ここでは虹裏imgのかなり古い過去ログを閲覧することができます。
22/10/14(金)01:00:07 No.981926800
泥深夜
1 22/10/14(金)01:11:45 No.981929745
ノノイは優秀な画舫乗りであった。それは操舵が優秀だから、というだけの理由ではない。 客の事情や心境に寄り添い、必要な意思疎通を行い、最良ではなく最善のサービスがこなせる。それを自然にできるが故だ。 だから彼の変化に気づいたのも必然だった。普段は微動だにしない彼の、僅かな変化に。 「お客様。どうなさいました?」 画舫を漕ぐ手を止め、穏やかに語りかける。 トーゴーという名前のバーサーカーは意味ある言葉を口にしない。聞いたところで返事など帰ってはこない。 今だってノノイが話しかけても何の反応もなかった。少なくとも余人には。 だがノノイにとってはそうではなかったらしい。まあ、と微笑んで水中に突っ込んだオールを軽く捻り、水流を操って画舫を完全に静止させる。 「こちらがお気に召したのですね。はい。美しいと私も思います」 ノノイが見上げる先には、狭い水路の頭上を覆うように生える木の枝葉が風に揺れていた。 ───珊瑚の海に過去の地球上に存在したとされる四季はない。年中温かいエリアだ。 したがって落葉樹が葉を一斉に落とす原因である気候の冷涼化とも無縁ではあった。完全に原典となる植物の習性通りなら、だ。
2 22/10/14(金)01:12:01 No.981929807
しかしSE.RA.PHでの再現においてそれを無視して萌芽と落葉を繰り返すようプログラムされている。 常に環境の変わらないエリアであるからこそ、そうした再現生物の変化や嵐の到来などで珊瑚の海の民は時期の移り変わりを感じ取っていた。 そしてこれはその一端だ。ノノイは目を細めて色合いの美麗に感じ入る。土地の所有者の酔狂か、集中してある種の樹木が植えられている。 先輩から教えられた知識で知った。これはかつて地球上に生えていたモミジという木であり、そしてこれはその葉。 モミジは落葉の際に葉を赤々と彩り、それが風雅であるとある地域の人々は愛でたのだという。 「お急ぎでなければ、しばらくゆっくりとご覧になりますか?」 問うノノイの語り口はやはり柔らかかった。凶相の偉丈夫が相手であってもだ。 誰に対しても優しげな態度は下層民でありながら気品さえ感じさせる涼しさが匂い立つ。 対するバーサーカーも狂戦士たる狂乱はどこへやら。ひとつの道に精通した武人らしい寂寞を身に纏って座禅を組み、梢の鮮やかを見つめていた。 「はい。では今しばらくここに留まりますね」 やはりノノイは彼の意志が分かっているかのように微笑んで頷いた。
3 22/10/14(金)01:12:12 [〆] No.981929862
狭い水路にモミジの特徴的な赤い葉が無数に浮かんでいる。まるで極上の絨毯の上にいるみたい。 ノノイに大した学はない。トーゴーというこのサーヴァントがかつての地球においてどんな地域の出身だったのか、どんな文化の元に生きていたのかなど知りはしない。 もっともそれは大抵のSE.RA.PHの民がそうだった。日々の暮らしに追われる彼らは人類が生まれた地である地球がどんな場所だったかなど学者でもない限りまともに調べなどしない。 それでもノノイがそれをそうではないかと思ったのは、バーサーカーの視線に幾ばくかの旧さが宿っていたからだった。 昔日に同じものを見て、今とは違う心を当時寄せたというような。時代を越えた遥かな色が。 「懐かしい光景、なのでしょうか?」 バーサーカーは答えない。ただ視線をモミジに向けたままだ。 しかしその目だけがいつにも増して静けさを帯びていた。ノノイはまるでちゃんとした返事を受け取ったかのように首を小さく縦に振った。 「大丈夫です。お代はいつも通りで構いません。お気の済むまでご堪能ください」 ノノイは画舫の舳先に座り、バーサーカーと一緒に薄暗い光の中でも煌々と輝くモミジの紅葉を見つめた。
4 22/10/14(金)01:24:38 No.981932825
風流でチェスト
5 22/10/14(金)01:51:51 No.981938546
いいですよねバーサーカーの心も癒す優しみ