ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
22/11/06(日)01:00:48 No.990274497
泥の深夜(真)
1 22/11/06(日)01:08:40 No.990277005
ミナは大いに恨んだ。ツカサ、呪われなさいと。 鞘華が融通してくれた浴衣を着せてもらったのは大いにはしゃいだ。 夏の夜明け前の香りが匂い立つ、薄曇りの美しい浴衣だった。俺のお古だけどとは言うが、お高い代物なのは袖を通せばすぐ分かった。 支が夏祭りに連れて行ってくれたのも嬉しかった。 彼に手を引かれながら人混みを縫って歩くことについ高揚した。血の気の通わぬこの肌が赤く染まるのではないかというくらいだ。 しかし─── 「どしたのお姫様。ひとつくらいアタシが奢っちゃうぞ~?」 「…結構。見ているだけでお腹いっぱいよ」 言葉は半分正解で半分嘘。 ベンチにうず高く積み上げられた屋台で売っている軽食を隣の女が喉の奥へ流し込むようなペースで食べるのを見て食欲減衰したのも確かではある。 ただもう半分の理由は、人懐こそうな笑顔でミナの隣に座ってきたこの女にあった。 ツカサ、すぐ戻るとか言ってどうして私をひとり置いて行ってしまったの。お陰で怪物に捕まっちゃったじゃない。 「あらそう。それじゃアタシが全部貰っちゃおうっと」 缶チューハイを片手にしながら器用に箸を操るこの女こそミナが恐れる数少ないもののひとつ。
2 22/11/06(日)01:08:52 No.990277070
上着を脱いでシャツの袖を捲り、胸元までボタンを外して涼む褐色肌の麗人。 聖堂教会の聖堂騎士、虹の騎士。ナンシーことナナは出会った時からずっとミナのトラウマだった。 何をとっても死徒以上に化け物じみている人間。生誕の際に入力する値の桁を大幅に間違ってしまったかのような女だ。 上級死徒と真っ向から魔力量の差で磨り潰しあって一方的にねじ伏せるなど人間のやっていいことではない。 そんなものにどういうわけだか、妙に懐かれてしまっている。 正直ミナはぞっとしない。気持ちは腹が満たされているから一応は襲ってこない肉食獣の檻の中にいる人間だった。 「貴女、いつまでこの街にいるのよ」 ついそう聞いてしまったのも、なるべく早くこの化け物にこの街から去っていって欲しい一心だった。 だから返ってきた返事に驚いてしまった。 「ん~、あと3日くらいかな。アタシはもうやることないんだ。ウチの撤収作業が終わるの待ってるだけ」 「…!へぇ」 「あ!今『やったー嬉しー!』って顔したわね!?どーせお姫様からは嫌われてますよーだ。ぶーぶー」 これみよがしに稚気に富んだ膨れ面をするナナ。子供っぽい振る舞いは素なのか演技なのか。
3 22/11/06(日)01:09:05 No.990277131
ふたりの前を夏祭りの客が運河のように流れていく。淡い電灯に照らされる浴衣を着た人々。どこかノスタルジックな光景だ。 その中で、このベンチに座っているミナとナナだけ異物としてぽつんと浮き上がっている。 たこ焼きを爪楊枝で突き出したナナへ、ミナはふとひとつ疑問をぶつけてみた。 「ねえ。貴女が近いうちにここを去るというのなら聞いてみてもいいかしら」 「ん?なーに」 「───貴女はどうして私を討たなかったの」 あるいは、去る直前になって気が変わったと殺しに来ないとも限らないが。 その時、初めてナナが屋台飯を食べる手を止めた。缶チューハイで唇を湿らせてから、うーんと微かに唸る。 「匂い、かなぁ」 「…また抽象的なことを」 「本当よ?アタシはそれが善であるか、悪であるかの秤は持たないもの。 嗅ぎ分けることができるとしたら、それが正しいか間違っているかだけ。でもそれだって判断基準のひとつに過ぎないわ」 聖堂教会の人間らしくないことを、と言おうとして、そういえば最初からそういう騎士だったと納得した。 ナナには独特の価値観がある。一般的な善悪でなく、聖堂教会の理念ともやや違い、孤高の風を感じる何かだ。
4 22/11/06(日)01:09:15 No.990277202
