虹裏img歴史資料館 - imgの文化を学ぶ

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    22/09/15(木)17:08:50 No.971942897

    「今なの! ペンギン・サプラーーイズ!」  元気いっぱいのかけ声と共に、凝縮された冷気がマンモスの装甲を真っ白く凍結させる。ついで無造作に置かれていった冗談のような爆弾が、脆くなった装甲を粉々に吹き飛ばした。  爆風を背に、エンプレスが耐冷コートの大きなヒレを振り回してガッツポーズをとる。 「大勝利なの!」

    1 22/09/15(木)17:09:00 No.971942924

    「この程度の敵に、大勝利ってことはないでしょ」 「どの程度の敵でも大勝利は大勝利なの! めでたいの!」  クイーン・オブ・メインが鼻を鳴らして、ライオンの毛皮そっくりの大きな装甲マントをはだけ、髪に風を入れた。セティはアーマーの中にしまっていたペットキャリーを取り出して、壊れていないか確かめる。 「こ、こんな所にまで鉄虫がいるなんて、びっくりしましたね……」 「拠点というか、溜まり場として立地がよかったんでしょうね。鉄虫にとっては、もとが何の施設だったかなんて関係ないですし」  天空のエラは、ボロボロの立て看板にそっと触れてつぶやいた。年月に色あせ、流れ弾で穴だらけになってはいるが、愛らしくデフォルメされたホワイトタイガーの絵であることは辛うじてわかる。おそらく、ここのマスコットキャラクターだったのだろう。  一枚のプレートが、立て看板の足下に転がっていた。爆発でひしゃげた檻から外れたらしいそのプラスチックの板には、大きな読みやすい日本語で「フクロテナガザル」と書かれていた。

    2 22/09/15(木)17:09:13 No.971942987

    「カゴシマ市のはずれに、大きな動物園があったらしいの。みんなで行ってみるの!」  はじめにそう言い出したのはエンプレスだった。どうやら以前から、新しい土地に上陸するたび動物園を探してはマメに訪れていたらしい。 「そんなことして、何の意味があるのさ」  一番新しく加わったメンバーであるクイーン・オブ・メインは明らかに乗り気でないようだったが、 「動物がいるところ、私達の出番なの。旧時代に動物たちがどういう風に扱われていたか、見ておくのも大事なの!」  エンプレスの有無を言わせぬ笑顔に押し切られる形で、結局ウォッチャー・オブ・ネイチャー全員で遠征に出ることになった。よもや鉄虫の根城になっているとは思わなかったので、結果的にメインがいてくれたのは大いに助かったのだが。

    3 22/09/15(木)17:09:24 No.971943021

    「お、お疲れ様です」 「ん」  セティが取り出した冷えたタオルを受け取って、メインは気持ちよさそうに首筋から胸元をぬぐう。汗のういた皮膚の下で筋肉と腱がうねる、たくましい裸体にエラはしばし見とれた。  エラの身体は、バイオロイドとしては例外的なことに、ひどく虚弱である。力は人間とほとんど変わらない。専用のジャケットと、そこに充填された特殊なエネルギー物質「天使の息吹」の力がなければ、野外を歩くことすら満足にできない。鉄虫との白兵戦などもってのほかだ。今だって、前衛は他の三人に任せて、エラは後ろでサポートしているだけだった。  必要な機能を盛り込むための設計コンセプトの結果なので不満はないが、強靱な肉体を持つバイオロイドにはどうしても尊敬と、ちょっとした羨望の念を抱いてしまう。

    4 22/09/15(木)17:09:39 No.971943081

    「しかし、鉄虫を叩けたのはよかったけどね。こんな狭っ苦しい人間達の見世物小屋なんて、わざわざ見に来る価値がある?」  タオルを返したメインがあたりを見回し、小馬鹿にしたように言い捨てた。  動物園はなだらかな丘の斜面に設けられており、曲がりくねった遊歩道にそって、鉄格子や深い壕で隔てられた箱庭のような区画をいくつも切ってある。どれも今は荒れ果て、ごみや何かの残骸が転がっているばかりだが、その一つ一つに、かつては世界各地の動物が展示されていたのだろう。 「こういうところは狭いなりに工夫してるの。ほら、このへんから見てみて」  エンプレスがパタパタ手を振る場所まで移動してみると、歩道と区画をへだてる壕が手すりでちょうど隠れて、歩道の向こうにすぐ展示区画が広がっているように見える。その向こうには小高く盛り上がった別の展示エリアがあり、さらにその奥には山々が借景になって、全体として柵や境界のない展示エリアがどこまでも続いているかのように見える。

