていた包丁をまな板の上に落とした。  燕の子。それは女性が愛人と作った子という意味であり、誰かが意味が分からない瑛里香にそれを吹き込んだことになる。  瑛里香はそれを言った人物を「おばちゃん」と呼んだ。つまり、親類の誰かが瑛里香に自分からそう名乗るように仕向けさせようとしたのだ。

4 17/07/16(日)23:57:31 No.440163383

 なんと汚いやり口なのかと、千代は激怒した。そして、怒りのあまり千代はそのことを親族の集まった場で問いただした。 「誰かが、瑛里香に誤った言葉を教えたようですが、今後そのようなことはやめていただきたい」 「…………」  誰も千代に言葉を返さなかった。それどころか、誰もが千代に対し反抗的な目つきを向けていた。  千代達が押さえつけていた反意は、徐々に大きくなっていたのだ。千代達の見えないところで、ゆっくりと根を張り、着実に成長していたのだ。  そして、その意思はそれまで静観を続けていた老人達についに到達してしまった。  島田流の老人達。それは、実質家元以上に強大な実権を持つ、真の権力者達である。普段は家元である千代にすべてを任せてはいるも、重要な決断は老人達に意見を仰がなければならなかった。  その老人達が、ついに瑛里香のことで口を挟んできた。  老人達の意見を伝達する伝令役の人間は千代に一言こう言った。

5 17/07/16(日)23:57:49 No.440163460

『瑛里香の戦車道の才覚を確かめよ』  と。  千代は老人達の言いたいことをすぐさま理解した。  それは「瑛里香が島田家にとって厄介な存在である。それでも家に残したいと言うのならば、島田流に相応しい実力を見せよ。それがなければ切り捨てる」という通告であると。  たった一言の通告に、それだけの意味が込められていることを、千代は経験から知っていた。  千代は苦悩した。  確かに島田の家に生まれた以上、瑛里香にも戦車道を嗜ませるつもりであった。だが、ここまで切羽詰った事態になるとは思ってもいなかった。  瑛里香には自由に戦車道をやって欲しかった。それが千代の気持ちだった。だが、島田家の老人達はそれを許さない。  しかたなく千代は、瑛里香の戦車道の教育をすることにした。  本来家元と継ぐ風美香の指導と、育児があるためにつきっきりというわけには行かなかったが、千代は出来得る限り瑛里香の戦車道の面倒を見た。  そして肝心の瑛里香の戦車道の実力だが、可もなく不可もなくといったような、無難なものであった。

6 17/07/16(日)23:58:07 No.440163528

 凡人と言うには技量は優れていたが、天才と言うには才能が足りていなかった。  だが幸運にも、風美香と比べるとそこまで実力の差はなかったため――とは言っても、風美香は一応天才の部類に入っていたのだが――老人達からはお咎めは受けなかった。  千代は安心した。これで、瑛里香はなんとか島田家に残ることができると。瑛里香自身も戦車道を楽しんでいるようで、これから先は心配することは何もないと思った。  だが、千代は忘れていた。あまりにも小さな存在すぎて、見落としていた。二番目の娘、愛里寿の存在を。  瑛里香を戦車に乗せてからわずか数年後、それは起こった。愛里寿が四歳になったとき、島田家の老人達の命令で千代は愛里寿を戦車に乗せた。するとなんということだろうか、愛里寿は、若干四歳ながら並の門下生達を遥かに上回る指揮を見せたのだ。  このことは島田家を震撼させた。愛里寿は百年に一度の天才であることは間違いないからだ。

7 17/07/16(日)23:58:23 No.440163591

 島田家から見ればそれは幸福な出来事だった。だが、千代と瑛里香にとっては、それは予期せぬ不幸な出来事でもあった。何故なら、愛里寿の才能の発露によって、瑛里香は島田家にとって不要であるという声が一気に高まったのだから。  問題は、愛里寿が瑛里香に懐いているというところにあった。島田家の老人達は瑛里香が愛里寿に悪い影響を与えるのではと懸念した。才能に圧倒的な格差があるというだけなら、まだ良かったかもしれない。だが、懐いているとなればその可能性はかなり高まると考えたのだ。  千代はもちろん強く抗議した。瑛里香が愛里寿に悪影響を与える心配はないと。二人はただの、仲睦まじい叔母と姪の間柄に過ぎないと。  だが、一度生まれた風潮を覆すことはできず、じわじわと千代は追い詰められていき、そしてついにその日はやってきた。