それは彼女が所属する聖堂教会という団体からすれば咎めるべき点だろう。こうしてミナと喋っているのも褒められたことではあるまい。 それでも彼女は聖堂教会に存在を許されている───ナナは強いから。 「キミはその意味ではどちらでもなかった。ああ、これはアタシが軽々に判断しちゃダメだなって感じた。 だから注意深く観察した。アタシがお姫様を殺らないし、上に詳しく報告もしないのはそのへんの匙加減がそういう運びになっただけよ。 すごくざっくり言うとね、キミはまだ主の命により裁かれし時に能わず、ってこと」 「まだ、なのね。時が来れば討ち取りに来るということかしら」 「うん。滅ぼすよ。お姫様がどこにいようと。あるがままに、かくあれかしと」 物騒なことをにこりを笑っていうナナの笑顔を見て、ようやくミナは少しだけこの騎士のことを悟った。 これは、獣だ。現実に生きる獣ではなく、かつてこの世にあったという幻想種たる獣でもない。 人々が空想の中の荒野に育み、染まらず、欠けず、交わらず、全てを肯定し、故にその牙を以て全てを罰する、風吹きすさぶ大地の獅子。 ミナが苦手意識を持つわけだった。まったく正反対なのだから。
5 22/11/06(日)01:09:27 No.990277279
ミナが人でなしでありながら人間の心の在り方を尊ぶのに対し、この騎士は人間でありながら心が人とは違うのだ。 たまたま人を好いてくれたから、たまたま寄り添ってくれているだけの、荒野の獣。 たまたま聖堂教会という有り様を取り込んだからこそ、たまたま人々の味方をしている、野生の爪と牙。 溜め息をミナはついた。そしてあれだけあったはずのプラスチックのパックの最後を開封しているナナへ言った。 「そう。なら、もう二度と貴女には会いたくないわね」 「そうねぇ。ま、なんとな~く勘がもう何度か会うことになるかもって言ってるけどね」 「…嫌な勘を聞いたわ。外れてくれないかしら」 「そう言わないでよぉ。天命がキミの末路を定めないことをお互いに主に祈らない? なるべくならアタシが死ぬまでにお姫様を手に掛けるのはヤだな~って。まぁ殺る時は殺っちゃうんだけど、それはそれってことで」 「生憎、貴女のところの神は信奉していないの、私」 それもそうか、と呟いたナナが食べきった屋台飯の空き殻をひょいと抱えてベンチから立ち上がる。 別れの挨拶もろくにせず背を向けて立ち去ろうとするナナの背中へ、ミナは最後の質問を投げつけた。
6 22/11/06(日)01:09:41 [〆] No.990277347
「ねぇ」 「?」 「どうして私のことを気に入っていたの」 一抱え分もあるくらいたくさんのプラスチックパックを抱えたナナが顔だけ振り向く。 そして悪戯っ子が悪戯を成功させたときのような、邪気の無い笑顔を浮かべた。 「───なーいしょ♡」 そうして今度こそ虹色の騎士が去っていく。人混みの中に紛れ、あっという間に見えなくなった。 ゆっくりとミナは浴衣の袖の内の腕をもう片方の手で撫でる。人間であればそこに鳥肌が立っていたかもしれない。 アレはまさしく獣だった。他愛ない会話のどのタイミングであろうと、そこに故があるならばきちんとミナを滅する構えをしてあった。 故が無かったから爪も牙も向けられなかった。向けない努力を向こうがしてくれていた。ただそれだけのこと。 人間たちが想像の中で飼っていた、荒野に生きる気高き獅子こそ彼女の有り様だったとこの別れる寸前になって理解した。 初めてミナはナナに微かな感謝を覚えた。───この広い人の世には、ああいう生き物が存在しているのだと。 支がミナの座るベンチへ戻ってきたのはその直後のことだ。 何かあったかと聞かれたミナは何もなかったと首を横に振ったのだった。
7 22/11/06(日)01:12:38 No.990278261
泥ブラ懐かしいな
8 22/11/06(日)01:14:05 No.990278706
書き込みをした人によって削除されました
9 22/11/06(日)01:14:17 No.990278763
書き込みをした人によって削除されました
10 22/11/06(日)01:14:42 No.990278900
書き込みをした人によって削除されました