22/10/31(月)23:28:34 家に着... のスレッド詳細
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画像ファイル名:1667226514358.png 22/10/31(月)23:28:34 No.988454199
家に着いて、ほっとひと息。火照った体を冷ます為に食器棚からコップを取り出して冷蔵庫にあったりんごジュースを注ぐ。そういえば、トレーナーさんはレース観戦の時もよく自販機でりんごジュースを買っていたっけ。コップに口をつけて、ぐいっと甘ったるいジュースを胃まで流し込む。……なんだか、トレーナーさんの味がするかも、なんて。きっと私にとって味はどうでもいいのだろう。大事なのは、このジュースが私とトレーナーさんを繋いでくれるということなのだから。それでもやっぱり冷たいジュースは私の体をクールダウンさせる。全身から熱が抜けていくのと同時に、思考もスッキリと冴え渡っていく。次は、シャワーを浴びよう。汗を落としておかないとなんとなく落ち着かないし、トレーナーさんと会うのにも不都合だ。きっと彼は「気にならないよ」なんて言うのだろうけれど。 脱衣所で脱いだ服を洗濯機に放り投げる。この洋服にも、未練はない。あなたが私を求めてくれるなら、あのレースの時のように私を見つめてくれるなら。今までの私を一旦すべて脱ぎ捨てた気になって、私は風呂場に進んでいく。
1 22/10/31(月)23:29:03 No.988454383
レバーをひねると、シャワーヘッドから雨粒が降り注ぐ。私の葛藤や、苦しみも全部洗い流されていくようだった。今まで感じていた煩わしい感情も、全部なくなってしまうくらいあの日は刺激的だった。そして、もう覚悟は決めた。これからは毎日がそうなるのだ。そう思うと、何もかもを水に流せるような気がした。私から色んなものを奪っていったこの世界も、許せてしまうような気がした。 いつもと違うボディソープとシャンプーは、私がこれから生まれ変わることを暗示しているみたいだった。いつもと違う香りと、いつもと変わらぬ泡。香りは私に染み付いて残るけど、泡は流されて消えていく。湯船に浸かる気にはなれなかった。欲しいのはお湯の温もりではないから。だってこれからはあなたが温めてくれるはずだもの。 シャワーを終えて、体に残った水滴を一つ一つ摘むようにタオルで吸い取っていく。体が十分に乾いたら、次は髪だ。たっぷりと水を吸った髪と尻尾を落ち着かせるのは面倒だけれど、水が滴らない程度には乾かしておかないと。頭をタオルでワシャワシャと擦っていると、ふとあることに気がつく。
2 22/10/31(月)23:29:33 No.988454588
トレーナーさんの香りだ。まぁ、当たり前か。それでも、なんだか嬉しかった。 ある程度全身が乾いたら、脱衣所に置いてあるパジャマに着替える。少しだけ袖が余っているけれど、その他はちょうどいいサイズ感だ。ジャージよりもゆっくりできる格好だろう。 着替えを終えて、リビングへと戻る。ソファで横になって全身の力を抜くと、シャワーである程度体が温められたこともあってどこまでも沈んでいきそうな錯覚をしてしまう。時計を見ると、6時を回っていた。そろそろ、時間だった。 「ただいま………ん?」 「おかえりなさい、トレーナーさん」 なんだか夢でも見ているようにトレーナーさんは口をぽかんと開けて私を見つめる。その顔も好きだけれど、今、私が欲しいのはそれじゃない。 「なんでスズカが俺の家に居るんだ」 「居たいから……では駄目でしょうか?」 「だって実家に帰ったって……」 「それでおしまいだって、本気で思ってたんですか?」 「とにかく、ご両親に連絡させてもらう」
3 22/10/31(月)23:30:29 No.988454941
本当はわかってるくせに。スマホに手を伸ばすトレーナーさんの手首を掴んでグイッと引っ張る。 「もう両親には言ってありますよ?これからはトレーナーさんと生活しますって」 「俺は同意した覚えないぞ」 「しますよ、これから」 「不法侵入した割には不敵だね」 「トレーナーさんも、力の差があるって分かってるのに余裕ぶってるじゃないですか」 私がちょっと腕に力を入れればあなたを空中を飛んでもらうことだって出来るっていうのに。 「スズカは乱暴するタイプじゃないからね」 「トレーナーさんも話を聞かずに私を追い出すような人じゃないでしょう」 そう言ってしばらく見つめ合った後、トレーナーさんは観念したように体の力を抜いた。 「分かったよ、降参だ。スズカがそういう目をするときは何言ったって聞かないもんな。とりあえず話を聞こうか。電話は、それからで」 「ふふっ………やっぱり、優しいんですね」
