ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
22/10/16(日)04:50:27 No.982674252
マーちゃんが居なくなった。 また、波が攫うように跡形もなく。 何度目かを数えるのはとっくにやめた。 トリプルティアラを取っても、早期にぱかぷちの生産にこぎつけても、 4コマがバズってアニメになっても、炎上商法に手を染めても、 何も無かったかのように、いや、何も無かったことになる。 世間は二大女王に歓声を上げ、覇王の降臨に恐怖し、英雄の誕生に沸く。 私と、彼女を置き去りにして。
1 22/10/16(日)04:50:46 No.982674276
「三女神……」 ふと、泉の中でたたずむそれを見た。 彼女らにとって、私たちはどう見えているのだろう。 全てのウマ娘の祖にして静かに見守り続ける者。 その中に、マーちゃんは含まれていたのだろうか。 あるいは彼女たちが、マーちゃんを消した張本人なのか。 そう考えてももはや恨みも怒りも湧き出てこない。 空っぽだ。世界も、私も、彼女無しでは空虚だった。 無意識に手を重ね目を閉じる。 女神様、願わくばどうか、もう一度あの子に会わせて下さい。
2 22/10/16(日)04:50:59 No.982674288
眼を開けると、真っ青なスクリーンが目前に広がっていた。 その周りは真っ暗で、揺らめく光に目が慣れてくるとそれが水槽であることに気が付いた。 展示物の無い壁、薄っすらと端々に灯る間接照明、少しごわつくフェルトのマット。 何より目の前に広がるパノラマの水槽が、ここが水族館であることを示していた。 さっきまで学園にいたはずなのに、いつの間にここに来たのだろうか。 疑問は疑問のまま。近くに置いてある布の椅子に腰かけ、ぼうっと青を見つめていた。 外からの光を受けて水中にカーテンがかかる。 波間に揺らめいて、どこまでも深く、青く、底の方へ無意識に引きずられていくような色。 その風景にはどこか見覚えがあった。 「おやおや、どうしてあなたがここに居るのでしょう」
3 22/10/16(日)04:51:10 No.982674297
声がした方に振り向くと、一人のウマ娘がいた。 ふわふわの髪をサイドテールに纏め、その反対側に王冠のカチューシャをつけている。 大きな垂れ目は柔和そうな印象を与え、声色からしても事実のんびりしたところがあるのだろう。 優しい微笑みが妙に印象に残る、そんなウマ娘だった。 「貴女は……」 「それともおかしいのは私なのでしょうか。不思議ですね」 どこか掴みどころの無い彼女は、隣に腰かけて一緒に水槽を眺め始めた。 水槽から響く水音以外は何もない、二人黙って、ただ眺めていた。 そもそも自分は、ここに来る前何をしていたのだろう。 まず自分はトレーナーで、担当のアストンマーチャンと一緒に───
4 22/10/16(日)04:51:20 No.982674309
「ああ、そっか。マーちゃんが居なくなったんだ」 自分でも疲れていたのか、それともこの不可思議な水族館のせいか。 その事実を忘れていたことを反芻し、"忘れていた"という単語に自己嫌悪を掻き立てる。 「マーちゃんが、居なくなったんですね」 「……うん、誰からも忘れ去られて、私だけが覚えてて」 それでどうしてか、消失の過程を何度も何度も繰り返している。 流石にそんな荒唐無稽な話を初対面の子にするわけもなく、口を噤んだ。 そんなことを考えていると、彼女がこちらをのぞき込んできた。 「それって、こんな顔じゃありませんでしたか?」 両の頬に人差し指を添えて。
5 22/10/16(日)04:51:33 No.982674319
「"いいえ"。そもそも、貴女とどこかで会ったことあったかしら……」 率直な感想が口を突く。 それを聞いた彼女は少し悲しそうな、納得したような表情で体勢を戻した。 そうしてまた、沈黙がこの場所を包む。 「少し、女の子の話をしていいですか」 再び彼女が口を開いた。 静かに頷くと、か細い声で続けた。 ゆっくり、何か、読み聞かせをするように。
6 22/10/16(日)04:51:59 [1/3] No.982674346