8 17/07/16(日)23:58:44 No.440163678

「ねぇお姉様、今日はどこに連れて行ってくれるの?」  瑛里香は車の窓から外を見つめながら、横に座る千代に聞いた。 「…………」  千代は暗い面持ちでただ黙るのみ。その千代の様子に、純真な瑛里香はただ頭をかしげるのみだった。  二人を乗せた黒塗りの車は、細い林道を通っていく。その風景に、瑛里香は見覚えがあった。 「あ、この道憶えているわ! 逸見のおじさまとおばさまのところね!」  瑛里香は顔を明るくして言う。  逸見の家は、それまで何回か瑛里香も訪れている島田の遠い親戚だった。島田とのつながりは浅く、親族会議にも呼ばれないことが殆どだった。 「楽しみだわぁ、久々におじさまとおばさまに会えるんですもの!」  その瑛里香の無邪気な言葉を聞くたびに、千代は瞳から熱いものが零れ落ちそうになった。  だが、ここで零れ落としてしまえば悟られてしまう。そのため、千代は必死に我慢した。  そして黒塗りの車は、とある田舎町にある小さな屋敷へとたどり着いた。  その玄関の前で、二人の初老の夫婦が待っていた。 「おじさま! おばさま!」

9 17/07/16(日)23:59:02 No.440163762

 瑛里香は車を降りると笑顔で二人の元に駆け寄っていく。  初老の夫婦は、そんな瑛里香を笑顔で――幼い瑛里香にはわからない、複雑な感情を秘めた笑顔で――迎え入れた。  そんな瑛里香の後ろ姿を見ながら、千代は、一つ呼吸を置き、そして、まるで氷のように冷たい表情で瑛里香に言った。 「瑛里香、これからその方々があなたの新しいお父様とお母様になるのよ」 「……え?」  瑛里香は突然のその言葉に、何を言われたのかすぐには分からなかった。だが、千代の今まで見たことのない冷たい表情から、千代が冗談の類を言っているのではないと悟った。 「……お姉様、今、なんて?」  だが瑛里香は聞き返した。聞き返すしかできなかった。今すぐにでも、さっきの言葉は嘘だと言って欲しかった。 「瑛里香、あなたは島田家から離縁されることとなりました。これからは、逸見として生きていきなさい」  だが、千代は瑛里香を見下ろしながら、はっきりとその言葉を告げた。

10 17/07/16(日)23:59:20 No.440163837

「嘘よ……ねぇ、嘘よねお姉様……ねぇ、お姉様ったら……」 「…………」  困惑する瑛里香を尻目に、瑛里香に背を向け、車のほうへと戻っていった。 「お姉様……待ってよ! お姉様ぁ!」  瑛里香は制止する老夫婦の手を振りほどいて、千代のほうへと駆けていく。そして、車に乗ろうとする千代のスカートをぎゅっと握りしめた。 「お姉様! 私何か悪いことをしてしまったの!? なら謝るわ! だから、捨てないで! お父様、お母様にまた会わせて!」 「…………さい」 「もう勝手におやつを食べたりしません! 風美香ちゃんのイタズラもちゃんと注意します! 愛里寿も必要以上に甘やかしたりしません! だから、だから……捨てないで、お姉様!」 「……だまりなさいっ!」  千代は、必死にしがみつき懇願する瑛里香を、振り払うように殴り飛ばした。その眉間には、大きく皺が寄っていた。 「きゃっ!?」  瑛里香は大きく吹き飛ぶ。

11 17/07/16(日)23:59:38 No.440163887

 そして、地面に砂埃を上げながらずささっ……と倒れ込んだ。  瑛里香のその姿を見た瞬間、千代は一瞬ハっとした表情を浮かべたが、すぐに先程までの氷のような表情に戻り、瑛里香を見下した。 「瑛里香、あなたはもう島田家にとっていらない子なの。だから、あなたは捨てられるの。分かったわね」 「そ……んな……」  千代の冷淡な言葉が、瑛里香を切り刻む。  愕然とする瑛里香。そんな姿を見て、千代はわずかに唇を噛みながらも、表情は眉間に多少の皺を寄せるのみで殆ど表情を変えず、車に乗った。  そして、千代の乗った車はあっという間にその場から去っていった。 「いや……捨てないで……捨てないでよ……お姉様……お姉様ぁ! 私を捨てないでお姉様ぁ! お姉様ぁぁぁぁ! うわああああああああああん!」