4 22/10/31(月)23:30:49 No.988455068
~~~ 家に帰ると、実家に帰ったはずの元担当ウマ娘がいた。ドアノブは壊れていなかったところを見るとおそらく、合鍵を使ったのだろう。トレーナー室に置いていった鍵を彼女に運んでもらったことがあったから、きっとその時だ。 その彼女は、俺と同じソファーに座り体重をこちらに預けていた。逃さないように腕と尻尾をこちらの腕に絡ませたまま。 「その、真面目な話をする格好じゃないんじゃないか、これは。それと、俺の服だろそれ」 「別にいいじゃないですか。この格好でも話はできます。私は真面目です」 どうしたものか。彼女はクールだなんだと言われることも多いが、時折びっくりするほど頑固だ。 「……それで?なんで不法侵入を?」 「あの日の景色が、忘れられなくて」 ………あの日。きっと秋の天皇賞、多くの人の目に焼き付いているであろう、悲劇の日だ。
5 22/10/31(月)23:31:10 No.988455205
「もう走ることは出来ないぞ。それにもし、それを頼むなら俺の家じゃなくて病院に……」 「違うんです。もちろん、走りたいのはありますけど………あの日の景色は、トレーナーさんだったんです」 俺の腕を掴む力が、少しだけ強くなる。まるで船から振り落とされないようにすがっているようにも思えた。 「私の景色には……いつの日からかトレーナーさんがいました。いつもゴールの先で待ってくれているあなたの姿が」 「それであの日は…」 「私の脚はもう治らないけれど………最高の景色を見れました。先頭の、誰も追いつけない、私だけの」 そこまで言うと、不意に彼女は腕から手を離して俺の両肩を押し倒す。体がソファーに沈み込む。彼女はそんな俺を見下ろすように俺の腹の上に座り直す。肩を押さえるその腕からは、彼女の強い意志を感じた。決して逃さない、そんな声が聞こえてくるようだった。
6 22/10/31(月)23:31:27 No.988455329
「倒れ込む私を泣きながら抱えてくれたトレーナーさんの顔が、忘れられません」 まるでレースで勝利した後のインタビューのようだった。恍惚とした様子を見て、彼女が走り以外に生きる理由を見つけたことを知った。元トレーナーとして、それは願っていたことであったし、喜ぶべきことであるはずなのだが…… 「あんなに私の名前を何度も何度も………周りの目なんか気にせずに、私だけを求めてくれたトレーナーさんの顔が忘れられないんです」 きっと、彼女から走りを取り上げてしまうのは早すぎたのだ。それに、俺は彼女から一度逃げてしまった。病室から外を眺める彼女に、なんと言えばいいのか分からず、これ以上彼女の人生に関わってしまうのが怖くて、メッセージだけで別れを済ませてしまった。彼女が何も言わなかった以上、それがお互いのためだと思いこんでいた。 「だからって、これは性急過ぎないか」 「だってトレーナーさん、拒まないじゃないですか。拒めない、と言ったほうが正しいかもしれませんね。私と一緒です」
7 22/10/31(月)23:31:48 No.988455457
全部、見透かされてしまっているようだった。彼女の目は、俺の心の罪悪感も、後悔も、理性によってなんとか心の隅に押し込められた楽観的な期待も、全部。 「トレーナーさんはもう、私のことが気になってしょうがないんでしょう?あの日の後悔が、ずっと残ってるんじゃないですか?…だったら、もう一緒になったほうが楽じゃないですか。それとも、両親なり警察になり電話して私を追い出しますか?」 「ズルいよ……させる気だって無いだろうに」 「お互い様です」 悪い話ではないじゃないか、そう思ってしまう自分がいた。社会的にはどうなんだと思うが、自分の心も、彼女の心も、これで満たされるならいいのではないか。そして何より、もうこれ以上彼女から何かを奪ってしまうことは避けたかった。その事実は、自分にも一生癒えることのない傷をつけると分かっているからだ。 「受け入れてくれるってことでいいんですか?大声を出せば、誰かが警察を呼んでくれるかもしれませんよ?」