あるところに、一人のラブリーなウマ娘の女の子が居ました。 その子はお医者さんの家に産まれて、小さいころを、たくさんの患者さんと過ごしました。 日々、患者さんは居なくなります。退院か、転院か、それとも、亡くなられたのか。 そんな中で女の子は思います。忘れられるのは、残酷なことだと。 いつか自分も居なくなる時、誰からも忘れられているのは嫌だと。 だから女の子は、マスコットを目指すことにしました。 いつでもどこでも、一家に一台、そうすればきっと忘れられないから。 その子はウマ娘なので、レースで目立つことにしました。 そうすれば、有名になって、URAからグッズ化の打診が来て、万々歳です。 幸運なことに、その子は走るのも速かったのです。 なのでもっと頑張って、トレセン学園に入学することにしました。 入学してしばらくして専属レースに参加した時、へんてこなトレーナーさんと出会ったんです。
7 22/10/16(日)04:52:15 [2/3] No.982674364
へんてこなトレーナーさんは、マーちゃんの走りを見て忘れさせたくないと言いました。 それは行幸です。その子は世界中に忘れられないために走るのですから。 そうして二人は契約して、デビュー戦に見事勝利します。 それからもレースで活躍するのですが、世界的ウルトラスーパーマスコットになるためには足りません。 できる努力は全部するつもりその子でしたが、なぜかトレーナーさんも色々とやり始めました。 人形、着ぐるみ、銅像、4コマ漫画ブログ、他にも沢山アプローチをします。 ある時、どうしてそんなに熱心になるのか聞いたことがありました。 それに対してトレーナーはこう答えます。 「ずっと隣で、あなたを支えたいから」 その子の夢は、トレーナーさんの夢にもなっていたのです。 でも、人生うまくいきません。 その子は海に呼ばれてしまいました。
8 22/10/16(日)04:52:29 [3/3] No.982674382
それと一緒に、誰もがその子を忘れていきます。 ファンの皆さん、友達の皆さん、親戚、お父さん、お母さん…… そうしてその子は悟りました。 もう、ダメなんだと。 ウマソウルのせいなのか、他にも原因があるのか、もう突き止める気にもなれなくて。 呼ばれるままに海に行きます。呼ばれるままに沈んでいきます。 この世界とバイバイして、すっぱりさっぱりさようなら。 皆から忘れられてしまったから、もう私は、ここにはいられないのです。
9 22/10/16(日)04:52:39 No.982674394
「……はっ、はっ」 呼吸を忘れていたようで、話の区切りと共に、張り付いた喉に唾液が染みこむ。 肩で息を整えて、それでようやく頭が思考を再開する。 妙に、聞き覚えのある話だった。いや、聞き覚えではないような気がする。 その大筋は自分とマーちゃんが辿ってきた半生そのものである。 彼女が海に飛び込んだという一点を除けば。 嫌な汗が背を伝う。 恐怖に逆らって重たい頭を上げ、隣の彼女を見る。 小首をかしげて見つめ返すその顔に"やはり見覚えはない"。 でも、だからこそ浮き上がるその事実が、断頭台の刃のように突きつけられる。 直視しつづければ狂ってしまう。だかそれでも見つめなければいけない。
10 22/10/16(日)04:52:53 No.982674407
「あ、貴女、まさか……」 記憶の中にアストンマーチャンとの思い出は数えきれないくらい詰まっている。 顔も、声も、仕草も、繰り返した分鮮明に写っている。 でもだからこそ、目の前のウマ娘が、誰かも分からないその子が、あの─── 「このお話には、ちょっとだけ続きがあります」 張りつめて切れる寸前の思考に彼女の言葉が割り込んだ。 あっけにとられる自分をよそに、彼女は水槽の方を向いて話し出す。 「沈んだあの子を追いかけて、海に飛び込んだ人がいます」 それだけ言って一瞬だけ、こちらに優しく微笑んだ。
11 22/10/16(日)04:53:05 No.982674419