12 17/07/16(日)23:59:54 No.440163936

 瑛里香は泣いた。大声で泣いた。泣きながら車を走って追いかけた。  だが、車に追いつけるわけもなく、瑛里香はどんどんと小さくなり、最後には見えなくなった車の通った道を走り続けるだけだった。  一方の千代も、泣いていた。車の後部座席で、声を殺しながら涙を流していた。だが、一度も後ろは振り返らなかった。振り返ったら、ここまで作り上げてきた決意と態度が崩れ落ちてしまうだろうから。  千代の耳には、聞こえていないはずの瑛里香の泣き声が、延々と木霊していた。  こうして、瑛里香は島田家から捨てられた。  そして、その日から島田瑛里香は逸見エリカとなった。

13 17/07/17(月)00:00:13 No.440163990

   ◇◆◇◆◇ 「……カ。エリカ!」 「ん……」  エリカは体を揺さぶられる感触と、自身の名を呼ぶ声によりまどろみの中からゆっくりと瞳を開ける。  ぼやけた視界がはっきりしてくると、エリカの目の前には茶色い短髪の凛々しい女性、黒森峰女学園三年、西住まほが立っているのが分かった。 「……隊長」 「もう着いたぞ、エリカ」 「ん……」  エリカはゆっくりともたれかかっていた窓際の壁から体を離す。そして、窓から外を眺めると、そこにはひらけた港が広がっていた。 「私、寝ちゃってたんですね……」 「ああ。ぐっすりとな」  まほは微笑みながらエリカに返す。 「すみません、昨日はあまり眠れなかったもので……」

14 17/07/17(月)00:00:31 No.440164060

「そうなのか。今日の試合の作戦についてでも考えていたのか?」 「……まあ、そんなところです」  エリカは固まった体をほぐすかのように体を伸ばしながら立ち上がると、それと同時に周囲を見回す。  周りには、黒森峰女学園の制服を着た生徒達が皆船から降りようと準備をしているところであった。さらに、半分以上の生徒が制服を脱ぎ始めている。  この日は、戦車道の全国大会の試合の日だった。 「…………」  エリカは今度自分の体を見下ろす。来ているのは、周囲と同じく黒森峰の制服。そして、先程までエリカが座っていた場所の近くには、戦車道を履修している生徒が着るパンツァージャケットが折りたたまれていた。その脇には出発時に学校から貰ったプリント――『他校との交流マナーについて』『カルト教団に注意!』といった内容のもの――などが置かれている。 「どうした?」 「いえ……自分が黒森峰の生徒であることを、今一度噛み締めていただけです」 「そうか」  まほはそっけなく言う。

15 17/07/17(月)00:01:02 No.440164192

 エリカが黒森峰女学園の機甲科高等部に進学してから二年が経った。  島田家に捨てられた後、逸見の家で育てられたエリカは、戦車道の名門、黒森峰女学園にて戦車道を採る道を選んだ。  最初、エリカがその選択をしたとき逸見の夫婦は反対した。エリカを我が子のように育てた逸見の夫婦は、エリカが戦車道を再び始めることに、不安を覚えずにはいられなかったからだ。  だがエリカは戦車道を選んだ。そこには、純粋に戦車道が好きという気持ちもあったが、それ以上に、島田流への反発から傾倒した西住流への心酔があった。 「隊長、私、本当に感謝しているんです。こうして隊長の元で、黒森峰の一員として、西住流の人間として戦えることに。あの日、隊長と家元……しほさんは、私のことを受けいれてくれた。そのことが、とても嬉しかったんです。そして、今では副隊長まで任命してくれて……」 「……そうか」

