22/11/01(火)23:53:34 泥書館 のスレッド詳細
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画像ファイル名:1667314414817.jpg 22/11/01(火)23:53:34 No.988799554
泥書館
1 22/11/02(水)00:07:52 No.988804784
フォスキーアの拠点、蜃気楼(モルガナ)。 この街を裏から支配するマフィアが保有する書庫は小型の図書館とも呼べるほどに大きかった。 本を守るために日中も分厚いカーテンが降りて薄暗いそこに小さな人影がある。 質素ながら仕立ての良い衣服に身を包んだ小柄な少女───フォインは苦労して本棚から取り出した分厚い本のページを捲っていた。 インクの香りがする空気の中、大雑把に捲っては本を戻し、また取り出すという作業を続けている。 薄く積もった埃で軽く指を汚しながらそんなことをしていたが、あるページに辿り着いて動きを止めた。 それは東洋の伝承を紹介する本だった。どちらかといえば学術的意味合いが強く、難解な内容だったがフォインは苦もなく読み進めていく。 項目には『ハサン・サッバーハ』という人物についての記載があった。付随して『暗殺教団』という文字も踊る。 「『山の翁』の伝説…十字軍の敵対者…」 灰色の瞳がつらつらと文章を追っていく。 目的のセンテンスではあったが、同時にフォインが望んでいた情報ではなかった。 「…そうか…」 関係ある内容が記された部分が終わるまで読み、そうしてフォインはぱたんと本を閉じた。
2 <a href="mailto:〆">22/11/02(水)00:08:02</a> [〆] No.988804856
一文字さえ記されていなかった。レイのことは。創始者である初代のことと、教団のことについてしか書いてなかった。 何でもない何かとして生まれ落ち、山の翁の仮面を被ったまま名無しの刃として生を終えた。レイのその自己紹介を少しでも覆したかった。 あなたはあなた個人として僅かでも歴史に徴を穿ったのだとそう言えたら…。 ううん、とフォインは読んでいた本の背表紙を見つめて首を横に振る。 その証に救いがあって欲しかったのはレイではなく、わたしだ。 たくさんある刃の内の無銘の一振りではなく、確かにそこにいた人として記録されていて欲しかった。 わたしと同じように名も無く生まれた、わたしの大事な人が。 「───レイ」 名前を呼ぶと不意に闇が存在感を持ち、形を持ったかのように人影が現れる。 喋ることのないアサシンはフォインを温かみのある表情で見つめ、その氷のように青い目は自らを呼び寄せた要件を伺っていた。 「…ううん。ごめん、呼んだだけなんだ」 そうフォインが言っても気分を害した様子もなく、にこりと微笑んでそばまで寄ってきてくれる。 そばにいると、こんなにも確かな存在なのに───フォインの心はちくりと傷んだ。
3 22/11/02(水)00:22:31 No.988810592
わぁ!アポっぽいだぁ!!
4 22/11/02(水)00:26:58 No.988812586
私が眠るまで側にいなさい、と命じられたままにランサーは枕元へと腰掛けていた。 ベッドランプが薄ぼんやりと横顔を照らしている。伝説に謳われた騎士らしい、端正な顔立ちに陰影が落ちていた。 夜中なのにランサーは眠たそうではない。ふとフランは口にしていた。 「…サーヴァントは眠る必要がないというのは本当なのね」 当然といえば当然の話だ。彼らは所詮仮初の命。 魔力という燃料さえ供給されれば食事も睡眠も要らず戦い抜く使い魔でしかない。フランも先日まではそういう認識だった。 今や自分が従えるこの英霊にそれ以上の感情を抱いていることを否めない。 ランサーはぽつりと放たれた呟きへ微笑みで応えた。 「はい。ですから昼夜を問わずお嬢様をお守りできます。お嬢様がお休みになった後もこうしてお側におりますよ」 「そう…」 我ながら単純なもので、それだけで心の何処かに空いている隙間が満たされる気がする。 安心すると睡魔が少しずつ躙り寄ってきて、フランの思考が薄っすらと霞みだす。 それでもまだランサーと何か喋りたくて、心に浮かんだことをあまりよく考えず唇から漏らした。 「なら、朝まで…どんなことを考えているのですか」
5 22/11/02(水)00:27:11 No.988812684
「そうですね…これまでのこと、これからのこと。 お嬢様のお側で私が成し遂げねばならぬことについて毎夜気持ちを改めています」 「そう…他には?」 「他、ですか?むむ…かつての生前のことを思い出したりもします。 我々の敵には兄上、ガヘリス卿もいますから…余計に想起させられるのかもしれません。 かつての冒険、数々の真剣勝負、騎士王の元での誉れある日々…後は少しだけ、私の最期のことも。 脇目も振らずに駆けたつもりでしたが、未練も後悔も人一倍にあるものですね」 「そう…あなたのような騎士でもそうなのですね…」 「未熟の証拠です、申し訳ありません。ですが喜びもありました。…ああ、喜びと言えば。 お嬢様のご相伴に預からせていただいている食事のことを考えたりもします。 卑しい騎士とお笑いください。ですがこの地で供される食事は大変美味でつい心奪われてしまいます」 「そう…ふふ…少し献立を増やすよう言っておきましょう…。 …ねえ、ランサー。頼みがあるの」 「はい。何でしょうか、お嬢様。私に出来ることでしたら、なんなりと」 「手を握って…私が眠るまでいいから…離さないで…ぎゅっとしていて…」
6 <a href="mailto:〆">22/11/02(水)00:27:22</a> [〆] No.988812769
シーツの隙間から伸びたフランの手をランサーが握ると、程なくして小さな寝息が聞こえてきた。 自分の手のひらの中をランサーはじっと見つめる。 小さくそして華奢な手だ。女の手とはいえ剣や槍、馬の手綱を握るために見た目よりも堅い自分の手とは大違いだ。 壊れ物を扱うように優しくその手を手のひらで包んだランサーは、ランプの明かりを落とす前にそっともう片方の手を眠るフランへと伸ばした。 起こさぬように慎重に額にかかる髪の毛の房を払う。眠りの縁に沈んだ主人の穏やかな寝顔がよく見えた。 そう、毎夜この顔を見て気持ちを改めている。この狂騒の戦が終わるまで、私がこの方を支えなくてはと。 この安らかな表情が続くように、この少女の安寧へと繋がる道をこの手で築かなくてはと。 ランサーはシーツの端を摘みフランの肩まで引っ張り上げた。 ベッドランプのスイッチを切ると、フランの寝室は真っ暗闇に閉ざされる。 枕元の椅子に座り、フランの手を柔らかく握ったまま、ランサーは慈愛に満ちた微笑みを浮かべて囁いた。 「おやすみなさい、お嬢様。どうか良い夢を」 結局、フランが寝返りを打ってひとりでに手を離すまでずっと手を握っていた。