8 22/10/31(月)23:32:30 No.988455728
「できるわけないだろ!………分かったよ。これは俺の責任でもあるもんな」 「やっぱり、受け入れちゃうんですね。そういうふうになんでも聞き入れてるから、ワガママなウマ娘に付け入られちゃうんですよ?」 子供っぽく彼女は笑った。久しぶりに見た、歳相応の笑顔だった。同時に、やっと彼女が戻ってきたんだと安心している自分がいた。手段こそ歪んでしまっているが、あの日、世界に奪われた彼女を取り戻せた気がした。 「さぁ、トレーナーさん。私が晩御飯を作りますから、お風呂に入ってきてください」 彼女は俺から降りておもちゃで遊ぶ赤ん坊のように俺の頬をつついた。こんなにあっさり解放されるとは。こちらにはもう通報する気がないとはいえ、意外だった。 「期待してましたか?もっと力に任せたような激しいものを」 「いや、そういうわけでは……」 「心配しなくても、いつか我慢できなくなります。私が、ですけど」 耳元に唇を近づけてそっと彼女は囁く。 「トレーナーさんが嫌じゃなければ、いつでも」 嫌なわけがない、そんな事を確信しているかのようだった。事実、それは当たっているわけで。
9 22/10/31(月)23:32:46 No.988455829
「とりあえず、今夜は私がご飯を作りますから」 「うん。とりあえずお風呂に入ってくるよ」 脱衣所で服を脱いで洗濯機へ入れる。洗濯機には先客がいた。人の家に許可なく入った上にシャワーまで浴びてしまうのだから、彼女の行動は躊躇が無さ過ぎて恐ろしいくらいだ。 風呂場の扉に手をかけたときだった。 「トレーナーさん………今度は、逃しませんから」 台所から聞こえた一言は、きっと彼女が一番伝えたかった本心で、俺のこれからを示す一言だった。 もう、逃げられない。
10 22/10/31(月)23:33:10 No.988455989
家に帰ったらスズカさんが居たらいいなと思ったので書きました。
11 22/10/31(月)23:34:13 No.988456393
怖いね…
12 22/10/31(月)23:35:49 No.988457009
かわいいね…
13 22/10/31(月)23:36:59 No.988457427
歪んだ独占欲スズカさん…いい…
14 22/10/31(月)23:37:23 No.988457572
コワー...
15 22/10/31(月)23:39:00 No.988458126
追い込みスズカ…
16 22/10/31(月)23:53:04 No.988462999
このスズカは顔見えない体位は絶対しないだろうなという確信がある
17 22/10/31(月)23:53:05 No.988463011
怖いけど…スズカさんにここまで言わせるトレーナーが悪いね…
18 22/10/31(月)23:56:16 No.988464158
最初の方詰まってて読みづらいなと思ってたけど掛かり具合表してるのか
19 22/11/01(火)00:03:01 No.988466766
スズカさんの恋は差しか追込だと思う
20 22/11/01(火)00:06:47 No.988468282
走りで発散できなくなった欲がぐるぐる彷徨って全部トレーナーに向くのはいい…
21 22/11/01(火)00:12:11 No.988470569
>家に着いて、ほっとひと息。 読み返すとここコワ~…
22 22/11/01(火)00:35:09 No.988479578
因果は越えられなかった けれども自分が自分でいられるものを見つけられた それが大切な人だっただけなんだなぁ…
23 22/11/01(火)00:35:53 No.988479844
現役引退後にトレーナーとくっつくウマ娘が極めて多い為しばしば「トレーナーになって結果を収めればウマ娘をパートナーとして捕まえることが出来る」と揶揄される事がある…が実態は「ウマ娘がトレーナーに執着して彼らを捕まえる」事の方が圧倒的に多いのは有名な話 というのを怪文書見て思いついた