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タイムトラベルは楽しメトロポリタンミュージアム のサムネイル タイムトラベルは楽しメトロポリタンミュージアム

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261362 B無念Nameとしあき26/05/03(日)11:59:47No.1405105233+ 23:44頃消えます
タイムトラベルは楽し
メトロポリタンミュージアム
1無念Nameとしあき26/05/03(日)12:00:58No.1405105497+
メトロポリタン、コスモポリタン、あとひとつは?
2無念Nameとしあき26/05/03(日)12:02:44No.1405105834+
ナポリタン
3無念Nameとしあき26/05/03(日)12:04:09No.1405106100+
電撃ポリタン
4無念Nameとしあき26/05/03(日)12:05:02No.1405106274+
収奪の品々
5無念Nameとしあき26/05/03(日)12:08:03No.1405106864+
>収奪の品々
当時は英国国内だったので
6無念Nameとしあき26/05/03(日)12:10:19No.1405107341+
ベルサイユ宮殿散策してたらいつの間にか周りの人達が19世紀辺りの服装になっちゃってて参ったよ
7無念Nameとしあき26/05/03(日)12:19:57No.1405109313+
1901年8月10日の午後3時頃、オックスフォードの女子大学セント・ヒューズ・カレッジの学長(当時55歳)と同大学の副学長(当時38歳)の公式証言によると、2人はパリ観光の後、初めてヴェルサイユを訪問。
大トリアノンを見学した後、猛暑で疲れていたため近道しようとプチ・トリアノンへと向かう。地図を見ながら歩いていたが、突然、空気が重くなり、風景が平面的で不自然になったと感じた。
2人は道に迷い、妙な小道に入り込んだ。そこで見たのは間違いなく1780年代のヴェルサイユであり、18世紀の庭師服を着た男たちが、鍬を持って庭仕事をしていた。
8無念Nameとしあき26/05/03(日)12:20:06No.1405109352+
現在は存在しないカスケード(小さな滝)と東屋があり、橋の上で痘痕のある顔の男に道を尋ねると、ぶっきらぼうに指さされた場所はプチ・トリアノンのテラスだった。
そこで2人は決定的な瞬間に立ち会った。白いサマードレスに大きな麦わら帽子を被った女性が座ってスケッチをしていた。2人は同時に直感した。「彼女、マリー・アントワネットよ!」「ええ、間違いありませんわ。」麦わら帽子の女性の特徴は史料の肖像画とあまりにも一致していた。
その瞬間、突然、背後から走ってくる足音がして、宮廷服を着た若い従者が叫んだ。「そちらではありません! こちらです、お嬢様方!」気がつくと、風景が一瞬で1901年の現代に戻っていた。
9無念Nameとしあき26/05/03(日)12:22:26No.1405109816+
古い東屋もカスケードも消え、スケッチをしていた女性も消えてしまった。この不思議な体験について、2人は生涯かけて調べ、その後の検証で1901年当時、プチ・トリアノンの庭園は1792年以降の姿に改修されており、彼女たちが見た「カスケード」「東屋」「小橋」はすべて1780年代にしか存在しなかったことが分かった。橋にいた痘痕の男は、当時プチ・トリアノンの庭園主任だった人物と完全に一致していたし、スケッチしていた女性の服装や帽子、ポマードで固めた古めかしい髪型は、1789年8月頃の実際のマリー・アントワネットの姿と一致していた。
10無念Nameとしあき26/05/03(日)12:22:44No.1405109867+
さらに、1901年8月10日は、奇しくもマリー・アントワネットがプチ・トリアノンで最後に過ごした日(1792年8月10日)のちょうど109年後だった。現存するプチ・トリアノンの警備員の日誌には、「1901年8月10日、2人のイギリス人女性が非常に動揺して出口を尋ねてきた」と記録されている。また、庭園の古地図と2人の証言は驚くほど一致しており、今でもプチ・トリアノンに行くと、あのテラスでスケッチしていた女性を見たという報告が、年に数件は寄せられるそうである。特に8月10日が一番多いとか。マリー・アントワネットは、最後に愛した場所に今でも帰ってきているのかも知れない。



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