16 17/07/17(月)00:01:18 No.440164241

 島田流と西住流の間には大きな溝がある。どちらも戦車道の流派としての勢力を争い続けてきた間柄であり、門下生達は水と油であることが多かった。当主同士――千代と西住しほの関係はそうでもなかったのだが、とにかく、戦車道界隈では相容れぬ流派として見られていることが多かった。  そんな西住流に、エリカは惹かれた。自分を捨てた島田家に強く絶望していたエリカにとって、西住流は己の中に湧いた憎悪の感情を癒やすのに最適な場所だった。  西住はエリカを暖かく迎え入れてくれた。西住の古株達はエリカの出自を知るやいなや反対したが、当主であるしほは「西住の門戸を叩くものに、貴賤などない」と言いエリカを受け入れた。  エリカは、それがとても嬉しかった。  以来、エリカは西住のために尽力しようと心に決めたのだ。 「お前の気持ちは嬉しいよ、エリカ。だが、どうして今その話を?」  まほはエリカの事情をよく知らない。だが、エリカが何かを抱えていることは分かっていた。

17 17/07/17(月)00:01:34 No.440164311

 ゆえに、エリカに深く立ち入ろうとはしなかった。だが、突然の告白だったために、まほはついエリカに聞いてしまう。 「どうしてでしょうね……寝ている間に、昔のことを思い出したのかもしれません」  エリカはそう言いながら、再び窓の外を見る。今度は港ではなく、隣接する学園艦を見た。その学園艦の上には、校章のついた旗が風にゆられなびいていた。その校章には、大きく『継』の文字が記されていた。  その高校の名は継続高校。  これから試合を行う高校であり、相手の隊長の名はミカと言う。  エリカはその人物をよく知っていた。だからこそ、眠りの中で昔のことを思い出した。ミカとは愛称であり、本名ではないとエリカは知っていた。ミカの本当の名は、島田風美香。かつてエリカと共に島田家で暮らした、あの風美香なのだ。 「……元気にしてるかしら」  エリカはかつての姪のことに思いを馳せ、そう呟いた。

18 17/07/17(月)00:01:52 No.440164379

 それからすぐ、エリカ達は学園艦から戦車と一緒に降り、試合の行われる演習場へと降り立った。  演習場にはすでに継続高校の面々が待っており、黒森峰が到着することにより両者居並ぶことになった。  お互い集まったことにより、整列し挨拶をする。その際、エリカとミカの間で会話は無かった。会話する暇がなかった。だが、ミカがエリカに対し微かに笑いかけてきたのを、エリカはしっかりと見た。  試合は激戦だった。が、最後は地形と保有戦車、そして自力の差で、黒森峰が勝利した。  そして試合後、エリカが副隊長として部下に撤収の指示を出しているときだった。 「叔母さん」  それは、とても懐かしい呼び名だった。エリカは思わず振り返る。そして―― 「……誰が叔母さんよ。そんな年じゃないわよ」  と、笑顔でそこに立っているミカに、嫌味たっぷりに、しかし笑って言った。 「昔もそんなことを言っていたね叔母さん。でもやっぱり、叔母さんは叔母さんだよ」 「はぁ……そういうところは、昔から変わってないのね」  エリカはやれやれと肩をすくめる。  その仕草に、ミカはふふっと笑った。

19 17/07/17(月)00:02:08 No.440164464

「そうかな。叔母さんは変わったね」  そして、エリカに対しそんなことを言う。 「あら、どこが変わったっていうの?」 「すっかり素直じゃなくなった」 「……そう」  エリカは不思議な気持ちだった。ミカとこうして話すことのできる今の状況が、不思議でたまらなかった。 「それにしても不思議よね。こうしてあなたと普通に話せるだなんて」  エリカはその気持を素直に言葉にした。  ミカもそれに頷く。 「そうだね。去年の試合で会わなければ、こんなこともなかったろうに」 「ええ、去年あなたが継続にいるあなたを見かけたときは驚いたわ。最初はよく似た別人かと思ったけど、いきなりさっきみたいに『叔母さん』って話しかけてくるんだもの」  エリカとミカの最初の再会。それは黒森峰と継続の試合のときだった。互いに音信不通となっていたため、その衝撃は大きかった。 「私も驚いたよ。まさか黒森峰で戦車道をやってるだなんてね。てっきり、戦車道はやめたのかと思ってたよ」 「悪かったわね、やめてなくて。というか、私のほうが驚いたわよ。あなたが家を出て一人で生活してるとか、想像できるわけないじゃない」