トレーナーさんは、その子を最後まで忘れませんでした。 そしてその子が海に沈んだのを知って、助けるために飛び込んだのです。 でも、おやおや、これではいけません。 なぜなら、もう、その子は海に還ってしまった。ざっくり言えば手遅れです。 なのに忘れられないせいで、必要ないトレーナーさんまで沈もうとしています。 いけませんね。全てのものは海に還りますが、それを急いだっていいことはありません。 だから、その子は最後に女神様に祈りました。 トレーナーさんに、自分のことを忘れさせてください。 もちろんトレーナーさんは変な人なので、忘れても忘れないのでしょう。 だから心の中で、何度も、何度も、説得することにします。 ずーっと、長い間、疲れ果てて、諦めるまで。 そうすれば貴女はなぜ海に潜っているのかを忘れて、陸地に帰ってくれるから。 沈むのは、×××××だけでいいんです。
12 22/10/16(日)04:53:19 No.982674436
水槽の向こうに二つの影が映る。 一つは、底に向かってゆっくりと沈むもの。 一つは、そのずっと上で、気絶したように漂っているもの。 居ても立ってもいられなくなって、大声をあげながら水槽に突撃する。 拳を固めて、分厚いアクリルに何度も何度も叩きつける。 絶叫は悲鳴に、悲鳴は慟哭に、慟哭は懺悔に、懺悔はまた絶叫に、喉が張り裂けるまで吐き出し続ける。 やがて力尽きて、ぼんやり変色した手をだらりと下げ、涙やらでどろどろの顔が項垂れる。 そのまま座り続けていた彼女の方へ這いずり、足元に蹲り、縋りつく。 ごめん、ごめんと謝罪を続ける女性の頭を、一人のウマ娘が撫でる。 差しこむ光と共に、撫でていた。 トレーナーは、相も変わらずそのウマ娘に見覚えはない。 それはすでに消滅した存在で、無いものを取り戻すことはない。 それでも、彼女の心の奥底には、アストンマーチャンと過ごした眩い日々が刻まれている。
13 22/10/16(日)04:53:29 No.982674447
「落ち着きましたか?」 「……うん、でも、ごめん。まだ……」 「それは仕方がありません。でも、アストンマーチャンのことはまだ覚えているのでしょう?」 こくり、と小さく頷く。 知らない彼女と、アストンマーチャンはどうしても結びつかない。 語った話の状況証拠、それと直感が、どうしようもなく説得力を持たせてしまう。 そして自ずと導き出せる、自分の異常な状態の解決方法。 「マーちゃんを、諦める……」 「でなければ、共倒れです」 諦める。 口で呟いてみても、実感は湧かない。
14 22/10/16(日)04:53:51 No.982674478
ぴーんぽーんぱーんぽーん、 「そろそろ、閉館時間です。お帰りの際は、お忘れ物の無いよう───」 時間ですね、と立ち上がった彼女は、静止する間も無く暗闇へと消えていく。 おぼつかない足取りでそれを追いかけても、距離は一行に縮まらない。 「まっ、待って……!」 「嬉しかったんですよ。最後まで追いかけて来てくれて」 「いかないで……」 「……だからこれは、トレーナーさんとマーちゃんの根競べです。溺れるのが先か、諦めるのが先か」
15 22/10/16(日)04:54:08 No.982674494
最後に、彼女が一瞬振り向いた。 「どうか頑張って、諦めてくださいね」 悲しそうに微笑みながら、暗い底へ溶けていった。
16 22/10/16(日)04:55:12 [つづく] No.982674576
キャラスト7話読んだ勢いで書いたらとんでもないことになりました fu1544692.txt
17 22/10/16(日)04:55:47 No.982674618
そこで切るなんて殺生な…
18 22/10/16(日)04:56:11 [s] No.982674647
いったん寝ます
19 22/10/16(日)04:59:42 No.982674861
寝るな
20 22/10/16(日)05:20:13 No.982676117
寝たら忘れてしまうから…
21 22/10/16(日)07:31:12 No.982685056
最初に言っておく! マーチャンをよろしく!
22 22/10/16(日)09:16:51 No.982703504
ここで切ったらバッドエンドじゃないかー!