庵の硝子戸が西陽と共に軋み揺れた。清かな木曜日の昼下がりに。私の生来の臆病の性質が久々に顔を見せた。
努めて平静を装い、天袋の縁に埃が積もっているのだけが気になるといった体でカップから指を離そうとはしなかったが、やがて腰を上げた。たか子は家にいないのか。染五郎の姿も見ていない。装い、銀座でもブロードウェイでもペリニィヨンでも風呂でも寝床でもやもすればひびが入り、都度再生し私の面皮を覆う否へばりつく不快な分泌物。私にはその濁った膜を通してしか世界が見えない。あれは僅か九つの時ではなかったか。嗤う父の隣に不恰好な装いの私、舞台から見える嗤い顔、嗤い顔、嗤い顔。敵と敵と敵、敵、敵敵々。化物たち。あれは夢ではなかったのだ。
雨粒が鼻を伝い、唇を濡らした。はっとして私は耳を凝らした。摺り足で障子に忍び寄る。虎の尾を踏まないように、蛇なんて怖くない。
梨の木には新緑が芽吹き、地獄を巡る物語について囁いている。無垢な地吹雪の中に立っていたのは、ぴるす君だった。
真っ赤な真っ赤な顔で笑ってた。ずっと笑っていた。
微笑み返して私はソファに戻った。すっとした気分だった。
もうずっと木曜日しか訪れていない。
18/03/01(木)23:59:00
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