20 17/07/17(月)00:02:41 No.440164594

 それを最初に聞いたとき、エリカは言葉が出なかった。ミカが言うには、ミカは自分で島田の家を出たのだという。エリカを追い出した島田の家が嫌になったのだそうだ。 「あなたの自由さはよく知ってるつもりだったけど、まさか家を出るほどだなんて……」 「風は誰も留めておくことができないのさ。叔母さんを追い出すような場所なんか、特にね」 「はぁ……ま、いいけど。今の私には関係のない話だし」 「今の叔母さんのそういうところ、好きだよ」  そう言ってミカが笑う。  つられてエリカも一緒に笑った。  二人は再会したときに沢山のことを話した。そして、今では昔とは少し違う形にはなったが、概ね元のように仲睦まじい関係に戻っていた。 「そういえば、大洗女子学園。二回戦も勝ったそうじゃないか。次の相手はプラウダだそうだね」 「……どうせ負けるわよ。プラウダに」 「おや、叔母さん的には自分の手で叩き潰したいと思ってたけど?」 「……それとこれとは別よ」

21 17/07/17(月)00:02:57 No.440164652

 エリカは途端に不機嫌になる。大洗女子学園の話題は、あまりエリカにとって面白い話題ではなかった。  それは、今大洗女子学園に在籍する一人の生徒が関わっていた。 「……西住みほさん。やっぱり許せないかい?」  西住みほ。西住まほの妹であり、かつての黒森峰の副隊長である。みほは去年の大会で、フラッグ車を捨て川に落ちたエリカの戦車を助けに行ったことにより、各所から糾弾され黒森峰から出ていった。  そのことが、エリカには許せなかった。 「……そりゃね。あの子は、自分で持ってたものを自分から捨てたのよ。私なんかのために。そんなの、私からしたら気持ちのいいものじゃないに決まってるじゃない」 「……ま、叔母さんからしたらそうだろうね。まあ、私はいつでも叔母さんの味方さ。叔母さんがどんな道を選ぼうとね」 「どういう意味よ」 「さあ、どういう意味だろうね」  今度はミカが肩をすくめる。エリカはそれに対し、不機嫌そうにため息を吐くことしかできなかった。 「エリカ、もうそろそろ撤収するぞ。……と、継続の隊長じゃないか。何を話していたんだ」

22 17/07/17(月)00:03:12 No.440164706

 と、そこでまほが二人の元へとやって来る。  エリカの出自について何も知らないまほであるため、当然ミカとの関係も知らなかった。 「隊長! いえ、その、ただの世間話です!」 「ふふっ、やあ西住さん。女の子同士の密談に踏み入るなんて、野暮だと思わないかい?」  エリカが慌てたように、そしてミカが妖しげに言う様子を見て、まほはそれ以上踏み込まないことにした。二人の間が何か特別な関係なのは分かっているが、自分が立ち入ることではないと判断したのだ。 「そうか、分かった。だがそろそろうちの副隊長を返してもらいたい。そうしなければ、帰れないからな」 「わかったよ。それじゃあね“エリカ”さん。いつか一緒に戦おうね」 「そうね、“継続の隊長”さん。いつかそんな日が来るといいわね」  そう言って二人は別れた。  このときエリカはまだ、その日が案外早く来るとは想像もしていなかった。

23 17/07/17(月)00:04:00 No.440164897

   ◇◆◇◆◇ 「まさか、こんなに早くこうして叔母さんと肩を並べることができるなんてね」 「それはこっちの台詞よ」  エリカとミカは、一緒に歩きながらそんな会話を交わした。  二人は今、大洗女子学園の制服を着ている。なぜかと言うと、大洗女子学園のために戦いにきているからである。  大洗女子学園対大学選抜。大洗の廃校をかけたその戦いにおいて、かつて大洗と戦った数多くの学校が大洗に力を貸そうと集まった。継続と黒森峰も、そのうちの一つである。 「でも、正直驚いたよ。叔母さんは来ないと思ってたから」 「副隊長である私が隊長と一緒に行かないわけにはいかないでしょ。まあ、ちょっとした心境の変化もあったし」  エリカはミカから視線を逸しながら言う。エリカはかつてみほを許せなかった。だが、大洗と戦った全国大会の決勝戦の後、エリカはみほといくばくかの言葉を交わした。試合後に交わしたその言葉は、エリカにとって思った以上に大きな影響を与えた。 「なんていうか……試合後にあの子と話してすっきりしたって言うか……あの子はあの子で頑張っていたっていうか……ああもういいでしょ別に!」