    5 22/09/15(木)17:09:54 No.971943144

    「おおー」 「見てくれをごまかしてるだけじゃない。アフリカの自然公園とは比較にならないわ」 「それはそうですよ。使える土地の広さが違うんですから」エラは思わず口を出した。 「観客を展示風景の中に溶け込ませる、イマージョンっていう設計ですね。さっき吹っ飛ばしちゃった建物も、中を本物のジャングルっぽく飾ってました」  エラは真っ二つに割れて転がっている大きなパネルを持ち上げた。すすけているが、どうやらヒョウの生態を絵入りで解説したパネルらしい。 「ここは情報発信とか教育とか、限られた面積の中でかなり頑張ってる方です。熱心な学芸員さんがいたんだと思います」 「はん」メインは鼻で笑った。「あんたもエンプレスも、人間が好きよね」 「……」  エラが他のバイオロイドと違っている点がもう一つある。大半の仲間達が口を揃えて言う「残忍で、怖ろしい旧人類」というイメージを、エラはまったく持っていないのだ。

    6 22/09/15(木)17:10:27 No.971943257

     エラは生まれた研究所で長い時間を過ごした。「天使の息吹」を制御するシステムの開発には時間がかかり、虚弱なエラは野外での活動に限界があった。ずっと所内の自室にいるしかなかったのだ。まわりにいるのはウォッチャー・オブ・ネイチャーの理念に共感して集まった研究者ばかりで、みなすぐれた知性と教養、そして責任感と倫理感の持ち主だった。エラは彼らに実の子供のように可愛がられ、様々なことを教わった。  エラにとって人間とは、彼らのような人々のことだった。のちにバイオロイドの歴史を学んで、人間に対するイメージは大きく揺らいだが、それでも完全に崩れてしまうことはなかった。今でもエラは基本的に人間というものが好きだし、尊敬している。 「当たり前なの! 南極観測隊の人達はみんな立派でえらかったの。みんなの言うような悪い人間たちばかりじゃないの!」  エンプレスが胸を張って大きな声で言った。南極観測隊という、ある種の鍛え抜かれた知識人の集団とつきあってきたエンプレスも、エラとよく似た認識であるらしい。

    7 22/09/15(木)17:10:39 No.971943307

    「本当かねえ。私の知ってる人間ってのは、わざわざ身体強化してゾウやライオンを斬り殺して喜ぶような連中だったけどね。なあ、セティ?」 「は、はい。そうですね、私も人間様は、怖い……感じ、です」  一方メインとセティにとって、一番多く接した人間といえば密猟者である。噛み合わないのも当然だろう。普段はメインと気が合いそうにないセティだが、こういうことに関しては意見が一致するのがちょっと面白い。 (でも実際、そっちが普通なんだろうな)  仲間達のほとんどが経験してきた不幸を、自分は味わっていない。それは生まれ育った環境のせいであり、自分の責任ではないのだが、それでも一種の引け目のように感じてしまうことはある。 「ま、仕方ないよね」  どうにもならないことはどうにもならない。エラは肩をすくめて、持参のカメラでイマージョン展示の写真をとり、メモをつけて保存した。  司令官が宣言したオルカ一斉夏期休暇まであと二日。ウォッチャー・オブ・ネイチャーは研究発表展示をすることになっている。地味だし人もあまり来ないだろうが、昔の研究所時代を思い出すようで、エラはそれなりに楽しみだった。

    8 22/09/15(木)17:11:23 No.971943454

    長くなったので続きはこちら fu1441283.txt

    9 22/09/15(木)17:26:54 No.971947165

    ムネモシュネいない司令官

    10 22/09/15(木)17:35:32 No.971949252

    ウォッチャー・オブ・ネイチャーは旧人類らしからぬ善性のかたまりすぎる

    11 22/09/15(木)17:51:25 No.971953656

    読み終わった…とてもよかった… メインさんもウォッチャーの一員だったのか

    12 22/09/15(木)17:59:33 No.971956002

    獅子になったり牝犬になったり忙しいなメインさん…