24 17/07/17(月)00:04:23 No.440165011

 エリカは頭をわしゃわしゃと掻きながらミカに怒鳴りつけるように言う。そんなエリカを見て、ミカは笑みをこぼした。 「ふふっ、まあでも、それにしても、ね」 「ねってなによ」 「今回の相手もあるじゃないか」 「それは……あなたもじゃない」 「…………」 「…………」  二人は口を閉じる。  今回の相手。  それは、大学選抜の隊長を意味していた。大学選抜の隊長は、二人にとって因縁深い相手だった。 「……あっ」 「ん? おや」  二人はとある人影を見つける。それは、みほだった。  その人影を見た瞬間、いつの間にかエリカは駆け出していた。

25 17/07/17(月)00:04:43 No.440165080

「みほっ!」 「……うん? あっ、エリカさん!」  エリカに名前を呼ばれたみほは、嬉しそうな笑顔を見せる。みほに話しかけるエリカも、どことなく機嫌が良さそうにミカには見えた。 「ありがとうエリカさん。今日は来てくれて」 「そんなことはいいのよ。それより、今日の相手はあの島田愛里寿よ。気をつけなさい」  そう、大学選抜の隊長は若干十四歳にして飛び級で大学に入学し、大学の戦車道を総括するまでになった、島田愛里寿なのだ。  かつてエリカが可愛がっていた、愛里寿なのだ。 「あのって、その……エリカさんは、愛里寿ちゃんのこと知ってるの?」 「え!? え、ええまあ。有名でしょ?」  エリカは取り繕うように言う。自分と愛里寿の関係性について知られたくなかったからだ。 「そうなんだ……私、全然知らなくて……忠告ありがとう、エリカさん」 「……いえ、いいのよ別に」  みほはエリカの言葉を信じたようで、笑顔でエリカに返す。騙しているようで、エリカの心がチクリと傷んだ。 「ま、まあ頑張りましょう。あっ、ほらっ、お友達が待ってるわよ」 「あっ、うん。それじゃあまた! エリカさん!」

26 17/07/17(月)00:05:02 No.440165144

 みほは先に待っていた自分のチームの仲間達を見つけると、小走りでそこへと向かっていった。  その後姿を見るエリカの横に、スッとミカが現れる。 「……優しいね、叔母さんは。そういうところは、変わってないんだね」 「……うるさいわね」  エリカが顔を赤くしながらそっぽを向く。ミカはそんなエリカのよこで、まるでそこに楽器があるかのような手つきを見せた。 「それにしても、私と叔母さんを見たときの愛里寿は驚いていたね。表情には殆ど出ていなかったけど、それとなく分かったよ」 「ええ、そうね。まあでもそうでしょう。だってずっと昔にいなくなった叔母と、突然家出した姉がいればそうもなるでしょうね」 「ああ、まったくだ。でも、それでも私達は来た。きっと、あの人がいるというのも分かりながら」 「…………」  あの人。それはもちろん千代のことである。二人が千代に抱く感情は、非常に複雑なものであった。特に、エリカからすれば自分を捨てた張本人である。正直言って、顔など見たくもないというのがエリカの本音だった。

27 17/07/17(月)00:05:20 No.440165218

「……知ったことではないわ。私はみほを助ける。そして、愛里寿に勝つ。それだけよ」  しかし、エリカはそんな気持ちを抑え、試合のことだけを考えることにした。  そのほうが単純でいいと、エリカは思った。 「やれやれ、今の叔母さんは本当に面倒だね」 「悪かったわね、面倒で」 「いや、今のそんな叔母さんが、私は好きだよ。前にも言ったね」  ミカはクスクスと笑いながらエリカの横から前に歩き出していく。それにエリカもついていく。  そして二人は自校のパンツァージャケットに――ミカに関してはジャージに――に着替え、作戦会議に出た。  それからはあっという間だった。みほを始めとした各隊長が作戦を立案し、会議を進め、試合に望んだ。  試合は一進一退の攻防を見せた。その中で、ミカもエリカも多大な貢献を見せた。そして、その貢献あって、大洗は大学選抜に勝利することができた。  そして、その試合後―― 「……叔母さんっ!」  誰もいない場所で、こっそりと、しかしはっきりとした声で、愛里寿がエリカのことをそう呼んだ。  それに対し、エリカは―― 「……誰が叔母さんよ。そんな年じゃないわよ」

28 17/07/17(月)00:05:38 No.440165294

 と、ミカに対しての反応とまったく同じ反応を、愛里寿に返した。 「……えっと、その……」  だが、愛里寿にはそのエリカの含んだ意図がうまく伝わらなかったらしく、愛里寿は困惑するのみだった。  そんな愛里寿を見てエリカは「はぁ……」と軽くため息をつきながら、愛里寿に近づき、そっと愛里寿の頭を撫でて言った。 「……久しぶりね、愛里寿」 「……やっぱり、叔母さんだっ!」  愛里寿はその言葉でエリカがエリカであることを確信し、エリカに抱きついた。 「ちょ、いきなりねぇ」 「叔母さん……会いたかったよ、叔母さん……!」 「……甘えん坊なのは変わってないのね、あなたは」  エリカは愛里寿の頭をそっと撫でる。愛里寿の瞳からは、一筋の涙が零れていた。  それからしばらくの間、愛里寿はエリカのことをずっと抱きしめていた。  エリカはそれを、ただ受け止めるだけだった。そして、ようやく愛里寿が離れたかと思うと、愛里寿は目元を赤くしながらもしっかりとした声でエリカに質問してきた。

29 17/07/17(月)00:06:03 No.440165393

「ねぇ叔母さん、どうして急にいなくなったりしたの? 私、とっても寂しかったんだよ? それに、逸見って……」 「あー、それはね……」  エリカはどうしたものか悩んだ。愛里寿が事情を知らないのは無理もない。千代が自分の行いを物心ついたばかりの愛娘に話すとは思えなかったし、ミカのように自力で気づくこともなかっただろうことは想像するに難くなかった。 「……まあ、いろいろあるのよ。島田の家の事情というのはね」  そのため、エリカはあえてはぐらかすことにした。本当のことを言えば、愛里寿はきっと傷つく。そんな愛里寿を、エリカは見たくなかった。 「……むぅ。分かった。叔母さんがそう言うなら、今は問い詰めない。でも、いつかは話してね?」  愛里寿はイマイチ納得のいっていないような表情をし、渋々といった様子で承諾した。 「うむ、分かればよろしい」  そんな愛里寿の気持ちを察しながらも、エリカは笑ってそう言った。今はそうするしかないと、エリカは思った。 「おや、二人共随分と仲良さそうにしているじゃないか」  と、そこに二人を茶化すように現れたのはミカだった。

30 17/07/17(月)00:06:20 No.440165469

 ミカを見た瞬間、愛里寿はぱぁっと再び明るい顔になる。 「お姉ちゃん!」 「お姉ちゃん? さあ知らないね、私はミカ。ただのミカさ。ただの、流れ行く風さ」 「その変な言い回し、やっぱりお姉ちゃんだ!」  愛里寿は今度ミカに向かって駆けていきミカに抱きつく。  ミカは少し困ったように笑い、エリカはそれを見てクスクスと笑った。  そうして揃った島田出身の三人の娘達は、失ったときを取り戻すかのように語らい合った。  殆どを愛里寿が話しているのをエリカとミカが聞いているだけだったが、それでも十分幸せな空間だった。  ただ愛里寿が時折千代のことに触れると、エリカとミカは口数が減ったため、愛里寿は自然とそれがタブーな話題なのだと察し、千代のことを口にすることはなくなっていった。  そうして三人で話していてどれほどの時間が経っただろうか。  三人の時間は唐突に終わりを迎えた。 「愛里寿ちゃん? こっちにいるの?」  三人の元に現れたのはみほだった。みほは三人が一緒にいる姿を見て、目を丸くした。 「えっ? ミカさんに、エリカさん? どうして愛里寿ちゃんと一緒に?」

31 17/07/17(月)00:06:36 No.440165526

「あっ……みほさん。えっとこれは――」  愛里寿はエリカとミカのほうを見る。すると二人は無言で首を振った。 「えっと……そう! おね……ミカさんとおば……エリカさんはちょっとした知り合いで、それで久々に会って話が弾んじゃって……」  苦しい言い訳だとエリカは思った。果たしてこれでみほを騙せるのかと心配した。  その言い訳に対し、みほはというと―― 「そうなんだ! だからエリカさん愛里寿ちゃんのこと知ってたんだね! なるほどー!」  と、愛里寿の言葉を完全に信じた。  エリカとミカはホッとすると共に、簡単に信じてしまうみほを心配もした。 「……ま、そういうことよ」 「……そういうことだね」

32 17/07/17(月)00:07:03 No.440165638

 エリカとミカは、同時に頷いた。こうして、みほを加えての四人での語らいが始まった。  この語らいは、大学選抜の選手も含めた祝勝会にみほ達が呼ばれるまでのわずかな時間であったが続いた。  エリカは思った。ミカとも、みほとも、愛里寿とも親しい間柄を取り戻すことができた。それはとても幸せなことだと。自分の人生は捨てられこそしたし、そのことは決して忘れることはできない過去だが、現在はこうしてそこそこ楽しくやれている。これから大変なことも沢山あるだろうが、それを乗り越え、自分の道を進んでいけたらいいと。  そのためには、とにかく今の幸福な時間を噛み締めよう。エリカはそんなことを考え、みほ達とともに祝勝会へと向かった。

33 17/07/17(月)00:08:12 No.440165901

長いので続きはtxtで su1940214.txt

34 17/07/17(月)00:11:35 No.440166664

続きがあって…ダークサイド合同で… つまり覚悟しろよと

35 17/07/17(月)00:14:26 No.440167319

過去作もよかったら ・シリーズもの su1940223.txt ・短編集 su1940225.txt

36 17/07/17(月)00:21:06 No.440168804

すげえ…

37 17/07/17(月)00:23:41 No.440169419

なんかしらんが怪文書書きが活発化してるな…

38 17/07/17(月)00:24:55 No.440169706

過去作見て納得したけどあれだな 透明度高いのに仄暗い湖底みたいな世界観なのは変わらないな これは…ありがたい…

39 17/07/17(月)00:26:56 No.440170182

これオ◎ムやガイアナ人民寺院みたいに教祖が直接指示したのか さよならジュピターみたいに一部が先鋭化したのか どっちの解釈かでダークさが増してこない?

40 17/07/17(月)00:29:33 No.440170747

学園艦を沈めてそれを海底の旧支配者のクトゥルーやダゴンやアカボシへの供物にしようとしておる

41 17/07/17(月)00:35:47 No.440172240

困るんですよね寝る前に読み応えある怪文書用意されると

42 17/07/17(月)00:37:10 No.440172561

>これオ◎ムやガイアナ人民寺院みたいに教祖が直接指示したのか >さよならジュピターみたいに一部が先鋭化したのか >どっちの解釈かでダークさが増してこない? 教祖が指示したのなら元からそういう目的でエリカに接触してコマとして利用してエリカは捨てられたことになるし エリカが先鋭化したならエリカが心の傷こじらせすぎて大分異常になってしまった証ということだし どちらにせよ暗黒だ!

43 17/07/17(月)00:39:39 No.440173176

しほさんもお姉ちゃんもみぽりんに拒絶されて欲しいなこれ

44 17/07/17(月)00:40:58 No.440173475

ページ数見て鼻水出た

45 17/07/17(月)00:43:17 No.440173961

ミホエル信仰はやはり邪教

46 17/07/17(月)00:47:28 No.440174912

危ない宗教にハマっちゃう女の子いいよね…

47 17/07/17(月)00:48:08 No.440175048

宗教やつ…なんかコメントに困るぜよ

48 17/07/17(月)00:54:13 No.440176303

せめてこう…選挙協力お願いしてくる宗教くらいになりませんかね…

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